真剣勝負
「なにを……?」
ミーテさんが理解できないというように僕を見る。
えぇ、なんでそんな目で見るの……僕は攻撃するから防げって言われたからがんばって防いだのに。
体力がなくて構えを維持できなかったのが悪いのだろうか、いまでも木剣を持ってた腕が棒みたいだ。
「近接で戦うための技です」
「……少なくても剣術で教えることはないと思うのですが」
「いや、あれは適当に振ったら運良く防げただけなので」
「適当ですか……すいません。もう一度立ち会っていただけないでしょうか」
「えっ……はい……」
ミーテさんと向き合って剣を構えようと……
「わっ……っ!」
「皇女殿下!!!」
脚がふらついて倒れそうになった所をミーテさんが支えてくれた。
あれ……? おかしいな。
「お疲れのようですね。もう暗いですし明日の朝出直します」
「すいませんミーテさん、せっかく来てくれたのに」
「〈治癒〉〈治癒〉照らせ〈光球〉」
セルカが三度つぶやくと身体のだるさが消え、周囲に複数の光の玉が展開された。
「これで戦える」
「ありがとうセルカ、ミーテさんもう少し付き合っていただけますか」
「仰せのままに」
「ミーテは木の剣で戦うの」
黙って見ていたセルカが口を開いた。
「どういうことでしょうか」
「木の剣で戦っている人を見たことがない」
「これは練習用です。実際に戦うときは真剣を使います」
「どうして真剣を使わないの」
セルカの問いを聞いたミーテさんの眉間にしわがよった。。
「皇女殿下に剣を向けるわけにはいきません」
「それはあなたが決めることじゃない。リンは木剣で戦うつもり?」
「セルカは真剣を使った方がいいと思っているの」
「とくに理由がないなら本番と同じものを使った方がいい。寸止めもいらない。生きてれば治せるし、危なくなったら止める」
セルカの言葉を聞いてミーテさんがますます険しい表情になる。
「私の得物は大剣だ。あなたが強いというのは聞いているが速度が乗った一撃は止められない。無責任な発言はひかえてほしい」
「そうなの、試してみていい?」
ミーテさんが困ったように僕を見た。
まあ、セルカがそっちの方が良いって言うんだからそうなんだろう。
「試してみてください。大丈夫なら真剣でやりましょう」
「皇女殿下がおっしゃるなら……」
ミーテさんは壁に立てかけていた大剣を手に取った。
百八十センチはあるミーテさんよりさらに長く、鏡のように磨き抜かれた肉厚な刀身は自動車のボディでも紙くずのように裂けるだろう鋭さだ。
巨大な刃を肩に担ぐ、おそらくマントの下に肩当てのようなものがあるのだろう。
そのまま、きのう武器の練習に使った木の柱の方に歩く。
大剣を両手で握り、カッと目を見開いた。
背負い投げ、巨大な剣が振り下ろされる様子は剣術のそれではなかった。
ズーン、と重い音を立てて中心から真っ二つにされた柱が倒れた。
とんでもない怪力だ。
「これでわかりましたか、大剣の一撃は横から手をのばして止められるようなものではありません」
「セルカ、あれはムリだよ。やめとこ」
「大丈夫、もう一回振って」
ミーテさんは倒れた柱の片割れを地面に突き刺した。
「これを守ってください」
「わかった」
ミーテさんは再びグレートソードを肩に担ぎ、両手で握った。
セルカは柱から離れるように歩く。
「どこに行くつもりですか」
「実際にはリンも動くから少し離れる」
セルカとミーテさんの距離がニ十メートル近く開いた。
「どんな魔法を使うつもりか知りませんが訓練中ずっと詠唱してるつもりですか」
「早くして」
ミーテさんは不機嫌そうに柱の片割れをにらみ、振りかぶった。
セルカは動かない。
背負い投げじみた動きで重厚な鉄の塊がそびえ立ち、一瞬の落下が始まる。
ブオンと風を切り放たれた刃がピタリと止まった。
「っ……!?」
「セル……! 逃げ……!!!」
巨大な刀身の先端近くにセルカがいた。
柱の片割れに密着し、ひかえめに突き出したうすピンクの舌が刃先に触れている。
ミーテさんの手から大剣がこぼれ落ちた。
僕は弾かれたように走った。
「セルカ……ッ! 大丈夫!!!」
「うん平気」
「平気じゃないよ! ミーテさんが止めてなかったら真っ二つになってたよ。でも……よかった無事で……」
安心したら腰が抜けた。確かめるようにセルカに抱きつく。
よかった……
「ちがう……」
ミーテさんはミーテさんで呆然としている。
「わかってます。今回はミーテさんは悪くありません。とっさに剣を止めてくれてありがとうございます」
「違うんです。私は剣を振り切りました」
「えっ……」
セルカが僕からそっと離れるとチロッと舌先をのぞかせた。
「ミーテやリンの攻撃では軟らかい舌や目の表面も傷つけられない。安心して戦って」
「……」
「……」
僕とミーテさんは絶句した。
ミーテさんの大剣には傷一つない、そして背にした柱の片割れにも。
セルカの舌先だけで丈夫な柱を真っ二つにする斬撃を受け止め、力を吸収したということだ。
鋼鉄を越える強度とゴムとは比べものにならない弾力、この世界の人体はここまで強くなるのか。
「ミーテさん少し待っていてください」
「はい……」
武器庫からさっきの木剣と同じくらいの取り回しのいい剣と短剣、ベルトを探す。
ちょうどいいものがあったので腰にベルトを巻き、そこに剣と短剣を装着した。
「お待たせしました。やりましょう」
「真剣で戦うなら鎧を着てください」
「リンの体力で鎧を着て戦うのはムリ、ミーテは鎧をつけてユニークスキルも使って」
「勝負になりません」
「訓練だから勝負する必要ない」
「……わかりました。〈鏡の騎士〉」
ミーテさんが剣を持った両手を胸の前に移動する。
天に伸びる刀身から銀色の粒子が降り注ぎ、ミーテさんの周囲を舞う。
次の瞬間、鏡の全身鎧を纏った騎士が現れた。
「いきます」
ミーテさんが地を蹴る。
振り下ろされる刀身を受け流そうと構える。
チカッと鎧が強烈に光りを放った。
「クッ……」
目が一瞬見えなくなる。
音を聞けばなんとか……こない?
僕の腹に鋼鉄の拳がめり込む。身体から力を抜いて地面を転がる。
目を開けるとミーテさんがセルカの方を見ていた。
「どうして止めなかったのですか!」
ヘルムでくぐもった大声。
「腹に穴が空いても死なない」
「ミーテさん僕は大丈夫ですよ」
「鎧も着てないのに大丈夫なわけ……どうして大丈夫なんですか?」
「受け身をとったので」
もう一度剣を構えるとミーテさんも構えた。
鎧が光る、いや、鏡だから反射してるのか、かなり厄介だ。
腹に受けた拳の感触からして鎧ごと切るのはムリだろう。
首や脇といった金属板のつなぎ目に通すしかない。
ミーテさんは長い剣の柄の根元と刀身の下の方を握った。
再び突っ込んでくる。
連続で振られる剣を受け流す。短く握られた剣は速く、隙が少ない。
チカッと今度は刀身が光った。
とっさに剣を打ち合わせ後方に飛ぶ。頬に熱い鉄の粒の感触。
目を開くと僕の剣が半分近くまで欠けていた。さっきのは火花だったらしい。
「決着のようですね」
ミーテさんが剣を下ろした。僕の手から剣が落ちる。
右肩が外れている。左手に短剣を持つ。
ミーテさんは剣を構え直した。
「魔法を使っても構いませんよ。この鎧にはあまり効きませんが」
「ではお言葉に甘えて」
魔法使えないよ……どうするんだこれ。
逃げ回っても先に体力が切れるのは僕だ。
鎧のつぎ目を通すにも光る鎧相手は難しすぎる。
どうにかして動きを止める。
ミーテさんが剣をコンパクトに振る。
脱臼した右手が刃にかする。
切れた腕に力を入れると勢いよく血がヘルムに向かって迸った。
鎧が光る。でも動きが止まったはず。
腕を左手でつかんで力任せに地面に投げつけた。
重い金属の音。よし、受け身は取れてない。
首のつなぎ目をめがけて短剣を振り下ろす。
柔らかな感触に阻まれた。
セルカの手のひら……ということは。
「リンの勝ち」




