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三人の少女

 セルカが扉を開いた先は僕の思う食堂とは全然違った。

 純白の布がかかった長テーブルと深い色合いの木製椅子、テーブルクロスが敷かれた長テーブルにはローソクが燃える銀の燭台と豪勢な料理が並んでいる。

 西洋の名画の世界だ。

 給仕をしていた綺麗な女性が僕に警戒の目を向ける。


「セルカ、その方はどうしたんですか」


 緑色の目と髪、尖った耳、映画とかのエルフみたいだ。


「ヨシト、見た目が変わって記憶がなくなったらしい」

「それ……本気で言ってるんですか」


 エルフさんがセルカに疑いの目を向ける。まあ当然か。


「なに……我のことも忘れたか」


 僕のことを気にせず食べていたもう一人も声を上げた。

 セルカより少し幼い、真紅の長髪、灰のような落ち着いた瞳、僕と同じような白いワンピースを着た愛らしい少女が首を傾げている。


「うん、ごめん」

「そうか……来い、思い出させてやる」

 

 少女はぽんぽんと隣の席をたたいた。言われるままに横に座る。


「ヒノワ、どうにかできるんですか」

「我とヨシトは会って四日、もう一度同じ時を刻めば良い」

「僕がヨシトだって信じたんですか」

「セルカは嘘は吐くまい。我はヒノワ、貴様がつけた名だ」


 ヒノワちゃんか、娘とかかな、いやでも会って四日か。生き別れとか……


「ヒノワちゃんは僕の娘とかなの」

「ちゃんはやめよ。我は竜、いや元竜だ。お前は地の底に封じられし我を人の身に変え、救い出した」


 竜か、確かに変な話し方だ。人間に変えるってどういうことだ。竜ってドラゴン? まあ、それはいいか。


「ヒノワは話し方が難しい。私が話す」


 セルカが僕の横に座ってこちらを見る。

 

「あの、ご飯が冷めますよ」


 エルフさんが遠慮がちに言った。


「あなたは誰ですか」

「私はルーフィア、この施設の管理者です」

「僕のことは」

「ほとんど存じ上げません」


 一番年配でしっかりしてそうだったけど知らないなら仕方ない。

 ヒノワが僕にナイフを渡してきた。


「えっと、どうしたの」

「我が人の身を上手く使えぬとき、お前が食べさせてくれた」

「そうなんだ」


 ドラゴンってなにが好きだろう。肉かな、フォークがないから切ってから代わりにスプーンを使って食べさせるとおいしそうに食べた。

 可愛い。パンをちぎっって、ワインを飲ませる、少女は一生懸命食べてる。ひなのエサやりみたいだ。

 僕の前に指でつかんだ肉が差し出された。


「えっ……」

「あの、お腹空いてるかと思って……」

 

 セルカが僕に食べさせようとしてる。

 困惑する僕を見て、あわてたセルカが別に切ってスプーンに乗せて突き出してきた。

 取りあえずもらっておく。


「うん、おいしい。ありがとうセルカ」

「まだヨシトの世界のことがよくわからなくて……」

「こっちではこれが普通なんですよね」


 よくわからないからルーフィアさんに聞いた。


「そうですね。ヨシトさまは貴族の奥方でもなかなかいないほどの潔癖でした。冒険者は基本的につかみ食いですから、お皿を使う方は珍しいです」


 僕、この世界で生きていけるかな……


「セルカと僕はいつ会ったの」

「一週間前、ヨシトがこの世界に来た日」


 思ったより最近だ。


「それまで僕はなにしてたの」

「ブラックキギョーのエスイーでカローシしてこの世界にきたと神様が言ってた。私にはわからないから神様に聞いて」


 僕、死んでたの!? SEは分かるけどプログラムのことは全然知らない。神様とか言ってるけど信じていいんだろうか。


「……神様ってどうやって話すの。空に祈るとか」

「ヨシトと一緒にいた人で自称神様、この施設に泊まってるので普通に話せます」


 ステータスをくれるという神様ではないのか。それもそうか、一応怪しい新興宗教とかにはまってた可能性もある。頭にすごい、なんか電波とか流されて記憶喪失とか。

 そういえば僕の薬指の指輪はなんだろう。


「この指輪は?」

「それはこのロウナ帝国の皇女の指輪」

「なんで僕が持ってるの」


 結婚してたんだろうか。さすがにないか。

 セルカとヒノワが目を合わせ、頷いた。


「脅迫であろう」


 ヒノワの灰の瞳に火が燻る。

 

「な、なんで、僕なにかしちゃった!?」

「今ロウナの王宮では皇帝とほとんどの廷臣は正気を失ってる。私たちは昨日、その黒幕を捕まえるよう頼まれたけど危ないから断った」


 僕たちは国から仕事を頼まれるような立場で、断ったから脅迫されてるのか。

 

「その報復ってこと」

「その指輪の解除を条件に再交渉するつもりだろうな」

「えぇ……」


 皇女が脅迫するってどんな国だよ……いや、皇女も正気を失ってるのかもしれない。


「指輪をつけてる間はスキルが使えない

「……コミュニケーションスキルとか?」

「それは大丈夫、こういうの、照らせ〈光球ホーリーライト〉」


 セルカが上に向けた手のひらから柔らかな光を放つ球体が現れた。


「手品?」

「魔法スキル」

「魔法かぁ……」


 セルカは光球を僕の方に飛ばす。手で触れるとすりぬけた。

 ほんとに光だけで飛んでる。光球はフッと消えた。

 魔法かぁ……魔法か……魔法って言われても。


「僕はなにができたの」

「ステータスが書き換えられました」

「するとどうなるの」

「ヒノワの種族を書き換えて人間にしたり、モンスターに化けてやりすごしたりしてた」

「本当に変わるってこと!」


 すごく強そう。ステータスを開いてみる。



【吉宮善人(人間)】 レベル1


【職業】不可


【HP】 8

【MP】 1

【筋力】3

【攻撃力】3

【防御力】2

【器用さ】17 

【すばやさ】7

 

【スキル】不可 



 種族は名前の横の(人間)か、念じて書き換えようとしたけどできない。


「その不可というのがプーリンのユニークスキル『烙印の輪(スティグマリング)』でスキルを封じられている証」

「じゃあ僕は自分のスキルで女になったってこと」

「……おそらく」


 僕は元は女の子になりたかったお兄さんなのか……えぇー、なんかやだな。


「ごちそうさまでした」


 ご飯を食べ終わるとルーフィアさんが片付けてくれる。


「この後どうする」

「神様に会って、なにも思い出さなかったら城に行く」

「うむ、我は歩けぬゆえ抱いてくれ」

「そうなの」


 ヒノワがワンピースの長いスカート部分をめくると脚全体が包帯で巻かれていた。

 ヒノワは小さいけど、華奢な僕に持てるだろうか。

 彼女の脇の下と太ももの下に手を通す。小さいけど柔らかくて温かい。


「じゃあ、いくよ」

「うむ」


 羽毛ほどの手応え、僕は見た目の割に力持ちみたいだ。

 僕とヒノワとセルカは食堂を出て神様の部屋に歩いた。

 僕は記憶喪失と性転換を同時にしたと言われて混乱しっぱなしなのに、この二人は落ち着きすぎじゃないかな。


「僕のこと驚いてる?」

「人の雄雌はあまりわからぬ」

「ヨシトがいつも通りだから……大丈夫」


 ヒノワは本当になんとも思ってないみたいだ。セルカは少しは気にしてる気がする。

 僕の部屋と同じような木製の扉、セルカがノックする。


「神様、失礼します」

「セルカくんかい、どうぞ」


 澄んだ少女の声、神様と言っても髭の老人ではないらしい。

 扉を開けると神秘的な少女がいた。

 仄かに発光する青い髪、長いまつげの縁取られた真紅の瞳、淡い色の羽衣からのぞく透き通るような白い肌、現実から浮き上がっているような存在。

 僕を見ると真紅の目を見開き、小さな口を開けて固まった。

 時が止まったような一瞬。


「……そのは誰だい」

「神様、知ってますか」


 セルカが不思議そうに聞いた。


「……いや、初めましてだよ」

「彼女はヨシトです」

「えっと、初めましてですか、久しぶりですか」

「君、もしかして記憶がないのかい」


 心配そうに神様が聞く。


「はい、全然なくて」

「そうか……おはようでいいよ。毎日会ってるからね」

「あ、そうですか、おはようございます」

「なに、かしこまらなくていい。ぼくたちの仲だ」


 神様は見た目に反して気安い笑みを浮かべた。

 この人は会ったことがある気がする。


「僕たちどこかで会いましたか」

「そうだね、君が仕事中に死んで、僕がこの世界につれてきたんだ」

「ヨシト、神様のことがわかるの!」

「うん、知ってる気がする」


 セルカとヒノワの表情が明るくなる。神様は難しそうに考え込んでいる。


「君、記憶がないってどれくらいないんだい」

「今朝起きる前のことはなにも」

「今日会ったことは」


 えっと、セルカに起こされて、ヒノワにご飯食べさせて、お姫様だっこした。


「憶えてます」

「朝ご飯を食べたんだよね。食べ方とか分かったかい」

「はい」

「うん、自分が誰か分かるかい」

「いえ、全然記憶がなくて」

「親とかは」

「それも……」


 神様は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「たぶん、逆行性健忘と解離性健忘だね。逆行性は昔の出来事ほど思い出しやすいんだ。君はこの世界に来て一週間ほどだから……まあ、そんなに意地になって直さなくていいよ。元の世界の人に会うことはないしね。困ること、不安になることがあればぼくとその二人に言ってくれ、君はぼくたちにとって大切な人だ」

「ありがとうございます。でも、やっぱり気になるので、昔の僕のことを知りませんか」


 神様は困ったように僕を見る。この人よく見ると床から微かに浮いてる。

 

「うーん、知らないな。死に方からして良い思い出はあまりないと思うけどね」

「そうですか……」


 驚くほど落胆した声が出た。神様は悲しそうにまつげをふせ、少しためらってからもう一度口を開いた。


「もし……君にとって大切な思い出があるなら、取り戻すのを手伝うよ」

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