騎士ミーテの憂鬱
ロウナ帝国の上級冒険者ギルドでは昼を過ぎ、依頼をなしとげた冒険者たちがちらほら帰ってきていた。
彼らが打ち上げで飲んでいるエールの麦の香りがこちらまで漂ってくる。
ミーテは内心で舌打ちをした。
(今日も会えないか……クソッ、私はこんなところでなにをやってるんだ)
気づいたのは半年前、おそらく二年前から始まり、隠されたこの国の異常の数々。
最初は冒険者から始まった。
モンスターに対抗するためほぼ全ての国が出資し運営されている冒険者ギルド、その頂点に君臨する人類の守護者たちAランク冒険者、そして、それすら越えた人外Sランク冒険者。
二年前を境に五十人のAランク冒険者と十人のSランク冒険者が姿を消した。
当然、ロウナ帝国もその原因究明と穴埋めに動いていた。一年前までは。
一年前から皇帝フレジリン二世以下、皇族や廷臣たちは公の場に姿を現さなくなり、唯一、セス・プーリン皇女が最低限の現状維持に務めている。
諸侯の結束は弱まり、身に過ぎた野心を抱くものさえいる。
ミーテの故郷であるマーミガン伯爵領にそんな余裕はない。
モンスターの被害は拡大し、例年の倍以上の死者が出ていると修道士たちが警告している。この状況が変わらなければ遠からず滅ぶだろう。
騎士であり、領内で一番の使い手でもあるミーテはマーミガン伯爵に命じられて原因究明に来た。
だが、開け放たれていた城門は閉ざされ皇帝に面会できる上級貴族たちも姿をくらましていた。
ミーテは元元老院議員であり、皇帝と面識のあるSランク冒険者ワイズを頼ってギルドに登録し、上級ギルドに入れるDランクまで冒険者ランクを上げた。しかし、彼は何も語らなかった。
「ミーテ殿、今日も険しい顔だな。いかがなされた」
私の対面の席にいかにも高潔な騎士といった精悍な顔立ちの男、ジーグナイトが座った。
事実、彼はロウナ帝国の騎士であり、指揮官ではなく最前線で戦い続けたいという願いから冒険者になるまでは副騎士団長として王宮に仕官していた実力者だ。
礼儀知らずの冒険者の中では会話して不快な気分にならない貴重な人物だ。
「ジーグナイト殿……聖女セルカと会わせていただけませんか」
「突然どうされた」
「少し前に耳にはさみました。あの方が帰ってきているのでしょう。ジーグナイト殿は面識があると聞きました」
聖女セルカ・ミストマフィン、二年前に行方不明になったSランク冒険者の一人。
ただ、彼女に関しては事情が違う。教会は否定しているがラン村の皆殺しの下手人だと言われている。
事情を調べるとラン村住民は無傷で全身の骨を抜かれていたそうだ。彼女以外にはできないだろう。
それに彼女の奇人ぶりは有名だ。レベル上げのためと称し、魔物使いの使うエサ、酷く臭う家畜の臓物をほぼ常に被っているのは序の口。
何千もの人々を殺したSランク指定の二体の竜『憤怒の尾』と『真実の根』を使役し、人の住む街には年に数回しか寄りつかず、そのためにギルドへの貢献を要請されて行った訓練は拷問まがいのものだと聞いた。うわさでは過去に存在したスラムの背教者が聖女の名を騙った連続襲撃事件『骨抜き様の祟り』の首謀者と言われている。
事件の詳細は残っていないし、教会がそんな悪党を聖女にするはずがないから十中八九ウソだろうが。悪名を更に押し上げ、彼女がレベル上げのためにSランク冒険者たちを殺し、逃げたという者もいたくらいだ。
「確かにセルカさんは帰ってきた。だが、今は忙しいそうだ。力になれずすまない」
「せめてどこにいるか教えていただけませんか」
「Sランク冒険者用の宿泊施設だ。どうして彼女に会いたいか聞けるか」
「この国の異変について知るために」
「貴女は地方の出身だったな……わかった、宿泊施設の管理人は知り合いだ。伝言を伝えておこう」
「ありがとうございます!」
ミーテはひさびさの進展に安堵し、深々と頭を下げた。
キィと軽い音を立ててギルドの扉が開いた。
フード付きのローブで顔を隠した小柄な人影、ミーテは週に三回はギルドに通っているが初めて見る。
よし、弱そうなヤツが来た。いじめてやろうと立ち上がろうとしたゲスな冒険者を他の冒険者があわてていさめていた。
出鼻をくじかれた冒険者たちは怒るどころか真っ青な顔をして縮まりこんでいた。この手のやりとりは何度も見たが、他の冒険者が止めるのも、ゲス共が怯えるのも初めてだ。
そいつは私たちのテーブルの方に来た。
わずらわしそうにフードを取ると冒険者ギルドに似つかわしくない端正な顔立ちの少女だった。
神秘的な金と青灰の瞳、絹のような白髪は短めで小ぶりな猫耳がのぞいている。
愛らしい外見だが感情に乏しい表情なため人形のようだ。
「近接戦闘の教師役を紹介して」
少しハスキーな可愛らしい声。
何の前置きもない要請は騎士であり、Aランク冒険者でもあるジーグナイトに対してあまりに失礼だ。
「あなた、目上の人に頼みをするとき……」
「ミーテ殿、大丈夫だ。セルカさん近接戦闘の教師役ですよね。我以外でと言うことですか」
ジーグナイトの言葉にミーテは驚いた。
このカスミソウの白い花片を思わせる儚げな少女がセルカ……
うわさからとんでもない化物女だと思っていた。
やはり冒険者たちのうわさなどろくでもないようだ。
「ジーグナイトには他にやってもらうことがある。ルーフィアに聞いて」
「了解しました。では、このミーテ殿はどうですか」
「……私ですか」
考えごとをしているときに話を振られた。
まずい、チャンスなのに微妙な反応をしてしまった。
「もちろんミーテ殿がよければですが」
「はい!!! 謹んでお引き受けします!!!」
今度は気合いを入れすぎた。さいわいセルカは何の反応もない。
「この人は強いの」
「ミーテ殿はマーミガン伯爵領で一番強い騎士です。剣の腕なら我にも引けを取りませんし、指導経験もあります」
「近接職の強さはあまり分からない」
「双頭雷狼の群れを剣一本で倒したことがあります」
「ボスはいた」
「はい、十五匹の群れでボスは体長五メートルを超える大物でした」
「わかった、あなたを雇う」
ジーグナイトは席を外し、私とセルカが残った。
「冒険者だよね。ギルドを通した方がいい?」
「いえ、問題ありません」
「依頼はこの国の新しい正式な皇女に剣術を教えること」
「新しい皇女ですか! 聖女セルカ、うかがいたいのですが城ではなにが起こっているのですか」
「いまは依頼の話」
問いつめようとセルカを見るとまったく表情が変わっていない。
見た目は少女でもSランク冒険者、気分を害するのは危険だ。
「申し訳ない」
「Sランク冒険者用の宿泊施設に来て、詳しいことはそこで説明する」
「了解しました」
セルカは立ち上がると冒険者ギルドから出て行った。
……少なくとも年に数回しか街によりつかないというのは本当のようだ。
彼女も騎士として叙任されていたはずだが社交辞令くらい教わらなかったのだろうか。
「よし、行こう」
とりあえず指定された場所に向かうことにした。
皇族と関わりが持てるなら事態は一気に進展する。皇族の剣術指南を冒険者に頼むだろうかとも思うが、まあいい。考えごとは性に合わん騎士の仕事は戦うことだ。




