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ゴブリンとの戦い

「……と守らなければならない教会法はこれくらいです」


 皇女が法律の話を終えるとヒノワは絶望的な表情で書き取る手を止めた。


「多すぎぬか」

「ヒノワ様は竜ですから本能で理解できない部分も多いでしょう。必ず覚えてください」

「うむ……」


 元の世界の法律に比べれば難しいものではない。皇女が細かい規則は省いてくれたから人を殺すと身分や種族によって金貨何枚とか物を盗むとむち打ちとか簡単なものだ。


「リン様はどうですか?」

「うん、けっこう元の世界の法律と被ってるから大丈夫」

「ええ、リン様は博識はくしきですね。教養に関してはほとんど問題ありません。むしろ時間があればわらわもご教授きょうじゅ願いたいくらいです」

「はは……これでも二十越えてるからね」


 文学、哲学、法律、僕の外見が十代前半ということもあって、そこまで難しいものは求められない。

 これくらいでめられると嬉しさより恥ずかしさが上回る。


「リン様は先に戦いの練習をしましょう」

「うん、もう終わり?」

「はい、皇族は修道士ではありませんから、そこまで学は必要ありません。大切なのは国を守る力と人々の規範きはんとして誇り高くあることです」


 僕たちが勉強している間考え込んでいたセルカが立ち上がった。


「リンはまず弱いモンスターと戦えるか試した方がいい」

「ゴブリンとかのこと?」

「うん、記憶を失う前のリンはモンスターと戦うのを嫌がってた。本当に戦えるか試してみて」

「わかったよ」

「プーリン、近接戦闘を教えられる人に当てはある?」

「いえ、リン様のステータスに見合った方はいないわ」

「わかった。私が冒険者ギルドから連れてくる。リンを一人にしないでね」

「ええ、わかったわ」


 セルカが部屋を出て行った。


「わらわたちもモンスターを倒しに行きましょう」

「うん」


 残りの全員で着いてきてくれることになった。

 動きやすいチェニックとズボンに着替え、硬い黒皮のベストと手袋、ブーツを着込み、長い髪をたばねる。

 城の武器庫から弓を持って行こうとしたら皇女に止められた。


「魔法学院に入学するのですから弓はダメです」

「えっ、でも弓が一番強くないですか」

「魔法が使えれば弓ではなく魔法を使います」


 ルーフィアさんも首を横に振った。

 仕方なく斧槍ハルバードを持って行くことにした。

 ヒノワは黒いフード付きのローブで身体をすっかり隠している。


「ヒノワ、どうしたの」

「我を見るとモンスターどもは逃げる」

「モンスターは人間より強さに敏感です。圧倒的な強者からは逃げるし、弱者にはよってきます」

「そうなんですね」


 皇女に簡単な説明を受けながら城壁を出た。

 城は城壁のすぐ内側に建っていた。


「壁の外では常に警戒してください。この辺りにあまり強力なモンスターはいませんが、人型のモンスターは隠れて石や糞を投げてきます」

「うん、わかった」


 平野を通り抜け、鬱蒼うっそうとした森に入った。

 狭いが人が通れるくらいの道がある。

 皇女に続いて足を踏み入れた。

 

 ビュンと風を切る音。

 握り拳ほどの石が僕めがけて飛んできた。

 今の僕にとっては大した速さではない、石の軌道を見て首の動きでよける。

 

 飛んできた先を見ると緑色の肌の醜悪な子どものような怪物がいた。

 とがった耳に小さな角、ゴブリンだ。

 僕と目線が合うと気味の悪い笑みを浮かべた。

 背筋にナメクジが這うような悪寒。確かに普通の動物とは違うみたいだ。


「ムリ!!!」


 耐えられず拾っておいた石を投げつける。

 ゴブリンの顔がはじけ飛び血肉をまき散らす、残った胴体は倒れて少しだけ痙攣けいれんした。


「うわっ、気持ち悪……」


 命を奪った罪悪感も後ろ暗い喜びもない。ただ、ゴキブリを潰した時のような不快な存在を排除はいじょできた安心感だけがある。


「リン様!!! 冷静に対処してください!」

「いや、だって気持ち悪いし」

「ゴブリンの死体はゴブリンを呼びます。こんな臭いをまき散らすような殺しかたは絶対にダメです!!!」


 皇女に怒られた。ヒノワが影絵でもするように手を口の形にし、そこから吐き出した炎でゴブリンの死体を焼いた。

 ツンとする異臭が立ち上る。


「ヨシトさまは素手で食事をすることさえ嫌がる潔癖けっぺきでしたから、まずはそれをどうにかしなければ厳しいかと」


 ルーフィアさんが皇女に言った。


「はぁ……ゴブリンの何がダメなんですか」

「いや、見た目とか臭いは我慢できるんだけどあの気持ち悪い笑いが耐えられなくて……」

「ただ苗床にできる女性を見つけて興奮しているだけでしょう。男だとおっしゃるなら我慢してください」


 皇女があきれたように言う。そんなの気持ち悪すぎる。逆になんで他のみんなは平気なんだ……


「ヒノワやルーフィアさんは平気なの!」

「我にはそのような目は向けぬぞ」

「最初は気持ち悪かったですけどれました」

「これからゴブリンがたくさん来ますからリン様も慣れてください」


 皇女がそう言い、木陰に姿を隠すと森の中からゴブリンが三匹やってきた。

 大柄な一匹は刃こぼれした短剣を、もう二匹は先のとがった木の棒を持っている。

 そいつらは僕の方を見てあの気持ち悪い笑みを浮かべた。


 気持ち悪い。

 近づかずに石で倒したいがそれでは練習にならない。

 僕は男なんだ。あいつらの笑いはただの勘違い。

 僕は男、僕は男、僕は男、僕は男、僕は男、よし頑張れる。


 先手は譲る。身体の力を抜いて待っていると三匹まとめて走ってきた。

 一息で頭を粉砕することも可能だが、最初に間合いに入った短剣持ちをハルバートの槍部分で牽制けんせいするに止める。


 当然、残り二匹は牙をむき出した凶悪な笑みでとがった棒を突き出す。

 動きはバラバラ、スキだらけだ。

 地面をって片方に土をかけてやる。

 土は開いた口と目に飛び込み、動きが悪くなる。

 右手でハルバードを引き戻し、斧の反対部分についたかぎ爪で後頭部を引っかける。


「ゥゥアア……」

 

 弾力性のない頭部を突き破った手応え、ゴブリンはくもった悲鳴を上げる。

 少し力を入れると動かなくなった。

 もう一匹が突き出した木の棒は左手でつかんである。

 木の棒を取り上げて手首の動きで目玉に突き入れた。

 棒は首の後ろを貫通してゴブリンの命を奪った。


「人間よりもろいのかな」


 残るは手下? を殺されて怒りに目を見開く短剣持ち。

 振りかぶった短剣を槍部分で弾いた。

 吹き飛んだ短剣に手をのばし、体勢が崩れたゴブリンの軸足をで引っかけ転ばした。

 うつぶせに転んだゴブリンの肩を踏みつけ、柄を叩きつけて頭を陥没かんぼつさせた。

 頭にめり込んだ柄を引き抜くと血があふれる。


「お見事でした。次が来る前に森を出ましょう」

「うん……」


 死体はヒノワが燃やし、僕たちは森から出て城壁の中に帰った。

 なんか、思ったより平気だな。

 持ってきた布でハルバードについた血をぬぐいながら考える。

 けっこう冷静に動けたし、副業で猟師とかしてたんだろうか、正直、かなり頑張らないと殺せないと思ってたんだけどなぁ……


「リン様、考えごとですか?」

「うーん、思ったより殺すのに抵抗がなかったんだ」

「良いことです。潔癖ぶりから心配していましたがさすがはセルカの連れです。冒険者をこころざすものでも初めての戦いでは肩に力が入り、襲われるとたじろぐものです。リンさまは肝がわっています」

「あっ、確かに怖くなかったかも」


 むしろ戦う前が一番緊張していた。

 まあ、やらなきゃいけないことだから上手くできるにしたことはない。


「ルーフィアさんお願いがあります」

「なんでしょうか」

「帰ったらお風呂をためてください」

「リンさま……本当にあなたは潔癖ですね」


 ルーフィアさんがあきれたように言った。

第三話を修正しました。


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