戦う? 戦わない?
セルカが沈黙を破った。
「アルリスのスキルから城の人たちを解放する手段は二つ。一つは説得して解除してもらう。今はアルリスの情報が少ないけどたぶん無理。もう一つはさらって脅迫する。ロウナ帝国の内情を隠したままできるのはこれくらい」
「ふむ」
「さらうのは戦力を連れ込めない学院内を想定してたけどヒノワ一人だと情報収集や逃亡が難しいかもしれない」
「そうだな」
「もう少しレベルを上げていただけませんか」
申し訳なさそうに皇女が言った。
「わかりました。モンスターを倒してくればいいんですよね」
「危ない」
セルカが首を横に振った。
「レベル千から上げようと思ったらそれなりのモンスターと戦わないといけない。リンの耐久だとオーガに殴られただけで即死しかねない。それにリンは魔力のない世界に人間だからMPは上がらないかもしれない」
「素早さが八百万もあれば当たらぬであろう」
「不意打ちされたらどうするの」
「我とセルカがいれば問題ない」
「ヒノワはモンスターをあなどりすぎ」
「セルカ、慎重すぎるぞ」
セルカとヒノワの意見が対立している。僕は大丈夫だから戦うと言いたいけど、無責任かもしれない。たぶんMPさえ確保できればいいんだろうけど。
「さっきみたいに付与魔法でどうにかできない?」
「エンチャントはバレます。隠せたとしても授業が乗り切れません」
「うーん、MPって容器とかに入れて持ち歩けませんか」
「いえ、そういうものではないので」
「できるかも」
セルカがつぶやいた。
「私かルーフィアをリンのスキルでモンスターにして魔物使い系の職業を名乗る」
「すいません、私はモンスターになるなんて耐えられません」
「わかった。期間が長いからできるだけ私に近いモンスターで一緒について回れるくらいの大きさがいい」
「いや、でも僕の記憶喪失はそのスキルで女の子になったのが原因じゃないの」
「まだわからない、試験までにMPが用意できなかったときの最終手段」
MPか……元の世界にはなかったはずだ。
レベルを上げる以外に鍛える方法が思いつかない。
でも、セルカにリスクを押しつけるのは違うと思う。
「やっぱりモンスターと戦うよ。みんなだってモンスターと戦って強くなったんだよね」
「戦ってない一方的に殺しただけ」
セルカは首を横に振った。
「どういうこと?」
「戦闘向きのスキルがあればステータス面では同格の相手でも一方的に殺せる。私に致命傷を与えられない、一撃で倒せるモンスターだけを狙ってレベルを上げた。リンのステータスだと常に一撃死の可能性がつきまとう」
「ヒノワもそうなの?」
「確かに我を亡き者にできる相手と戦ったことはない。だが、恐れるな。相手を選び、我とセルカがついていれば遅れを取ることはない」
「どうしてヒノワはそんな無責任なことが言えるの」
セルカが無機質な声でヒノワに問う。
「セルカ、お前ほどの強者がなぜ恐れる。人の生は短い、臆していては何事もなせぬぞ」
「質問に答えて」
「リンを信じているからだ」
「リンは戦ったことない」
「我が好ましく思った人間なのだ。そう簡単に死ぬはずがなかろう」
「話にならない」
淡々と告げるセルカの耳がピクピクと動く。
二人とも判断に感情が入りに過ぎてる気がする。
「セスはどう思う」
「わらわはお供なしで戦ったことがありませんからなんとも……」
「ルーフィアさんはどう思いますか」
「私は現役を退いて長い身ですからご容赦ください」
「昔の感覚でいいです」
「冒険者として生活のため継続的に戦うならお止めします。ですが今回は一時的なことですし皇女殿下に格段のご厚情を賜りました。同じエルフの一族のためであれば許容できるリスクです。あくまで私であればという話ですが」
「ありがとうございます」
やっぱり貴重な聖遺物を使ってもらっておいてMPがないです。みんながんばってではあまりにも誠意に欠ける。
「セルカ、心配してくれるのは嬉しいけど元々僕が皇女様とした約束なんだ。僕が戦うのを認めてほしい」
「ううん、強姦未遂されて記憶を失って脅迫された。リンは被害者。なんの責任もない」
「僕も無理やりセルカたちを巻き込んだ加害者だよ。セスは追いつめられていたし、貴重なレリックも使わせてもらった。それに友達になったんだ力になってあげたい」
セルカが反論しづらいよう言葉を選ぶ。
「……先に礼儀作法をした方がいい。MPは代替手段があるけど作法は私が代わりにするわけにはいかない。それから考えよ」
「それもそうね。ロウナの皇族として疑われない程度には学んでいただきます」
皇女に連れられて机と椅子が置かれた部屋についた。
絢爛豪華な玉座の間と比べて石壁はむき出しで、シャンデリアもあまり立派ではない。
僕とヒノワに羊皮紙と羽ペン、インク壺が配られた。
「まずはお二人にどの程度教養があるかはからせてください」
「学院とは学ぶ場ではないのか」
「魔法学院に入れるのは皇族や貴族、一部の豪商の娘だけです。彼女らは家庭教師や修道士たちからそれなりの教育を受けています」
「二週間しかないのであろう」
「はい、最低限皇族として必要なことだけ学んでいただきます。さいわい、魔法学院には様々な国の方が集まります。場所によって作法は違いますから細かく追求されることはないはずです」
「それならなんとかなりそうかな」
ほっとした僕に皇女は厳しい顔を向けた。
「そんなに簡単ではありませんよ。そもそもお二人は皇族がなにをしているかご存じでないですよね」
「うむ」
「わらわたち皇族は神によって選ばれたロウナ帝国の支配者です。その役目を国を守り、栄えさせることです。モンスターや他国に対抗するための軍備、外交、法をつくり、裁きを下し、地方を治める貴族たちをまとめるのも皇帝の役目です」
「貴族の人たちには頼れないんですか?」
「ロウナの貴族は独立性が高い。皇族の力が弱まっていることを知れば好き勝手する。元老院の承認も必要だしプーリンが言うほど皇帝の力は強くない」
セルカが言うと皇女は少し不満そうだった。
「……ええ、お恥ずかしながら国の全てを支配できている訳ではありません。お二人に演じていただく皇女は基本的に他国の王家に嫁ぎ、その王の良き助言者であり、優雅な話し相手であり、聡明な母であることを求められます。そして王が不在の時には軍を率いることさえあります」
「セスにも婚約者がいるんじゃないの、僕と婚約してよかったの?」
「実はわらわは全てが終わりしだい修道院に入ろうと考えていたのです」
「どうして」
セルカが耳をピクリと動かし皇女を見た。
「わらわはスキルの発現が遅く、魔法学院にもことごとく入学を断られました。社交の場に立つ機会が少なく人脈のないわらわをあえて正妻に迎え入れようとする王はいません。せめて神に身を捧げ一人でも多くの民を守りたいと考えています」
「そうなんだ、セスみたいに可愛い子でもダメなんだね」
「ふふ、ありがとうございます。でも、王妃は見た目だけのお飾りでは務まりません、わらわの力不足です。リン様はその年でスキルが発現したということですから魔法使いや修道女を志しているほうが自然かもしれません」
「そうだね、設定も考えておかないと」
まあ、記憶がない分役は演じやすい。
「それで覇気がなかったの?」
「えっ、そうかしら…………父上も母上も優しかったし、皆も大切にしてくれたからセルカと一緒に居た頃よりは丸くなったかもしれないわ。わらわのことはこれくらいにして、お二人は文字を書けますか」
皇女に言われて羽ペンをインク壺に浸してこの世界の文字を書く。
ん? なんで書けるんだ。おかしくないか?
「どうして僕はこの世界の文字が分かるんだろう」
「神が人々にステータスをお与えになったとき全ての種族がそこに書いてある文字で意思疎通ができた」
「神様が作ったものだからってこと」
「それくらいしか思いつかない」
「む、上手く書けぬ」
ヒノワが書いた文字は力はこもってるけどガタガタで読めない。
納得がいかなそうに何度も書いている。
「ヒノワ様は元竜ですからね。特訓しましょう」
「うむ、我が名はどう書くのだ」
「えっ、僕?」
「お前がつけた名であろう。リンの国の言葉で太陽を指すと言っていた」
「じゃあ、こうかな」
日輪と書く。漢字まで伝わるのすごいな。
「これが我か、まずはこれを書けるようになる」
「うん、がんばって」
「いえ、特訓は後です先に他の教養も調べさせてください」
「む、そうか」
ヒノワは名残惜しそうに一度だけ日輪と書いた。




