魔星の窯笛
‐王城・玉座の間‐
赤い皮の豪華な玉座以外のめぼしいものはない玉座の間。
皇帝の座るはずのそこには王冠だけが置かれ、僕はその前にひざまずいていた。
一度に大量の付与魔法を受けるため、種族をエルフに変えてから儀式を始める。
すでに魔力増強のためのお守りやエルフが身に着けるという草を編んだ髪飾り、正規の儀式でも使う青色のベールと純白の法衣を身に着けている。
【リン(エルフ)】
僕がエルフに変わると最初にセルカが前に出た。
白い無垢な魔力をまとっている。
でも、その形には微かな迷いが見えた。
「人の子に神の愛を〈祝福〉神秘の探求に礎を与えたまえ〈聖者の魂〉第一の疑似秘蹟〈一日だけの洗礼〉第二の疑似秘蹟〈一日だけの堅信〉第三の疑似秘蹟〈形だけの聖体拝領〉」
玉座の前に立ったセルカが焦げゆがんだ金属の杯に手を入れた。
口を開くとセルカの手が僕の口に添えられ少量の灰が流し込まれた。
苦くてパサパサする。少し時間をかけてつばを溜め飲み込んだ。
エンチャントを終えたセルカに変わってルーフィアさんが前に出た。
「善なる火の精霊よこのものを守りたまえ〈火精霊の加護〉」
ルーフィアさんの緑色の魔力が放たれ、それが呼び寄せたかのように燃え盛るような赤い魔力の塊が現れた。
僕の五倍は大きいサンショウウオのような形の炎の魔力はのそのそと僕の側まで這うと肩の横に止まった。
身体が内側から燃えるように熱を持つ。サラマンダーに触れようとしたが手がすり抜けた。
ルーフィアさんは後ろに下がりセルカに椅子を押されたヒノワが前に出た。
「力を抜け」
そう言うとヒノワは自分の親指を犬歯に近づけ皮膚を噛み破った。
少しだけ顔をしかめ、強烈な熱気を孕んだ血の流れる親指をひざまずく僕の顔に近づける。
唇に親指がそえられ、血の口紅が施された。
熱いというより痛い、火傷みたいにヒリヒリして唇が焼け落ちてしまいそうだ。
歯を食いしばって血を拭うのを我慢する。
【リン(エルフ)】 レベル1
【職業】SE
【HP】 130
【MP】 1053
【筋力】3
【攻撃力】3
【防御力】98
【器用さ】57
【すばやさ】7
【スキル】なし
MPが目標の千を超えた。僕が視線を送ると皇女が僕と同じように空の玉座に向けてひざまずく。
しばらく顔をふせて空白の時間が流れた。
皇女は立ち上がり、玉座の位置に移動してから僕の方に歩いた。
彼女が差し出した空色に輝く鳥の宝飾がついた杖をうやうやしく受け取る。
セルカが僕に杖を握り込ませ腕を縄で縛った。それを隠すように白い布が被せられる。
僕の腕が完全に動かなくなってから皇女は王冠を大切そうに抱えて歩き出した。
青色のベールの隙間から皇女を見て、後を歩く。
黄金の扉の前で皇女が止まる。
翼を広げた青い巨鳥の紋章が輝き、焼き焦げて灰に変わった。
扉が開き、松明を持った皇女が先を歩く。本来なら皇帝と二人で行う儀式、彼女は口を開かない。
暗闇の中、銀色のパイプが火に照らされる。人が入る太さのパイプが横がどこまでも並び上に向かって伸びている。
カリカリと鈍い、金属を尖ったものを掻く音がする。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、気にしだすとその小さな音がたくさん聞こえだした。息が苦しい。
はぁはぁと乱れた自分の息が混じる。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、逃れようとする足掻きの音。
昨日『第一コミカ書』で見た雪棘木霊は寒冷地の木に取りつき逆棘のついた雪の刃を作って生き物を痛めつけ、凍傷や出血多量で殺す危険なモンスターだった。
同情はしない、僕のために死んでもらう。サラマンダーがつぶらな瞳で僕を見つめた。
一度受けたエンチャントは終了時間まで解けない、もう人間に戻ってもいい。
【リン(人間)】
人間に戻ると音は聞こえなくなった。
巨大な銀の心臓のように太いパイプが繋がれたドーム状の中心部が照らされ、その真下へ続く階段を降りる。
黒く融解し風が吹き荒れたような溝が刻まれた地面、中心部の下部分から細い金色のパイプが伸び、先端はおわんのように膨らんでいる。
真下に立って膨らみの中を見上げると蒼銀の光がゆらめいているのが見えた。これが超魔導エーテルなのだろう。
その下に杖の先、ヒナドリの彫像が来るよう位置を調整する。
「〈あなたが永久の眠りにつき、全てをお忘れになることを望みます。焼けた刃と黒い鞭はあなたの僕のもの。どうか罪深き我々と光りなき夜をお許しください〉」
〈スピカの祈り〉の詠唱を終えるとヒナドリの口から小さな星のような白炎が吐き出され、ゆっくり上っていく。
皇女が頷きドームの下から出た。
しばらくすると腹に響くような重い衝撃が地を揺らした。
轟音、一万匹の巨人が耳元で咆吼するかのような音圧。パイプは赤熱し、熱気が押し寄せる。
数秒後には浮かび上がった灼銀の森は姿を消し、排気の音とともに空から燃えカスが降り注いだ。
部屋の外に出ると扉が閉まり、灰から空色のヒナドリが蘇った。二枚の扉から隙間が消た。
皇女は僕の手から布を外し、きつく結ばれた縄を解いた。
「儀式は終わりました」
「ありがとうございました」
皇女に杖を返す。僕はなんとなく扉の方を向いて、手を組んで祈った。
「悔いているのですか」
「いえ、せめて彼らが安らかに眠れるますようにと」
「そうですか」
皇女に差し出されたハンカチでヒノワの血を拭き取る。役目を終えたサラマンダーも消えていた。
皇女と一緒に玉座の間に戻るとセルカが心配そうに近づいてきた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。どうして」
「リン達の世界では意志を持つ生き物を直接殺すことはほぼないって神様が言ってたから」
「たくさんの命をいただいて生きているのには変わりないよ」
ステータスを開く。
【リン(人間)】 レベル1000
【職業】SE
【HP】 222
【MP】 1
【筋力】5000000
【攻撃力】5000000
【防御力】98
【器用さ】5290000
【すばやさ】8000000
【スキル】なし
ここでは自分の行いは永遠に残る。
「この世界では僕の身体に刻まれるから絶対忘れない」
「なに……このステータス」
セルカは険しい顔でステータス画面を見ていた。
セルカの声を聞いて見に来た皇女もポカンと小さく口を開けて固まった。
僕もステータスをよく見る。
「偏ってるね」
「こんなステータスはありえない」
「リン様……どのような生き方をしてきたのですか」
セルカも皇女も困惑している。
「どういうこと」
「ステータスは魂の鏡です。生きていたい、傷つきたくないという願いがHPと防御力になるのです。リン様にはそれがないのですか」
心配そうな目線が集まる。
ちょっと気まずい。別にそんなことないと思うんだけど……
ブラック企業で過労死したらしいし、生きる気力がなかったのかもしれない。
「覚えてないけどそうなのかな。まあ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。それよりMP1しかないけど大丈夫?」
「大丈夫ではない……ですね」
「リンと学院に行けぬのか」
ヒノワが残念そうに言い、僕たちは顔を見合わせて黙り込んだ。




