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すれ違い

 真っ暗な空、蝙蝠こうもりのような羽を生やした数十の黒い人影が腕をだらりと垂らしてこちらを見下ろしている。

 飢えた瞳は黄色く光り、輪郭は闇に溶け込んでいる。

 一匹が急降下し、犬の吠え声が何度も聞こえた。空中に戻ったその一匹に影たちは群がり、鳴き声は消えた。

 

 群れの端に追いやられた小さめの影と目が合った。いやしく輝く黄色の瞳、吸い寄せられるようにこちらに来る。

 急降下、影が巨大な円状の口を開いた。ねじ曲がった歯が唾液だえきを引き、弾力のない黒いゴムのような顔のほぼ半分を占めるほどまで開く。

 窓ガラスにぶつかり歯がボロボロと折れた。開ききって薄くなった口の皮から暗い赤の血を流し、屈辱に震える黄色の瞳が僕を見つめた。



「わっ!!!」


 目を覚ますと僕の部屋だった。嫌な夢…………昨日のモンスターの本のせいだ。


「どうしたの」


 部屋の隅に座っていたセルカが心配そうにこっちに来た。


「あ、ごめん、ちょっと変な夢見ただけ」

「どんな夢?」

「ええっと、空を飛ぶモンスターに襲われた」

「モンスターは危ない。ちゃんと知っておいた方がいい」


 そう言うとセルカは『第一コミカ書』を取り出した。

 昨日はずっとこれを読んでいた。第一ってことは二もあるのかな……

 ご飯前に読みたい本じゃない。


「ご飯食べてからじゃダメ?」

「じゃあ食堂、ほとんどできてるはず」


 セルカと一緒に食堂に行くと皇女が座っていた。


「ごきげんよう」

「うん、ごきげんよう」

「もう準備できたの?」

「ええ、ヒノワ様が一日中召喚し続けてくれたわ。あの方は何者なの」

「リンのスキルで人間にしたドラゴン」

「ドラゴンってあんなに賢いのね。でも、セルカのドラゴンは二匹よね」

「二年前に死んだ。ヒノワは別のドラゴン」


 そう言うとセルカは調理場の方に行った。


「ルーフィア早く出して」

「セルカ、もう少しでできるから」

「食べられるものを先に出して」

「はぁ……わかりました」


 不満そうなルーフィアさんがパンやスープを並べていく。

 皇女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「セルカ、まともな食事をするようになったのね」

「前から変なものは食べてない」

「昔のセルカはどうだったの」


 皇女に聞くとセルカの方をチラッとうかがった。


「どうせ誰かが言う」

「セルカはほとんど街にはよらずモンスターの肉を火を通さずに食べていました」

「へえ、おいしいの」

「硬くて臭い、毒とか腐敗とか状態異常耐性をあげられる」


 おいしくなさそうだ。


「あと、レベル上げの効率が上がると言って魔物使い(モンスターテイマー)が使うエサを頭から被っていたのでかなり臭いました」

「えぇ……」

「あと、凄く大きいドラゴン……えっと」

「『憤怒の尾(ラーステール)』と『真実の根(トゥルールーツ)』」

「ああ、そうです。岩の塊みたいなのと木のつるでできたような二匹を仲間にしてからはずっとダンジョンに行ってました。街に戻るのは一年に一度とかでした」

「なんか、すごいね……」


 話の内容の割に皇女は楽しそうだった。セルカは居心地悪そうに尻尾をお腹にくっつけ、珍しく硬いパンをかじってる。


「可愛いところもあるんですよ。モンスターと盗賊を両方狩ればもっとレベルが上がるって言ってわらわのドレスとアクセサリーを着て戦いに行って、盗賊が一人もいなかったって不満そうに言ってました。魔物の血とエサまみれで襲われるわけないのに、ふふっ」


 皇女が楽しそうにほほ笑む。これほほえましい話なんだろうか……

 

「それは小さいころ」

「セルカ、あまり危ないことしないでね」

「今はそんなことしない」

「ええ、リン様のおかげでセルカが人らしい暮らしをしてくれて嬉しいです」


 ご飯を食べ終わってから全員で城に向かった。

 飾り気のない街を歩き、無骨な城にたどりつく。

 巨大な城門に刻まれたヒナドリの紋章に皇女が触れると内側に扉が開いた。


「自動ドア?」

「城にかけられた魔法です。この城自体が皇族専用の魔道具ですから」

「セルカ、魔道具ってなに」

「魔法のかかった道具」

「うん、そうだよね。ありがとう」


 皇女に続いて相変わらず薄暗い城の奥に進む。

 空色の宝石で装飾された巨鳥が翼を広げる黄金の扉の前にヒノワが座っていた。


「ヒノワ、久しぶり」

「うむ」


 ヒノワが嬉しそうにほほ笑んだ。


「この扉の先にロウナに伝わる聖遺物レリック魔星の窯笛ティビア・ステラリア・プルガトリウム』があります。ある程度身体の自由を奪った上で使用していただきますが、悪魔のささやきには耳を貸さないようお願いします」

「わかったよ、勝手な真似はしない」


 皇女が真剣な顔で僕を見つめる。

 

「『笛』は超魔導エーテルに満たされた容器に炎耐性の低いCランクモンスター雪棘木霊アイシクルトレント一万匹を収容し、ヒナドリの杖に秘められた『笛』専用の聖術〈スピカの祈り〉によって神に捧げる儀式です」


 そう言うと皇女は空色に輝く鳥の宝飾がついた杖を取り出した。


「父上がいないので完璧な儀式は行えませんが神へ敬意を払って儀式を行っていただきます」

「うん」

「私とセルカで儀式を執り行います。リン様は私から杖を受け取って所定の位置で〈スピカの祈り〉を発動してください。杖を持って念じれば大丈夫です」

「練習してもいい?」

「一度で発動しなければ神がふさわしくないと判断したということです。ステータスを開いてください」

「うん」



【リン(人間)】 レベル1


【職業】SE


【HP】 8

【MP】 1

【筋力】3

【攻撃力】3

【防御力】2

【器用さ】17 

【すばやさ】7

 

【スキル】なし



 僕のステータスを見た皇女は困惑したようにセルカを見た。


「セルカ、レベル上げてこなかったの? MPが足りないと思うのだけど」

「私とヒノワとルーフィアで限界まで付与魔法エンチャントをかければ問題ない」

「そう……決まりではそういうことは禁止されてるけど」

「皇帝の許しを得てないから決まりもなにもない」

「そういう考えはあまり良くないと思うわ」


 皇女とセルカの視線がぶつかった。


「あの、今からでもレベル上げてきましょうか?」

 

 恐る恐る聞くと皇女は諦めたように首を振った。


「そのエルフとヒノワ様の力も使って儀式を行います。今回は仕方ありません」

 

 皇女は小さくため息をつき、セルカを見た。


「セルカ、こういうことは事前に言いなさい」

「言ったらダメって言う」

「言うけど、ちゃんと話し合って決めましょう」

「今はムダなことに時間を使えない」

「セルカ、あなた変よ」


 セルカは呆気にとられたように皇女を見た。


「どういうこと」

「少し冷たい感じがする」

「……わからない、先に儀式を終わらせよう」

「ええ、わかったわ。でも、少し考えておいて」

「うん……」


 セルカは準備に向かう皇女をぼんやりと見つめていた。

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