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朝の武器訓練

 動きやすいよう膝に届かないほどの丈のチュニックとズボンに着替え、食堂に帰るとセルカと神様が真剣な顔で話していた。

 僕たちが戻ると神様はこちらに歩いてきた。


「ぼくは行ってくるよ」

「うん、気をつけて」

「フフ、大丈夫。心配はいらないよ」


 神様はそれだけ言うと部屋を出ていった。


「私たちも行ってきます。ヒノワ様の魔力が尽きたら帰ります」

「たぶんヒノワなら『笛』に必要な量を全部呼べる。今日はあっちに置いて来て」

「ヒノワ様もそれでいいですか?」

「……うむ」


 ヒノワが少し迷ってうなずいた。


「ヒノワ、どうしたの」

「……我がいなくても平気か」


 落ち着かなそうなヒノワをぎゅっと抱きしめた。

 ふわふわして温かい小さな身体。

 身体を離すとヒノワの表情が緩んだ。

 

「寂しいけど一日くらいなら大丈夫だよ」

「ならよい」


 金庫とは別に車輪つきの椅子に乗ったヒノワとルーフィアさんは部屋を出て行った。食堂には僕とセルカだけが残った。


「セルカ、僕の特訓ってなにをするの」

「まずは庭で適正を図る」


 セルカの後をついて食堂を出る。


「学校に入るのに戦う必要があるの?」


 セルカが一瞬固まり、振り返った。


「えっと、変なこと言った?」

「……」


 セルカは言葉を探すように黙り込んだ。


「戦えないと死ぬ」


 それだけ言ってセルカは歩き出した。

 分かりやすい。僕にはヒノワや皇女様との約束がある。まだ死ねない。

 たどり着いたのは武器庫だった。

 木製の棚に剣や槍、杖などが一通り並んでいる。

 セルカにその中からいくつか渡され、二人で武器を手いっぱいに持って庭に出た。

 

「どれが使えそう」

「えっ……セルカのおすすめは?」


 地面に置いた武器の中からセルカが選んだのは先端に棘まみれの鉄球がついた金属の棒だった。

 モーニングスターというやつだろうか、冷えた持ち手を持つ、見ているだけで背筋が寒くなるような暴力の固まりのような造形だ。


「剣と違って刃の向きを気にしなくて良いし、重量が先に集まってるから力を入れやすい。鱗や甲殻が硬いモンスターや鎧を着た騎士相手にも通じる」

「これ、どうするの」

「私に当ててみて」


 少し楽しそうにセルカが言った。

 僕より少し背の低い白髪の少女は華奢な身体をしている。

 こんなものが当たったら棘で肉がえぐれ、骨が治らないほどグチャグチャに壊れてしまう。

 

「それは……危ないよ」

「大丈夫、リンはレベル一だから例え伝説の剣を使っても私を傷つけることはできない」


 そういうとセルカは地面から短刀を拾い、鞘から銀色の刀身を出した。


「危ない!!!」


 僕の静止を無視してセルカは刃を強く握りしめた。

 指が落ちる。

 ……そう思って目を背けたが、鋭利なはずの刃はセルカの白い肌に傷一つつけなかった。


「ほら、大丈夫」


 セルカは短刀の先端を手の平に押し込む。限界近くまで押し込まれた肌は切れることなく、短刀がおもちゃかと思ったが僕が胸を刺したのと同じものだった。

 セルカが自分に刃を向けているのを見ていると心臓が早鐘を打ち、口の中がカラカラに乾く。


「無理だよ……」


 手の中の禍々しい凶器、こんなものを人に叩きつけられない。

 セルカは少し考え込み、床から武器を拾っていく。

 合図されて僕も最初と同じように武器を持って移動した。

 着いた先には木製の柱が一本立っていた。


「このペルを叩いて」

「……なんで最初からこれじゃなかったの」

「実際に戦うのは柱じゃない」


 取りあえずモーニングスターでペルを叩く。

 正対して柱をしっかり見据える。人間でいう頭の位置に狙いを定める。

 強く踏み込み、その力をよどみなく先端の鉄球に集める。

 それなりの力で振り抜いた鉄球は狙い通りの場所を打ちすえ、鈍い音が鳴った。


「上手」

「そうかな」

「うん、他の武器も使ってみて」


 地面に置いた武器を眺めると大きいものが多い。

 モンスターを相手にするからだろうか、ゲームのキャラクターとかが使ってそうな重厚な刃の大剣を手にとった。

 ちょっと重すぎるな。残念だけどこれは使えない。

 脇によけて使いやすそうな槍を持つ。

 なぎ払いとかは考慮されてない小さな刃。

 突くことしかできない。腰を入れて突き出した槍は柱に少し食い込んだ。

 でも、対応力が低すぎる。

 いくつかの武器は脇によけた。


「どうして分けたの」

「この槍は怖くない」

「どうして」

「突き以外に有効な攻撃手段がない。一対一なら簡単に対処できる」

「魔法やスキルが飛んでくるかもしれない」

「あっ……」


 魔法か! その性能次第ではどの武器も使う候補になる。

 確かにこの槍の攻めて手は少ないけど、突きに関しては特化しているぶん強力だ。

 武器を戦闘の主軸ではなく、数ある手段の一つとしてとらえるなら一点に特化したものを選んでもいいかもしれない。


「先にそっちを覚えた方がいいんじゃないかな」

「うん」


 うん……? じゃあどうして武器を……


「どうして武器が先だったの」

「リンはモンスターのいない世界で暮らしていたと聞いた」

「うん、そうらしいね」

「まともに武器が振れると思ってなかった。これなら武器の練習以外もできる」


 セルカは少し声をはずませ楽しそうに言った。

 

「でも、魔法は教えられない」

「どうして?」

「リンはまだMPが一しかない。使える魔法がない」

「そうなんだ」

「今は武器」


 セルカに言われ残りの武器も一通り振って見た。

 斧槍ハルバート長剣ロングソード短剣ダガー刺突剣レイピア棍棒クラブ戦鎚ウォーハンマー……武器庫から色々持ってきたけど、極端に大きかったり、まったく知らない武器以外は一応は使えた。


「リンは元々戦士だったの?」

「えっ、向こうにそんな仕事ないと思うけど」

「基礎はできてる。私よりは上手」

「そうなの」

「うん、武器あんまり使わないから教えることがない」


 そっか、セルカは魔法職だって言ってたもんな。

 武器は使わないか。


「どれが上手いとかあった?」

「わからない。ただ剣の使い方が変わってる」

「どういうこと」

「普通は押しつけて使うのに、手前に引いてる」

「刀はそうだからかな?」

「それってどんな武器」

「えっと、口では説明しづらいかな」


 地面に刀の形を書くとセルカが興味深そうにかがみ込んだ。


「こんなに細いの」

「真ん中に心金っていう柔らかい金属が入ってて衝撃を吸収するんだ。側面は丸味をおびてて相手の攻撃を受け流せる」

「刃が曲がってるけど」

「これはりだよ。引く動作と肩の回転、この反りが組み合わさって少ない力で敵を切れるんだ。それに重心が手元に集まるから見た目より軽い」

「使いづらそう……」


 刀の魅力を伝えたはずがセルカは尻尾を脚にくっつけて困ったようにつぶやく。


「……でもリンがこんなに覚えてるってことはよく使ってたのかな」

「うん、たぶん」

「レベルが上がったら鍛冶屋に作ってもらう?」

「いいの! 一本あると嬉しいよ」

「わかった。でも斬撃が効かないモンスターもいるからこれ一本じゃ戦えない」

「ありがとうセルカ」

「わ! どうしたの」


 セルカをぎゅっと抱きしめる。

 二年の絶食を強いられていたセルカはやせ細っている。

 でも女の子らしい柔らかさも少しあって、金木犀きんもくせいのような甘い香りがする。


「嬉しくてさ」

「あ、あの、私、お風呂入ってないから……」

「大丈夫、良い香りだから」


 言いながら気づいたけど僕も昨日からお風呂に入ってない。

 それに訓練でけっこう汗をかいた。

 獣人は嗅覚が鋭いし臭うかもしれない。そっとセルカを離した。


「あ……」

「ごめん」


 反省していると今度はセルカがひかえめに抱きついてきた。

 僕のほぼない胸に遠慮がちに顔をよせた。

 目の前に来たさらさらの白髪をなでた。

 胸元に冷たい風、セルカの息だ。

 なんか恥ずかしくなって身体を離した。


「あ、あの、リンも良い香り」


 ぎこちなくセルカが言う。恥ずかしさと嬉しさで顔がカッと熱くなった。

 いや、嬉しさってなんだよ。落ち着け。


「えーっと、ありがとう?」

「あ……いや、変なこと言ってごめん」


 セルカも気まずそうに目をふせる。

 突然抱きついたりするんじゃなかった……


「あの、一緒にお風呂入る?」

「それはダメ!」


 めずらしく動揺を顔に出し、頬を赤くしたセルカがピンと尻尾を立てて言った。


「一緒には無理だけど、お風呂温めるようルーフィアに言ってくる」


 セルカは早足で行ってしまった。少しほっとした。

 なんでこんな気まずい思いを…………


「あっ、僕男だった」


 セクハラだ。昨日言われたのに二十過ぎの男だってことを忘れていた。

 磨かれた大剣をのぞき込むと乙女色の瞳の少女が瞳を潤ませ、頬を赤く染めていた。

 こんな見た目なんだから。忘れちゃうよ……

 いや、言い訳だ……後で謝らないと。

 ぼんやり空を眺めると真昼を過ぎ、太陽が傾き初めていた。

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