目
皇女がいなくなり、僕も朝食を食べ終わった。
「セルカ『笛』ってなに」
「『笛』はロウナ帝国が管理するレベル上げ装置『魔星の窯笛』」
「それと廃位と何の関係があるの」
「『笛』の使用許可は皇帝にしか出せない。無許可で使った場合は極刑もありえる」
それはさすがに罰が重すぎるんじゃないだろうか。
「どうしてそんなに罰が重いの」
「理由は三つ。『笛』の効果は絶大、モンスターと戦いたくない有力者や戦闘に向かない有用スキルの持ち主も安全に高レベルになれる」
「だから皇女様はあんなにレベルが高かったの」
「うん、プーリンも一回使ってる。次に、一年に一度しか使えない。内部が起動に必要な超魔導エーテルで満たされるのに一年かかる」
「超魔導エーテルってなに」
セルカは少し考えてから口を開いた。
「魔法がわからないと難しい。基礎から話すと一時間くらいかかる」
「ごめん、いいや」
「わかった、最後はこの国の聖遺物だから。ロウナ帝国開祖プルムメヌスが神の啓示を受けて生け贄のモンスターを捧げるためにつくったらしい」
「レリックって」
「神に関係する古い魔法の道具」
「皇女様は大丈夫?」
「城のことはわからない」
食堂の扉が開き、見当たなかったルーフィアさんが戻ってきた。
「みなさま、おはようございます」
「ルーフィア、ワドニカ魔法学院の入学試験日は」
「はい、ワイズさんが二週間後だと言っていました」
「わかった」
セルカの尻尾の先が小さく動く。考え込んでいるみたいだ。
「リン、スキル使える?」
「ちょっと待って」
【吉宮善人(人間)】 レベル1
【職業】SE
【HP】 8
【MP】 1
【筋力】3
【攻撃力】3
【防御力】2
【器用さ】17
【すばやさ】7
【スキル】なし
全員に見えるように可視化する。表記が変わってる。
「スキルないけど」
「たぶん、未登録職業のスキルだから表示されてない」
「わかったやってみる」
種族でいいかな。名前も早く慣れておこう。
【リン(猫獣人)】 レベル1
【職業】SE
【HP】 8
【MP】 1
【筋力】3
【攻撃力】3
【防御力】2
【器用さ】17
【すばやさ】7
【スキル】なし
書き換えると腰と頭頂近くに慣れない感覚が表れた。
耳と尻尾か、両方動かせる。視界は少しぼんやりしている。
ヒノワを見ると髪が緑色になっていた。
「ヒノワ、髪どうしたの」
「む、どこだ」
「変わったのはリンの目の方」
セルカが手をひらひらさせるとそこだけ異様にはっきりと見える。
「猫獣人は赤色は見えない。止まっているものより動くものがよく見える」
「セルカもそうなの」
「昔は。レベルが高くなって止まってるものもよく見えるようになった。竜使いの職業補正で赤も見える」
「へえ、そういのもあるんだね」
「うん、後で教える」
そういうとセルカはヒノワの方を向いた。
僕も見づらいから種族を戻しておく。
【リン(人間)】
「ヒノワ、雪棘木霊は呼べる」
「一度見ればな」
「じゃあ、後でルーフィアと一緒にプーリンの手伝いに行ってきて」
「うむ」
「アイシクルエントを呼ぶってどういこと」
さっきから聞いてばかりで悪いがわからないことしかない。
セルカは嫌な顔一つせず答えてくれる。
「ヒノワは召喚士、モンスターを呼べる」
「呼んでどうするの」
「我は食すか戯れに戦わせていたな」
「今回はリンのレベル上げに使う」
「『笛』っていうの」
「うん、見れば分かる」
セルカは僕たちを見回した。
「二週間以内に予定ある?」
僕とヒノワは首を横に振った。
「学院への潜入に向けて二人は特訓。ヒノワは一般常識と貴族の作法」
「うむ」
「リンはそれに加えて戦闘の訓練。笛を使うまでは知識をつけてその後は訓練、最終目標はたいていのモンスターから逃げ切れるようになる」
「レベルは上げなくていいの?」
すごく便利なものみたいだし少しでも多い方がいいんじゃないだろうか。
「レベル、水準の名前通り低いほど上がりやすい。『笛』は低レベルの時に格上のモンスターを同時にたくさん倒すことで一気に成長する装置だからそれまではレベル一がいい」
「うん、セルカはいろんなことを知ってるね」
「ううん、調べといただけ」
さっきまで存在感のなかった神様が前に出た。
「ぼくはどうするんだい」
「神様はリンの特訓かアルリスの情報集めをお願いします」
「アルリスの方ならできるかな」
「わかりました」
神様はスッと後ろに下がった。
「じゃあ、セルカが僕の特訓?」
「うん、適正次第だけど」
「セルカと一緒にできると嬉しいよ」
「なれ合いはダメ、適した師につくことが大切」
セルカは戦いに関してはこだわりがあるようだ。
僕はモンスターというのを見たことがないからいまいち真剣になれない。
「モンスターってどんなの」
「召喚してやろう『召喚・虐殺…… 」
「絶対ダメ!!!」
すごい速さで動いたセルカがヒノワの口を封じた。
「なに呼ぼうとしたの」
「どうせなら強いのがよいと思ってな」
「見世物気分で呼ばないで」
「む……」
ヒノワが不満そうな顔をした。
まあ、ジェノサイ……から始まるモンスターには会いたくないからいいけど。
「出かけるから二人は身支度をして」
「うん、わかった」
「うむ」
「ルーフィア、服出して」
「ええ、ではこちらへどうぞ」
セルカと神様を残して食堂を出た。
ルーフィアさんの緑の髪からのぞく尖った耳が気になる。
この人は本当にエルフなんだろうか。
「ルーフィアさんはなんていう種族なんですか」
「私はエルフです。ああ、ヨシトさまのスキルを強く使うには多くの種族を知っていた方がいいですよね」
そういうとルーフィアさんは若草色のステータス画面を開いた。
【ルーフィア(エルフ)】 レベル1020
【職業】精霊使い/弓使い
【HP】 10000
【MP】 1000000
【筋力】20050
【攻撃力】10000
【防御力】90000
【器用さ】90007
【すばやさ】30300
【職業スキル】精霊術/弓術
管理人さんもステータスが高い。MPに至っては百万以上ある。
もしかしてこの世界の人はこのくらいのステータスはあるものなのだろうか。
「ルーフィアさん、ありがとうございます。この世界の人はステータスがこのくらいあるのが普通なんですか」
「いえ、私は元Aランクの冒険者ですから一般の方よりは高ステータスです。それにエルフは人間より平均ステータスが高く、補正値の高い職業を習得しやすいんです」
ルーフィアさんが少しだけ誇らしげに言った。
「僕もエルフになってみていいですか」
「ええ、ご自由にどうぞ」
【リン(エルフ)】
少し暗い廊下が明るくなった。
食堂のセルカが椅子を立つ音が聞こえた。
耳も目も相当いいみたいだ。
先が尖った耳は空気がどちらに流れているか分かるほど敏感だ。
ルーフィアさんを改めて見ると違和感があった。
目を凝らすと青葉を透かした陽射しのような光が微かに漏れ出ていた。
「私たちエルフをその魔力を見ることができるんです」
「これが魔力なんですね。だから、MPが高いんですか?」
「はい、見えないものより見えるものの方が扱いやすいのは当然のことです。ヨシトさまの世界にエルフはいないのですか」
「たぶんいなかったと思います。あと今はリンと呼んでください」
ルーフィアさんは少し悲しそうにうなずいた。
「かしこまりました。……エルフはいないのですね。リンさま、エルフは金属を受け付けない体質ですのでお気をつけください」
「うん、わかった」
ルーフィアさんの控えめな声量もエルフになるとちょうどいい。
でも、獣人もそうだったけど少し身体に違和感がある。
利き手とは逆の手で箸を使うときの感覚の全身版のような微妙な感覚の違い。
【リン(人間)】
やっぱり人間の身体がしっくりくる。
ルーフィアさんは少し残念そうな顔で僕を見た。