一章 丘の上の絵描き
風吹き抜ける、寂しい丘に、佇む小さな一軒家。そこには一人の絵描きが、住んでいました。
絵描きは小さい頃に両親を亡くしました。その両親も、絵描きでした。両親の親、つまりは絵描きの祖父も祖母も、これまた絵描きでした。絵描きの家は、代々絵描きだったのです。受け継がれた技法は奥深いもので、その国で絵描きの名前を知らない者は誰一人としていませんでした。そのくらい、有名だったのです。
けれど数年前から、絵描きは突然絵が描けなくなっていました。線を描いても、影を足しても、色を塗っても、どうも満足のいく絵が描けないのです。ようやく絵ができあがっても、彼は満足できないからといって、その絵をナイフでずたずたに引き裂いてしまうのでした。代々素晴らしい絵を描いてきた一族の自分が、こんな絵を描いたなんて誰にも知られたくなかったのです。
素晴らしい絵が描けなくなった絵描きは、段々と貧乏になっていきました。絵描きの絵が好きな人は、どんな絵でもとにかく売ってくれと頼みこみました。けれど絵描きは玄関でそう頼み込む人に、こう言うのです。
「私は絵描きだ。それも、代々素晴らしい絵を描いてきた一族なのだ。私が素晴らしいと思えない絵を、他の誰に見せるものか」
そして絵描きは乱暴に扉を閉めるのでした。そうなると、遠い場所からはるばる絵描きの絵を買いに来た人も、その丘から去る事しかできませんでした。
やがて絵描きはいよいよ貧乏になりました。けれど、どんなにお腹がすこうが、すき間風が入ってこようが、彼は我慢できました。それ以上に、自分の作品の素晴らしくない事が、耐えがたかったのです。絵描きはキャンバスを床に叩きつけて、一人で叫びました。
「ああ!だめだ!どうして私の絵はこうもつまらないのだ!前まではあんなに美しく、素晴らしい絵が描けていたのに、近頃はちっとも満足できない!ああ!だめだ!」
絵描きは叫びながら家の中で暴れました。ただ一人、ずっと暴れて、泣きました。
絵描きの家に再び沈黙が戻ってから、しばらく経ちました。もう辺りは真っ暗で、絵描きは明かりもつけずに部屋の角でうずくまっていました。何もかも壊してしまいたいのに、絵描きにはその壊したいものが大切過ぎて、どうすればいいのかわからなかったのです。
今まで引き裂いてきた絵だって、本当はそうでした。自分の命を削って描いた絵を、絵描きは確かに愛していました。けれども、どうしても納得ができなくて、結局その絵をずたずたにするしかなかったのです。自分で描いた絵に自分で刃を突き立てる時、絵描きはまるで本当に自分の身が痛くなる感覚さえしました。その感覚を、絵描きは忘れませんでした。
「これは罰だ。私自身への罰だ。こんなにつまらない作品を描いた、私への罰なのだ」
絵描きはそう思いながら刃を突き立てていたのです。
絵描きは泣きはらした目で、ぼんやりと辺りを見回しました。もう真っ暗で、ほとんど何も見えません。絵描きはどうにかこうにか立ち上がると、手探りでろうそくを探し、火をつけました。真っ暗な部屋に、小さくて温かな火がとてもあっけなく、ぽつり、と灯りました。それから絵描きはもう一度散乱した部屋を見回して、深いため息をつきました。その時です、絵描きは壁におかしなものを見ました。




