最終章第26話 まだ時は止まらない
龍の周りを回転する風。
その風のせいで、蟻村の攻撃はその龍には一切効かない。
だが蟻村は一筋の光明を見つけた。
「回転する風。それを崩しには、回転に回転をぶつける。そんなの、学者の間では当然すぎて語られなかった論文。だが、今ここでその論文が役に立った」
蟻村幸太郎は銃を構え、回転する火炎を放った。
「不死鳥の旋炎」
蟻村の銃から放たれた回転する火炎は、龍が纏っている回転されし風に当たる。そこで何も起きるはずはない。それでも蟻村は何発も火炎の弾丸を放つ。
何も起きないはず。だがそれは違った。
突如蟻村は撃つ位置を変え、今度は龍の顔面を狙う。しかも全力の技。
「不死鳥の獄炎よ。不死鳥の深紅の羽根よ。その翼を散らし、圧倒的驚異の一切を断絶せよ。不死鳥の傲慢」
聖銃から放たれた深紅の火炎は、風を纏っているはずの龍を焼失させた。
回転する風を纏っているのなら、あの程度の攻撃は回転する風に乗り、周囲に分散するのがオチだというのに、火炎は龍を焼失させるに至った。
「蟻村。一体何をしたの?」
つららは不思議そうに聞いた。
あの龍を倒すには、あの龍が纏っている風をなんとかしなければ倒せないはず。それなのに蟻村は倒した。つまり蟻村は風に細工をしたということになる。
「あの龍が纏っていた風が空気のように密度は軽くない。あぼ風は普通に重い。だからこそ、俺はあの回転に逆の回転をさせた火炎を風の端に当てた」
「じゃあ龍が纏っていた風は逆回転になったの?」
「ああ。そういうことだ。だが風の向きが変わらないという可能性もあったが、どうやらその心配はする必要がなかったらしい」
「でも巨大な龍が一匹じゃなくて二匹もいたから、まだいるかもしれないよ」
蟻村は少し不安そうな表情を浮かべる。
この戦場において、敵の数や実態がハッキリとしない限り、戦いを互角以上に繰り広げるのは難しい。
つまり今、蟻村や蚊の大群は劣勢である。
「蟻村さん。いつの間にか小さな龍が消えたぞ」
一匹の蚊が言った。
蟻村は周囲を見渡す。
確かに周囲にはさっきまでいたはずの龍の群れは消えている。
何かが起こるのは明白だ。
「うわあああ」
突如、纏まっていた数匹の蚊が一斉に叫びだした。と思ったら、倒れて海の中に落ちていった。
誰もが何が起きたのかを理解することはできなかった。
皆が困惑し、震え始める。
だが震えているだけでは何からも逃れることはできない。
再び纏まっていた蚊が一斉に悲鳴をあげ、そして海に落ちていった。
まだ誰も何が起きたのかは理解できていなかったが、蟻村だけは憶測を立てていた。
さっき倒れた蚊の上空には雲があった。だが蚊が海に落ちた後、その雲には大きな穴が空いていた。
蟻村は何もかもを悟った。
「振動か」
蟻村は察していた。
見えない攻撃の正体ーーそれは"揺れ"だと。
蟻村が理解した直後、空全体の雲の形が歪む。
「お前たち。下がれええええええ」
蟻村は叫んだ。だが遅かった。
蟻村とつららの乗っていた火の鳥は海面すれすれまで下がったが、他の蚊の多くは振動により、海面に落下した。
蟻村の頭上を死んでいった蚊が舞い落ちる。
落ちていった蚊の中には、蚊の王であるモンスキートもいた。
蟻村は聖銃を握り、天に向ける。
「ふざけるなああああ」




