七百七話
美咲さんとソラとサキさんと共に、庭の奥へと足を進める。
静かな木々の間を……と言いたいところだが、あちらこちらでモンスター化した動物達がワイワイと賑わっていて、自然の中の静寂を楽しむといったことは出来そうに無い雰囲気だ。
ただ、そんな賑わいを見ていると、動物達を村に連れて来た甲斐があったなとも思える。……まぁ、動物達の中には自らたどり着いたモノ達も居るのだけど。
「さて、見えて来たな」
ゆっくりと歩いて来たので、時間にして家から徒歩五分と言ったぐらいの場所。
木々の隙間から刺した光が社をスポットライトの様に照らしていて実に神々しくも見える。
そんな社の前へ、俺達がたどり着くと一陣の風が社の背後から……。
「わっぷ……」
「目が!」
風圧により目が開けられない。倒れる事は無いしバランスを崩すなんて事も無い。
ただ、恐ろしく勢いの良い風により、手で顔を覆わざる得ない状況になった。
とは言え、其れが延々と続く訳も無く、数秒? 数分? どれぐらいかは分からないが、ある程度時間が経つとその風も止まった。
そして、漸く目を開ける事が出来、俺達は一体どういう事か? と辺りを見渡してみる。
「うーん……特に何もなし? ただ風が吹いただけって事なのかな」
「〝でもただの風には思えなかった〟」
美咲さんとサキがお互いの頭の上に疑問符を浮かべながら会話をしている。
確かに言いたい事は分からなくもない。何故何もないのにあの様な不思議と思える風が吹いたのか。
社の周囲を懸命に調査してみるも、本当になんの痕跡も無いのだ。
「これでイタチとかでも居たら、〝悪戯でもされたか〟と納得できるんだが」
「村の中でもよく見るよね。風に乗ってふよふよと流れて居たりするイタチさん。中には悪戯っ子もいて、この間あるおじさんの鬘を飛ばしていたよ」
「うわ……それはまた……ご愁傷様としかいえない」
悪戯されたおじさんは絶望しただろうな。手から離れた風船のように飛んでいく鬘を、おじさんは茫然と見ていたのだろうと想像出来る。
ただ、そんな悪戯っ子なイタチは、今ここには居ない。
そうである以上、あのような突風に襲われるなどと言った状況は無いはず。何せ今日の天候は穏やかだしな。
しかし調査は振出に戻った。と言うか、最初から進んでいない。
ウォル自信も何が起きたのか全く分からないといった具合で、頭の上でペチョリと垂れているしな。
うーむ、これでは何も分からないままではないか。そう感じたのだが、そもそも俺達が此処に来た理由を思い出せばよかった話で。
「とりあえずだ。風については横に置いておくとして、まずは社を調べようか。もしかしたら風の原因も分かるかもしれん」
「そうだね。うん、僕達が此処に来た理由は〝玉〟を調べる事だったね」
そんな訳で、俺達は社の前まで来た。
此処からは少し手順が必要だ。何せこの場所、他の人達だと来ることすら不可能な場所。しかし、俺達は迷うことなく来ることが出来る。
そう、例外があるとはいえ来る事が出来るんだ。であれば、何らかの不具合で俺達以外の人物が社へと到達する可能性だってある。
だから俺達は社に対してもちょっとした細工をした。
この細工。符術をつかった結界陣を扱えるソラが作ったものだ。だから現状ソラにしかその封印を解く事は出来ない。
そういう事だからソラに今回ついて来てもらったんだよな。
ペタ・カチ・ペリっと正しい手順で社の封印を解いていくソラ。
ただ、その手順は何故か覚える事が出来ない。認識障害でも掛かっているのだろうか? いや、その手の術って俺達には掛かりにくいはずなんだけど。
ただ、美咲さんもサキさんも同じようで、俺達はソラが何をしているのか全く理解できない状況だ。
だけど、恐らくそれで良いのだと思う。下手にその手順を知っている人が増えるのも問題だろうしな。
「よし、出来たよ。これで扉が開けられる」
「ソラありがとう。また封印する時もよろしく」
「うん。それじゃ中がどうなっているか見て見ようか」
ギィィィと重厚な音を立て、封じられていた扉を開いた。
扉を開いた事で、その隙間から光が社の中を照らして行く。
そして、その中を見た俺達は、思わず目を丸くしてしまった。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇ……」
「嘘だぁ……」
「〝あらまぁ〟」
思わず目を疑う。錯覚かと思い頬を抓ってみるが……痛みは確りとあるし、現状が変わる訳でもない。
なのでソレが現実だというのは間違いのない事実な訳で。
「いやまぁ……確かにそうなんだろうけどさ。ウォルお前気が付かなかったのか?」
「クゥン……」
頭上から申し訳ないと言わんばかりの念が飛んできた。
とは言え、社自体封印されていたのだからある意味仕方のない事なのだろう。
社の中の状況。それは、眩しい程光が乱反射していて、木で作ったはずの壁は何故か真っ白な壁になっており、所々にオリハルコンやらヒヒイロカネなどが埋まっている様にも見える。いや、埋まっているというのは正しくないか。規則正しく配置されているといった方が良いだろう。
さらに言うと、何処から現れたのか、社の正面には関ヶ原の城にあった結界を断った刀が飾られており、また壁には銅鏡が備え付けられている。
そして、そんな刀の前にはチョコンとお座りしているウォルにそっくりな存在が居た。
これはもう驚くなと言う方が無理な話だ。
そもそもここを作った時は、中央に玉を飾っただけだったはず。だというのに此処まで劇的な変化を見せているなど……誰も想像しないぞ。
「ウォルのそっくりさんだが、玉の付いた首輪をつけているし、所々に鱗の様なものが見えるな」
「あの子が玉だって事だよね?」
きっとそういう事なのだろうな。
沢山の祈りを受けた玉が、自ら人々の祈りに合わせた姿の形で現れたのだろうと思われる。
そして、そんな玉の力を受けた社の中は作り変えられていったのだろう。
「封印をしていた事で、中の力が外に出なかったのも原因の一つかもしれないかな」
「あー……でもそれならどうやって祈りは社の中まで届いたんだ?」
「わからないけど、敵意とかじゃなく純粋な感謝とかだったからとか?」
原因なんて全く分からない。ただ、どういう訳か祈りがこの社まで届き、玉はその祈りを受け自らの力へと変換してしまった。
「あーでも、あの鏡とか刀はどういう事だろうか?」
「あの刀って結界破りをしたやつだよね。だとすると、研究所で厳重に管理されてなかったっけ?」
封印か……ただ、結界を破る時も、その厳重な管理を抜け出して来たんだよな。
だから刀については自ら此処に来たと、正気を疑うような話が正解の様な気がしてならない。
しかしあの鏡はなんだろうか? 俺はあの鏡を見た事なんて全くないのだけど。
「神社に鏡はつきものだけど、俺はあの鏡を手に入れた事も見た事も無い。ソラ達の方ではあったりする?」
「うーん……僕の方も無いかなぁ。確かに鏡を使った道具とかはあるけど、僕の知っている物とは全く違うね」
「〝私も鏡を使ったことはあるけど、あの形のものは無い〟」
どうやらソラ達にも心当たりが全くないらしい。
どうしようか……もしかして協会や他の探索者なら何か知っているだろうか。これは協会へ行って話を聞かねばならない事が出来た訳だけど……。
「その前にこの玉の化身をどう扱えば良いんだろうか」
くわぁっと欠伸をしたかのように口を開ける化身。ウォルに似ているだけあって実に可愛い。
ただ、その玉に込められている力はウォルから切り離された〝神格〟でもある訳で……これは対処を間違えれば大災害になりかねない相手でもある。
さて、本当にどうしたら良いのだろう? このまま扉を閉じて再封印をしても大丈夫なのだろうか。
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