七百五話
美咲さんの叔父でサキさんの父である桜井信久さん。
彼が病院で寝たきりになった理由は、マッドな糞野郎の鬼畜な実験と、他に彼を救う手段が俺には無かったという二つだろう。
どれだけ経っても目が覚める事無く眠り続ける桜井さんだったが、娘であるサキさんが異世界から戻る事が出来、その彼女が献身的に看病を行っている為か、彼の症状は随分と良くなった。
そして……。
「こんにちは」
「……こんに……ちは、よくきた……ね」
この様に、今では片言ではあるが会話をする事が可能なまでになっている。
医者が言うには、これまでの事を考えると奇跡以外何物でもないとの事だそうだが、その奇跡の種については確りと調査しているようで、どうやらサキさんの特殊能力である〝触れながら魔力を送る事〟事で〝テレパス〟の様な事が出来るのがキーではないかとの事。
実際に、サキさんと接触してから桜井さんの状況が良くなったわけだからな。その調査結果は恐らく正しいのだろう。……とは言え、それもこれも家族だから出来た奇跡でもあると思えるのだが。
「はは……どうや……ら、私は……死にぞこな……った……みたい……だね」
サキさんが居たら絶対に言わないだろう言葉を桜井さんが口にした。
とは言えその表情を見ると分かる事だが、口にした事とは全く反対の事を思っている事はまるわかりだ。
では何故桜井さんはそんな事を言ったのだろうか。
簡単な話だ。桜井さんが俺と敵対した時、彼は間違いなく死ぬ気だった。
一体どうしてそのような結論に至ったのか、それについては思いつく事はあるが、それが答えとも言えないし例えそれが答えでも、俺には真の意味でその心を理解する事など出来ないだろう。
桜井さんが殿を行った後、一体どれだけの事が起きたのか……俺はその事を全く知らないのだから。
藤野さんの父の事もある。あの糞マッドに捕まりどの様な実験を受けたのか、想像を絶する事が有ったのだろうという事しか言えない。
心も体もボロボロになった彼が、死に場所を求めるのは当然の話で、丁度良いタイミングで彼を終わらせることが出来る存在が目の前に居た。……ソレが俺だった訳だ。
「桜井さんの希望には添えれませんでしたけど、これでよかったと思ってますよ」
人殺しが嫌だったと言うのもある。だけど、美咲さんの親戚をこの手で終わらせる事が俺にはどうしても出来なかった。
だってそうだろう? 俺や俺の家族が美咲さんの家族の代わりにと、あれやこれやと彼女の事を気に掛けたとはいえ、それは結局代わりでしかない。
でも、桜井さんは美咲さんにとって、叔父であり仲の良かった従姉妹の父だ。明確な親戚でもある。だから、これ以上彼女の〝家族〟を彼女の傍から居なくなるのはと考えてしまったんだよな。
それに、桜井さん自身、あの絶望的な状況から生還出来た人で、その彼のお陰で俺達は安全な場所まで逃げる事が出来た恩もある。
そうである以上、どれだけ望まれても殺せるわけないだろう。
そして今、この状況を見ると……。
「そう……だね。君のお……かげで、娘と……」
其処まで言ったかと思うと、桜井さんはまだ本調子でないのか、その瞼がゆっくりと塞がれスヤスヤと心地の良さそうな寝息を立て始めた。
「眠ったようだね」
「そうだね。ただ、随分と嬉しそうな表情をしてたと思うよ」
「本当にな。目が覚めなかった時は色々と考えたけど、こうなると本当にあの時の判断が間違ってなかったって思うよ」
武士の情けだとか、人として死なせるなんて選択肢もあったけど、親子二人の笑顔を手にする事が出来たと考えれば、やはり上出来な結果と信じる事が出来る。
もちろん! 美咲さんもニコニコ顔だ。そう考えると親子二人だけではないな。
「さて、病室を出ようか。桜井さんにはゆっくり休んでもらって早く体調を整えて貰わないと」
「それって戦力的な意味で?」
「いや、ソラを揶揄う的な意味で」
ソラとサキさんは良い仲だからな。
だからソラには、しっかりと桜井さんに対して〝ご挨拶〟をして貰わねば。
「いったいどんなドラマが見られるんだろうな? こう「異世界なんて場所に投げ出されて、精神的に弱った娘を手籠めにしたな!」とかって怒られるのかな? それとも「よく無事に娘を帰してくれた」って感じで認められるのかな」
「案外両方だったりして! 親心としては複雑なんじゃないかな? 嬉しいけどもやっとするみたいな」
ま、どちらにしても面白い事になりそうではある。そしてそれは……。
「俺達には見る事の出来ない光景だしなぁ……」
ぽつりと呟くソレは、きっと美咲さんには聞こえていない。
ただ、そのこと自体は事実だ。もし俺がソレをやろうとしてもそれは墓石の前でと言う事で、どれだけ話しかけても返答なんて返ってこない。
そして、俺側の方でも、既に身内として受け入れられてしまっているからな。どう考えてもそう言ったやり取りは無いという事だ。
そう考えると、ややこしいとか面倒くさい事は無いのだけど、やはり寂しい物がある。
「最初に出会った時は最悪な感じだったんだけどなぁ……」
「あはは……あの時はごめんね?」
色々な意味で世界が狂い始めた時期だったからな。過保護になりつつ、それでも目的を果たす為に。
やり方自体間違っていたと思うんだけど、それでも家族を思う気持ちを考えれば……それに、後からこれでもかと言わんばかりのお礼の品が届いたしな。
だから、その時の事はもういいのだけど。……いや、寧ろ懐かしいとすら思う自分が居る訳で。
「あの時に「この糞オヤジが!」とでも言っておけばよかった」
「そしたら「クソガキが!」とかって言われてたかもね。本当、お父さん達って心にもない事を言ってた時期だったし」
うん、これはあれだな。今度、藤野父の墓に行って愚痴でも言おう。
そして勝ち誇ってやろうか? いや、此処は桜井さんの目が覚めた事と、サキさんが戻って来た事を告げるのが一番良いかもしれないな。
「あ、後新しい仲魔がどんどん増えてるってのも教えないと」
「きっと悔しがるだろうなぁ……」
庭には一緒に住む仲魔として、増えたコボルトにペンギンがいる。いやそれだけじゃないか、何せうちの庭ってモンスターのたまり場になっているからな。他にも狐や鼬や狸だって居る。
ただそんな仲魔を管理しているのはゆいだけどな。
さてと、そしたら次に向かうのは何処が良いだろうか。
まったりと散策をしている訳だから、レジャー施設やアスレは選択肢から排除だ。となると……やはり一番良いのは食べ歩きだろうか。
何か新しく出来た美味しそうな店でも無いだろうか? アイス屋とかクレープ屋って、村の復興を行っていた時の割と早い時期から出来ていたからな、新しいという意味で言ったら目を引くようなモノではない。
では何があるだろう? まぁ、そう云ったモノを探しながら歩くのが丁度良いリフレッシュになるんだろうけど……。
「それでも少し甘い物でも食べたい気分ではあるんだよな」
気分的な問題だ。甘い物でも食べて「甘っ!」と叫びたい。
理由は分からないけど、無償にそういった気持ちになる。そして、今がそんな気分と言うだけだ。
「甘いものねぇ……ケーキとか?」
「ケーキは食べながら歩けないだろう。こう、食べ歩きがしたいんだよなぁ」
ただ目的もなく歩きながら、他愛もない話をしつつ。
きっと俺は日常を感じたいのだろう。きっとそうだ。この処とんでもない発見ばっかりしていた訳だしな。
俺自身、SANチェックに成功したとはいえ、多少のダメージがあったのだろう。
「って事で、まずは目に入ったシュークリームでも食べるか。ジャンボらしいぞ」
「ちょ! あそこのシュークリームって、聞いた話によるとメロンパンどころか顔ぐらいあるサイズみたいだよ!? とても食べ歩きが出来るモノじゃないって!!」
それはそれは。面白そうだからチャレンジするしかあるまい! なので、美咲さんとペンギンを連れて店に突撃するとしますかね。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます(*'ω'*)




