三百三十話
はっはっはっと舌を出しながら、豆柴がべったりとくっ付いてくる。うん、こいつは俺達が探していた豆柴で間違いないはず。
しかし……不思議な事に、ぺろぺろと舐めて来るものの涎つかず、もふもふな毛に手を通しても抜ける事は無い……なるほど、これは精霊のような存在だからという事だろうか。
「と言うよりも、お前は何処から入って来たんだ?」
「クゥーン?」
テントの外ではイオが番をしていたはずだ。であれば、豆柴がこのテントに入る際にイオが気が付かないはずが無い。
そして、すやすやと寝ている双葉が目を覚まさないというのも通常なら有り得ないだろう。
ふにふにと豆柴の顔を両手で揉みほぐしながら質問してみるが……まぁ、返ってくるのは鳴き声だけで内容なんてさっぱりだ。
「あーそういえば、あのオーガの時は助かったよ。ありがとうな」
「ワフ!」
通じたのかな? まぁ、返事の様に鳴き声を返してくれたのだから、此方の言いたい事は理解していると思う。
そんな訳で、日の出まであと少しといった時間だ。二度寝するのも何だからと豆柴とひとしきり遊んでみた。
意味が有るのかないのか解らないブラッシングをしてみたり、豆柴百面相! と顔をグニグニとやってみたり、イオの遊具であるボールを転がしてみたり……うん、精霊と言ってたが、どう見ても子犬だよな。ころころ遊んでるよ。
そうして一頻り遊んだ後は、豆柴が突如もふっと俺の頭や胸辺りを軽く叩き、満足したのか、ムフーと言った感じの顔をしながら……目の前から突如消えてしまった。
「消えた!? あれ? 何処行ったんだ??」
訳がわからん! だが、間違いなく豆柴はさっきまで居たはずで……とりあえず周囲を探してみるか。
まぁ、居るはずも無いけどとテントの中を隈なく探し、やはり居ないよなと言う事でテントから出て周辺に居ないかを確認するが……。
「あれ? イオ起きてたのか。豆柴は見なかったか?」
「ミャン?」
知らないよ? と言った感じで返してくるイオ。あれぇ……イオに全くバレずに接触して来たって事か? それとも白昼夢という奴だろうか。いやいや、しっかり目は覚ましていたはずだし、証拠のボールだってテントの中に転がっている。
これで幻でしたなんて言ったら、俺……相当痛い奴か、心労が溜まりすぎていてまだまだ休養が必要ですなんて言われる内容だぞ。
……よし、居たという前提で事を進めるとしよう。あれは幻などでは無かった。だって、あの豆柴は精霊だからな! モンスターであるイオに気が付かれる事なく侵入する事など容易のハズだ! きっとそうだ。
「ミャー?」
そんな事を考えている俺を見ていたイオが首を傾けながら鳴いている。……何か疑問でもあるのだろうか。
が、そんなイオの行動は直ぐに変化を見せ……突如飛びついて来た。
「フンフン……ミャミャ!!」
「お、おいおい、如何したってんだ?」
「ミャミャミャ!!」
「うみぃ……ますたぁおはよぉ……いおちゃんがぁ……Zzz……」
「双葉おはよう! って、そこで寝るな!! 最後まで言え!」
俺とイオのやり取りが煩かったのか双葉が起きてきて通訳をしようとするのだが、どうやらまだまだ眠たいようで立ったまま再び眠ろうとしている。
このまま寝てしまっては、頭を打つような倒れ方をしてしまうだろう。なので、急いで双葉を確保。
「むにゃぁ……」
「……気持ちよさそうに眠ってやがる」
これは、通訳の内容を聞くのはもうしばらく後になってからになりそうだ。
調査報告と言う事で、村の協会にて品川さんと話をしている。
と言うモノの、あの後は特に何事も無かった。念の為にと豆柴の縄張りも確認したのだが……其処に姿は無かった。
「なるほどね……朝方にテントの中に現れ、もふもふ遊んだ後に突如消えたと? そういう事ね」
「なんだか言い方が気になりますが、概ねその通りかと」
「で、双葉ちゃんの通訳によると、イオちゃんが〝白河君の体に不思議な匂いが付いている〟と言っていた訳ね」
「言い方……浮気を問い詰める奥さんみたいな言い方をしないでください。まぁ、大体は有ってますけど」
これは……まさか品川さん、自分ももふもふしたかったのでは! 確かに長時間協会の机に座りながら、処理してもしきれない報告書を捌いていれば、アニマルセラピーの一つでも欲しくなるのは当然だろう。
と、何やら横から視線が……って、美咲さんアナタもですか。
「一人でもふもふを堪能するとか……これは由々しき問題かと!」
「そうよね! しかも! そのモフモフは子犬と言っても良い大きさの豆柴ちゃん! これは許せないわよね」
「……二人とも、とりあえず話を戻しません?」
その後、多少脱線をしながらも話し合いを進めて行く。そして、出た結論と言えば……。
「豆柴ちゃんに関しては大丈夫だと思うけど、こうあの場に居なくなる時が有るという事は……モンスターの分布に変化が起きるかもしれないわね」
多少抜けるぐらいなら問題は無いだろう。だが、長期間お留守にされるのであれば、それは間違いなく違うモンスターが出張ってくるはず。動物の世界なんてそんな感じだしな。
「出来れば、家の狼ちゃん達のパトロール範囲にしたいのだけど……問題は豆柴ちゃんが居る時よねぇ」
「顔合わせをして仲良く出来るように誘導出来れば良いのですけど」
「……神出鬼没な状態なのよねぇ。これならもう少し早めに接触するべきだったかしら? でも、刺激はしたくないから避けてたのよねぇ」
判断を間違えたか? と悩む品川さんだが、それは正直仕方が無いと思う。何せ相手はオーガを瞬殺にした相手だ。と言う事はかなり格上の相手という訳で、選択をミスして暴れられたのならばその被害は恐ろしい程の規模になりかねない。
それこそ下手をしたら再びシェルター生活に巻き戻りだって有り得たかもしれないからな。だから、当時の状況を考えれば、適度の距離を保つという判断は何も間違いではない。
まぁ、結果として今接触したいけど難しいから悩んでいるという訳で、正直な話悩んでも仕方のない事だ。
「こう、精霊と言うのであれば〝サモン〟とか〝コール〟とか出来たらいいのにね」
「美咲さん……〝コール豆柴!〟や〝サモン豆柴!〟とでも叫んだら出て来たら簡単すぎると思うよ」
「だよねー」
「キャン」
……ん? なんか今鳴いたか?
「美咲さん、鳴き真似でもした?」
「いや……してないよ? って事は、品川さんが悪乗りしましたか?」
「なんで私がするのよ……幻聴じゃないかしら? と言っても、三人同時と言うのも可笑しいわよね」
きょろきょろと部屋を見渡してみる。が、なにも居ない……ホラーか!? ホラー展開に突入したのか!?
「クゥーン」
「また鳴いた!! どこ!?」
「どこだ? 豆柴出ておいでー」
再び呼んでみると、閉め切っている部屋だというのにも拘らず、ヒュゥゥと風が吹き荒れ、渦を巻き……書類が巻き上げられ、品川さんが絶叫した。
そして、そんな風が一ヶ所に集まるように流れ始め……ポフっと集まった風が破裂するように弾けた。
「アォン!」
そして現れた豆柴。うん、朝方一緒に遊んだ豆柴だ。
「お前……何処から現れたんだ?」
「ワフ?」
「も……も……もふもふさんだぁ。可愛いもふもふさんだぁ!」
「し……しゅ……書類が……書類が散らばって……」
黄色い声を出す美咲さんに灰色の声を出す品川さん。てか、品川さん目の前に豆柴が現れたんですけどそれは放置ですか?
「お前、朝は何処へ消えたんだ? と、質問ばっかりしても返答に困るか」
「モフって良いかな? こう、撫でても大丈夫かな?」
「あー……どうだろうな。豆柴君、彼女が君を撫でたいと言ってるのだが」
「アォン!!」
気合を入れた鳴き声。何だろう「こいやぁ!」とでも言っているかのようだ。
まぁ、尻尾を振りながら豆柴が美咲さんに寄って行ってるので、撫でても良いという事だろう。
「お、おぉ! これは良い毛並み! イオちゃんとは別の気持ちよさが有るよぉ」
感動をしている美咲さんだが……今は其れ処じゃないのだけど? 豆柴がどこに消えて何処から現れたかとか、復活しない品川さんを如何にかしないととか……色々あるんだけどな。まぁ、美咲さんも豆柴もお互い楽しそうだから此方は一先ず良しとするか。
問題は……。
「あぁ、えっと……こっちは判を押したやつで……こっちはまだ未読のやつ……えっと、これは……」
半泣きになりながらも書類をかき集めて整理している品川さんか。ただなぁ、これ、書類整理は手伝えないからな、とりあえず散らばったのを集めるだけ集めておこうか。まぁ、その後は頑張れとしか言いようが無いけどな。
さて、ソレにしても一番の問題だった豆柴との接触が思わぬ事で叶った訳だけど……この後は一体どうするんだろうね。
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もふっとな! えぇ、豆柴ちゃんがデレましたね。……一体どれだけの魔石が貢がれた事でしょう。




