乗っ取り
社長室で一人くつろでいると
「社長、どういたしましょう」
専務の沢田正雄が入って来た、有村が俺の補佐役でつけてくれた人だ、頼りになる人だが、良い人過ぎて決断力に欠けるのが欠点、有村の関係する会社の、社長にしたかったのだが、それが問題で任せられなかったという、本人もそれを自覚していて、快く俺の補佐役になってくれ
「地区の商工会の会合に、出席してくれとの連絡がありましたが」
「そう言うのは、遠慮したいですね」
「でも、この地域に世話になっている事ですし」
「すみません、沢田さんまたお願いします」
「そうですか、また嫌みの嵐ですよ」
「すみません、そろそろ沢田さんが社長になって貰えれば、万事解決なのですが」
「それはだめです、社長だからここまでになった会社ですから」
「駄目ですかぁ」
「分かりました、代理で出席してきます、仕方ないですね」
「申し訳ありません」
どうも地区のお偉いさん達との会合は苦手だ、少し急成長したからって、御高く留まっている、そう言われているのは分かっているが、別になんと言われても良い、一人二人と話すとき、いろいろ誤魔化すことができたが、大勢集まる場所で判断の基を聞かれて、説明するのが面倒なのだ、経営方針のほぼ百パーセント、プラス方向に当たる事が、噂になっているようだ、社長としての決断が当たった、と言えばそれまでだが、生来俺にそんな能力は無かったが、あの星の瞬きが見えるようになってから、それが分かるのだ、それを説明しろと言われても、言う気もなければ、探ってこられるのも嫌だ、だからそういう場所に出席するにはごめん被る
収入も増えて遊びの感覚で、FXや株をやってみた、それが面白いように儲かる、パソコンがあればできる時代だ、だれに知られるわけでもない、調子に乗って稼いでいたら、今では別会社を作って、資金を回さなければ処理に困るほど、税金対策が大変な事になっている、単純に良いか、悪いか、その判断が的確に当たる、それだけの能力だが、FXも株も上がるか下がるか、判断が当たればいい訳だから損をしない、だから遊び半分でやっていたのに、恐ろしい金額になってしまったのだ、名前が世間に知られないよう苦心している、麗子には理由は言わないが
「FXと株が当たってしまって、大金になり過ぎたから、FXと株の専門会社を作ったよ」
そう言ってある
「運が向いてくると、そういうものなのね、良い事じゃない」
深くは聞いて来なかった
会社は順調だ沢田には申し訳ないと思っているが、お偉いさん達に媚びる気もない、社員と会社の事を考えるだけで、取引関係などは沢田さんにお任せだ、前社長有村も、社長とは名ばかりで、社員の俺でさえ知らなかったんだ、それに比べれば俺の方が余程ましだ、社員は俺を知っているからね
「社長、大変です」
沢田さんが慌てた様子で入って来た
「我社の技術力に目を付けた、大企業系列の会社が、系列に入らないかと言って来ました」
「急な話ですね」
「商工会の集まりなどで、何度か話はありましたが、聞き流していたんです」
「それが、正式に申し入れ」
「というより、傘下に入れてやる、という感じです」
「どうしましょう、話に乗りますか」
「子会社になるという事ですか、私はどうかと思いますが」
「じゃあ、断りましょう、赤字を出したわけでもなく、業績は順調ですし、断ってください」
「相手もメンツがあるから、素直には引かないでしょうが、断りますか」
「傘下に入る理由もないですからね、有村さんには俺から話しておきますよ」
「お願いします、それでは」
すぐに有村に相談をしたが
「あんたに任せたんだから、判断は任せますよ」
との返事だった、確かに我社は魅力ある会社に成長した、販売力においては、同程度の会社では群を抜いている、工場はわが社独自の技術を幾つも持っている、自慢ではないが、世界規模で我社しかできない技術も持っているのだ、大企業が狙ってくるのは当たり前と言えた、だが、その気はない、牛の尻尾よりネズミの頭、大企業の下っ端企業より、中企業でも自由でありたい
俺としては社員の給料を、大企業並みにしたいと思っている、会社を大きくするより、その方が先だ、社員一人一人が経営者のつもりで、意見を寄せてもらう、組合にその方針は伝えてある、その為社員の士気も高い、今は国内だけでなく、外国からの受注も増えている、販売は俺が良いと判断した、製品の販売権が当たり順調だ、右肩上がりの業績、今年も組合の要求通りに、昇給できそうだ、今日は組合との話し合いの日、会議室に行くと沢田を始め常務二人も揃っていた、仰々しい挨拶など抜きにして、直ぐに会議を始める、話し合いも終わりに近づいたとき
「社長、最近うちの技術者の、引き抜きが横行しているようですが、知ってますか」
組合の委員長が言い出した
「いや、初耳です」
「主だった技術の連中が、ターゲットのようですよ」
「人事は変わっていないようですが、誰か引き抜かれた者はいるんですか」
「いませんよ、こんな遣り甲斐のある会社、他にありませんから」
「ありがとう、褒めて貰えて嬉しいよ」
「でも、最近急になんですが、何故でしょうね」
「うん、大企業の傘下に入れという話が有るんだ」
「それで、会社を弱らせて有利に、傘下に組み入れようってわけですね」
「そうなんだろうね」
「それでは、組合も周知させて、対応しましょう」
「そうしてくれるとありがたい、傘下になんかなったら、いろいろと押さえつけられてしまうからね、今の体制を維持したいんだ」
「組合だって、今が理想の状態です、負けませんよ」
「お互い頑張ろう、よろしくお願いします」
考えていたより、組合に好感度なのが嬉しかった、その時常務の一人が
「それでだと思うますが、銀行も何かと参加の方向が、望ましいようなことを言ってますよ」
「早速圧力がかかったんでしょう」
「その様です、新しい設備の関係で、借り入れをしようとしていますが、審査が厳しそうです」
「駄目な様なら、言ってください、俺の方で何とかします、正直なところ銀行には、借りてやっているのですから、ダメだったら銀行を変えましょう」
「分かりました、それではその方向で」
聞いていた組合の幹部が
「銀行と仲良くしなくて、大丈夫ですか会社は」
そう心配そうに言う
「ええ、大丈夫です、みんなが頑張ってくれているから、うちは無借金経営でも大丈夫なんだ、銀行何て付き合ってやっているだけだよ」
「そうなんですか、良し頑張るぞ」
目を輝かせて言っている、なんとか傘下に入れようと、画策しだしたようだ
「株の方は大丈夫ですか」
沢田に聞くと
「はい、株は有村会長と社長名義、それと、社員の持ち株、部外ではわずかですから、心配ありません」
「分かりました、それではこれで、お互いに頑張りましょう」
組合幹部も意気揚々と、職場に戻って行った
麗子と食事をしながら
「後、どうする」
そう尋ねると
「ねえ、そろそろ父に会ってくれない」
そう切り出された
「うん、俺はいつでもいいよ、麗子の言うとおりにするから」
「いやに素直ね」
「いつも素直だろう、俺は麗子にメロメロなんだから」
「そう言って、今まで何人泣かせてきたのかなぁ」
「嘘だと思うかもしれないが、心から好きになったのは、麗子が初めてだよ」
「じゃあ、ちょっと好きになった人は、いっぱいいたわけね」
「いや、そんなに持てるわけないだろう、こんな俺だぜ」
「そうかしら」
「白状するけど、今まで一人だけお付き合いした人はいる、けど手をつないだ程度までだった」
「嘘、幼稚園児じゃあるまいし」
「それが、どうしてか、食事をしたり、映画を見たりしたんだが、それっきりだった、それ以上の気にならなかったんだ、俺って変だよな」
「うん変、信じられない」
「早くに母を亡くし、親父一人に育てられて、女性というものに縁が薄かったから、女性とどう付き合えばいいか、分からなかった、疲れるんだ、でも、麗子といると安らぐんだ、どうしてかわからないけど、ほれているからかなぁ」
「なんか、はぐらかされたような気がするけど、そういう事にしておいてあげる」
「いや、真実だから」
実際、数年前、今の自分は想像すらできなかった、大学も出ていない中小企業の平社員が、社長になって、恋人が地区では知られた会社の専務、想像できるわけがない、どうしてこうなった、神社のおみくじと、あの星が見えるようになってから、俺の人生は変わった、良い事ばかりで時々不安になる、恐ろしい地獄が待っていないか、麗子の両親に会うのは、ちょっと気が引ける、一流大学出で地区の名家のお嬢さんと、田舎出で高卒の男、誰が考えても釣り合いが取れない、まして、親だったら受け入れられるだろうか、これが試練になりそうな気がする
「じゃあ、父たちと相談して連絡するね」
「ああ、そうして、だけど、俺で良いのか、麗子に対して俺じゃあ、役不足な気がして」
「今更何言ってるの、信也でなきゃダメなの」
「麗子がそうなら、どんなことがあっても覚悟するけど」
「何大げさな事を言ってるのよ、何時もの信也らしくない」
「そうかな、まあ、よろしく」
レストランを出て夜空を見上げると、あの星が見えた、光がかすんで消えそうな、何時もの輝きがない、何か嫌な感覚が体に走る、通り過ぎようとしている、横道に入らなければいけない、そんな思いが頭に浮かぶ麗子の手を引いて、横道に入った途端、ドッカーン、ガシャン、振り返るとトラックが小路の入り口に、突っ込んでいた
「信也さん」
振り返って驚いている
「この道の方が近道だから、良かったようだ、危機一髪ってやつだな」
『そうね、ついている男は凄いわね、命拾いしたんだ」
騒然とし始めた現場を眺め
「面倒が起こらないうちに帰ろう」
「そうね」
危ないところだった、麗子まで巻き添えにするところだった、麗子には気付かれずに済んだようだ、あの星が輝きを取り戻して輝いている
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