社長就任
有村を見送りに、アパートの玄関前に出た、後ろ姿が見えなくなると、思わず空を見上げた、未だ太陽は朝日と呼べる位置にあった、快晴だ眩しいほど真っ青な空、まばらに浮いている白い雲が目に痛い、そして胸の中は消化でいない何かが、詰まったように重い、あそこまで俺を評価してくれるとは、嘘のようだが話の辻褄は合っている、信じて良いのか、というより社長などと、考えてもいなかった事、俺にできるのか、覚悟はあるのか、自分に課せられた事だと言うが、今だ理解しきれていない、まるで分らない、その前に有村の話が信用できるのか、確認するには原元麗子に会う事しかない、部屋に戻り出かける支度をすると、サンセに向かった
「有村さんから話は聞いたわ、勿論引き受けるんでしょう、私の方は役員を兼任して貰えれば」
「どうして、そこまで俺を評価してくれるのか、理解出来ないのです、怖くなって来ました、俺はそんな器じゃない、社長、役員兼任、俺は一介の営業マンですよ、平社員、それが、一流とも言える会社の、役員にしてくれる、そのために会社を辞めると言ったら、その会社の社長になれという、素直に信じられないのです、どうなっちゃっているんだろう」
俺は今、サンセの専務室の応接のソファに座り、頭を抱えている、原元麗子に確認し、今起きている事が全て事実と分かって、頭がパニックになっている
「こんな時、相談する相手もいない、そんな俺が、そんな重責を負う立場に立てるのか、無理です、どうすればいいのか分からない」
そんな俺を見て麗子が
「聞いたわよ、会社で啖呵を切ったんですって、その時の勢いはどうしたの、その時言った事を実行するより、簡単でしょう、会社を潰す気だったんでしょう、どうしても会社を潰したいの、潰して社員を路頭に迷わせたい訳、それより会社を盛り立てて、社員を幸せにしてくれと、有村さんに言われたんでは、貴方ならできるわよ、恨みを作る事なんて貴方には似合わない、大勢を幸せにできる、貴方はそう言う何かを持っているの、有村さんも私も思った、簡単な事だとは思わないけど、やってほしいの」
麗子が俺を諭すように、呟くようにしていった、部屋の中で二人はしばらく無言のままだった
高卒、高卒と馬鹿にされた、が、俺も過剰に高卒を意識しすぎたかもしれない、本当に顧客を先導して、会社を潰す気だったのか、いや、一部の顧客で嫌がらせをしようと、思ってはいたが、潰すまでは考えていなかった、結局俺は会社に認めて貰いたかったから、拗ねただけだったのでは、そして見る人は見てくれていた、認めてくれていたのだ、だったら与えられた役を演じるしかないのでは、できるかできないか、悩むより期待に添うよう努力してみよう、頭の中に、そんな思いが浮かんできた、何を甘えているんだ俺は、だれに甘えているんだ、しっかりしろ、情けなくはないか、男だろう、立ち上がると、姿勢を正し
「ありがとうございます、なんとか気持ちに区切りがつきました、泣き言を言ってすみません、お恥ずかしい、これからもよろしくお願いします、いろいろ教えてください」
そう言って頭を下げた
「良かったぁ、大丈夫そうね、良いわよ、私に出来る事は何でも力になるわよ」
「ふーうう」
そしてソファに座り直すと大きく息を吐いた、それだけで世界が変わった様な気がする、体の中に溜め込んでいた悪いものが、全部息とともに吐き出されたような気がする、改めて言う
「頑張ってみます」
「そうね、その意気よ」
新たな俺の誕生だ、少しでも大きな自分になれるよう、生きていこう
その夜も夜空を眺めた、良く晴れて星が良く見えた、何時もの星はいつもより輝いていて見えた
社長就任は、有村の言う通り、役員などの異論もなく、驚くほど簡単に終わった、暫くは有村と必要な所への挨拶回りをした、会社の重要部所の責任者との顔合わせ、それが終わると、いよいよ営業部に顔を出した、十七年間務めた俺が知らなかった社長だ、課長以外は有村を知らなかった、課長が
「社長」
驚いたように立ち上がる、有村の後ろから入っていくと
「社長、今日は何か」
「いや、ちょっと、久し振りだから様子を見に来ただけです」
そう言った、有村が
「じゃあ、私はこれで」
それだけ言って帰ってしまった
「ええー、社長は何しに来たんだろう」
そう呟いた後
「進藤君、退職金を取りにでも来たのか」
荒木がやって来た
「良く顔を出せたな、あれだけの事を言っておきながら」
「そうだよな、進藤君、よくこられたもんだ」
「ああ、あれは、あの件は止めました」
すると荒木が憎々しげに
「それが賢明だ、お前ごときに何ができる」
「ところで、この部屋にまだ何か忘れものでもあるの」
課長が言うので
「まあ、一応挨拶に」
「別に、挨拶なんていらないよ、この間は言いたいことを言って帰ったじゃないか、もう用はないよ」
課長も相当腹が立っていたのだろう
「いや、そうもいかなくてね、そう言わないで、よろしくお願いします」
そう言って名刺を渡す、それを一瞥しただけだったが、俺の顔を見てから、もう一度名刺を見直して
「嘘だろう、何でお前、いえ、貴方が」
「荒木君も、よろしく」
名刺を渡す、荒木の顔色が真っ青になっていく
「そう言う訳なので」
「どうして」
課長が信じられないという顔をして呟く
「有村さんが、どうしてもって言うのでね、仕方なく」
「そんな、社長を仕方なく」
「はい、有村さんがどうしてもというので」
「じゃあ、私や、荒木は首ですか」
「そうしても良いのですか」
「いや、それは」
「荒木君もどうするの」
「いや、首だけは勘弁して」
「良いの」
「何がです」
「何がですか」
「貴方たちは大卒でしょう、高卒に使われるのですよ、良いのかな」
「それは」
「それは、なんでしょう」
ほかの営業部員は今はいない、課長と荒木だけだ、二人は顔を見合わせると、突然課長が土下座、荒木も続いて土下座の姿勢になった
「止めてください、立って、誰もそんなことをしろと言いてないよ、今後学歴を鼻にかけたような、発言、態度を改めてくれれば、今まで通りで良いよ」
二人は立ち上がると揃って
「今まですみませんでした」
頭を下げた
「もう良いよ、じゃあ、頑張ってください」
そう言って営業部の部屋を出た、改めてこの会社の組織を見ると、現場と営業や事務方は半々の人員だった、営業はこの本社に十人程しかいないが、工場の方にいる営業部員の方が、圧倒的に多い、だが、本社の営業の方が売り上げは多いのだ、あつかう商品が違うという事もあるが、地域性もあるのだろうか、これからは工場の営業も、気にかけなければならない立場だ、営業部長に頼んで、営業企画会議をライブで見させて貰った、社長でございますと会議に出席しても、良い気がしないだろうし、会議が委縮しても意味がない、営業部長と会議の画面を見ながら
「差し出がましいようですが、あの商品は販売促進した方が良いと思います、あれは、控えめの方が良いでしょう、それとこの地域は、この製品に力を入れると良いと思いますよ」
不思議なことに、この商品はこの地域として、当たりかはずれか、はっきりイメージできるのだ
「一応、だまされたと思って、この方法で販売促進に、力を入れてみてください」
そう指示して三か月ほどが過ぎた、営業部長がやって来た
「社長の指示通りに、社員に指示したのですが、凄いです、売り上げ倍増です、これからも営業会議出席お願いします」
「ええ、時々覗かせてもらいます、ですが、余り口出しすると、皆が思った事が出来なくなります、私に遠慮なく皆さんも意見を出し合って、決めたら思い切りやってください、責任は私が持ちます、とにかくやる気です、社員がやる気にならなければ、会社なんて伸びる事は出来ません、売り上げ倍増だなんて、報奨金を考えましょう」
「ありがとうございます、みんな喜びます」
工場も良い提案には、惜しまずに報奨金を出した、扱う製品に対する技術、機械でしか補えないような技術は、惜しみなく金をかけた、技術者育成にも努力した、やはり力を入れるべき製品も、何故かイメージできた、それを参考意見として現場に伝えた、昔の平社員時代とは違う、社長の意見は参考と言っても、取り上げられてしまう、それが不思議と大当たりするのだ
人事にはパートアルバイトを、丁寧に扱うよう徹底させた、挨拶の励行、部長だからとパートの挨拶を、無視するようなことがあると、厳重注意した、ずるいかもしれないが、パートに部長が丁寧に挨拶する、それだけで自分たちが大事にされていると、思う事が出来る、仕事を頑張ろうと思うのだ、無視されたら、何、あの態度は真面目にやるのが馬鹿みたい、言われたこと以上はやらないでおこう、この差は大きい、正社員より多いパート、アルバイトの人達が、やる気をなくしたら、いくら社員が頑張っても追いつかないのだ
経営学も何も知らない、素人社長が下から見た意見を生かし、自分の感を信じて、会社を大躍進させていった、サンセの役員としても、意見を求められるとんを述べた、的確に的を得た意見を取り入れ、業績を上向けた
お読みいただきありがとうございました




