出会い
俺は空を眺めるのが好きだ、空を眺めていると何故か心が落ち着くのだ、だから晴れた日は必ず空を見る、夜の星空も好きだが、昼間の青空も悪くない、空の青白い雲を見ると気分が明るくさわやかになる、今日一日は快晴だった、気分が良くて一日の仕事が捗った、予定していた仕事が早めに終わった
巫女さんが暇そうに外を見ている、ちょっと休憩しようと、会社に戻る途中、神社の駐車場に車を止め、なんとなく思い立ち、おみくじを引いてみたくなった、お賽銭箱に金をいれ、おみくじの箱に手を入れてくじを引く、結ばれた紙を開くと吉と書いてあった、こういうものを信じている訳では無いが、良い事が書いてあれば気分が良い、期待して文面を見ると、吉の下に好転と書いてあるだけだ、そのほかには何も書いてない、変なくじだな、普通はもっといろいろな運について書いてある、だが好転の二文字だけとは珍しい、好転とは物事が良い方向に転じる、と言う事だろう、良いじゃないか、良い事が起きそうで気に入った、財布の小銭入れの部分に入れる、小銭入れは別に持っているので、普段使わない小銭入れの部分にいれたわけだ
得意先を回り、社に帰る途中で寄ったのだが、何か良い事がありそうな気分になった、百円でこの気分になれるなんて、安いものだと思うが、ちょっぴり幸せを感じていることに違いはない、車に乗り込むと駐車場から道路に出る、五分ほど走ると前方が渋滞して、車の流れが止まって動かない、先の交差点で事故があったらしい、仕方なくわき道にそれる、車は軽なのでこんな時は動きやすい、普通車だと無理そうな小路を抜けて、広い道路に出た、遠回りだが車は渋滞なく動いている、なんとか定時までに帰社できた、考えてみると、神社に寄らずに走っていたら、渋滞の原因となった事故に、巻込まれていたのは俺だったかもしれない、そんな事を考えてぞっとした
最近は働き方改革とかで残業は、相当な理由がない限りご法度だ、五時ちょうどでタイムカードを押す、会社のビルを出ると、早くも帰宅ラッシュが始まっていた、習慣でビルの間の小さな空を見上げる、空は晴れたままだった、視界を地上に戻し前を見る、人ごみの中を不安げに歩く、老齢の女性の姿が目に入った、道に迷っているように見える、傍事まで近づいて
「大丈夫ですか」
声をかける
「あっ、はい、あのぉ、すみませんね、道に迷ってしまって」
「どちらに行かれるんですか」
そう尋ねると老婦人は黙って紙を差し出してよこした、それを受け取り見ると、此処からあまり離れていない場所だ、どうせ帰っても何も予定はないし
「ここからは、ちょっと説明が難しいですから、一緒に行きましょうか」
そう言うと
「良いんですか、見ず知らずの私に」
「俺のいく方向と同じですから、遠慮しないで良いですよ」
「そうですか、それじゃあ、申し訳ないけど、お願いします」
老婦人の荷物を持ち、手を引いて歩きだす
「歩きで良いでしか」
「はい、大丈夫です、田舎者で足だけは丈夫ですから」
そう言ってニコリとする、その顔が何となく可愛いい、愛嬌のある人だ
「どちらから来られたのですか」
そう聞くと
「長野からです」
そう答えた、余り話しかけて疲れさせてはいけない思い、その後は黙って先を急ぐ、先程は頼りなげな歩き方だったが、行き先がわからず不安だったせいだろう、今はしっかりした足取りで歩いている、もうこの辺は紙に書いた住所のはずだ、そう思って周りを見回した時
「おばあちゃん、大丈夫だった、本当にもう」
そう言って女性が近づいてきた
「タクシーに乗って、メモした紙を渡せって言ったのに」
俺が手を引いて歩いているので、察しがついているのだろう
「でも、もったいないじゃないか、田舎じゃこんな距離は歩くのが当たり前だよ」
「でも、迷ってこの方に迷惑をかけているのでしょう」
「それは、たまたま、そうだね」
しょんぼり俯いてしまった
「おばあちゃん、迷惑なんかじゃないから、大丈夫、ちょうど方向が同じだっただけだから」
「そうなんですか、本当にすみませんね、ありがとうございました、どうぞ、寄ってお茶でも飲んでいってください、すぐそこですから」
「いえ、そんな、結構です、それじゃあ、私は此処で失礼します、おばあちゃん、それじゃあね」
二人が深々と頭を下ている、小路をそれて回り込み、二人から見えなくなったところで駅に向かって戻る、恩に着せるようで嫌だったので、嘘を言ったがこういう嘘は許されるだろう、空に星が瞬き始めた、いつも見る星は、もう少し暗くならなければ見えないが、空は暗いが心はちょっぴり明るかった、その後は何事もなくアパートに帰った、珍しく郵便受けに何かが入っていた、暇なときに読む本などの懸賞を、暇に任せて幾つも出してあるので、どれかの景品が当たったのだろう、ドアを開けて郵便受けから、何か物が入り膨らんだ封筒を取り出す、ベットに腰かけて封筒を開けると、何の飾りもない銀色の指輪が出てきた、試しに指にはめてみる、左手薬指は結婚もしていないのに、はめるのは変なので、左手中指に嵌めてみたらちょうどはまった、素材は何かわからないが、銀色をしているので銀じゃないかな、捨てるのという選択肢はないので、そのまま嵌めている事にする、何の懸賞の賞品なのか、読んでみたが覚えていない、いろいろ書いてあるがどうでもいい、封筒は指輪以外ごみ箱に捨てた、これもラ好転と言う事だろう、此処にも小さな幸せがあった、買っても何千円の単位だろう、そんな安物に見える指輪でも、当たったのだ当たりの賞品だ、おみくじが吉で、好転と書いてあって、帰ったら指輪が当選していた、おばあさんを送ってあげて、良い事をしたご褒美かも、その日は其の後銭湯に行き、帰りに夜空を見上げると、東の空にいつからか、必ず見てしまう名もない星が光っていた、いつもは目を凝らさないと見えないのに、いやにはっきり見えた、俺にとって好転の星かもしれない、その夜はその後何もせず、夕飯を食べると寝てしまった
翌日出勤すると朝一番に得意先から電話があった
「昨日売り込みに来たあれ、あんたの言った数の倍の数を送ってください、新規の注文が上がってきたので」
「ありがとうございます」
伝票を切って手配する、多めに買ってもらえるよう、多めの数の納入希望を言って来たのだが、更にその倍を注文してくれた幸運な事だ
課長に報告すると
「早くも今月の予定を上回りましたね、よくやりました、ご苦労さん」
お褒めの言葉をもらってしまった
高校しか卒業していない俺、進藤信也三十五歳、課長は大卒三十四歳、学歴社会では相当な能力があっても、高卒では出世できない、いつか見たテレビで、アインシュタインよりIQの高い日本人がいるが、高卒の為何をやっても認められないと言う、そんな現実を見せられたら、俺なんかごみ扱いされず、成績を上げれば褒めてもらえるだけ、幸せだと思わなければいけないのだ、朝から幸せに巡り合った、気分が良い、得意先回りに出かけるとしよう、足取りも軽くなる、その日は何軒かの得意先を回った後、幸先が良い日なので、新規のお客様を開拓して見ようと思い立ち、新規の会社を訪ねる事にする、傍を通る度に綺麗な建物の会社だなあ、何時か寄ってみよう、そう思っていた会社だ、受付に名刺を出し訪問の趣旨を伝えると、担当だという社員を呼んでくれた、対応が感じの良い会社だ、事務所の中に応接セットがあり、そこで担当さんに製品説明をしていると
「あら、あなたは、昨日の、昨日の方ですよね、間違いないわ、昨日は祖母がお世話になりました」
昨日老婦人を迎えに来た女性だった
「ああ、どうも、昨日は失礼しました、こんな偶然があるのですね、こちらにお務めなのですか」
「ええ、一応」
微妙な表情でそう答えた
「専務、お知合いですか」
担当さんがそう言った、専務、此処はかなりの規模の会社担当さんなのだが
「ええっ、ちょっとね」
そう答えて名刺を出すと
「この会社サンセの専務をやっております、原元と申します」
俺も慌てて名刺を出す
「あらためまして進藤と申します、専務さんですか、失礼しました、本日は営業でお伺いいたしました」
「急に固いことを言い出して、普通に楽にしてください、専務と言っても親の七光り、何も専務って言われているくらい、ねえ、須藤君」
「いえ、やり手で評判です」
「お世辞言っても、給料上がらないわよ」
「いえ、本当です、僕もそうだと思います」
「そう、ありがとう、話が済んだら、進藤さんとお話ししたいから、呼んでね」
そう言って別の部屋に行ってしまった
其の後はとんとん拍子に、取引の話が決まっていった、どうなっているのだろう、やる事が好転していく、商談が終わり、専務原元麗子がやってきた、何を思ったのか
「進藤さん、良かったら、うちの工場部門、見て行きませんか」
そう言い出したのだ
「良いんですか、ぜひ見せてください、見たいです」
事務所に飾ってあった製品には、大いに興味があった、製造工程が見られるなんて、滅多にないチャンスだ、大きな工場の大きな扉の一角の、小さなくぐり戸のような扉から工場に入る、建物の大きさの割には人はまばらにしかいない、オートメーション化という奴だろう、工場内を一通り見せてもらった、自動化の進んだ、素晴らしい機械がかつやくしていた、現代の自動化の凄さが分かった、人間のように文句は言わなくて、人間より正確に精密に、いい勉強になった、工場を出るともう一度事務所に戻った
「生意気を言って良いですか、いつも思うんですが」
製品のサンプルを手に取って
「ここを窪ませる事は出来ないのですか」
「どうしてですか」
『そうすれば最後まで此処に溜まって、使い切ることができると思うんです」
彼女の目がきらりと光った、ような気がした
「そうか、そうですよね、それです、私が探していた事、新藤さん凄い、ありがとう」
「どうしました、俺の言う事理解してもらえました」
「理解どころじゃないわ、言ったことが凄い、新藤さんはわが社の救世主です」
「何を言っているのかわかりません、どういう事でしょう」
「いえ、これは絶対です」
話がかみ合わない、理解不能だが
「まあ、そうですか、それでは、ありがとうございました、これで失礼します」
「お気をつけてお帰りください、新藤さん、何れお礼に伺います」
訳が分からないが、商談は上々の成果だから良いか、その日はそこで今日の予定した時間になった、会社に帰って課長に今日の経過報告をする
「凄いですね、新規開拓ですか、そして早速大量注文ががあったんだ」
気分よく席に戻ると、同僚の荒木が
「最近、まぐれで成績が良いようだね」
皮肉を言ってきた、皮肉というより事実だけど、今まで鳴かず飛ばずの成績でやってきた俺が、近ごろ成績が良いのだから
「あまり調子に乗らない方が良いよ、後が惨めになるから」
皮肉とも励ましともいえない言葉だ
「うん、俺自身驚いているんだ、こんな事が続くはずないよ、分かってる」
「分かっていれば良いんだ」
荒木は一流大学を出ているが、途中入社だ、訳は知りたくもないが、前の会社で何かあったらしい、高卒の俺を下に見ているところがある、年は俺より三つ下だ、高校卒業と同時に入社した俺より、勤続年数は少ないが、営業成績は常にトップだ、大卒だから何れ昇進していくだろう、俺はどんなに営業成績を上げ、努力して出世したとしても、係長になれれば上出来と思っている、荒木は高卒の俺に、成績を抜かれるのが面白くない、そう思っているのは明らかだ、可哀そうな奴だ、高卒を下に見る事で、自分の誇りを保っているなんて、俺に言わせれば哀れの一言だ、人間が小さすぎる
お読みいただき有難うございました




