微かな闇色の夜空~ カメレオン
一応前作の続編となってます。
地上の星に照らされた夜空は、褪せた闇色をしている。ぼうと浮かぶ月は、やるせなさで満ち、日中の太陽の力強い煌めきとは違い、何処か所在なさげに、天に微かに月光を表し、存在している。
街路樹に緑の葉が、開きはじめている。夜風は幾分和らいでいる、ある街、ある夜、ある時刻、家路に向かう者、遊びに繰り出す者、仕事に向かう者、様々な者が行き交う歩道。
その中を、薄手のコート両手をポケットに入れ、黒い革靴を履いた男が、煙草をくわえて雑踏の中を歩いていた。
黒の髪を緩く巻き、黒いパンツスーツ、胸元にくしゅくしゅとしたフリルをあしらった白いサテンのブラウス、赤いルージュに、パールのピアスの女。
茶色いストーレト、胸元白いリボンの清楚な淡い薔薇色のワンピース、化粧気のない素顔、ピンクダイヤのピアスの女。
立ち飲み専用、カウンターのみの、小洒落たミニバーで、幾つかのおつまみと共に、シャンパンを交わしている。
女同士の他愛もない会話、くすくす笑いながら、飲んで食べ進めていた。やがて黒い髪の女が携帯で時間を確認すると、茶色いストーレトの女に、一言告げる、素直に頷く彼女。
二人は会計を済ませて、店を後にした。外に出ると、茶色いストーレトの女が、夜空をちらりと見上げた。
薄ぼんやりとした、闇色の空、共に地上に届く色の透明度を下げている月が、誰にも見られることなく、そこにある。
そして、二人はそのままに、仲良く話を繰り広げながら歩いている。時折立ち止まり、ショーウインドウを覗き込んだり、フォトを撮ったり、くすくす笑ったりと、時を楽しんでいる。
そんな二人の後ろを、男が歩いている。相も変わらず、ポケットに手を入れ、煙草をくわえている。途中行き交う人の中で彼の口元に目を向け、険しい顔をする嫌煙家もいたが、そんな視線には気にもしない男。
やがて女達は、人通りの多い通りから、路地へと入る。喋りつつ歩く二人、やがて駐車場を横切りそれを所有している、古ぼけたビルに入っていく。
入り口には、清掃中のプレートが置かれている。玄関ホール、作業員二人が大理石風のタイルに、モップをかけている。
男も彼女達を追うように入る。くわえ煙草に、顔をしかめる清掃作業員。気にしない男。
奥の一基ある、エレベーターへと、皆進む。角に作られているホール、大きな植木鉢が、一つ、捻れた幹、広がる緑の葉の植物が置かれている。
上三角のスイッチを押す黒い髪の女。傍らの茶色いストーレトの女は携帯を取りだし、何やらチェックをしている。
そして怪しい者に間違えられない様に、女性達に遠慮をし、少し離れて共にエレベーターを待つかの男。少し駆ければ間に合う位置に留まっている。
ズ、煙草を落として靴で踏みにじる、利き手をポケットに、相方の革手袋は外に出して、手もち無沙汰に、握ったり開いたりを繰り返している。ちらりと作業員を伺う。
構造上、奥まったそこは、独立した様なスペースの為、ロビーから死角になっている。作業の音は聞こえるが姿は見えない。徐々に近づきつつある気配のみが流れてくる。
………パッ、パッ、パッ、数字のオレンジが、右から左に移る、数字がカウントダウンを始めた。始まりの時が、近づきている、ゴウン、ゴウン、ゴウン……と降りてくる四角い鉄の箱。
男は目を細め、息を飲む。ポケットの中に忍び込ませている手を、相棒の拳銃にそろりと這わし準備を整える。
男の目の前で、あどけなく携帯の画面を眺めている茶色いストーレトの女に、黒の髪の女が、一言、二言声をかける。うんうんとそれに対して頷く茶色いストーレト。
ヒリヒリとした、はりつめた空気が辺りを支配する、休憩に入ったのか、作業員の音もしない、静かな均衡。
対象者のフォトの姿を、情報を、男は脳内に浮かび表す。とある組織のトップの娘、年は成人を迎えたばかり、ストーレトの茶色い髪、純朴そうなあどけない容姿。側にはに黒いスーツ、ボディーガードらしいの女のビジョン。
茶色いストーレトに、死を与える為に依頼を引き受けた、暗殺家業を生業にしている彼。
………御家騒動、この娘がいなければ、跡目はNo.2の叔父の息子が継ぐことになる。現在、組織の中で、切れ者と称されている若い男と恋仲の彼女。それを好まない、一派の思惑……
楽な仕事だな、と男はほくそ笑む、何故なら傍らの女は、背後の男の気配を、察することなく、数字を見上げているからだ。
点灯する光………5……4……3……2……時が満ちた!
ポケットから、それを取り出し構える男、動こうとした刹那!背後から響き渡る、発砲音。静寂と危うい均衡が破られた。
振り返る三人、作業員が何かを叫びながら拳銃を手に、駆け寄ってくる。男は舌打ちをする。
甲高いチャイムの様な短い音と共に、エレベーターの扉が開く、男は動く、振り返っている女二人に、肩からぶつかっていく、迫る作業員には目もくれず、茶色いストーレトの女を目掛けて、不意討ちの様に体当たりを喰らわす。
悲鳴と共に、エレベーターの中に、突き飛ばされ、床に倒れこむ茶色いストーレト、彼女の小さなショルダーバッグが吹き飛ぶ、捲れあがったスカート。露になる白い太腿、慌てて手をやる彼女。
男がエレベーターに向かいながら、作業員に対して数発、発砲。黒の髪色の女は、床に伏せている。その様子を目にした男は、彼女が一般人と見極め、そのままに放置をする。
駆け寄る作業員に発砲しながら、後ろ向きでエレベーターに乗り込む。作業員の一人が、床に伏せている女に駆け寄り覆い被さった。もう一人はエレベーターに向かい発砲。響き渡る重く鋭い金属音。
応戦しながら、奇妙な違和感を抱く男、しかし時は、最早立ち止まる事を、許してはくれない。敷かれたレールの上を、進むより他ならない。
扉の開閉ボタンに、銃を持つ利き手を叩きつけたその時、閉じられた分厚い扉。外と遮断をする密室内。そして響き渡る無情な轟音。
バンッ!背中から熱い物が、焼けつく物が、入り出て行く。見開く目、止まる息、焼けつく痛みが広がる体内。その波の中で男は、ごくりと喉をならし、
顔を……あどけない容姿の、茶色いストーレトに向けようと、背後にぎこちなくうごかす。すると、目の前には倒れ怯えている女の姿はない。そこに存在していたのは、
片膝を立て、両手で拳銃を構える、不敵な笑顔を浮かべた女の姿。上にめくれあがっているスカート、艶かしい白い肌の太腿には、ホルダーの存在。
ガクン、ゴウン、ウウン……エレベーターが動き始めた、お前は、誰だ……と、唇を動かす、バランスを崩し、ズ、と倒れこむ。もたれ掛かる様に閉じられた扉に手を当てた男。
思考の停止、筋肉の弛緩、ゴトリと音たて落ちる銃、そのままズルズルと……崩れる様に、床に倒れ、こと切れた。
*****
………髪が痛んじゃうわ、ウィッグにするか、でも好きじゃないのよね、仕方ない、カラーリングで我慢しよ。
黒い髪に戻し、濡れたそれを、バスタオルで拭きながら、部屋着代わりの男物の白いシャツ、下着の上に無造作に着こんだ女が、バスルームから出てきた。ワンルームマンションの一室。
わしわしと、髪の水分をタオルに吸わせる。冷蔵庫に向かい、中からカシスオレンジのカクテル飲料を取り出すと、プシュと開けて飲みながら、ベッドへと向かい腰を下ろす。
こくこくと、白い喉が動く、ふう、と息をつくと缶を床に置く、ベッドの上に置いてある幾つかの郵便物、携帯に目を向けた。
その時、光るサイレント通知、ページを開き、入金を確認する女。それが済むと、薄い紙で作られた手作りの封筒に、手を伸ばした。
「なに、今僕は猫の島にて、バカンスしてますう?はあ?あの!ド派手な仕事の後、音信不通でさ、アイツもやっとこさ、年貢を納めたか、と思ってたのに……」
馴染みの彼の手紙をパンっと、叩く、床に置かれたそれに手を伸ばす、残りを一気に煽る。缶を再び床に置くと、不服そうに立ち上がる。
ざっと立でそれを読み込み、手紙と封筒をシンクに運ぶ。そこには水が張ってあるステンレスの桶、それにとぷりと放つ。
水を含むと、溶け行く水溶性の特殊な紙。もっぱらプライベートの連絡様に、彼女達が好んで使う方法。
「ずるいわよねー、スナイパーやって、からの爆破!ハデで楽な仕事してー!こっちは髪を染めて、扮装!姿変えてさぁ、チマチマした地味ーなのってどおいうこと?」
三流の暗殺家業の男、彼女は思い出す。冷蔵庫に向かい、もう一本カクテルを取り出す。牽制の為に、半下暗殺家業気取りをヤってくるように、との、ケチな仕事を承た自分がバカらしくなっている。
シュッ!缶の中の空気が抜ける音。ソルティドッグを飲む。手紙の内容を復唱するように呟く。
「……以上、今僕は猫の島にいる。可愛いよ猫。良ければ来ないか?………張り倒しにいこうかしらん、ずるいわぁー!って!」
*****
大型のキャリーケース、ふわりとした白のブラウス、モスグリーンのフレアースカート、首もとに桜色のストール、淡いローズピンクのルージュを引いた唇、黒い髪をシニョンにまとめた、ピンクダイヤのピアスの女。
橋の欄干から川端の遊歩道に植えられている、まだ開かぬ蕾をつけている、桜の木々を眺めている。少しピンク色に膨らみつつあるそれは、遠目にも分かる存在感になっている。
携帯をとりだす。一枚フォトを撮ると、SIMカードとSDカードを抜く、そして力任せにそれを川に向かって投げ捨てた。
放物線を描く四角い赤いそれ、波紋が浮かぶ。クラウンが小さく上がる、着水したときの音、それは、背後を流れる人々の喧騒と、行き交う自動車の走行音に、消されて聞こえない。
さて、とピンクダイヤのピアスの女は、お気に入りのピンクゴールドの腕時計に目をやる、時刻の確認、太陽、月の位置を読まずに、時を確認するオフの時間。
「どちらが、より多くの猫ちゃん、寄っといでー!で勝負をつけるわぁぁぁ!」
スーパーで仕入れた、最近流行りの猫のおやつ、それと必需品が入っているショルダーバッグの細いベルトに手をかける。そして傍らで生真面目に主を、直立不動で待っているキャリーケースの持ち手をにぎった。
朝の通勤、通学の時間、色とりどりの人々、大きな荷物、小さな鞄、男、女、少年少年、老若男女、皆同じ方向を進んでいく。その一人となる、彼女。
朝の太陽が、夜の月とは違い圧倒的な光と存在感を主張をし、青い空から地上を照らしている。ふくふくとした、街の雀がチュンチュン、落ちてる何かを啄む歩道。それに目をやり、優しく笑みを浮かべた女が一人。
彼女は、下に向けた視線を、上に向ける、人間の営みの世界が目の前に広がる。
そして……行き交う人々の中に紛れて………賑わう街から……雑踏に溶け行く様に、個々溢れる人々の色に染まり……さわと、その姿を消した。
『完』
ぶにゃあ様のカタユデ卵参加作品です。ハードボイルドって、なんぞや?これでいいのか?前作の続編です。