クレマの裏側
ガララララ
「ご注文はかつ丼で、以上で宜しいでしょうか?」
「ありがとうございました」
とある飲食店のどこにでもありそうな風景。
注文を受け取り、調理し(あるいは作られている)、提供する。そして、お客様が食べて、料金を支払う。
なんてことは風景である。まだ社会の仕組みが分かっていない子供ぐらいか、ボケた老人ぐらいが戸惑うものか。
「カウンター12、オーダー、かつ丼でーす」
「了解ー」
高校生でもバイトができるところの一つであろう。社会勉強には良いところだ。
店をやるという働きも案外大変であり、単純作業の連続だからこそ、苦労も知れる。
「お待たせしました、かつ丼です」
こんな簡単だからこそ、絶対にできなきゃいけない。なんてことが難しいのだ。
周りと変わりなくオーダーをこなし、次のオーダーを受ける。もう少しで忙しい時間が終わる。まさにそんな時である。
「おい!俺が食いたいのは天丼だぞ!なんでかつ丼を持ってくるんだよ!」
ドキッとするなって、言うのは無理であろう。
オーダーミスの申告である。
「すみません、オーダーを間違えてしまいましたか?」
店員の川中明日美はいそいそとお客様の”食券”を確認する。
こーいうとき、伝票や食券というのは大事である。声を挙げたお客様の食券は……
『かつ丼』
「え?……かつ丼ですよね?」
目の前に半分食われたかつ丼と合致する。しかし、お客様はそんなことなど。
「だからなんだよ!俺は天丼を頼みたいんだよ!なんで、かつ丼になってんだよ!」
「はぁ」
これがあれか、クレーマーというのだろうか。
「ちゃんと注文したのに!運べねぇのか!?」
「あのー。失礼ですけれど、ここはそこの券売機の食券で注文するところでして。かつ丼を頼まれたのでは?ご確認しましたよね?」
「俺は天丼のスイッチを押したんだよ!そしたらかつ丼が出てきたんだよ!おかしいじゃねぇか!」
「ですけれど、私がご確認しましたよね?このかつ丼のオーダーを受けましたが」
「確認なんかされてねぇよ!!」
記憶などというのはこんな場で、ハッキリさせるのは無理だろう。
機械の故障と訴えられても困るとこ。
「作り直せよ!これもういらねぇから!」
「少々お待ちください」
オーダーミスからの作り直しは出来なくもない。しかし、この場合どーいったものか。
アルバイトである川中は、先輩主任からこの時の対応を教えられる。なんとなく想像が付くが。
「すみません。作り直しはちょっと、できません。こちらのかつ丼はもうご提供して、お客様が半分も食べているので。また改めて、天丼を注文してくれないでしょうか?」
何も手をつけていなければ、ギリギリ作り直しが間に合う場合がある。
ただし、注文を受けて提供され、手をつけてしまっているともうアウトである。記憶だの、故障だのでの理由は店側として無効である。
「ふざけんじゃねぇぞ!偉いの呼んでこい!あんたに言っても分かってくんねぇな!」
「わ、分かりました(先輩の指示だったんだけど)」
とはいえ、クレーマーと化した人には何をしても無効である。自分本位で回っているから。
正直、ウンザリ気味で先輩にご相談。客には見えない店の奥で話せば、
「え?あれで納得しなかったの?」
「はい。もう手をつけてるし、食券もかつ丼ですよって伝えたんですけど」
大抵、相談された側や対処法を伝えた側はこんな反応をし
「うわぁ、相手にしたくないなぁ……」
「ですよね……」
拒絶反応を出す。しかし、どーあれお客様に入るので仕方なく対応しなきゃいけない。そして、分かってる。どーんなことしても、法律があったとしてもだ。
「新たに注文してくださいか、諦めてくださいの2択なんだけどね」
「先輩とか偉いとか関係なく、そーですよね……」
誰かに文句を言いたいだけなんだろう。滅茶苦茶を言いたいだけなんだろう。こーいうのに当たった時、思い浮かぶのは
「馬鹿以上に説明するのってめっちゃムズイのよね」
「お客様に言っちゃいけませんよ」
「絶対に向こうも分かってんのよ。たぶん。その上であーだこーだ、言うんだから」
逆にそーじゃなかったら、何しにここに来たんだが。よく食券を買えましたね、偉いでちゅよ~って褒めてあげるべきなんだろうか。よくこんなことを言えるなぁって思うのよね。
「あー。私、店の主任ですけれど。ご注文はそちらの食券機のご利用でお願いします。こちらは食券で出された料理を提供するのでして」
「だーから!天丼を押したら、かつ丼の食券が出て来たんだよ!」
「では食券機を調査してみますね」
壊れてるわけないし、経年劣化が起こるまで調査するわけにもいかない。わずかながら、こいつが故障している可能性もあるが……。天丼は天丼で食券は出るし、かつ丼もかつ丼で食券も出る。他も同じであった。
知ってた。
「特に異常ないんですけど……。天丼のご注文でしたら、もう一度注文してくれませんか?これ以上の調査ですと、別の業者を呼ばなきゃいけないんですけど」
「ふざけんじゃねぇぞ!調査にたらたらしやがって!!」
早いとこ退いてくれない?
「飯も冷めちまったじゃねぇか!」
「はぁ~」
「あんたも使えねぇな。それで主任かよ」
もう天丼とかかつ丼とかどーでも良くなってるし。
それはこちらも大体同じだよ。
「ああ、いいですよ。それで。もう一度お伝えしますが、あなたは食券でかつ丼を注文し、こちらはご提供し、あなたはもう口にしてるんです。ご注文の間違いはもう聞けないんです。ご返金なども受け付けませんので、これ以上の騒ぎにするなら警察を呼びますよ」
「すぐに警察警察か。こんな店、二度と来るか!!」
すみません、来ないでください。
というか、早く出てよ。他のお客の相手をしなきゃいけないんだから。
◇ ◇
「はぁ~……疲れましたねぇ」
「まぁ、月に1回か2回来るもんだから。シフトの時に来なきゃ良いだけよ」
クレーマーのせいで何人かお客様が逃げてしまった。店側から問われる事じゃないが、完全な営業妨害を喰らっている。速攻で警察に通報する方が早かったか。とはいえ、こんなくだらない事で警察を呼ぶのもどうかというもの。ぶっちゃけ、警察も自分達と同じような対応になるだろう。
「どーしてあーいう人ができるんでしょうか?」
「さぁね。分かんないけど」
ミスの指摘なら反省の余地がある。しかし、文句をつけているところから間違えていると、どーすりゃええねん。どーやったら伝えたらええねん。といった具合である。
そもそも言うべき相手を間違えていたとか、思わないのだろうか。意思疎通は難しい。
「百歩譲ってね、あーいう見本の悪い人がいたら。そーならないように生きるべきよ。そんな切り替えを軽くすりゃいいの」
「先輩は前向きですね」
「あんな馬鹿げた文句に良いとこないんだから!私だって文句言うけど、ちゃんとしたミスで、絶対にマウントがとれる時にしか文句を言わないから」
「それもどうかと……」
「人を許すってのは難しいから」
そーいう人がいるからこそ、まともって言葉が成り立つんだろうと思う。
川中は先輩とは違うが、おおらかに許せる人に成ろうと思った一日だった。
配達業をやってるんですけど。
『今日は在宅してたのに不在票が入ってるぞ!どんな仕事してるんだ、テメェ!!』
みたいな感じで怒鳴りに来るのは、まぁ良いんですよ。
『この不在票、ウチの会社じゃないし、一昨日の不在票じゃないですか……』
色んな配送業者があるから、お客様にはどれも同じに思えるのかもしれません。
再配達の依頼までやってあげるのは、本当に面倒なんです。
せめて、不在票入れている会社と日にちくらいは見て欲しいです。
色んな問題と戦うのが社会でしょうか。