Road14 辻褄合わせ
シルクの不用意な発言により自分たちが姉弟であることを知らされるアルト
咄嗟の出来事に二人の間には沈黙が続くが、いつまでもこのままというわけにはいかない。
二人の事、家庭の事、そして今巻き起こっている事象を整理するために経験のない[姉弟]として話し合う覚悟を決める。
「「・・・」」
町を後にし屋敷まで戻ってきた二人であったが、帰りの道中から現在に至るまで一言も言葉を交わさなかった。
何せ10年以上も会っていなかったのだ、別れた当時のアルトは物心がついたばかりだったのでシルクのことは断片的にしか思い出せない。そもそも、自分の姉であったことすら分からなかったほどに記憶にないので自身に身内が他にいたことにすら困惑している状況だ。
片やシルクはアルトが身内であること自体は救助したときに感づいていた。アルト自身と確証が持てたのはサクロからの電話であったにしろ、向こうが忘れている以上は自分が姉であることは訳あって隠すつもりでいたために予定外の事態でこちらも困惑していた。
「あの、さ。」
長きにわたる沈黙から先に言葉を開いたのはアルトだった。
「俺、まだアンタのことを姉だっていわれてもいまいち実感が湧いてなくてさ…だから聞かせてもらえるか?俺が知らない10年間の姉さんのことを。」
始めの敬語はもう必要ない。今いる家族にしっかりと向き合い姉のことを知ろうとする弟であるが、呼びなれていない[姉さん]という言葉には照れる表情を隠しきれないようだ。
姉から帰ってきた返答は言葉よりも先に抱擁だった。驚いて少し固まるアルトにシルクはぽつりと話し始める。
「そっか…ありがとう。正直なところね、ちょっとだけ不安だったの。何せ10年も弟のことをほったらかしという形だったから、もしかしたら恨めしく思ってるんじゃないかって。
覚えてすらなかったのは少し予想外だったけれど、アタシをちゃんと[姉]として向き合ってくれて嬉しかった。」
弟の知らない10年間、その記憶の中で考えていたことの不安をシルクは安堵するように打ち明けた。
嬉しさのあまり頬に一筋の涙を流したが弟に悟られないように拭い、アルトを離して席についた。
「マジメに聞かれた以上はちゃんと答えないとね…とはいってもどこから話しましょうか?」
「じゃあ、俺と母さんから離れたところからで。姉さんの歳は分かんないけど、多分15よりも前に外に出てると思うからさ。何でいなくなったかも教えてほしい。」
アルトにとっては至極当然の疑問だった。そもそもアルトたちの住んでいた[ブレイバー公国]では未成年(15歳)を越えていなければ、保護者同伴でない限りは指定された範囲までしか外出は許可されていない。
父親でもいればここに疑問は持たなかったのだが、アルトは産まれてから今まで一度も父親に会ったことが無い。母に聞いても「仕事の都合」としか聞かされておらず、とりあえず生きてるとだけしか分からない。
それに姉のことを欠片ほどしか知らなかったため、母に詳細を聞くこともできなかったので何をしていたのかと何のために離れたことも確認することさえ敵わなかったのだ。
「まぁ、やっぱり最初からよね。町の外に出ることになったとき私は8歳、貴方はまだ3歳になったばかりですもの。ただ、そこからの説明ってなるとまずは家庭の内情から話すことになるんだけど…。」
長い説明になると言われたが問題ないと返答する。
アルト自身もここまでくれば普通の家庭ではないことは感づいていた。そしてアルトが特別な職業である[勇者]を選択できることには前々から疑問に思っていたからだ。
もう自身の家族構成を知らねば話は始まらないことを察し、今一度シルクの説明に耳を傾ける。
「まずは貴方が今まで一緒にいた母さんのことなんだけど、今は力を失ったとはいえ元々は吸血鬼なのよね。」
最初の衝撃、今まで母と思っていた人は人ではなかった。
しかしここで疑問が一つ。本当に母は吸血鬼なのだろうか。自分の知っている吸血鬼の伝承などとは辻褄合わない。
一般的に吸血鬼は灰化してしまうので日光を浴びることが出来ないが母は普通に日中に活動している。十字架が苦手とも聞くが教会などの神聖な施設にも赴いても何の問題もない。銀の製品も扱えるし、ニンニクもそこまで嫌いというわけでもない。
母が吸血鬼だとあてはまる要素が全く見当たらないために真偽を疑ってしまう。
思い当たる要素がなく、顔をしかめていると見かねたシルクが補足を入れる。
「疑問を持つのは無理もない話ね…確かに普通の吸血鬼なら日光浴びれないし十字架も苦手なはずなんだけど、母さんは吸血鬼の上位である[真祖]まで上り詰めちゃったからね。
他の吸血鬼の常識があてはまらない、というより弱点の無い吸血鬼と表した方が正しいかもしれないわ。」
吸血鬼は幾たびの鍛錬を超えれば『真祖』に上り詰めることがある。そう考えればなんら矛盾点は生じなくなるのだが、侮るわけでは無いが自分の母がそこまですごい人物だとは思えなかったからだ。
「いや、にわかには信じられねぇわ。あの極度のめんどくさがりがそこまで鍛錬したってことが信じられねぇ。」
アルトから見る家での母の姿はあまり印象が良くない。
家事の大半がアルトに任せきりであり、食った食器も片付けない。外から帰ったら上着を玄関に脱ぎっぱなしにするし、何か物を探した後はまるで爆弾でも落とされたかの如く荒れ散らかっている。
外ではしっかり働いていて人柄も気前も良いので周りからも慕われているし、そこに関しては尊敬できるのだが、家内での母は自分の中で[見習いたくない大人 第1位]と思っているほどだ。そのせいで自給自足の能力がついたのはありがたいことだったが。
…見習いたくないと言ってるアルトだが、コイツの「必要以上をやらないな性格」は間違いなくスロウから受け継いでいる。
「あぁ、なんか…ほんとにゴメンね?母さん、お嬢様上がりに近いからいつも使用人に任せきりにしてたみたいで…。
父さんと結婚した直後は自分で家事やろうとしたみたいだけど、あまりにも経験がなくて失敗ばかりだったから父さん甘やかし過ぎて、生活が元の貴族のような生活に戻っちゃってね…。」
なるほど。あのめんどくさがりの性格が助長されたのは父親のせいだと。
アルトは今までの生活に少しの納得と少しの怒りを覚え、いつか父に文句を言ってやろうと固く誓った。
「話が脱線しちゃったけど、結局のところ私たちには吸血鬼…つまり魔族の血が流れてるのよ。
ただ、もう片方には人間の血が流れているから実際は『半魔』って表した方がただしいかもね。貴方に人族が持つ『冒険の書』が存在してるのは[流れてる人の血液の割合]が多いから、人だということを信じていれば他の人族と何の問題もなく生活できたのよ。」
確かに今日までアルトは自分の中に魔族の血があることを全く知らず、自分が人間であるとずっと考えて生活していた。鍛錬や模擬戦闘などをおこなったことはあれど、外に出るまで普通の一般人と何ら変わらない生活を送っていたのだ。
母がこんな秘密を話さなかったのは、自分に普通に生きてほしいという現れだったのかもしれない。
「そして『冒険の書』があるってことは、もしかしたら『勇者』を選択できるって言われたかもしれないけど、ここは知ってた?」
「あぁ、あいにくと書が盗られた後のことだったからあまり気に留める時間はなかったけど、とりあえず今までの話を聞いてからなんとなく想像はつくよ。
父さんが『勇者』だったんだろ?」
書を盗られてからいろんなことがあったが頭の片隅にひっそりとあった疑問。
自分が『勇者の素質』をもつ理由だった。そもそも『勇者』は誰でもなれるわけではなく国から何らかの功績を認められるか、直系の家系に三代までの間に『勇者』か功績を得てもらった素質があるかでないとなれる職業ではない。
ずっと質素に生活していたアルトにとって前者の理由は当てはまらなかったので、必然的に後者が理由となる。
ずっと家系の話を聞いていたのでここまでくれば、この理由の詳細については既に察しがついていた。
「正解、父さんが『勇者』だったから貴方はこの職を選べたの。
とはいってもこの世界の勇者は、どこぞの冒険譚とかで出てくる英雄のようなものではなくて、あくまでもその国直属の衛兵や他国をつなぐ外交官といったようなものだから無理に選ぶ必要はないんだけどね。」
勇者は[人々の守り手]としての役割が強く働いてしまう、冒険や戦いはこの世界では別の者たちの役割なのだ。
「と、大まかに話したら今ここで言えるのはもうないかしらね。家族については全員はなし終えたわ。吸血鬼や勇者のこと、あとは貴方の敵の転生者のことについては明日書斎で話すから、今日はもうここまでにしましょう?」
夜も完全に更けていて自分も疲れがまだ残っていたのでとりあえずシルクの言うことに賛同して休むことにした。
しかし、明らかにあることを自分のことを濁そうとしてる姉の思惑を見破ってしまったため自室に戻る前に一言告げた。
「いや、うまく濁そうとしてるけど肝心な姉さんのことについては何も聞いてないよ。明日こそしっかり話してもらうからね。」
隠そうとしていたことが図星だからか(そんな隠せてもいないが)肩を震わせた姉に「おやすみ。」と言葉を残して部屋を後にした。
猛暑日が続く今日この頃、連日熱中症気味で何をするにもいつもの倍以上の気力を使っているように感じます。
書いてて失敗してしまったところを後々になってから手直しを行うのですが、ストーリーの細かい所やキャラ付けを少し濃く反映させるために試行錯誤をくりかえす日々…
まぁ、そんなことばっかにめを背けてるからいつまでも最新話更新できてないんですけどね。




