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弓張月の幻想   作者: 神龍 幸正
9/10

第8章

どうも!皆さんこんばんは!

猫神です^_^

投稿遅くなり申し訳ありません!

今回は、第8章をお送りします。

では、早速いきましょう!

どうぞっ


 第八章 射

 

 西に傾いた陽が逆光に染まった家々に、神経質そうにちょんと触れる時間。夕闇はまだラピスラズリの様な瑠璃色を残し、街の喧騒が溶けて行く。

「それにしても……」

 ライラはティーカップ片手に、ぽつりと口を開いた。

「エリアスさん達が心配ね。あの人に限って、貴方達を置いて逃げるなんて有り得ないし」

 僕はライラに同調する様に、心成しか小さく頷いた。

「もしエリアスさんの身に何か危険が迫っているのだとしたら……すぐにでも助けに行かないと」

 シゲは冷静にそう言うが、その表情は何処までも辛辣で——。

 

 その頃、あの冷たい部屋の中。

 血と肉の腥い臭いが隅々まで充満し、煌々と照る蛍光灯が不気味な雰囲気を盛り上げていた。

 エリアスの息遣いは段々と浅く、その輪郭が暈されて行った。斬り付けられた皮膚にはまだ劈く様な激痛が鎮座していたが、それでも時間の経過と共にほんの多少ではあるが、その痛みは和らいでいた。そしてその所為か、エリアスは段々と正常且つ冷静な思考が回る様になってきた。

「ふう……」

 深い吐息が、冷たい空気に溶けて消えた。

 背凭れに体重を預け、ふと目を閉じる。瞼の裏から透けて見える微かな光が、数時間にも及ぶ拷問に耐え抜いた信念を感じさせた。

 ダラリと垂れ下がった両腕には枷も嵌められず、足にも何の拘束も無いということに気が付いたのは、それから暫くしてからだった。エリアスは怪我をしていない左腕にグッと力を込め、拘束されていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

 手が椅子から離れ、直立の姿勢となった刹那後。目の前の世界がぐらりと揺れる様な奇妙な感覚に襲われ、文字通り視界が奪われた。

 エリアスはその揺れに沿う様に、眉間を強く抓んで椅子に頽れた。一度目を閉じて、呼吸を落ち着かせる。十秒程経ってエリアスは目を開くと、椅子の周囲に散らばった大量の血をチラと見て、さっきの症状の原因を察した。

「あの野郎……人のこと散々嬲りやがって……」

 悪態を噴出させ乍ら、再びゆっくりと立ち上がる。今度は大丈夫。エリアスは天を仰ぐ様に深呼吸して、青紫に変色した右手首に恐る恐る触れた。

 その瞬間、焼け火箸に貫かれた様な堪え難い激痛がエリアスを襲った。

「んぐっ……」

 思わず顔を顰める。劈く様な激痛に片目を閉じ、奥歯が歯軋りにギリッと鳴った。

 痛みが一通り治ってから、エリアスは小さく舌打ちして歩き出した。幸い、脚には何の傷も無い様だ。

 とにかく、ヒロ達の所へ行かなければ……。エリアスは鋭く前を向き、地下室を出たのだった。

 後には、冷涼な空気と淋しさが残るだけである。

 

 一方その頃——

 所変わって、研究所から少し離れたとある部屋の中。

「まだ見つからんのか!役立たずが!」

 ロイトは怒りに真っ赤になり乍ら、口角泡を飛ばして吠え猛っていた。

「申し訳御座いません、すぐにでも捜し出して連れて参りますので、今暫くお待ちを」

 男は頭をグッと下げ、ガラガラしたトーンで言った。その表情は能面でも貼り付けたかの様にピクリともせず、専ら虚無の世界であった。

 ロイトは視線を天井に移し、天井の汚れを睨め付けてそのまま部屋から出て行った。

 深々と頭を下げた男の顔が、真っ黒に微笑んだのを、ロイトは知る由も無かったのである。

 

 近くの通りの騒めきが、太陽の角度に反比例して段々と大きくなってきた頃、ライラ達は神妙な面持ちで今後について相談していた。

「然し……困った。エリアスさんが何処に居るか判らない以上、俺らだけで行動するのは危険過ぎる……」

 シゲはそう言って目を伏せ、顎関節に拳を軽く握って添えた。

「でも、貴方達は帰らない訳にも行かないでしょう?」

 ライラは硝子の天板を見つめて言った。

 暫くの静寂の後、僕はライラの発言をふと思い出して口を開いた。

「でも、ライラさん、次元の渦に飛び込む以外にも帰る方法はあるって言ってましたよね?」

「あ、うん、あるよ。でもこの方法には帰れる確証は無いの。それに、この方法で帰った人の前例が無いわ」

 ライラは吃音気味に言い、はらりと紅茶を啜った。

「それは……どんな方法なんです?」

 シゲは少しでも希望が欲しいという様に、僅かに身を乗り出した。

「ええとね、エリアスさんが試していたのが、貴方達の通ってきた渦を波長から捜し出すって方法なの。

 私が考えたのは、こっちで無理矢理次元の渦を作り出して、そこに飛び込むって方法。でも君達が元いた世界と繋がる確証は無いわ」

 ライラはグッと眉を潜めて言った。

「でも、どうやって渦を作り出すんです?」

 さーやんは一本螺子が抜けた様な表情で尋ねた。するとライラはフッと妖艶に笑った。名詞を付けるとすれば、悪戯っ子が適当だろうか。

「そうね……彩月政府の大きめの建物二、三軒爆弾か何かで吹き飛ばせばいいんじゃないかしら?」

【悲報】ライラ氏、悪戯のレベルを凌駕

「……プッ」

 あまりにもライラのイメージと言葉とが乖離し過ぎていて、僕は思わず吹き出した。

「ライラさん、見た目によらず言葉強いんですね」

「ふふ、そうかもね」

 ライラの悪戯な笑みは、刹那の内に屈託の無いものに変わった。

「でも、そのくらいしないと問題にならないと思うわ。政府の輩って、隠蔽工作だけはお上手だから」

 ライラは溜息混じりに言い、紅茶をグッと飲み干した。

「そういえば……彩月政府は何で他の世界との行き来を禁じているんです?」

 さーやんが尋ねた。

「現時点で解っているのは、政府は彩月郷について、情報を他の世界に流出させたくないこと。情報の流出による他世界からの攻撃を怖れていることね。完全に被害妄想よ」

「全くですね」

 僕は薄っぺらい愛想笑いを顔に貼り付けて、透き通った紅茶に目をやった。微かに揺らぐ僕自身の目と部屋の光が、何処と無く僕等の近未来を感じさせた。

「とにかく!」

 ライラは一息入れて、パシッと言った。

「エリアスさんと合流しましょう。何処にいるかなんて、大体想像付くわ」

 この一言は随分頼もしかった。淡々とした部屋の空気に、一杯の勇気が飽和して——。

 

 一方こちらは、地下室を出たエリアス。薄暗い廊下に、エリアスの足音の残滓が葦の葉の如く乱れ合う。

「何だ此処……来たこと無いエリアだな……」

 エリアスはふらつく足取りで何とか姿勢を保ち乍ら、思考を巡らせ歩みを進める。

「でしょうね」

 乾いた声だった。全身の毛という毛がぶわわっと逆立ち、一閃の暗黙に支配された。

 だがその透き通った女声には何処か聞き覚えがあった。

「フィンク!」

 エリアスは隠密行動中ということを忘れ、思わず口走っていた。

「此処は恐らく、マップにも載ってない地下施設。研究所なのかどうかも怪しいところよ」

 フィンクは淡々とした口調で述べ立てた。

「倩行間を読むに、俺もお前も拉致されて此処に居るってことか?」

 エリアスは壁に寄り掛かってフィンクと対峙した。

「その様子だと、随分拷問されたようね。足元が覚束ないでしょう」

 フィンクは質問に答えず、目を細めて続けた。

「注意力が散漫になってるわね。こんな何が仕込まれてるか解らない壁に体重を預けるなんて、貴方らしくないわ」

「こんな時に観察眼を発揮するのは、才能の無駄遣いというものだよ」

 エリアスは苦し紛れに口角だけで笑い、嘲る様な調子で皮肉った。

「あら、口は達者ね。そこはいつも通りで安心したわ」

 フィンクは安堵の笑みを返し乍ら言った。

「まあな。あんなゴミクズ供の拷問に俺が屈する訳があるまい」

 エリアスは見事なまでに痛烈に嘲ると、壁から身体を離し、グッとフィンクを見据えた。

「で?此処は何処だ?」

 話を戻すぞ、と言わんばかりにエリアスは真剣な表情に立ち戻った。

「気絶した状態の私達を研究所から連れ出すのは目立ち過ぎる。奴らも馬鹿ではないわ。そんな危険を冒して、自分達に好奇の目が向けられることは分かる筈」

 フィンクは一切感情の無い口調で言った。

「つまり此処は——研究所の地下施設である可能性が高い」

 エリアスは顎に手を当てた。

「御名答。罠かも知れない。

 気を付けて」

 フィンクはそう言うと、スカートのポケットから折り畳み式のナイフを取り出して、エリアスに寄越した。

「お前に『気を付けて』なんて言われる日が来るとはな」

 エリアスはナイフを掌に受けると、握り締めてポケットに忍ばせた。

「しかし、このナイフ何処で手に入れたんだ?」

 行くぞ、と合図し乍ら、エリアスが尋ねた。

「奴らの誰かさんのポケットに入ってたわ。偶然、油断してた隙があってね」

 フィンクはニシシッと悪戯っぽく笑い、エリアスに倣った。

 

「どういうことですか!

 納得のいく説明をお願いします!」

 一方此処、研究所の最上階。所長室では、シュレンが吼えていた。薄暗い部屋の中、射し込む陽光が所長自身の身体に逆光となり、不気味なムードを盛り上げている。埃を水に溶かしてそのまま凝った様な灰色の絨毯に光は乱れ、雲散霧消していた。

「こんな突然、クロスナイド君とレミル君を解雇なんて——」

「決定事項なのだよ」

 所長は毅然として、シュレンの言葉を斬り捨てた。

「君の意見など取るに足らんものなのだよ」

「然し!」

 シュレンは必死に訴えたが、所長の獣物の如き眼光に押し黙った。

「賢明だ。下がり給え」

 所長はそれだけバシッと言い放つと、威厳たっぷりにシュレンを睨め付けた。

 シュレンは反論しようと口を開きかけたが、無理矢理言葉を呑み込んで「失礼します」とだけ、苦渋に満ちた声で言った。

 そのままスッと踵を返し、足早に所長室を立ち去った。

 陽光眩い部屋の中で独り、男がほくそ笑んだことは誰も知らない。

 

如何でしたでしょうか。

皆さんにとって、有意義な時間を提供できた事を祈ります。

では、第9章でお会いしましょう!


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