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弓張月の幻想   作者: 神龍 幸正
4/10

第3章

皆さんこんにちは、神龍幸正です。

今回は第3章をお送りします!

此処からこの物語は転から承に移っていきます。

この物語が、あなたに至福のひとときをご提供できることを祈って。


第三章 次元の狭間

 

「……て」

 輪郭のはっきりしない、モヤモヤした声。だが何処と無く聞き覚えがある。

「……きて」

 段々とズームインする様に、声は僕の聴覚を刺激する。

「起きろ!」

 今迄ほわほわと霧がかっていた声とは打って変わって、ナイフの様に鋭く、僕のまだはっきりしない意識に切り込んでくる。

 仕方無く、僕は恐る恐る薄目を開けた。するとどうだろう。目の前には見覚えのある白猫が、立って歩いて喋っている。

「ハアー……」

 僕は深く溜息を吐いた。

 正直言って、昨日の夜(?)に起こったことを現実として受け入れたくないのだ。然し、実際起きた場所は僕の部屋のベッドではないし、目の前の紳士的な白猫が十分過ぎる程の証拠になっている。

「起きろ〜。朝だぞー?眠いのも無理はないだろうがな。」

 エリアスは明快に笑うと、パタパタと部屋を出て行った。僕等がこの世界に来たのは、僕等の世界が昼間だった時である。更に加えて衝撃的な光景の連続で異常に興奮した脳により、なかなか寝付けず、結局眠りに就いたのは四時間程経ってからである。当然、眠りは深い。身体の細胞という細胞が、睡眠を求めてストライキを起こしていた。意識は朦朧とし、起きるべき時間に身体がついていけてない。

「んん〜?」

 とろんと眠気の跡が伺える声は、昨日エリアスが貸してくれた客間に吸い込まれて行く様だった。異世界という有り得ない状況での疲れは取れる筈もなく、僕は気怠さと疲れに支配されていた。

 

「すみません……疲れが抜けなくて……」

 しとしとと降り頻る漫ろ雨の雨音を聞き乍らの朝食の席で、僕は何度も平謝りに謝罪した。起こされた後、可成エリアスを梃子摺らせてしまったのだ。

「いや、いいよ。そりゃあいきなり知らない所に来たんだ。無理もない」

 エリアスは快く許してくれた。口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。だが、それは憤怒の色ではなく、何方かと言えば此の先起こることへの不安の色を滲み出している。

 朝食と銘打っているだけあって、心成しか卵料理が多い気がする。異世界の料理というと、何処と無い無知の偏見から、特異な香りがありちょっと敬遠したくなる様なものを想像しがちだが、本物の異世界の料理は可成美味い。エリアスの料理の腕が確かだったというのもあるだろうが、ホテルの食事として出てきても別に違和感は感じないレベルだ。

「取り敢えず、今日は調査団本部へ行こう。彼処なら政府の監視の目もあまり届かないし、何より色々な世界の情報が詰まってる」

 エリアスは驚く程優雅に珈琲を啜った。

 ……それにしても、珈琲に限らず、何か液体が喉を滑り落ちる度に尻尾がほんの少し揺れるのは癖なのであろうか。

 僕はエリアスの綺麗な尻尾を眺め乍ら、そんなことをぼんやりと考えていた。

  

 それから十分程。

 僕等は、街の奏でる『生活』という名の騒音の中にいた。渾然一体となった雨上がりの異世界の喧騒は水分を多量に含んでいて、鈍い渦となって立ち込めている。取り留めのない声の束は繁華街を馳り抜け、空気中の粒子と粒子の狭間を伝い、僕等の内耳を震わせる。

 周りにいるのは人ではない興味深い生き物ばかりで、目があと四つくらい欲しいと思った。僕等はエリアスの誘導を頼りに、繁華街を抜け川沿いの道に出た。潮が引く様に静寂が訪れる。先程迄の喧騒はすっかり掃き清められていて、建物一つ挟むだけでこんなにも音の聞こえ方は違うものかと疑問に思わずにはいられなかった。

 

「さあ、着いたぞ」

 川沿いの道を行くこと凡そ十分、エリアスの言う調査団本部へと辿り着いた。成程確かに研究所の様な雰囲気は醸し出している。此方の世界で言えば、大学のキャンパスを少し小さくした様な感じの建物だ。異世界と言えど、魔法など、そういったオカルト的なものではなく意外と科学的である。

「じゃあ入るが、絶対に俺から離れるなよ。」

 エリアスは硝子張りの入口扉を遠目に認めると、声を低くして囁いた。

 僕等はスタスタと、成る可くの早歩きで入り口に向かった。兎に角普通に振舞い、怪しまれない様にとエリアスに忠告されていた為、僕等は胸を張って堂々と歩いた(ばれやしないか、心臓が後方宙返りしそうだったというのが、正直な感想である)。建物に入ると、巨大なエントランスホールが僕等を出迎えた。これじゃまるで一流ホテルだ。高い天井から吊り下げられたシャンデリアは、幾多ものクリスタルがその光を七色に分けている。昨夜迄の暗澹と横たわる大気を、光は清々しい程に真っ直ぐ射抜き、僕等の胸中に暗雲の如く残る不安を吸い取っていった。

「さ、こっちだ。」

 エリアスは優しさの籠る笑顔で言うと、僕等の先頭を切って歩き出した。階段を二つ上がり、左折、また左折、三つ目の角を右折して、真っ直ぐ進んで行く。この建物も、やたらと複雑な構造となっている。異世界の建築とは、こういうものなのだろうか?僕はそんなことを呑気に考えながら、綺麗に掃除され抜いた廊下を歩いて行った。

「此処だ。入ってくれ」

 廊下をもう一度左折し、暫く直進した後、エリアスは重そうな白い扉を前に言った。

 ——ん?重そうな白い扉……?

 記憶の破片がまた一つ、僕の脳内で繋がった。此処の扉を予知した夢だったのか?

 僕等はエリアスと共に、扉の奥へと進んで行った。僕にしてみれば、ずっと奥が見えなくて煩わしかったのだから、勇躍して何とも言えない心の弾みを覚えた。彩月郷に来てから最もワクワクした思いに駆られていた。 

 一歩足を踏み入れ、警戒も忘れ中を覗き込んだ。

 清潔感溢れる真っ白の壁には蛍光灯の光が跳ね返され、磨きあげられた床にくっきりと白い線を描いている。薬品の様な独特の匂いが嗅覚をツンと刺激し、段々と麻痺させて行く。ホワイトボードには油性ペンで書かれた、何やら式と数字で埋め尽くされており、高校生に理解出来る様なものではないことだけはすぐ理解出来る。

「こっちだ。あの部屋に入って、椅子に掛けて少し待っていてくれ」

 エリアスは青い扉を指差して言い、マントの裾を優美に、三日月の様に鷹揚な曲線を描いて翻した。白衣をバサッと羽織ると、奥の部屋へと入って行った。

 僕等はエリアスに言われた通り、青い扉の部屋に入って、パイプ椅子に腰掛けてエリアスを待った。

 僕は不意にポケットに両手を突っ込んだ。すると、右は何やら硬いものが、左は何だかざらついた物が、掌の触覚神経を刺激した。右の方はやけに冷たく、薄っぺらい。僕はそれをポケットから引っ張り出した。その薄い何かは、スマホであった。落ちて来たと言うのに、ツルツルした画面には傷一つ無く、しっかり電源も入った。もう一方は、明日華から貰ったあの手帳だ。この世界と何か関係があるのだろうか?僕は押し黙ったままそう考えていた。と、その時——。

「や、遅くなったな」

 エリアスは何やらファイルを何冊か脇に抱え、苦笑して現れた。僕は急いでスマホと手帳をポケットに滑り込ませた。部屋に入って来たのはエリアスだけではなかった。

「おお、人間のお客様とは珍しい。私はシュレンです。シュレン・アクオノス。此処の所長を務めています。宜しく」

 そう言って、彼——シュレンはにこやかに手を差し出した。エリアスの様に白衣を羽織っていて、その容姿は狐と人のハーフの様だった。狐の獣人、と言った方が良かったろうか。金色に近いその毛はサラサラと、綺麗な一定の流れを生み出している。

 僕はシュレンの手を握り、「どうも宜しくお願いします」と、自分でも驚く程明るく言った。

 僕等はエリアスにしたのと同じ様に自己紹介を済ませると、より詳しい話をすることにした。

「成程、神社とか言う場所に行ったら、次元の狭間に吸い込まれた、と。」

 僕はシュレンに、彩月郷に来てしまった理由を話した。シュレンは好奇とも、哀れみとも受け取れる微妙な瞳を僕等に向けた。

「それで、通行許可証を持っていない状態でゴドゥーに絡まれてたところを、俺が発見して助けたって訳だ。」

 エリアスは持っていたファイルに目を通し乍ら、ポツポツと言った。

「あ……あの、すみません、ゴドゥーって?」

 さーやんは眉を顰めて尋ねた。

「あの鬼の事だよ。ほら、門でヒロ君達に絡んできた、あの。」

 エリアスは顰蹙して眉を煌めかせ、穏やかだった瞳は射る様に鋭くなった。

「ゴドゥーとの腐れ縁も、まだ終わってないってことか……」

 シュレンは全てを悟った様な瞳で呟いた。

「あ、あの」

 今度はシゲが口を開いた。

「具体的に、俺らはどうすれば帰れるんでしょう?」

「なあに、簡単さ。次元の狭間に吸い込まれたんだろう?なら、もう一度その次元の狭間に飛び込めば、あれは一方通行だから、元の世界に戻れるよ。ただ……」

 明るく話していたシュレンの顔が、突然曇った。

「もし本当に万が一、政府関係者に見つかりでもしたら……」

 僕の脳内を、エリアスの言葉が過る。

『見つかれば……俺も含めて殺される可能性だって十分有り得る話だ』

 シュレンは、慄然と生唾を咽喉の奥へと押しやった。

「捕らえられて処刑か、記憶消去後投獄されるか。どっちにしろ、もう彼方の世界には帰れない」

 エリアスがシュレンの言葉を締め括ると、シュレンはこっくり頷いた。

「まぁ、見つからなければいい話だ。此処での権限は我々にある。政府と言えど、簡単には手出し出来ない」

 シュレンは安心させる様にニカッと笑って言った。

「あ、そういえば」

 僕はあの手帳のことを思い出して、ポケットから引っ張り出した。

「これって、何か関係ありますか?」

 唐突に、エリアスの目の色が変わった。動揺した様な、驚愕した様な、複雑な感情が織り交ぜられた瞳である。

「何処でそれを?」

 エリアスは手帳を食い入る様に見つめ乍ら、放心した様に言った。

「僕はさーやんのお姉さんから貰いましたが、その人は僕等が吸い込まれた神社の前で拾ったと言ってました」

 僕は簡潔に言うと、目の前の机に手帳をそっと置いた。

「ちょっと見せてもらえる?」

 エリアスは驚く程真剣な眼差しの照準を僕に合わせ乍ら言った。

「ええ、どうぞ」

 僕は手帳をエリアスの方へ押しやった。

 それから暫く全員一言も発さず、只々平べったい、透き通った静謐がそこにはあった。

「成程……」

 エリアスの安心させる様な低音が、静寂を破る音第一号となった。

「ヒロ、少しの間、これを我々に貸してくれないか?」

 エリアスの瞳には、何か確信めいたものが宿っていた。正に研究者のそれである。

「有難う」

 エリアスは短く言うと、手帳を持って部屋を出て行った。

 すると、壁に設置されたスピーカーからエリアスの興奮した様な声が響いた。

『このラボで、手の空いている者——いや、空いていない者も総動員だ。直ちにこの手帳の解析に取り掛かる。各班にデータを送信した。一班は文字解読、二班は時代解析、三班は実物からの成分解析だ。急げ!』

 研究所内が一気に慌しくなった。

 シュレンはニヤッと笑って、眼鏡をサッと掛けた。

「扨、面白くなってきやがった」

 


如何でしたでしょうか?

今回の章は比較的短く纏まりました〜

是非是非感想などお寄せください!

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評価やブックマークなど付けていただけると嬉しいです!

では、次の章でお会いしましょう。

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