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弓張月の幻想   作者: 神龍 幸正
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第1章

どうもこんにちは、神龍幸正です。

本日は序章に続いて第1章の方をお送りします。

ご感想など頂けると嬉しいです。

まだ序章をお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

では、本編へ。

 第一章 ラビリンス


今朝もまた、僕はあの細い石造りの道を脱兎の如く駆けていた。両腿に気合いと言う名の鞭を振るい、勢いよく地面を蹴る。小さな石がパラパラと飛び上がり、柔らかな光とは対照的に刺々しく弾けた。右、右、左、直進……それにしてもこの道は本当に迷路の様に複雑に入り組んでいて、迷わないことが不思議なくらいだ。

そう、これは本当に不思議なのだが、僕がこの様な夢を見るようになって二週間ほどが経とうとしている。しかし、迷ったことがない。まるで、自分の足が行き先を知っているかの如く自然に素早く動くのだ。あまり自慢にはならないが、僕は結構な方向音痴で、高校に入学してから三ヵ月くらいはまともに学校内を歩けず、廊下で迷うなどしょっちゅうで、更に言えば入学したての頃は、学校の最寄り駅から学校までの道でさえ危うかったのだ。

そんな僕が初めての道、一本道ならまだしも、迷路のように複雑に入り組んだ道など迷わずに歩ける訳がないのだ(前述した通り、あまり自慢にはならない)。

ま、夢の中だし、いっか。僕は、いつの間にか夢の中と現実の区別がつかなくなっていくのを体全体で感じていた。

そして、いつもの様にドアノブに手を掛けた瞬間——


ピピピピッ……ピピピピッ……

この日は珍しく、目覚まし時計の電子音で起床した。薄眼を開けると、いつもの様に純白のカーテンがひらひらと舞っていた。自分でも不思議なくらい気持ちの良い朝だった。クアーっと大きく欠伸をしながら体全体をぎゅーっと伸ばし、身体の端々迄血液が循環したのを感じる。柔らかく、粉っぽい朝の白い光は部屋の隅々まで満ちていて、楽しげにその手を取り合って弾けあっていた。

僕はベッドを降りると、のらりくらりと制服に着替え、リュックを背負って部屋を出た。

階段をスタスタ軽快に降りて行き、居間に入ると、僕は「おはよう」と、まだ眠気さの残る声で言った。居間では父が既に澄まし顔で朝食を食べていたが、僕の顔を見るなりさっと表情を固め、怪訝そうな声で言った。

「ほう。お前が早起きなんて、珍しい事もあるもんだ。今日は大雪か?それとも槍でも降ってくるんじゃないか?」

全く、失礼な父親である。僕だって、毎日毎日寝坊助さんでいるわけにもいかない。こっちは試験勉強とか検定対策でとても多忙なのだ。

「そうなったらいいな。僕も学校休めるし」

僕はちょっとした諧謔を弄し乍ら、苦笑して言った。

父は呆れたようにフッと笑って、心地良い低音で、「じゃあな」と一言呟き、そのまま居間を出て行った。硝子張りのドアがパタンと閉じると、僕はフーッと腰に手を当てがい乍ら溜息をついた。その吐息は、朝の清澄な空気とともに、蒼い大気の彼方へと葬り去られた。

すると、丁度妹が居間に入ってきた。妹は僕の姿を認めるなり、ギョッとした表情で「お、お兄ちゃん!どうしたの⁉︎」と言った。まるで目の前で兄が卒倒したかのような言い草である。

「別にどうもしないさ」僕はトーストに齧り付き乍ら、ちょっと不機嫌な顔で言った。

「朝にトースト食べてるのなんて、普通の光景だと思うけど?」

「ほえー…珍しい事もあるのね。今日大雪になったりして」

妹は悪戯っぽく笑って言った。

……張っ倒すぞ。

僕は短めに朝食を終え、リュックを背負って足速に居間を出た。扉が閉まる寸前、ちらっと妹の表情を伺うと、驚いた様な、呆れた様な、何とも言えない顔でトーストを口に咥えていた。

玄関を出、いつものようにアスファルトの道を悠々と闊歩する。ローファーが道を蹴る歯切り良い音にリズムを感じ取りながら、普段と違わず電車に乗り、学校へと向かって行った。

 電車内で嵌めたワイヤレスイヤホンからは、最近の僕のお気に入りの曲が流れている。アップテンポで、僕の足音のリズムと曲のそれとが見事に一致していて、歩く時はこれに限る。

 最寄り駅を降り、二分程が経とうとしていた時だろうか。

 ポン、と肩を背後から軽く叩かれた。振り返ると、中学以来の友人の姿があった。

「何だ、シゲか。脅かすなよ」

 僕は溜め息混じりで言った。

「まあ良いじゃないの。そう怒りなさんな」

 彼はカラカラと愉快に笑った。

 名は神城重信、通称シゲちゃん。十六歳。僕の中学時代からの友人で、今は写真部に所属している。所属していると言っても、殆ど毎日吹奏楽部に遊びに来ては、部員と世間話で盛り上がっている。そんな訳で、後輩の中にはまだ何人か、シゲが吹奏楽部の部員ではないことを知らない人もいる様だ。

「まったく……お前って奴は」

 僕は苦笑して、また歩き出した。

 そして、歩くこと凡そ五分。

 見上げる様な高い木と所々錆び付いた校門が、驚く程無表情な高校生達を出迎える。

 二年生の教室は四階。階段だけで疲れてしまいそうだ。昼の喧騒が嘘の様な静寂の廊下を、二人はスタスタ歩いて行く。自分の教室を右に認めると、フーッという深い溜め息と共に教室の敷居を跨ぎ、各の席へ疲れたサラリーマンの様にどっかと座った。

「うわ、今日までの数学の課題やってないんだった、あーあ……」

 僕はシゲがそう言って、気怠そうにノートを引っ張り出すのを横目に、リュックの中の教科書を机に入れ始めた。

「なーぁ、ヒロちゃーん、プリントの答え貸してくれよぅ。」

 シゲは面倒臭そうな顔で僕にプリントの答えを要求してくる(尚、僕は皆からヒロと呼ばれている)。

「答えぇ?昨日のか?」

「左様。いやぁ失くしちゃったみたいでして」

 シゲは妙に畏まって口角を上げた。

「んなこと言ってもなぁ、俺も持ってないんだ」

 僕は「すまん」の代わりに右手を眉間前に持って行った。

「あぁ、それなら——」

 上から小鳥の様な声がした。どこか面白がっている様な調子だ。僕とシゲが同時に目線を上に持って行くと、そこには何か企む様な黒っぽい笑みがあった。

「や、おはよーっ!」

 その女子は朝だと言うのに元気良く白い歯を見せ、曇りなく笑った。

「お早う。相変わらずお元気で」

 僕は少し目を細めた。

 この女子は良田沙耶華。通称さやちゃん、さーやん。僕と同じ吹奏楽部で、トランペットを担当している。迚も明朗快活な性格である。

「シゲちゃんさー、プリントの答え欲しいんでしょー?」

 さーやんは人を脅かす様な黒っぽい微笑を口角に浮かべ、シゲの前で紙をヒラヒラと振った。

「あぁ、持ってるの?」

 シゲは顎をまだ机に着けたままカクカクと言った。

「まーねー。ま、どうしてもって言うなら見してあげても良いけどぉ?」

 さーやんはニヤニヤ笑いを崩さずにシゲに迫った。

「頼む!見せてくれぇ」

 そう言ってシゲがプリントを取ろうとしたところを、さーやんはひょいと躱す。

「ジュース奢ってくれるなら、考えてあげてもいいなぁ。」

 成程、狙いはそれか。

「んー……、分かったよ、ジュース奢るから、プリント貸してくれぇ」

 シゲは情け無くそう言い、手を合わせた。

「約束ねー!はいこれ」

 彼女は子供の様に邪気なく笑い、プリントをシゲに手渡した(後にシゲはメロンソーダを奢ったと言う)。

 

 昼休み——

「ヒロ、食堂行こうぜ〜」

 シゲは財布を片手に、いつの間にか僕の席の背後に立っていた。

「おう、オッケー。」

 僕は軽く相槌を打ち、財布を持って席を立った。

「食堂行くのか?」

 急にさーやんが割って入る。余りに突然現れたので二人は些か狼狽し、「うおっ」と一歩退いた。

「何だ、さーやんか。脅かすなよ」

 シゲは不意を突かれた表情で言った。

「あはは、ごめんごめん。食堂行くんでしょ?私も行くんだ。一緒に行こ?」

 彼女は財布を片手に、心底嬉しそうな顔で立っていた。そういえば、今日は金曜日。僕の高校では、毎週金曜日に食堂のおばちゃんがサクサクのコロッケを揚げてくれる。上品にこんがりと揚げられた、迚も繊細なコロッケ。これがまた堪らなく美味い。二つで百五十円と値段も安く、生徒からは大人気を博している。毎週中の具が変わるのも人気の理由の一つで、生徒達の毎週の楽しみにもなっている故、一度買うと辞められないと言うのも頷ける。

 

「まったくさぁ——」

 僕は食堂で学食のラーメンを啜り乍ら、最近の夢のことを二人に話していた。

「本当にそればっかりなんだ。気がついたら走ってて、白いドアがあるんだ。何と無くだけど、重いってのが判るんだよね。そんで——」

「——開けようとすると夢が終わっちまう、と。」

 僕が息を継いだ瞬間を見計らったかの様に、シゲが言葉を継いだ。

「そうなんだよなぁ、それが不思議でさ。」

 僕はうーんと首を傾げ、スープを啜る。鶏がらベースの醤油味が口一杯に広がる。甘味は多少強いが然程しつこくない。

「それってさ、予知夢ってやつなんじゃない?」

 さーやんは口一杯にコロッケを頬張り乍ら言った。

「そういう関係のことなら、私のお姉ちゃんが詳しいよ。明日休みだし、訊きに来る?」

 さーやんのお姉さんには何度か会ったことがある。大学で保育関係の勉強をしているらしい。

「あぁ、そうしてもらえると助かるな。さーやんのお姉さんに言っといてくれる?」

 僕は微小の色を口角に浮かべ、割り箸を置いた。

「了解っ」

 さーやんは軽々しく相槌を打った。

 

 一方その頃……

「また、この波長か……」

 彼は深淵の考察と共に口を開いた。事象の全てを見通す様な瞳は、研究者の色を滲み出していた。

「ええ。これで何度目でしょうか?」

「少なくとも十五は超えている。まぁ、あの地域一帯を二十四時間体制で観測しよう」

「委細承知」

 

 翌日——

 僕はふんわりとしたベッドの中で、切れ切れの眠りに塗れて朝を迎えた。朝の風が動き始め、明るさが訪れる。太陽はその定められた軌跡をゆっくりと滑り始め、槍の様な光が暁を告げた。

 ピピピピッ……ピピピピッ……

 目覚まし時計の電子音が、部屋一杯に反芻する。僕は今朝もあの夢で目が覚めた。最早それは日常と化していたからか、僕はまたか、としか思わなかった。

 目覚まし時計をバンと叩いてアラームを止めると、ベッドに寝転んだままで、僕は暫く天井を見つめていた。陽光に照らされて、この清潔さを見ろとばかりに真っ白で、如何にも純白、といった感じだ。

 すると——

 ピリリリリッ!

 枕元に置いてあったスマホが、バイブレーションと共に電話がかかってきた事を知らせた。

 強く握り締めると直ぐ壊れてしまいそうな程薄っぺらい機器を手に取ると、バイブレーションの震える感覚が掌を擽る。

 指でスイスイと画面に触れ、その小さな機械を耳に押し付けた。そして寝起きとばれぬ様、一生懸命声を変えて口を開く。

「ふぁい…もしもし…?」

 寝惚けているとは言え、何とも情け無い声調である。

『お、その声ってことは、さては寝起きだな?もしもし、ヒロちゃん?』

 スマホの向こう側からは、聞き慣れたさーやんの声が耳に飛び込んできた。

 ……何故ばれた。

「何で分かった?ふぁーあ……」

 僕は大きく欠伸して、思ったことを率直に言った。

『ヒロちゃんが授業中に寝起きで答えてたの何度聞いたと思ってる訳?』

 さーやんは呆れた様な口調で言った。

 成程、そういうことか。

 僕が一人で納得していると、さーやんの方が先に口を開いた。

『まあいいや。取り敢えず、今日来るなら十時に来てね。じゃーねー』

 さーやんはこれだけのことを一気に言ってのけると、プツッと電話を切った。

 僕はスマホをベッドに投げ出すと、枕元の目覚まし時計に視線を移した。午前八時丁度。随分と長いこと目覚ましのアラームが鳴ってたんだなぁと思いつつ、僕は手早く服を着替えた。

 部屋を出、居間に降りて行くと和食の馥郁たる香りが食欲を唆った。  

 ホカホカのご飯に、焼き魚、味噌汁とお浸し。在り来たりでありつつも、栄養バランスの考えられた、実に健康的な理想の朝食と言えるだろう。

 十分程で朝食を食べると、さーやんに電話で今から行くと伝え、僕は身支度を済ませてさーやんの家へ向かった。僕、シゲ、さーやんの三人は偶然にも家の最寄り駅が同じであることが幸いして、互いの家に遊びに行くことはしょっちゅうで、あっという間に親友の様に打ち解けたのは、つい一年と数ヶ月前のことである。

 

 良田宅——

「ふーん。じゃあ、ここのところその変な夢しか見ないんだ。」

 さーやんの姉、明日華はあまり関心を示さずに言った。

「そうなんです。たかが夢なので、別にいいかなあとも思ってるんですけど……」

 僕は片方の眉をくいっと吊り上げた。

「ネットで検索したりはしないの?」

「することにはしたんですけど……どうもそれらしき情報が無くて……」

 僕は首を捻り乍ら思考を巡らせていた。

「その白いドアってさ、迷路を抜けた先にあるんでしょ?」

 明日華はそう尋ね、自らの本棚を指で追い始めた。

「ええ。何日も連続して同じ夢を見るなんて、どう考えても可笑しいですよ。僕の頭じゃあんなの思い付きませんし」

 僕はちょっとした諧謔を弄し、頭頂部をポリポリと引っ掻いて苦笑する。

「おお、これこれ。」

 明日華は古びた手帳を本棚の奥から引っ張り出し、僕に放って寄越した。

「お姉ちゃん、何これ」

 さーやんは手帳を覗き込んで、不思議そうに尋ねた。

「一週間くらい前に拾ったのよ。石凪神社の鳥居の前でね」

 明日華がそう言ってる間、僕は手帳を開いて中を見ていた。

 何だこれ——

 刹那、そう思った。

 びっしりと書き込まれているが、雨に打たれたかインクが滲み、文字の判読は無理だった。何頁かは破られた痕跡が残っており、頁の所々には穴が開いていた。

 半分くらい何も書かれていなかった。パリパリとした頁は白の時分をとうに通り越し、燻んだセピア色を帯びていた。随分古いものであることだけは誰の目にも一目瞭然である。表紙は、少しざらついてはいたが高級そうな皮で出来ており、何処と無く中世欧羅巴を感じさせた。

「すみません、この手帳、少し貸して下さい。」

 僕は自分でも説明の仕様がない衝動に駆られ、気が付けばそう頼んでいた。

「ええ、何ならあげるわ。私には必要ないし」

 明日華はそう快諾して、愛嬌の篭った笑窪を見せた。

 

 その夜——

『じゃ、分かった、さやちんにも伝えておくよ。』

 スマホの奥からは、朗らかなシゲの声がした。明日、石凪神社に行こうと誘ってみたらあっさりオーケーしてくれたのだ。

「ああ、宜しく。」

 僕はサラリと微笑んで、電話を切った。

 外は粘り付く様な闇色だった。

 

 僕は、あの迷宮を駆けていた。だが、今日は何かが違った。相変わらず壁の色は淀んだ白だし、石畳は整備されているし、外見上に変化がある訳ではない。何が違うのか、自分でも分からなかった。ただ、その「何か」は分からずとも、確実に今迄の夢と違う「何か」があったのだ。

 僕は立ち止まって、蔦の絡まった壁にそっと手を触れてみた。ひんやりと冷たく、迚も硬い。まるでコンクリートである。再び歩き出して数分、またあの白いドアの前に出た。

 開けたい。

 開けて、中を見てみたい。

 不思議な引力だ。僕の身体は、この扉に支配されてしまっていた。僕の身体はまるで操り人形の様に、主人の意思に反して無意識に動き、少し錆び付いたドアノブに触れていた。

『もう少しだけ——』

 僕は囁く様に言った。自分の意識が、夢から醒めようと必死に踠いているのを感じたからだ。

 ドアノブを回すと、ガチャリと音がした。そして、扉がゆっくりと開く。純白の光が見える——。

 

「はっ!」

 僕は、気が付けば自室のベッドの上にいた。いつものベッドの感触。朝の燦燦とした陽光。いつも通り。変わらぬ朝。だが、なんだかいつもに比べると薄暗い。曇っているのか……?

「ハァー……またか」 

 思わず口走った。今日の夢は何かが違うと思っていただけに、何も変わらないことへの落胆は大きかった。

 ふと時計に目をやると、午前五時を指していた。成程、薄暗いと思ったのはそういうことか——。

 全身の力が抜けた。身体は妙に重く、怠い。もうあの操られている様な感覚は無く、全身の末端迄意識の支配が浸透している。

 僕は何気なく昨日貰った手帳を手に取り、パラパラと頁を繰った。やはり、インクの滲みが酷く、最早文字なのかすら怪しいところだ。

「ハアー……」

 深い溜息は、清澄な早朝の大気に織り交ぜられ、乱れ合い、消えた。

 

「確か、明日華さんは此処で拾ったって言ってたね」

 僕はあの手帳片手に呟いた。

 太陽が天頂を通過した後、僕、シゲ、さーやんの三人は石凪神社の鳥居の前に居た。ゆったりした日曜日の午後に、この場所は侘しく、静謐の世界だった。

「手掛かりねえ……何か見つかれば良いけど」

 シゲは挑戦する様に言った。

「ま、何かしら見つかるよ。」

 さーやんは相変わらずの楽観主義である。

 僕等は石段を登り、境内へ向かった。周りの広葉樹は爽やかな風にさわさわと揺れ、何処と無く神秘的な光景だった。

 何処から見ても、この神社は極普通の神社である。此処に手帳と夢に関する手掛かりがある様には、正直言って全く思えなかった。

「何かあったー?」

 夢の原因を突き止めようと、神社の境内を隈無く散策し始めて、凡そ十分。シゲが僕に近寄って言った。

「いや……それらしきものも何にも」

 僕は溜息混じりにぼやく。やはりこんな神社に来るより、本で調べるなり、詳しい人に訊くなりすれば良かったかな——。

 僕がそう考えている時。

 事は、その時起こった。

 世界がグラリと擦れる様な感覚を覚えた。目眩とは違う。目の前だけじゃない。世界が、この世界の次元そのものが、擦れた——。

「なっ——!」

 何も言えないでいるうちに、足元に丸い漆黒の影がサッと広がった。宇宙の深奥の色。世界の理を詰め込まれた、終わる場所にして還る場所。

 そして、一瞬刃の様な風がヒュッと吹いたかと思うと、自由落下の感覚、詰め込まれる様な感覚、この世の全ての感覚をぐちゃぐちゃに混ぜた様な恐ろしげな感覚と共に、僕等三人は影の彼方へと葬り去られた。

 漆黒の影は風と共にフッと消え、辺りにはただまったりとした日曜日の午後があるだけであった。

 


弓張月の幻想 第1章、如何でしたでしょうか?

この小説が、貴方に素敵なひと時を提供できたなら幸いです。

評価の程宜しくお願いします

Twitterでの情報公開も予定していますので、覗いて行って下さいませ!(@yukimasa1017)

次回、お楽しみに!

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