9.検証
「んはっ!」
再び目の焦点が合ったとき、俺は右手を突き出した状態で父親の前に立っていた。
場所はうちの近くの広場。あの白い空間に行く前とまったく同じ場所に同じ状況で戻ってきたみたいだ。
「どうしたウタルダス、なに狼狽えている?」
「……」
しかも、おそらく時間がほとんど経過していない。その証拠が父親の反応だ。とても目の前から人が消えて戻ってきたときの対応のように見受けられない。
さっきのは夢だったのか? 一瞬そう思ったものの、すぐにその考えを否定する。
いや違う、あれは夢なんかじゃない。全身の傷が完治していることが証拠じゃないか。
しかもそれだけじゃない。もう一つ、俺自身に大きな変化がある。全身から、これまで感じたことのないような力が湯水のように湧き上がってくるのだ。
試しに俺は【 愚者 】のカードを呼び起こしてみる。
右手に具現化されたカードには、先ほど確認した時と同じように、五つの星と『100』という数字が刻まれていた。おまけにネクストの説明文まで変化している。
『愚者。それは自らの限界を定めず前に突き進むもの。諦めないものに、力を与えるもの』
ああ、やっぱり夢なんかじゃなかったな。
俺は──”ナンバーズ”に覚醒したんだ。
「おいウタルダス! 貴様、なぜ俺を無視するっ!」
運命とはなんと皮肉なんだろうか。
もはや手に入らないと絶望し、諦めかけ、だけど悔しくて……。
そんなとき、予想外の形で目の前に零れ落ちてくるんだからな。
「……ははっ!」
思わず笑いが込み上げる。
これが笑わずにいられるか。
「なにがおかしい! とうとう頭がおかしくなったか?」
俺が無視していたので、父親のヴァーリットがいいかげん怒り出してしまった。怒鳴り散らす父親の姿に、再び失笑が漏れる。滑稽だ。すべてが滑稽に見える。
不思議とあの父親がまったく恐ろしく感じない。本能が、あいつは大したことないと訴えかけてくるのだ。
「狂ったか、ウタルダス! だとしたら、せめて親の役目として、貴様を冥府に送り返してやる! それが、貴様に出来る唯一の親孝行だと思えっ!」
激昂する父親が剣を振るう。その動きが、俺には止まっているように見えた。
〈 Gate Rank B 【 動体視力/上 】:発動 〉
はー、これがゲートを開放した時の力なのか。
凄い、凄すぎる。今までとまるで別世界だ。
この程度の剣戟なら余裕で躱せるな。ギリギリまで剣筋を見極め、服を掠る寸前で身を捻る。
〈 Gate Rank A 【 奥義 《 一寸の見切り 》 】:発動 〉
すれ違う際、父親が目を見開いて驚愕しているのが分かった。
それもそうだろう、これまで手も足も出なかった俺があっさりと剣を躱したのだから。
「くくく……」
そのまま父親から少し距離を取る。俺は込み上げてくる笑いを抑えることができなかった。
やった。
俺は、ついにやったのだ。
諦めていたはずの力を、手に入れたのだ。
「……なに笑っている、ウタルダス。たった一回、俺の剣をマグレで避けただけだというのに」
「そう見えるのか。だとしたらそうなのかもしれないな」
「貴様はその程度のことで満足なのか? なんと志の低い、この愚か者めっ!」
愚か者?
ああそうだ、俺は愚か者だよ。
だけど、愚か者だったからこそ、俺はこうして今立っている。
──″ナンバーズ″として。
「なぁ父さん。俺はついに超えたんだよ」
「なにっ?」
「不可能を超えた。俺は──不可能を可能にしたんだよ」
物分かりの悪い父親のために、決定的な証拠を突きつけることにした。改めて【 愚者 】を具現化し、父親に見せつける。
「なんだ、貴様の呪われたカードを見せつけてなにを──」
「よく見てみろよ、親父」
俺に言われた通り、ヴァーリットは素直に目を凝らしてカードを凝視した。酒に濁った父親の目がすぐに見開かれる。
「こっ、これは……まさか」
「ああ、そのまさかだよ。俺はナンバーズになったんだ」
「そ、そ、そ、そんなことがあるわけがない! お、お、お前は役立たずの能無しなんだ! 何かの間違いに決まってる!」
あーあ、せっかくあんたの自慢の息子がお望みどうりの英雄候補になったってのに、なんとも冷たい反応だな。
まあいい、この際だから父親には実験台になってもらおう。なにせゼルクネクストに覚醒したとはいえ、まだまだ分からないことがたくさんある。
まずは所有ゲートの能力確認からだ。
今の俺は5つのゲートを装備している。一般的にはゲートは持ってても1〜2個程度であることから、この数字はかなり多いと言える。
しかも、ついさっき確認した二つの能力── ランクB【 動体視力/大 】とランクA 【 奥義《 一寸の見切り 》 】はかなりの力を持っていることは分かった。特に後者は、さすがランクAだけあって圧倒的な力を持っている。このゲートを使えば、父親の攻撃が当たる気がしない。
だが、ここで確認したいのはその点じゃない。ネクストとゲートのどちらが優れているのかという点だ。
ようは、俺の持つランクB 【 剣技 】の能力が、親父の三つ星の【 剣術 】にどこまで対抗できるかを知りたいのだ。
「貴様がナンバーズになどなるはずがないっ! 人を騙すなどという愚かな真似をする奴は、叩きのめしてやる!」
父親が【 剣術 】のネクストを駆使して襲いかかってくる。実に見事な、流れるような剣さばきだ。
さーて、早速ゲートの力を使ってみるかな。俺は剣技のゲートで父親の攻撃を防ごうとする。
「あっ、しまった」
だがここで俺は自分の過ちに気付く。思うように体が動かないのだ。
そのせいで反応が遅れ、父親の剣がわずかに頬を掠める。
「いててっ」
滲み出る血をぬぐいながら思わず舌打ちする。
理由はすぐに分かった。今の俺は攻撃用のゲートである【 剣技《攻》/大 】しか装備していなかったからだ。そういえば防御用のゲートはコストオーバーとかで弾き出されてたっけ。
なんとも間抜けなことだ。すぐに父親から距離を取り、【 腕力強化 】のゲートを外すと、かわりに胸元に入っていた【 剣技《防》/中 】を取り出して装備する。ゾワゾワ、背筋に熱いものが走った。
「どうしたウタルダス! 貴様、やはり怖気付いたか?」
「すまんすまん、ちょっとミスったわ。ここから仕切り直しで頼むよ」
「……舐めた口をきくな! 出来損ないのくせに!」
再び父親の剣が嵐のように襲いかかってきた。だけど今度は違う。体がスムーズに動いて父親の剣を受け止め、受け流していく。
父親自慢の三連撃を、今回はちゃんと全て防ぐことが出来た。危なげない、完封と言っていいだろう。感覚的には互角かな?
「なっ!」
「よーし、今度はこっちの番だ。いくぜ?」
参考にするために、父親とまったく同じ剣筋で三連撃を繰り出す。
まずは右から左への薙ぎ。おっ、ギリギリ躱したな。続けて左下から上への切り上げ。防御の構えを見せる父親の剣を弾き飛ばす。最後は上から袈裟懸けに切り下ろ──そうとして、止めた。
模造剣は、首筋ギリギリのところでピタリと止まる。父親は荒い息を吐きながら、自分の首に当てられた剣を眺めていた。
「はぁっ……はあっ……はあっ」
「ふーん、なるほどねぇ」
どうやら俺の【 剣技(大) 】の能力は、父親の【 剣術 】のネクストを上回っているようだ。とすると、【 剣術 】のネクストは【 剣技/中 】と同等だと考えられる。
おそらく【 剣術 】のネクストは、【 剣技/中 】の《攻》や《防》といった複数のゲートが合わさったような効果を持っているんだろう。なるほど、そういう仕組みか。だんだん分かってきたぞ。
もっともそれがネクストの限界なのか、単に父親の力不足なのかは不明だ。だから、最終判断は保留することにする。
でも、ゲートの力でネクストと互角以上に戦えることが分かっただけでも今回は十分な収穫だ。
「さーて、次はこれを試してみようかな」
今度は【 一寸の見切り 】を外して【 腕力強化/大 】を装備してみる。絶大な効果を誇る《 奥義 》を外すのはちょっと怖いけど、父親の剣術は現状でほぼ防げるので問題ないだろう。
「さぁ父さん、もう一度頼むよ。さっきと同じように攻撃してきてくれないか」
「な、なんなんだお前は……なにを楽しんでいる?」
「楽しむ? 俺が?」
「ああ。おまえ、さっきからずっと笑っていやがるぞ」
そうか、俺は笑っていたのか。全然気づかなかったよ。
そんなことはどうでもいいから父さん、早く攻撃してきてくれよ。
「うおおぉおぉぉぉおおぉっ!」
父親が大きく剣を振りかぶり、渾身の力で振り下ろしてくる。俺は【 剣術《防》/中 】と【 腕力強化/大 】を同時に発動させ、迫りくる剣を打ち払う。
ガキンッ、と鈍い音がして、父親が簡単に吹き飛んでいった。
手ごたえがまるでない。無様に倒れこむ父親の姿を見て、俺は呆気に取られる。
うわぁ、こいつは驚いた。ゲートの効果を重ねると、こうも強くなるのか。
たぶん父親は、俺の強化された腕力によって剣ごと弾き返されてしまったのだろう。組み合わせの相性もあるとはいえ、これは圧倒的じゃないか。
「さぁ、父さん。まだまだ試したいことがある! 早く起き上がって──ってあれ?」
「ぐぅぅ……」
倒れたまま起き上がらない父親を確認すると、完全に白目を剥いていた。なんと気を失っていたのだ。
ありゃー、これじゃあこれ以上確認できないじゃないか。困ったなぁ。
「おーい、父さん。起きてくれよ」
「ブクブク」
「あ、こりゃだめだ。完全に泡吹いてるよ」
誰がどう見ても父親はもう戦闘不能に陥っていた。せっかくノッて来たのに実に残念だ。
仕方ない、父さんを抱えて家に帰るとするか。
そんなことを考えながら気絶した父親を背に担ごうとしていると──。
「い、いたっ! こんなところに居やがったかウタルダスっ!」
「この大罪人めっ! 探したぞっ!」
息を切らせながら二人の神官兵が広場に駆け込んできた。エジルとパーリーだ。
「おお二人とも。どうしたんだ急に?」
「なにが急にだ! 貴様、さっき教会に不法侵入してただろうっ!」
「そうだそうだ! 破門されたお前は教会に入ることが出来ないんだぞー!」
あ、さっき教会に潜入してたことすっかり忘れてた。
しかも俺、アトリーを放置してそのまま帰ってきちゃったよ。あちゃー、あとでアトリーに怒られるかな。
「おいこらウタルダス! 人の話を聞いてるかっ?」
「え? ああごめんごめん。で、エジル何の用?」
「何の用もクソもあるかっ! 貴様を成敗してくれるっ!」
「成敗だーっ!」
へぇ、これは都合のいい実験台が来てくれたもんだ。
父さんで不足していた実験を、こいつらで補うとしようかね。
◇
「うぐぐ……ば、ばかな」
「な、なんで……なんでだよ。なんで僕たちがこいつなんかに」
ボロボロになって地面に倒れ伏しているエジルとパーリーのうめく声を聞きながら、俺はネクストとゲートの使用確認がうまくできたことにとても満足していた。
いやぁ、こいつらのおかげでずいぶんと調査が捗ったよ。しかも若くて健康的だから粘り強いし。
だけど残念ながらこれで実験は終わりだ。二人とも限界っぽいし、なにより最後の技で殺しかけちゃったからね。
最後に二人に試そうとしたのは、ランクAのゲート【 奥義 《乾坤一擲》 】。
こいつを発動させようとしたら、二人を一瞬で仕留めるイメージが湧いてきて超焦ったよ。慌てて緊急停止してギリギリのところで止めることに成功したけど、もう少し遅ければ大惨事になるところだった。
とはいえ、それでも二人には決定的なダメージを与えたみたいで、ご覧の通りの有様だ。
しかもいつのまにやら、二人とも気絶しちゃってるし。
ま、でも十分確認することが出来たかな。おかげでかなりの情報が集まったし、これで分析することが出来そうだ。ありがとうよ、二人とも。
エジルとパーリーという若くて頑丈な肉体で様々な検証をした結果、判明した事実はこうだ。
◎ネクストとは、ゲートが複数集まったものであると考えられる。
◎四つ星はBランク、三つ星はCランクのゲートと同等である。
◎ゲートは組み合わせによって、ランク以上の力を発揮する。
そして、俺の【 愚者 】が持つゼルクネクスト〈 全ては一に収束 〉は、5つまでとはいえあらゆるゲートを装備することが出来るというものだ。
検証結果と、俺の持つゼルクネクスト。これらが何を意味するかというと──。
「俺は、自在にネクストを作ることが出来るんだ」
しかも、今の俺はゲートに関して相性不問のため、どんなゲートであろうと装備できる。つまり、普通の人では組み合わせ出来ないようなゲートを組み合わせることも可能だ。
もしかすると俺は、とんでもないゼルクネクストを手に入れたのかもしれないな。
もっとも、それだけたくさんのゲートカードを入手できればって前提があるけどね。
「ま、待て……」
まだ気絶したままの父親を背に担いで家に帰ろうとすると、さっきまで気を失ってたはずのエジルが声をかけてきた。さすがは肉体強化のフォースネクスト持ちだ、あれだけ俺に何度も打ちのめされてボロボロになってもまだ動けるんだ。パーリーはとっくに失神してるというのに。
もしかして【 肉体強化 】のネクストには【 回復 】とかそういう類の能力も含まれてるのかな?
「なんだ、エジル」
「お前……おかしいぞ。まるでべ、別人じゃないか。いったい何が、あったんだ?」
そっか、まだこいつらに言ってなかったっけ。
いかんいかん、検証に夢中になってすっかり忘れてたよ。
「俺か? 俺はな、本物の”愚か者”になったんだよ」
俺はわざわざエジルの前まで行ってしゃがみこむと、具現化した【 愚者 】のカードを目の前に突き付ける。
カードに刻まれた五つの星と100という数字を見て、絶句するエジル。
「じゃあなエジル、パーリー。達者でな。ユースグリットのじいさんにもよろしく伝えといてくれよ」
俺の声があいつの耳に届いたのかはわからない。俺のカードを確認したあと、完全に失神してしまったから。
仕方ない、可哀想だけどここに放置していこう。風邪ひかなけりゃいいけどな。でも俺は父さんを連れて帰らなきゃいけないし、なによりもう二度とあの教会には行きたくないし。
父親を改めて背負うと、彼らに別れを告げる。
それにしても【 腕力強化 】のゲートを持っててよかったよ。父さんを楽々背負って帰れるや。