7.本当の愚か者
──ここは、プリ・エレ教会の奥にある、小さな礼拝堂。
ウタルダスと久しぶりの再会を果たしたファルカナは、満ち足りた気持ちで双子の女神に祈りを捧げていた。
ついさきほどまで、彼女は《 聖戦士 》パーティに参画することを悩んでいた。だがその悩みは綺麗に消え去り、今では澄み切った青空のように心晴れやかだ。
既に聖戦士パーティへの参画の返事はしてある。おそらく明日には旅立つことになるだろう。彼女はこの街の教会で過ごす最後の時間を、馴染みの深い小さな礼拝堂で過ごしていた。
もともと敬虔な双子の女神教徒であるファルカナにとって、ナンバーズとなり教会を代表する聖戦士の一人として戦うことは、幼い頃からの一つの夢だった。特に父親が戦乱で亡くなってからは「この世に平和をもたらしたい」という思いが強かった。
いずれ魔王たちの潜むダンジョンを攻略し、《 英霊の宴 》への招待を受ける。その場で双子の女神に「世界の平和」を願う。それが彼女の夢であり、これまで辛いことがあっても頑張ってこれた力の源だった。
だが一年前にウタルダスの苦境を知り、彼女の心境に変化が表れ始める。
ファルカナにとってウタルダスは、本当に大切で特別な存在だった。片親でともすれば一人になりがちだった彼女を気にかけ、いつも声をかけて誘ってくれたのはウタルダスだった。
ウタルダスは、″選ばれた子″たちの中でも飛び抜けて目立つ存在だった。整った目鼻立ち、高い身長、思慮深く、それでいて情熱的。突き抜けた才能と圧倒的な存在感。
教会に来る女の子たちはみんなウタルダスに憧れていた。少なくともファルカナはそう思っていたし、彼女自身もそうだった。
彼女にとって、夢をかなえる道を歩む隣には、当然のようにウタルダスが居てくれるはずだった。しかしウタルダスがナンバーズに覚醒することはなく、共に旅立つことはもはや叶わないことだとユースグリット大司教に諭され、ファルカナは深く悩んだ。
気持ちの整理がつかないまま一年が経ち、ついに他の4人の聖戦士が彼女を迎えに来たものの、すぐに色よい返事をすることができなかった。
このままでは、彼女を見出した教会やユースグリット大司教、この街の司教にまでなった母親の立場が悪くなってしまう。
夢は叶えたい。だが前に進めない。そんな八方ふさがり状態に陥っていた彼女に答えをくれたのは、突如現れたウタルダスだった。
久しぶりに会ったウタルダスは、以前と変わらず飄々として格好良かった。呪われた身だというのに、気にした様子は一切見せず、それどころか自分の心配をしてくれていたことに、ファルカナは深く感動していた。
ウタルダスは、かつての自分を救ってくれた。
今だって、決して楽ではないはずなのに、自分のことを心配して会いにきてくれている。
そんな彼に対して、自分が出来ることは何なのか。
次は──自分がウタルダスを救う番なのではないだろうか。
彼と話し、説得を受けるうちに、彼女の中でなにかが大きく変わっていく。
やがて形取られた答えは、一つの想い。『呪われてしまったウタルダスを救いたい』。ファルカナの中に新たな願いが生まれた瞬間だった。
そして新たな願いは、彼女が前に進むための原動力となったのだ。
「やっほー、ファルカナ」
誰もいない礼拝堂で、先ほどと同じように声をかけられたとき、ファルカナは一瞬ウタルダスが戻ってきたのかと思った。
だが彼女の視界に映ったのは、まるで少女のような恰好をした、もう一人の幼なじみの姿だった。
「あなたは……もしかしてアトリー?」
「そうだよ。ビックリした?」
「びっくりしたわ! 久しぶりね! それにしても、あなたずいぶん見た目が変わったわね。まるで女の子みたい」
「えへへっ、そう? ありがとー」
ウタルダスと並ぶ、もう一人の幼なじみであるアトリー。ファルカナにとって、アトリーも大切な存在だ。辛かった時期にウタルダスとともに彼女の心の支えになった大事な友人。
だが彼もまた、ウタルダスと同時期に教会から離れていった。あの頃のファルカナは随分と心細い思いをしたものだ。
久しぶりに会うアトリーは、まるで少女のような外観に変化していた。もともと女の子っぽい子ではあったものの、ここまでハッキリと女性に見まごう姿ではなかったと思う。
これまた懐かしい存在の登場に、ファルカナは心の底から喜んだ。だからであろうか、その幼なじみが自分を見つめる目が少し厳しいものであることに、ファルカナはすぐには気付かなかった。
「ところでファルカナ、キミにどうしてもひとつ言いたいことがあるんだ。ちょっといいかな」
「あ、あたしに? あ、うん」
「──さっきのあれ、いくらなんでも無いんじゃないかなぁ?」
「……ふえっ?」
「わかんない? さっきファルカナがウタくんに言ったことだよ」
自分がウタルダスに対して言ったこと? それがどうしたというのだろうか。ファルカナは小首を傾げる。
「ファルカナはさ、ウタくんがどんな思いでここに来たかわかってる?」
「それは……あたしの後押しをするために?」
「もちろんそうだよ。だけどそれだけじゃない。ウタくんはね、自分の足で前に進むために、過去の自分に決着を付けにきたんだよ」
神に見捨てられたと言われ、教会を破門されたウタルダス。彼の時間はその時から止まっていた。
だが、アトリーの後押しを受けて、ようやく彼は前を向いた。一歩踏み出そうとし始めた。それなのに──。
「それなのに、ファルカナはウタくんの出足をくじいた」
「……えっ?」
「ウタくんはね、どんなに辛い目にあっても、自分の足で前に歩ける。それが出来る強い人だから」
「そ、そんなの、あたしだって知ってるわ」
「だったらさー、なんであんなことを言うかなぁ。ウタくんを救う、なーんて酷いことをさ」
酷いこと? 救うと言ったことがどうして酷いことなのか、ファルカナはすぐにピンとこない。
一方のアトリーは、全く理解していない様子のファルカナの様子に大きなため息を漏らす。
「ウタくんは強い。でもだからといって傷つかないわけじゃない。本当は苦しかったんだよ。この一年、ずっと苦しんでた。ファルカナに会いに来るのだって直前まで悩んでたくらいだしね」
「う、うん……」
「だけど、わざわざここまで会いにきた。なんでだと思う? もちろん、ファルカナのためだよ」
「……」
「なのにキミは、ウタくんに『救う』と言った。それがどんなに残酷なことかってわかってるの?」
分からない。ファルカナには分からない。自分の発言の何が残酷なのか、まるで理解できない。
だが、言われてみれば別れる間際のウタルダスの態度はおかしかった。あれはもしや──。
ファルカナの全身から、冷たい汗が流れ落ちていく。
「あのねファルカナ。ウタくんはね、キミに夢を諦めて欲しくなかったんだよ。だから身の危険も顧みずにわざわざ会いに来た。キミを説得するためにね。なのにキミは、あっさりと自分の夢を捨ててしまった。ウタくんを救うという、願いのためにね」
「……えっ」
「しかもね、ファルカナはウタくんに待っていてと言った。それってさぁ、『もう頑張る必要ない』って意味と同じじゃないかな?」
「そ、そんな……あたしはそんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃない? だとしたら、ファルカナはウタくんのことぜんぜんわかってないよね。キミの言葉はね、苦しみもがいて、地べたを這いずり回るようにして、それでも前に進もうとしてたウタくんに、引導を渡すようなものだったんだよ」
「ち、違うの! あたしはただウタくんを救いたくて」
「だからさぁ、それがウタくんに対して一番残酷なことなんだって、どうして気付かないの? あなたにそう言われて、ウタくんがどれだけ傷ついたか分かる?」
「あ、あたしは……」
「結局ファルカナはね、自分のことでいっぱいいっぱいなんだよ。他人の気持ちを考えることもできない。そんな人に、ウタくんのことは任せられないな」
突きつけられる残酷な事実を前に言葉を失うファルカナ。だがアトリーはさらに辛辣な言葉を続ける。
「ねぇファルカナ、いいこと教えてあげよっか? 実はね、ボクも″ナンバーズ″になったんだ。ほら?」
アトリーが手に具現化したのは、ナンバー『4』、【 運命の輪 】のネクストカード。まさかの五つ星カードに、ファルカナの目が見開かれる。
「……えっ? それはまさか未発見のゼルクナンバー? す、すごい! だったらアトリーも聖戦士に──」
「ならないよ。ボクは教会のお世話になんてならない。ウタくんを捨てた教会になんてね」
「そんな、あなただったら間違いなく聖戦士に」
「だからそれがキミの答えなんだよ、ファルカナ」
アトリーが手に具現化した旗を、勢いよく突きつける。思わず身を仰け反るファルカナ。
「アトリー、それってどういう」
「もしかして気づいてないの? あのね、キミにとっての一番は、常に教会なんだよ」
「……えっ? そ、そんなことないわっ!」
「いいや、あるね。だってさ、ファルカナにとって、教会を捨ててウタくんと一緒にいるって選択肢はなかったでしょ?」
「で、でもそれは……待ってたからで」
「ウタくんが都合よく何かに覚醒するのを? そんな都合の良い展開を? はんっ、ありえないね! そもそもさ、本当にウタくんのことが大事だったら、保留なんかせずにさっさと辞退すればよかったんだよ」
「辞退──する?」
「うん。でもファルカナはそうしなかった。いや、出来なかったって方が正しいかな?」
「そ、そんなこと、できるわけが……」
「だからね、それがファルカナの限界なんだよ。キミはウタくんではなく聖戦士であることを取った。生まれ育って親しみあるプリ・エレ教会をね」
「ち、違う、違うわ! あたしは、あたしはただ……」
「だったらなんで、全てを捨ててでもウタくんに付き添わなかったの?」
「そんなの……無理よ。それにウタくんのネクストは」
「それでもボクは、ウタくんと共に歩むよ? 教会じゃなくてね。だって当然じゃないか、ウタくんはボクにとって一番大切な存在だからね」
アトリーの言葉に衝撃を受けるファルカナ。ぶるぶると全身が震え始める。そんな彼女にアトリーは容赦無くキッパリと言い放つ。
「ボクにとってはね、ウタくんがどんなネクストだろうと関係ない。ファルカナにはね、その覚悟が無かった」
「……あたしは」
「そんな人に、ウタくんに寄り添う資格はないよ」
アトリーに突きつけられた厳しい言葉の数々を前に、ファルカナは徹底的に打ちのめされていた。やがて耐えられなくなり、ガックリと膝をつく。
わなわなと震える身体を止めようとして必死に自らの両肩を抱きしめる。だが、彼女の全身の震えが収まることはなかった。大きな瞳からは、止め処なく涙がこぼれ落ちていく。
「さぁ、ファルカナ。これでハッキリしたね」
「……アトリー」
「もう分かったでしょ? だからね、ウタくんは──ボクがもらうよ」
ウタルダスを貰う。そんな過激な発言にもファルカナは反応を示さなかった。今の彼女はショックのあまりまともに考えることが出来なくなっていたのだ。
震えながら涙を流すファルカナ。そんな彼女を、アトリーはしばらくは完全に興味を失った目で眺めていた。
やがてくるりと背を向け、ゆっくりと小さな礼拝堂をあとにする。
去り際に、アトリーは後ろを振り返ることなく言い放った。
「ファルカナ、もう行くね。これだけ言っといてなんだけど……キミもがんばってね。まぁでも、ボクたちも近いうちにキミたちに追いつくからさ」
だが、震えたまま嗚咽を漏らすファルカナの耳にアトリーの言葉が果たして届いているのか、それは定かでは無かった。
◆
「ついて来い! ウタルダス!」
父親にそう言われても、俺は抵抗することなく黙ってついていった。もはや全てがどうでも良かった。
連れて行かれたのは、家の近くにある少し開けた広場。ここは、かつて俺と父親が剣を合わせていた場所だ。
目の前には、いつも俺を叩きのめしてきた刃の潰れた模造剣を持つ父親のヴァーリット。濁った目を血走らせ、俺のことを睨みつけながら、俺用の模造剣を放り投げてくる。
「さぁ抜け、ウタルダス! 生意気な態度を取らないよう、その身体に思い知らせてやる!」
なにがさぁ抜けだよ。抜いたところで俺が剣を操れやしないこと、とっくに知ってるくせにさ。なんともお優しいことで。
酒で濁った父親の目に理性の光はない。この人にとってはもはや俺の存在自体が気に食わないのだろう。
でも、もうどうでもいいや。疲れちまったよ、いろいろ考えるのが。
無気力のまま剣を抜くと、口角を吊り上げた父親が一気に襲いかかってくる。
そこから、一方的な虐待が始まった。
流れるような動きで放たれた剣が、俺の体に次々と吸い込まれる。肉を叩く鈍い音が鳴り、思わず「うぐっ」と声を上げてしまう。
三つ星である【 剣技 】のネクストは伊達ではなく、父親の剣技はまるで美しい舞のよう。たとえ酔いで目が座っていたとしても、ネクストの持つ力は絶対だ。寸分の狂いもない剣筋が、俺の身体を容赦なく打ち据えていく。
抵抗したり父の剣をなぞらえようとすると、すぐに″呪い″が発動した。身体が、動きを拒絶するのだ。
腕が震え、自由が効かなくなる。力が抜け、剣を取り落としそうになる。
これだ。この″呪い″がいつも俺の邪魔をするんだ。
「どうしたウタルダス! なんだその情けない動きはっ!」
「くっ!」
こっちだって分かってんだよ。でも身体が拒絶するんだ。動こうと思えば思うほど、体は震え重くなる。
罵声とともに繰り出される父親の鋭い剣戟。打ちのめされ、無駄な抵抗だと思いつつ剣を構えるが、やはり思い通りの剣筋を辿ってはくれない。まるで俺の体が剣術を拒んでいるかのよう。
何度も味わった絶望的な感覚。ネクストによる拒絶を改めて味わい、思わず奥歯を噛む。
──なぜ、俺は奥歯を噛んだんだ?
額を流れ落ちる血が目に入り、腕でぐいと拭い取る。
もはや諦めたはずだった。受け入れたはずだった。
なのに、忘れたはずの気持ちが、心の奥底から湧き上がってくる。消し去ったはずの感情が、心の奥で燻りはじめる。
「……俺は」
「ん? なんだ?」
「確かに俺は愚か者だ」
「ふん。今ごろ認めたのか、くだらん。だからお前は」
「だけどな。愚か者だとしても、どうしても受け入れられないことがある」
「……なに?」
「俺はあいつに、あいつに同情だけはされたくなかった」
「ん? 何をわけわからんことを言っている。貴様になど誰が同情するというんだ? とうとう頭がおかしくなったか?」
「あいつに、あいつに同情されるくらいなら。あいつの夢を諦めさせるくらいなら、俺は……俺は、死んだ方がマシだ」
「……そうか、死にたいのか。だったら死ねっ!」
剣に怒りを宿した父親の猛烈な一撃が、俺の左腕に叩き込まれる。ベキッという鈍い音。「があぁっ!」思わず声を出してしまうほどの激痛が腕に走る。続けて放たれた蹴りを喰らい、俺は勢いのまま弾き飛ばされた。
「……ぐぅぅ」
痛ぇ、さすがにこれは痛ぇ。
どうやら腕が折れたみたいだ。いくら刃を潰しているとはいえ、模造剣は鉄の塊。そんなものをまともに喰らえば腕も折れるだろう。
惨めだ。
俺はなんて惨めなんだ。
幼い頃から、俺は周囲の期待を一身に背負って生きてきた。なのに一年前、俺は酷い手の平返しを喰らった。
信頼していたユースグリット先生や父親ヴァーリットから浴びせられる罵声。俺を慕ってたエジルやパーリーの裏切り。他の聖職者たちや街の人たちは、俺を″呪われた子″と呼び忌み嫌った。
勝手に期待して、勝手に失望して。
俺の人生って、一体何だったんだよ。
だが俺は歯を食いしばって生きてきた。いつか見返してやると思ってたからだ。
そんな俺の心を打ちのめしたのは、ファルの一言だ。
あいつは言った、呪いを解くよう女神様にお願いすると。それまで待っていろと。
それは、ファルの優しさから出た言葉かもしれない。あいつに悪気がないのは俺が一番分かってる。
だけどあいつの言葉は、ギリギリのところで踏ん張っていた心を折った。それはもうバキバキに折りやがった。
なぜなら、ファルが言ったことは、俺に無用だと言ったのと同じだからだ。しかも、あいつが大切にしていた夢まで変えさせてしまった。
ついに俺は、大切な幼なじみの足手まといにまで成り下がっちまったんだよ。
いやーこいつはさすがに堪えたのね。今まで俺に投げかけられた言葉の中で一番効いたよ。思わず死にたいと思っちまうくらいに。
でもよ。
と俺の心の奥で燻る何かが語りかけてくる。
──このままじゃ悔しくないか?
ギリリッ。
再び奥歯が軋む音がする。
なんだ、俺にもまだこんな感情が残っていたのか。込み上げてくる何かに、思わずニヤリと笑ってしまう。
──限界なんて、誰が決めたんだ?
そうだ。俺は一度も自分の限界を決めたことはない。
ネクストカードなどというくだらないものに、俺の人生を縛られてたまるか。
──俺は″愚者″。だから自分の限界なんて認めない。
そう。俺は愚か者だから、限界なんてものを受け入れない。
俺の価値は、自分自身で決める。
他の誰にも、何ものにも縛られやしない。
何かにすがるつもりなんてない。誰かに何かをして貰うつもりもない。
確かに俺は愚か者かもしれない、だけど──ふざけんな。
俺はこんな惨めな思いをするために、これまで生きてきたんじゃ無いんだよっ!
──俺は、愚直に前に進んでやる。本当の愚か者になってやる。
そもそもネクストカードとは何なんだ。勝手に人の運命を決めやがって。
俺は骨折の痛みに耐えながら【 愚者 】のネクストカードを具現化させる。
カードには、荷物を棒に刺して担いだオッさんが歩いている絵柄が描かれていた。何度も眺め、意味を探して、やがて意味のないことを思い知らされた一枚のカード。こいつが、俺の人生をメチャクチャにしやがったんだ。
こいつさえ無ければ、俺はこんな目に遭わなかったのだろうか。そう思うと無性に腹が立つ。
──ざけんなよ。こんなクソカードなんぞに、俺の人生を振り回されてたまるかっ!
──こんなカード、引き裂いてやるよっ!
その時の俺は文字通り血迷っていたのかもしれない。魂の力を具現化させたものと言われるネクストカードが人の手の力でどうにかなるはずなどないのだから。
だけど、この時の俺はどうかしていた。どうしても我慢できなくなっちまった。
気がついたら俺は、腕が折れていたことも忘れて──カードを引き裂こうと渾身の力を込めた。
── ビリリッ!
ものすごい音。手に伝わる感触。
絶対に破れるはずのないネクストカードが、【 愚者 】のカードが、真っ二つに破り裂かれた瞬間だった。
──。
────え?
──────マジで裂けちゃったの?
ネクストカードがあまりにもあっさりと破れたことに驚き、俺は真っ二つになったカードを呆然と見つめる。
──景色が変わったのは突然だった。
気がつくと、俺はカードを引き裂いたポーズのまま、真っ白な空間に立っていた。見渡す限り、なんの曇りも見出せない白の空間。
音が全く聞こえない空間だった。聞こえるのは、荒い自分の呼吸と、服が擦れる音だけ。
「なんだ……ここは?」
俺の声だけが、虚しく耳に聞こえてくる。
つい今しがたまで、俺は父親に模擬剣で打ちのめされていたところだった。だが、ネクストカードを引き裂いた瞬間、俺は見たこともないこの″真っ白な空間″に立っていたのだ。
意味がわからない。これはいったいどういうことで──。
『ウタルダス・レスターシュミットの到着を確認しましたわ』
『了解。予定通り最終確認に入りますの』
ふいに、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
今の声はなんだ? 一方的に俺の名を告げていたような気がしたのだが──。
どこから聞こえてきただろうか。周りを見回したものの、人の姿は見受けられない。
諦めて正面に視線を向けると──いつの前に現れたのか、目の前に二人の女性の姿があった。
「なっ!」
つい先ほどまで誰もいなかった空間に、突如二人の女性が出現した。ただでさえ意味不明な白い空間に飛ばされて戸惑っていたというのに、俺の頭は完全に置いてけぼりだ。
うろたえる俺を完全無視して、二人の女性は口を開く。
「ようこそですわ、ウタルダス・レスターシュミット。あなたがここへ来るのをお待ちしておりましたわ」
「《 チュートリアル 》の最終的な確認を、これから行いますの」
「は、はいぃっ?」
正体不明の二人の女性の意味不明な発言を受け、俺はつい間抜けな返事を返してしまった。
お待たせしました、次は覚醒イベントです( ^ω^ )