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6.決定的な言葉

 

 それにしても、まさかいきなり抱きつかれるとは思わなかったよ。

 泣きながら俺にしがみつくファルに、昨日感じた《 聖女 》ファルカナの面影はない。昔と変わらぬ、泣き虫でこまっしゃくれで、それでいてさみしがり屋なファルそのものだった。


「ウタくん! ずーっと、ずーーっと会いたかった! だって、ウタくんの噂話を聞いて、すっごーく心配してたんだから!」

「……ああ、すまなかったな」

「教会の中にいたら、ちゃんとした情報が入ってこないんだよ。耳に入るのは、ウタくんが神から見捨てられたって話ばっかり。みんな、あんなにもウタくんに期待してたってのにさっ!」

「はははっ、そうかそうか」

「笑い事じゃないわよ! ユースグリット先生なんて、『ウタルダスは破門になった。あいつは居なかったものとして忘れるんだ』としか言わないんだよ! ひどいわ!」


 ったく、あのクソじじいめ。俺の存在そのものを教会から抹消しやがったくせに、いけしゃあしゃあと。

 たぶんユースグリット先生は、ファルを見出した功績だけを上に報告して、俺のことを無かったことにしたんだろう。いくら出世するためとはいえ──実際大司教に出世してるから、効果はあったのかもしれないけどさ、それにしてもあっさりと切り捨ててくれたもんだよ。


「でも、ウタくんがこうして会いにきてくれて良かった。あたしからはなかなか会いに行けなかったから」

「そりゃそうだろうな、なにせお前は《 聖女 》様だし」

「そ、その言い方はやめてよ。なかなか慣れなくて」

「そうだよなー、ファルはどっからどう見ても聖女ってガラじゃないよな。どちらかというと町娘?」

「あーっ、 ウタくんってばひっどーい!」

「はははっ、すまんすまん。────ごめんな、ファル。なかなか会いに来れなくて」

「……ううん、もういいの。今こうして会いにきてくれたから」


 ようやく落ち着いてきたのだろうか、涙を拭い笑顔を見せるファル。懐かしい笑顔に、つい俺の顔も綻ぶ。……だけどこいつ、あいかわらず距離が近いな。胸当たってんぞ?


 積もる話は尽きないし、色々と話したいこともたくさんある。だが今は時間がない。アトリーを待たせてるし、さっさと要件を済ますとしよう。


「なぁファル、のんびりと色々な話をしたいところだが、今はあまり時間がない。先に要件を済まさせてくれ」

「ふえっ? 要件?」

「ああ。ファルが《 聖戦士 》パーティに参加するのを保留している件だ」


 話を切り出したとたん、ファルの顔色が一気に曇る。


「……もしかしてウタくんは、ユースグリット先生にあたしを説得するように言われてここに来たの?」

「んなわけあるかっ! 俺にはもう教会に通す義理のんてない。だけど、お前は別だ」

「あたしは、別?」

「ああ。なぁファル、お前は俺との昔の約束を気にして、《 聖戦士 》パーティに参加することを保留してるだろ?」

「そ、それは……」


 歯切れの悪い答え。ハッキリと答えを口にしないが、長年の付き合いだ、態度でわかる。間違いなくこいつは、俺のことを気にしてパーティ参加を躊躇している。

 であれば、俺から言えることはただ一つだ。


「だったらこの際だからはっきりと言ってやる。お前は俺との約束は忘れて、《 聖戦士 》のパーティに加わるんだ」


 俺の言葉に驚いたのか、ファルは、いつも以上に大きく目を見開いた。こいつはいつも驚くと、ただでさえ大きな目を飛び出さんばかりに開くのだ。


 正直、ファルが昔の約束を覚えていてくれたことはすごく嬉しい。たくさんの人に見捨てられ、見限られた俺のことを、こいつは待っていてくれたんだ。これ以上嬉しいことなんてない。

 だけど──。


「ナンバーズになることができなかった俺には、魔王に挑む資格はない。魔王と戦えるのはナンバーズだけだからな。だからファルがどんなに願おうと、俺はもはやお前と旅に出ることはできないんだよ」


 詳しい理由は知らないが、魔王に挑めるのはナンバーズのみ、しかも五人パーティまでだと決められている。

 だからナンバーズたちは五人でチームを組み、魔王のダンジョンに挑戦するのだ。


 今回ファルを迎えに来た聖戦士たちは四人。ファルを加えて五人になる。これで魔王のダンジョンに挑むチームが完成だ。俺の入る隙間など、どこにもない。


「だからファル。お前が俺との約束を破った、なんてことを気にする必要はない。そもそも《 五つ星ゼルクネクスト 》になるっていう約束を守れなかったのは俺の方だしな」

「そんなことない! あたし、そんな風に思ったことなんて無いし!」

「だったら俺も同じだ。それに、俺だってお前たちと一緒に旅に出たかったよ。でも──無理なんだ」

「だったらさ、ウタくんがあたしたち《 聖戦士 》パーティのサポーターとして参加するってのは?」

「無茶言うなよ、お前だって知ってるんだろう? 俺が目覚めたネクストは前代未聞の星なしで、何の技能ゲートも覚えられない欠陥品だってな」


 なんの力も持たない俺が、聖戦士たちのサポートなどできるわけがない。ネクストは使い物にならず、能力ゲートすら持てない俺は、荷物持ちにすらなれないだろう。もっとも、そこまでして教会のために尽くしたいとは思わないけどさ。


「それに、今の俺はプリ・エレ教会から異端扱いされ破門されている。そもそもこうやって教会の敷地に入ることすらヤバいんだ。そんなやつが、聖戦士のサポーターなんかできるわけがないだろ?」


 なんだか自分で言ってて情けなくなってきたよ。惨めだなぁ。いい加減諦めてくれよ。


「なぁファル、あんまりワガママ言ってみんなを困らせるなよ。いい子ちゃんのファルらしくないじゃないか」

「あたしはいい子ちゃんなんかじゃないもん! あたしはただ、ウタくんと旅立ちたいだけで」

「だけどな、さっきも言った通り俺が聖戦士の役に立つことはない。第一お前には目的があるだろう? それはどうするんだ?」

「目的……」

「そうだ。お前は聖戦士になって魔王を倒し、《 英霊の宴 》に参加して、双子の女神に叶えて欲しい願いがあるんだろう? 『世界に平和を取り戻したい』っていう願いをな」


 俺の言葉に、ファルがハッと顔を上げた。


 ファルの父親は、彼女が幼い頃に亡くなったのだという。原因は、近隣の街で起こった戦闘。神官兵として参加したファルの父親は、そこで帰らぬ人となった。

 戦闘の原因は、野盗とも暴動とも魔獣の襲撃とも隣国の謀略とも言われている。だが結果としてファルの父親は亡くなり、ファルは片親になった。


 その当時ファルは本当に悲しかったのだという。優しい父を亡くし、しばらくはふさぎ込んでいたのだとか。

 自分のような悲劇を繰り返したくない。ファルは幼い頃からずっと言っていた。そのために、ナンバーズになりたがっていた。


 ナンバーズになって魔王を倒したものは、双子の女神が主催する《 英霊の宴 》に招待されると言われている。この宴に招待されたものは、双子の女神様によってどんな願いも叶えられるのだとか。

 ファルはそこで、双子の女神に『平和な世の中』お願いするのだと言っていた。自分のような不幸な人を作りたくない。それがあいつの小さな頃からの夢だったのだ。


「ファル。お前にとって聖戦士となり、英霊の宴に参加することは人生の一番の目標だったはずだ。そんな大事な思いを、俺なんかのために捨てちゃいけない」

「でも……」

「でももだっても無ぇよ!」

「だって……」

「だーかーら!」


 全く、聞き分けのない子だな。俺は大きくため息を吐くと、ファルの頭をくしゃっと撫でる。


「ファル、せっかく掴んだチャンスなんだ。胸を張って行って来いよ」

「でも、ウタくんが……」

「俺は無理だ、どうがんばったってこのカードの呪いは解けない。何回も言わせんなよ、俺がお前の力になれることは──ないんだよ」


 自分の無力を認めるほど、辛いことはない。

 だけど俺はとっくの昔に自分の運命として受け入れてたし、なによりこうでも言わないとファルが決断してくれそうになかった。


「俺だって誇らしいんだぜ? 幼なじみだったファルがこうして《 聖女 》として旅立って行くことがな。だから最後まで応援させてくれよ」

「ファルくん、あたし……」

「大丈夫。お前ならきっとやれるよ。お前が俺のことを信じてくれてたのと同じくらい、俺もお前のことを信じてる」


 しばらくは俺の顔を見ながら、悲しげな表情を浮かべていたファル。

 ところが急になにか思いついたのか、ぱっと明るい表情になって俺にしがみついてきた。


「そうだわ! ねぇウタくん、あたしいいことを思いついた!」

「ん?」

「あたしね、ウタくんの言うとおり聖戦士のパーティに入る!」


 おお、やっと決意してくれたか。わざわざここまで説得に来た甲斐があったよ。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、続けてファルの口から信じられない言葉が飛び出してきた。


「あたしね、他の聖戦士の人たちと協力して、きっと魔王を倒してみせる。そしたらね、《 英霊の宴 》であたし、双子の女神様にお願いするわ。『ウタくんの呪いを解いてください』ってね!」

「…………えっ?」

「大丈夫、あたしに任せといて! あたしがきっと、ウタくんの呪いを解いてみせるからっ!」


 目に強い力を取り戻して、俺の手を握りながら嬉しそうに宣言するファル。

 新しい目標を見つけて、前に進む動機を手に入れて、ファルの目は強い光を放っていた。


 だけどそれは──。

 ファルが言ったことは──。


「そうと決めたらあたし、がんばるからね! ウタくんも待っててね!」

「…………」


 だめだ、本当は笑って送り出してやらなきゃならない。なのに、どうしても表情を作ることができない。オマケに喉の奥にものが詰まってるかのように、なんの言葉も出てきやしない。


 なにやらファルが一生懸命俺に向かって嬉しそうに言葉をかけてくる。

 だけどもう、俺の耳にはなにも入ってこなかった。




 気が付くと俺は、ファルと別れてひとり教会を彷徨っていた。その時点でアトリーのことも、姿を隠して侵入していたことも、破門されて出入り禁止されていたことも、完全に頭から抜け落ちていた。

 例の聖戦士たちが待機していた部屋のそばを通り過ぎようとしたとき、近くで警邏をしていた神官兵の一人が、俺の存在に気付いてぎょっとした顔をして詰め寄ってくるのが視界の端に見えた。


「なっ、貴様はウタルダス! なんでこんなところに!」


 その声はエジルか? 俺の肩を掴んで強く揺らしてくる。その向こう側では、聖戦士の一人だろうか──黒髪の女性が俺を見て驚いたような表情を浮かべている。

 でももう誰でもいい。どうでもいい。


「おい貴様! 返事しろっ! お前は出入り禁止のはずだろうがっ!」

「……」

「なにボーッとしてやがるウタルダス! 場合によっては俺は貴様を……」

「た、た、た、大変だーっ!」


 そのとき、別の神官兵が大声を上げながら、聖戦士たちが待機する部屋に飛び込んでいった。

 一瞬俺たちのほうに集まりかけた視線が、新たに登場した神官兵に一気に注がれる。エジルが俺を掴む手の力も緩められる。

 注目を集めた神官兵は、必死で呼吸を整えると、大声である事実を告げた。


「みんな、聞いてくれ! せ、聖女様が、聖女様が、聖戦士パーティへの参画に同意したぞおぉぉぉぉおっ!」


 うおぉぉおおおおぉお!

 いやったぁああぁぁあ!

 きたぁああぁぁぁああ!

 ヒャッホーウウゥゥウ!


 神官兵の言葉の意味を理解した他の聖職者たちが、一斉に狂喜した。

 湧きあがる大歓声。それもそのはず、この街の教会の英雄ともいえる《 聖女 》ファルカナが、ついに旅立つ決心をしたのだから。


 俺の肩を掴んでいたはずのエジルも、いつのまにやら手を離して大喜びで飛び上がっていた。四人の聖戦士の横にいるユースグリット大司教も、諸手を挙げて喜びを表現していた。

 だが俺は、大歓声を背に、沸き立つ教会関係者たちの間をすり抜けるようにして、そのまま出口の方へと歩き出していた。

 暗い顔で教会の出口へと歩いてゆく俺のことを気に留めるやつなんて、大ニュースを前にして誰一人としていなかったんだ。



 ◇



 そこからどこをどうやって歩いたのかを覚えてない。気がついたら、俺は家の前に辿り着いていた。

 家の扉を開け中に入ると、居間で酒を飲んでいた父親のヴァーリットと目が合った。


「ちっ。帰って来やがったか、クズめ」


 酒に汚れた目でいきなり罵声を浴びせてくる。どうやら今日はかなり虫の居所が悪いらしい。酷く俺に絡んでくる。


 それでも普段の俺だったら、こいつのことを無視するなりして適当にやり過ごしていただろう。

 だけど今日はダメだ。どうしても、自分を許せそうにない。


「貴様、なんだその目は! 生意気な!」

「……」

「お前は父親である俺に逆らうというのか?」

「……」

「貴様、剣を持て! ウタルダス! その腐った性根をこの俺が叩き直してやる!」


 昨日までだったら、ここで笑ってごまかすなりなんなりしていただろうな。

 だけど、今の俺は違う。

 今の俺は……。


「……わかったよ」


 無表情のまま返事を返し、父親の方に向き直る。


 殺せよ。いや頼む、殺してくれ。

 俺はもう、自分の存在を許せそうにないんだ。





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