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5.聖女ファルカナ

 

 《 聖女 》ファルカナが、聖戦士パーティへの参加を保留している。最初その話を聞いたとき、俺はにわかに信じられなかった。

 ファルは母親がプリ・エレ教会の修道女であることもあり、筋金入りの双子の女神教徒だ。そして教徒にとって、女神の使徒とも言える《 聖戦士 》に選ばれることは、最高の名誉以外のなにものでもない。


 聖戦士団の一員となって、魔王のダンジョンに挑み、やがて来る《 英霊の宴 》に招待される。

 双子の女神が主催し、あらゆる願いが叶えられるという《 英霊の宴 》への参加は、ほかの誰よりもファル自身が一番望んでいたことのはずだ。なにせあいつは、他の誰よりも強い願いをその胸に抱えていたから。


 なのにあいつは、態度を保留しているのだという。その理由は間違いなく、この俺に──。


「ねぇウタくん、ボクの話聞いてる?」

「……っは! あ、いや、なんだっけ?」

「んもう! ウタくんのばかっ」


 いかんいかん、自分の世界に浸りすぎてアトリーのことがほったらかしになってた。

 目の前の席には頬を膨らませながらケーキをついばむアトリー。こいつの快気祝いということで、街一番のスイーツ店に来てたことすっかり忘れてたわ。


「すまなかった。今日はアトリーのお祝いだったのにな」

「ねぇウタくん。ファルカナのことが気になってるんでしょう?」

「うっ」


 まるでいたずらっ子のような表情を浮かべるアトリー。こいつ、前はこんな顔をすること無かったんだけどな。


「気になっている理由を当ててあげようか? ウタくんは、ファルカナが昔の約束を守るために、回答を保留してるんだと思っている」

「うぐっ」

「そしてウタくんは、そのことに責任を感じている。違うかな?」

「うぐぐっ」


 図星だった。

 そう、全部アトリーの言うとおりだ。わかってる。あいつはたぶん、俺との約束を守るために《 聖戦士 》の誘いを保留しているのだ。


 深い意味などなにもない、子供のころのたわいもない会話。


 ──ウタくん、みんなでナンバーズになって、あたしたちで一緒にパーティを組んで冒険しようね?

 ──ああ、もちろんだ!


 何も知らない無垢な子供の頃に交わした、無邪気な約束。

 今となっては無理無謀な約束だってことは分かってる。そもそも俺の方が先に約束を破ってるんだ。なにせ俺はナンバーズに覚醒できなかったんだから。

 だけどもしファルがその約束に縛られているんだとしたら、俺は──。


「じゃあさ、ボクたちでファルカナに会いにいこっか?」

「は?」


 いやさ、それが出来れば誰も苦労はしないわけで。

 そもそもファルは、今や《 聖女 》としてプリ・エレ教会の厳重な監視下に置かれている超重要人物だ。簡単に会えるわけがない。特に今は《 聖戦士 》パーティへの加入問題で、ファルへの監視の目は非常に厳しいものになっていることだろう。

 結論から言えば、このタイミングで会えるわけがないってことになる。もし会えるとするならば、なんらか超常的な手段に頼るしか──。


「そんなときは、このボクにお任せだよ!」


 頬に生クリームをつけたまま、アトリーが偉そうに自分の胸をドンっと叩いた。



 ◇



 アトリーに強引に引きずられ、やってきたのは街の中心部にあるプリ・エレ教会。

 予想通り教会の周りは多くの神官兵たちが厳重に警戒をしていた。さらにはやじ馬たちも多く集まり、教会の中での出来事に注目している。


「なぁアトリー、やっぱり無理じゃないか? こんなに人がいたら侵入なんて出来っこないだろう」

「そこでボクの出番ってわけ。伊達に《 五つ星ゼルク・ネクスト 》に覚醒してないからね? じゃあウタくん、そこで見てて。いくよー」


 そう言うとアトリーは、軽く念じて手に【 運命の輪ホイールオブフォーチュン 】のカードを具現化させる。


「ボクの想いよ、形になれ ── 出でよ、【 勇気の旗ビクトリーフラッグ 】!」


 アトリーの声に応えるかのように、カードが燐光を発しながら何らかの形へと変化していく。

 やがて模られたのは、一本の旗だ。


 大きさは片手でも持てるくらいのサイズだろうか。赤いビロード調で三角形のフラッグに、カードと同じ『運命の輪』の絵柄が刺繍されている。


「すげぇ、初めて見た。それがアトリーの《 神腕の武具ゼルク・ウェポン 》か」

「そうだよ。その名も【 勇気の旗ビクトリーフラッグ 】。可愛らしいでしょ?」


 旗を両手でバトンのようにしてクルクル回しながら、アトリーが片目でウインクしてきた。



 《 神腕の武具ゼルク・ウェポン 》とは、有資格者が五つ星ゼルク・ネクストに覚醒したときに手に入れることができる武具だ。意思の力で具現化し、任意に仕舞うことができる。

 他のレアリティのネクストとゼルク・ネクストを決定的に差別化する要因。ナンバーズを英雄足らしめる最大の要素。それが《 神腕の武具ゼルク・ウェポン 》だ。


 ゼルク・ウェポンの特徴は、特殊な性能を保持していることだ。ナンバーズたちはこの武具を利用することで、様々な超常的事象を起こすことができる。

 たとえば炎を発する剣。たとえば雷を放つ槍。たとえば龍の炎をも防ぐことができる盾。ナンバーズたちの伝説には、必ず彼らが持つゼルクウェポンも一緒に登場していた。ナンバーズと言えばゼルクウェポン。そう言えるくらい象徴的なものだ。


 しかるにアトリーが手にしたゼルクウェポンは──旗だ。ってか、フラッグ? どうやったらこいつが武器になるわけ?


「違うよ。これは武器じゃないよ。そもそもボクはね、基本的に直接戦うのがイヤなの。そのことはウタくんが一番よく知ってるでしょ?」

「あーそういやそうだったな。アトリーは昔から争い事は嫌いだったもんなぁ」

「うん、だからボクのネクストは戦闘系じゃなくて援護系なの」

「へー、アトリーの能力はサポート系なんだ」


 俺たちが手に入れることができるネクストにも一応分類がある。戦闘に特化した能力であるバトル系ネクスト。味方を癒したり援護したりするサポート系ネクスト。日常の生活の質を向上させるライフ系ネクスト。どこにも分類できないような特質的な──ファビュラス系ネクストなど。

 大体は過去の事例から、ネクストカードの種類を見ただけで分類が分かるものなんだけど、アトリーは”未発見アンノウンナンバーズ”だ。だから、どの分類に属す能力なのかと思ってたら──どうやらサポート系らしい。

 ちなみにファルの【 恋人ラバーズ 】もサポート系ネクストだ。あー、俺の【 愚者フール 】は言うまでもなくファビュラス系な。


「で、こいつでどうやって教会の中に侵入するんだ?」

「まぁ見ててよ。それじゃあボクのネクストを発動させるね」


 大きく息を吸い、フラッグを胸の前に両手で掲げるアトリー。どうやらこれから《 詠唱ゼルク・アリア 》が唱えられるらしい。


 ──《 詠唱ゼルク・アリア 》。それはナンバーズが自らのゼルク・ウェポンの力を開放するために紡ぎだす歌だ。

 この歌に、ナンバーズは祈りと宣誓を込める。込められた思いにゼルク・ウェポンが応えたとき、超常的な能力ゼルク・ネクストが発動する。


『ボクは願う。この身が朧となり、人々の目を欺くことを』


 〈〈 Zeruch NEXT:『ミラージュ・サイト』発動 〉〉

 

 次の瞬間、俺とアトリーの身体が淡く虹色に輝いた。かと思うと、波紋が広がっていくように少しずつ身体が背景と同化していく。

 しばらくすると、俺たちの姿は完全に見えなくなっていた。


「なんだこれ、すげぇ……これがナンバーズの力なのか」

「うふふ、どう? びっくりした?」


 ああ、十分驚いたよ。まさか景色と同化する能力ネクストとはな。これなら誰にも見つからずに教会に侵入することができるだろう。

 確かに凄い。凄いんだけどさぁ……。


「これ、俺たちはどうやってお互いのことを認識すりゃいいんだ? ハッキリ言ってアトリーがどこにいるのかも分かんないぞ」

「うーん、そだね。そしたらさ、ボクと手をつなぐ?」

「マ、マジかよ」


 さすがに男と手を繋ぐのはどうかと思ったものの、見えないものは仕方ない。背に腹は代えられないのならば、言うとおりにするしか無いのであって──。


「あっ! ちょっとウタくん、どこさわってるの?」

「へっ? いや、だって見えないんだから仕方ないだろ! そもそも俺はお前のどこを触ったんだ?」

「んもう、ウタくんのエッチ!」

「はあぁ? おい待てアトリー、もう一度聞くぞ? 俺はお前のどこを触ったっていうんだよ!」

「そんなのボクの口から言わせる気? このスケベ!」

「うおーい、誤解を招くようなその発言、勘弁してくれよーい」


 などど紆余曲折あったものの、なんとかアトリーの手を握って、二人でプリ・エレ教会への侵入を果たすことに成功した。


 久しぶりに来た教会内は、ずいぶんと慌ただしく人が行き来していた。景色と同化している俺たちに気付く人はいない。

 すれ違う関係者たちが口にしているのは、やはりファルのことだった。どうやら街で流れている噂は事実らしい。


「なぜ聖女様は、聖戦士のパーティに入ることを保留されているのでしょうか」「ご本人は、未だ力不足だと言っているそうなんですけれど」「それでは、わざわざお迎えに来られた他の聖戦士様への示しがつきませんわね」「本当に、この状況でわがままをおっしゃるなんて、聖女様はいったいなにをお考えなのか」云々……。


 否が応でも耳に入ってくるファルへの忠言──というより悪口を聞き流しながら、俺とアトリーはどんどん教会の奥へと突き進んでいく。いつのまにか俺がアトリーを引っ張るような形になっていたもんだから「ウタくんってば、強引だね」などと囁かれたものの、無視だ無視。

 目指すのは、ファルが居そうな場所。たぶん、最奥にある修道女だけが入ることが許されている小さな礼拝堂だろう。


 途中、多くの牧師や修道女たちが集まっている部屋の前を通りかかった。

 チラリと覗いてみると、部屋の奥に、他の人たちと一線を画した四人の人物の姿が見える。金髪のイケメンや、黒髪の美女、それに頭二つは飛び抜けた長身の大男に、でっかいモーニングスターを担いだ修道女。教会関係者に取り囲まれ、圧倒的な存在感を放つ彼らは、おそらくファルを迎えに来た《 聖戦士 》なのだろう。

 だけど今回用があるのはあいつらじゃない。バレないように人込みを避けて、さらに奥へと小走りで駆け抜けてく。


「……ついた。たぶんここにいるはずだ」


 ようやく辿り着いたのは、限られた人──教会関係者だけが利用する小さな礼拝場。人見知りなファルは、この場所が好きでよく一人で礼拝してたっけ。


 音をたてないようにゆっくりと礼拝場の扉を開けてこっそりと覗き込む。

 中では、修道服に身を包んだ一人の女性が、一心に双子の女神像に祈りを捧げていた。見間違いようがない、《 聖女 》ファルカナだ。


 ファルが願い出たからだろうか、近くに他の人たちの気配はない。

 だが今は逆に好都合だ。おかげでこうして誰にも気付かれずにファルに近づくことが出来ている。


「どうやらビンゴみたいだな。ちょっと行ってくるよ」

「うん。とりあえずボクがここで見張ってるからね。なるべく早く話をしてきてね」

「わかった、すまないアトリー」


 俺はアトリーに頼んでネクストを解除してもらうと、気配を消して礼拝堂内に侵入した。俺が入ってきたことにファルが気付いた様子はない。

 さーて、ここからどうやって声をかけたもんかな。とりあえず近くの柱に背を預けて、しばらく祈りを捧げるファルの背中を観察したあと、意を決して口を開く。


「……お前ってほんっとお祈りが好きだよなぁ。でもそんなに祈ったって、神様はなにも答えてくれないぜ?」

「──誰?」

「おいおい、お前は幼なじみの顔も忘れたのかよ」


 俺の声に警戒心丸出しで顔を上げるファル。うーむ、さすがにこのやり方はマズったかな。いきなり背後から声をかけられたら、誰だって警戒するだろうし。アホだな俺。

 でもさ、どう声をかけていいか分かんないわけよ。だって、ほぼ一年ぶりの顔合わせだぜ? しかもどちらかというと俺の方から避けてたわけで──。


「……もしかして、ウタくん? ウタくんなの?」

「あ、ああ。久しぶりだな、ファル」


 俺の姿を確認したファルの瞳が、驚愕からか大きく見開かれる。


「おいおい、そんなに目ん玉おっぴろげてたら目玉が転げ落ちちまうぞ?」

「……」


 あ、無視された。しかも視線まで外されるし。あちゃー、もしかして俺ってば、ファルに嫌われちゃってた?

 でもさ、あんまり冷たい反応しないでくれよ? じゃないと、さすがの俺も凹んじゃうからさ。


 なーんてくだらないことを考えてたら、ファルがゆっくりと顔を上げた。その両の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。


「へ? な、泣いて……」 

「──ウタくん!」


 次の瞬間、ファルがまるで解き放たれたバネみたいな勢いで俺に飛びついてきた。


 胸に感じる鈍い衝撃。嗅ぎ慣れた、ふんわりとした懐かしい香り。俺の体は、ファルのか細い両手で、思いっきり抱きしめられていた。


「ウタくんっ! ウタくんっ! 会いたかった! すごーく会いたかった! うわぁぁぁぁあん!」


 あぁ、どうやら俺はファルにずいぶんと酷いことをしてたみたいだ。つまらない意地なんて張らずに、もっと早く会いにきてれば良かったな。

 ……それにしても、こいつ胸でっかくなったなぁ。こんなにボリュームあったっけ?


 俺にしがみついて泣きじゃくるファルの頭を、昔みたいに軽く撫でながら、そんなロクでもないことを考えていたんだ。


 

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