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4.聖戦士



 

 アトリーはまっすぐな瞳で見つめながら、俺に「運命を変えよう」と言った。

 それは、あまりにも魅力的で甘美な言葉。


 だけど、今まで散々運命とやらに弄ばれてきた俺としては、そう簡単に自分の運命が変えられるとは思っちゃいない。こう見えても俺、無邪気に希望を持てないくらい、心が擦れてしまうような経験をたくさんしてきてるからなぁ、なはは。


「おいアトリー。お前は運命を変えようなんて簡単に言うけどさ、この呪われたネクストをどうすりゃいいってんだよ?」

「それはたぶん、中途半端に覚醒しちゃってるせいだと思うんだよなぁ。どうしてそうなっちゃったかはわからないんだけど」

「わからないなら無責任なこと言うなよな。そしたら、いつどうやったらちゃんと覚醒するんだ?」

「そんなのボクだってわからないよ。だってウタくんのことなんだもん」


 アトリーのやつ、問い詰めたら頬を膨らませて不貞腐れやがった。なんだよこいつ、期待させること言っておいて逆ギレかよ。なんかめんどくさい性格に変わりやがったな。


「でも……たぶんウタくんの心の問題なんじゃないかな? きっとなにかきっかけがあれば吹っ切れると思うよ」

「──そっか」


 そう言われて、あぁ、もしかするとさっきの話はアトリーなりの励ましだったのかもしれないと気付いた。いつまでもネクストに囚われてウジウジしてる俺を励ますために、こいつなりにフォローしてくれたんだ。

 つまりアトリーが言ったことは、おそらく根拠などなにもない絵空事なのだろう。なにせネクストについて正確無比な情報を持つ教会ですら、俺のネクスト──【 愚者フール 】にはさじを投げたのだから。

 とはいえ、元々自分の運命については半ば諦めてた感じだから、別にアトリーが言ったことが真実でなかったとしてもさほどショックではない。むしろ励ましてくれたことに感謝したいくらいだ。俺は本当にいい友達を持った。見た目はちょっと変わっちまったけど。


「まぁ俺のことは良いとしてさ。アトリー、おまえのほうはどうするんだ?」

「へ? ボク?」

「ああ。ナンバーズに覚醒したんなら、周りがおまえのことを放っておかないだろう? 教会に報告しなきゃだろうし、したらしたで確実に聖戦士の仲間入りだしな」


 俺やアトリーは、教会からナンバーズ、もしくは高レアリティのネクストに覚醒することを期待されて手厚い加護を受けてきた。だから、俺みたいな「大ハズレ」を除いたら、基本的には教会が率先して身内に引き入れることになっている。神官兵をしていたエジルやパーリーが良い例だ。

 特にアトリーは《 五つ星ゼルク・ネクスト 》に目覚めた。であれば、ファルと同様《 聖戦士 》の一員として、プリ・エレ教会を代表する存在となり、魔王たちへと挑む挑戦者になるはずだ。なるはずなんだが……。


「ううん、ボクはウタくんと冒険するよ。だから教会の《 聖戦士 》にはならない」

「は? ちょ、おま、何言ってんの?」

「だーかーら、ボクはウタくんと冒険したいって言ってるの!」


 いやいや、言ってることはわかるよ? でもさすがにそれは無茶にもほどがあるだろう!

 そりゃアトリーが俺にまつわる一件で教会のことを嫌ってるのは知ってるよ。事実、俺が放逐されてからほとんど学校にも行ってないしな。でもだからといって教会を無視するのはさすがにまずいんじゃないか?


「別にー。教会のことなんてボクなんとも思ってないしね」

「でもさ、教会の調査はさすがに逃れられんだろう? ネクストカードの確認を求められたらどうするんだよ?」


 プリ・エレ教会はアトリーのことを神の使徒の卵として育てていたわけだから、当然アトリーの誕生日のことも知ってるし、間違いなく何のネクストに覚醒したか確認に来るはずだ。

 その時点でアトリーがナンバーズだと判明したら、教会が放っておくわけはない。間違いなく聖戦士として崇め奉られ、ファルみたいに隔離されての修業が開始されることになるだろう。


「教会の確認? そんなのもうとっくに適当にごまかしたよ」

「──はぁ?」

「このとおり、適当に三ツ星トリプルネクストのカードを偽造して納得させたんだよ。じゃじゃーん!」


 笑いながら見せてきたのは、まるでネクストカードそっくりの《 三ツ星トリプル・ネクスト 》の【 算術 】のカード。まじかよ、こいつネクストカードを偽装しやがった! なんて罰当たりな! いや、神に見捨てられた俺が言うのもなんだけどさ。


「……アトリー、おまえとんでもない奴だったんだな。まさか教会を欺くなんて」

「ウタくんを酷い目に遭わせた張本人に対して、当然の対応だと思うんだけど?」

「と、当然の対応かどうかはどうでもいいとして、いやどうでもよくないが……そもそもその偽装カードはどこで手に入れたんだ? ネクストカードのプロである教会の監視員をごまかすのは容易じゃないと思うんだが」

「ふっふっふ、そんなの簡単だよ。あらかじめ工作して作っておいてさ、昨日牧師さんがお見舞い名目でボクの様子を見に来たときに、咳込みながらチラ見せしてごまかしたんだよ。すぐに消えたように見せかけて誤魔化したから多分偽物とはバレてないし、実際牧師さんはあっさりと信じてくれたよ?」

「ウソだろう? そんな単純な手で教会が……」

「いい、ウタくん。普通ネクストカードを良いほうに誤魔化そうとする人はいても、逆はいないって思わない? なにせ下のランクに見せたって得することなんてほとんど無いからね。ボクはそういう人間心理の盲点を突いただけだよ。うふふ、あったまいいでしょ?」


 なるほど、と納得しかけて、いやいやと頭を振る。

 確かに盲点ではある。だけど誰もやらないから盲点になるだけであって、それをやってしまったらどうなるかくらいアトリーなら分かるはずだ。


「お前、そんなことしたらもう後には引けないぞ? 真実を知ったら教会だって黙っちゃいないだろうし」

「いいよ。ボクは教会にお世話になるつもりなんて無いし、なによりウタくんと冒険するって決めてるからね」


 ──今日何度目だろうか。こいつの言葉で胸の奥を強く突かれたのは。


「アトリー。お前、もしかして……さっき言ってたこと、本当に信じてるのか? 俺がまだネクストに完全に覚醒してないって」

「うん、そうだよ」

「も、もし俺が──お前の言う『覚醒』とやらをしなかったらどうするんだ? そのときはお前は」

「大丈夫。ボクはウタくんのこと信じてるから」


 わからない。俺にはこいつのことが分からない。

 俺の知ってるアトリーは、もっと計算高くて賢いやつだった。学校の授業でも、計算関係はこいつに勝てなかった。俺が一目置いていたアトリーは、少なくともこんな衝動的な行動を取るようなやつではない。

 だが、今回の一連の行動を見る限り、決して理知的な行動とは思えない。

 いや待てよ。いくら俺を励ますためとはいえ、そのためだけに、アトリーほどのやつが教会を欺くようなことを本当にやるというのか?

 もしあいつが言っていることが真実なのだとしたら──。


「ねぇウタくん、素直に嬉しいって言えないわけ?」

「い、言えるわけないだろバカっ! だいたいお前の人生まで狂わせたなんて知れたら、俺、エミールおばさんに殺されちまうよ」

「バカなんてひどーい。でも大丈夫だよ、お母さんには色々もう話してあるから」


 ああ、だからおばさんはあんな反応だったわけね。先ほどのおばさんの妙に余所余所しい様子を思い出してホッと胸をなで下ろす。良かった、もう知ってるなら一安心だ。

 いや待て、全然安心じゃないぞ。錯覚するな、俺。


「とりあえずおばさんのことはわかった。そしたらさ、ファルのことは……すでに教会の聖戦士に選ばれちまったファルカナはどうなる? お前がナンバーズでありながら教会に属さないんだったら、あいつは一人になっちまうぞ?」

「ウタくんってさー、昔っからファルカナのことばっかりだよね」


 今度はぷーっと頬を膨らますアトリー。その顔がなんとも可愛らしい──って、そんなことに言ってる場合じゃないわ。


「べ、別に、そんなこと無いさ。ファルもアトリーも俺にとっては大事な友達さ」

「ねぇ、もしかしてウタくんって、ファルカナのこと好きなの?」

「なっ!? ち、違っ! あいつはそんなんじゃない! あいつは大切な仲間ではあるけど、そんな」

「じゃあさー、ボクのこともちゃんと見てよね?」

「み、見てるじゃないか」


 見てる、見てるよ! だから頼むからそんなにマジマジとこっちを見つめないでくれ。今のアトリーに見つめられると、なんだか落ち着かないんだ。


「そう? ならいいけど……そしたらウタくん、ボクの将来に責任を取ってよね?」

「はあ? だからなんでだよ!」

「ひどーい、つめたーい。ボクのこと捨てる気?」

「こらこら、人聞き悪いこと言うなよ。ったく、わかったよ。もし本当に俺が本来のギフトの力とやらに目覚めたら、俺たちのことちゃんと考えるよ」

「ホント? 約束だからねっ?」


 くそっ、なんて嬉しそうな笑顔を浮かべてやがるんだ。前世が女の子ってことを聞いてから、マジでこいつのこと女の子みたいに見えるから不思議なもんだ。

 いかんいかん、意識しないようにしないとな。心を強く持て、ウタルダス!


「……ところでアトリー。お前は本当に運命は変えられると思うのか?」

「うん、変えられるよ。ウタくんがボクのことを信じてくれたらね」


 そりゃ信じてるさ。なにせアトリーは、俺が教会にむごい仕打ちを受けたあと、その対応に腹を立ててあまり学校に顔を出さくなったくらいなのだ。

 そんなやつのこと、俺が信じないわけがないだろう?


「そしたら大丈夫。きっと運命は変えられるよ」


 ははっ、心強いことで。



 ◇



 アトリーの家を辞したあと、俺は街中をひとりぷらぷらとする。

 一年前までは、毎日過酷なトレーニングの日々で街をぶらつく余裕などなかった。だけど見捨てられてからは、完全に時間を持て余すようになっていた。しかも【 愚者フール 】などと呼ばれる俺に行く当てなどない。


 あ、そういえばアトリーの『前世の話』を聞くのを忘れてたな。まぁでもいっか。たぶんどこかの国にいた女の子かなにかだったんだろう。もし必要なことならあいつから話してくれるだろうし。


「おい、聞いたか? 今この街に《 聖戦士 》たちがが来るらしいぜ?」

「知ってる知ってる! なんでも《 聖女 》ファルカナ様を迎えに来たんだろう?」


 不意に街で行き交う人の会話が耳に入って来て、俺は足を止める。驚いて聞き耳を立ててみると、街中の人たちが共通の話題で盛り上がっていた。

 なんと今日、プリ・エレ教会が認める四人の《 聖戦士 》が、この街にやって来ているというのだ。彼らの目的は、《 聖女 》ファルカナを自分たちのパーティの五人目の仲間として迎え入れること。

 なるほど、どうりで妙に街中が浮足立っているわけだ、なにせ我らが《 聖女 》様の旅立ちの時が来たのだから。これは明日にはお祭り騒ぎになるに違いない。


 普段は陰口しか叩かれないから足を運ぶこともない酒場に顔を出してみると、こちらでも『四人の聖戦士の来訪』の話で随分と盛り上がっていた。どうやら俺が世間から隔離されすぎていて情報が全く入って来てなかったらしい。

 しかも、今回ファルカナを迎えに来た聖戦士のメンバーが凄かった。いずれ劣らぬ有名人ばかりなのだ。


 まずは、リーダーであるゼルクナンバー『1』。【 正義ジャスティス 】のネクストに覚醒した《 聖騎士 》スレイヤード・ブレイブス。金髪長身の超イケメンで、数年前から聖戦士としてピンで活躍し、数多くの実績を積んでるマジもんの英雄様だ。さすがにこいつの名前は俺でもよく知っている。


 次にゼルクナンバー『8』。【 教皇ハイエロファント 】のゼルクネクストを持つ《 聖狩人 》ハンティス・マクニーサス。ゴツイ体の大男だって聞いている。


 それとゼルクナンバー『9』。【 女教皇プリエステス 】のゼルクネクスト所持者ホルダーで、ハンティスの妹でもある《 聖闘女 》イシュタル・マクニーサス。兄と違って小柄でありながら、いつも修道服を着て、星型のモーニングスターを振り回している怪女との噂だ。


 あとはゼルクナンバー『13』。【 タワー 】のゼルクネクストホルダーである《 聖導師 》ヒナリア・エルフィール。街の人たちの話によると、すらっとしたスタイルの美女であるらしい。


 マクニーサス兄妹も、スレイヤードに劣らず優秀な聖戦士としてすでに名を馳せていた。スレイヤードとは別行動をしていたはずだが、今回おそらく本格的に『ダンジョン』を攻略するために教会側の要請でパーティを組んだのだろう。ヒナリアという女性については知らないが、たぶんファルみたいにどこか別の街の教会で英才教育を受けていて、つい最近ナンバーズに覚醒したんじゃないだろうか。

 とはいえ、メンバー全員が当然のようにゼルク・ネクストに覚醒したナンバーズであり、しかも四人とも過去の事例からかなりの能力が期待されるネクストホルダーだ。さすがは教会選りすぐりのナンバーズ・パーティだと言える。

 街の住人たちも、彼らであれば必ずや魔王を討伐して、《 英霊の宴 》に招待されるだろうと噂しあっていた。


 そうか、ついにファルも旅立つのか。街の人たちの話を聞いて、俺は何とも言えない気持ちになった。

 心の奥にわだかまる気持ちの正体がなんなのか、俺自身にもよく分からない。ただ、俺の心はファルと気まずい関係に(一方的ではあるが)なったままでいいのかという思いと、今更英雄の仲間入りをするファルに合わせる顔がないという思いのはざまでずっと揺れていた。





「ただいま」


 しばらく街を彷徨った挙句、仕方なく俺は家へと帰ってきた。すでに父は仕事から帰宅していて、どうやら酒を飲んでいるみたいだ。しかも気配からするとかなり荒れている。

 俺はこの家が本当に嫌いだった。もっとも、親の期待を裏切り神に見捨てられた俺の居場所など、この街にどこにもないのだが。


「帰ったか、この穀潰しめ! こんな時間まで何してやがった!」


 酒に濁った目で俺に汚い言葉を投げかけてくるのは、父親のヴァーリット・レスターシュミット。かつては城勤めの騎士だったが、トーナメントで負けて大怪我を負って以降落ちぶれてしまって、今ではただの街の警備員だ。かつては俺の育成のために捧られた情熱ももはや消え失せ、今では酒への執着と俺への当たりの強さだけが残っているような無残な存在。


「おい貴様、まさかどこかで悪さしてきたんじゃないだろうな! これ以上俺に迷惑をかけるなよ?」

「あなた、声が大きいですよ? 近所に聞こえます」


 俺を庇うような発言をする母親のレジーナ・レスターシュミット。だけど真意は俺を案じてではない。世間体を気にして適当に返しているだけだってこともお見通しだ。そんなこと見通したくなんてなかったんだけどな。

 もはや母親の瞳に、俺の姿が映っていないことも理解している。この人にとって俺は、価値の無くなったガラクタなのだ。


 俺は二人に対して何か言い返すでもなく、無言のまま通り過ぎる。自分の部屋へと入る前に、ガシャンと父親が机をける音が聞こえてきた。


「ったく、聖女様には聖戦士のお迎えが来たというのにあいつときたら……」


 すいませんね、誰のお迎えも来なくて。



 ◇



「ウータくん、おはよう!」


 と思ってたら、迎えが来たよ。幼なじみアトリーが!

 ただ、頼むからいきなり俺の部屋に来ないでほしい。寝起きでヒラヒラしたシャツに短パンというなんとも目に毒な格好を見せられると、さすがの俺だって……って待て待て! こいつ男だよー! 目に毒もクソもなかったよ!


「おまえなぁ、いきなり俺の部屋に入ってくるなよな」

「えー、ちゃんとおばさんには許可取ったよ?」


 おいおいザルだなぁうちの母親は。いくら幼なじみとはいえ、女の子にしか見えない格好のこいつを俺の寝室に簡単に案内しないでほしい。いろいろ良くないから、いろいろ。


「それでアトリー、おまえもう外出して大丈夫なのか? まだ病み上がりなんだろう?」

「うん、もうだいぶ体力も回復したしね。うふふ、心配してくれてありがとう」


 元気になってくれたのは良かったよ。たださぁ、頼むから俺にすり寄ってくるのをやめてほしい。


 いきなりのアトリーの来訪に驚いたものの、せっかく遊びに来てくれたわけだ。アトリーの快気祝いということで、俺たちは街に出て美味しいものでも食べに行くことにした。俺だって日雇い的な仕事はしているからちょっとした小遣いくらいは持っているんだ。


 二人で並び立って街の中心にある大通りを歩いていると、街の人たちが昨日とは一転してなにやら深刻な顔で何かを噂し合っていた。なんだろうと思い聞き耳を立ててみて──話の内容を理解したとたん、俺は愕然とする。


 皆が噂していた話の内容。

 それは、《 聖女 》ファルカナが聖戦士パーティへの加入を保留したというものだった。


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