2.ネクスト・カード
この世界では、十五歳になった日に必ず何らかのカードを神の祝福として天から与えられる。このカードのことを、俺たちは″人の能力を次なる階層へ導くもの″という意味で《 天啓の才能 》と呼んでいた。
カードとは、文字通りカードだ。大きさは手のひらほどで、強く念じれば具現化することができる。一般的な他のカード──たとえば能力が手に入るゲート・カードや魔法を発動させるマギナ・カードなんかとの違いは、周りが白く縁取られているかどうかだ。白く縁取られているものがネクストカードとなる。逆に赤や青、黒に縁取られていたら、それは一般的な別のカードだ。
なぜ十五歳になったときにネクストが与えられるのか、その理由を少なくとも俺は知らない。幼い頃からそれが当然として育って来たから、あまり疑問を抱いたこともないってのが正直なところだけど。
牧師の先生なんかは、ネクストのことを「双子の女神様が、地上に生まれる子たちへ与えた祝福」だとか「個人が持つ才能を、カードという見える形にしたもの」と教えてくれた。
本当のところは分からない。真相は神のみぞ知るってやつだ。
とまぁ、カードの説明はどうでもいい。
ここで重要なのは、ネクストカードがそのものズバリ″天啓″という名の力を持っていることだ。
カードに備わったネクストの力を使うことで、人は何らかの特別な能力を発揮することができるようになる。まさに人として次の階層に上がるのだ。
たとえば【 算術 】なんてネクストを持ってたら優れた計算力を発揮することが出来るし、【 料理 】のネクストを持ってたら人より上手く調理することが出来る。上等なものになると、たとえば【 炎 】なんてネクストは、自在に炎を出せたりするそうだ。
だから世間では、十五歳になってネクストカードを手に入れることが人生のビッグイベントとなっていた。
なにせそこで得られたネクストによって今後の人生が大きく変わるかもしれないんだ。必死になる気持ちもわかるってなもんだと思う。
さて、この神から与えられた才能──ネクストカードだけど、実はこいつには貴重度がある。
レアリティはカードの右上に星の数で表示されていて、そのランクは《 一つ星 》から《 五つ星 》まである。レアリティという表現通り、星の数が多くなるほど出現頻度が希少だ。
だいたい全体の7〜8割を占め、平凡な能力が多い《 一つ星 》と《 ニつ星 》。
かなり優秀なアビリティである《 三つ星 》で2割程度。
これが《 四つ星 》にもなると、上位1割も持っていないと言われていて、能力も常識離れしたものが増えていく。
……そして激レアで、別名″神の腕″とも呼ばれている《 五つ星 》。
割合としては、だいたいこんな感じだ。
ただし、このレアリティランクに能力の強弱は関係ない。あくまでネクストカードの星の数──出現頻度の問題なのだ。
とはいえ、基本的にはレアリティが高いほどカードの持つ能力は高くなる傾向にはある。
だが何事にも例外がある。それは、すべてのネクストカードの頂点に立つ存在──すなわち《 五つ星 》だ。
こいつは、同年代に一人しか所有が確認されることがないカードだ。オンリーワン、ユニークな才能。ゆえに、他に変えがたい圧倒的で特別な力を与えられることが多い。
まるで神から片手ぶんの力を与えられたかの如き、強大無比な能力。″神の片腕″──すなわちゼルクと呼ばれる所以だ。
このカードの特徴は、カードの左上に1から108までの数字がナンバリングがされていることだ。だから《 五つ星 》のカードを持つ人は、別名《 ゼルク・ナンバーズ 》もしくはただ単純に《 ナンバーズ 》と呼ばれていた。
ちなみにこの《 五つ星 》に関しては、これまでの歴史上93種が確認されているらしい。とはいえ、現時点で発見されている一番末端の番号が108であることから、実際にはおそらく108種類が存在しているのではないかと考えられている。
逆に言うと、未だに確認されていないゼルク・ネクストが15枚も存在しているわけだ。
この15枚については、世間からは″未発見″カード、もしくは″失われたカード″などと呼ばれ、ナンバーズを『神の使徒』『聖戦士』などと呼んで崇め奉っているプリ・エレ教会なんかは血眼になって探していたっけ。
《 五つ星 》カードと《 ナンバーズ 》についての逸話は多く、数々の物語が子供たちに御伽噺として語り継がれていた。
同時代に同カードを持つものがいないという貴重さ。唯一無二の、常人離れした飛び抜けた能力。子供たちの心をビンビンに刺激する要素が満載だしな。
ただ、ほとんどの物語で共通しているストーリーがあった。紆余曲折を経て力を手に入れたナンバーズたちは、チームを組んで″魔王″たちが潜む″ダンジョン″へと挑戦するのだ。
あるものは力試しだったり、別のものは名誉を求めたり、友を守るためだったりする。魔物が跋扈し宝が隠されたダンジョンで発揮される、ナンバーズたちの英雄としての成果。魔王たちとの、苛烈な決戦。
そして彼らは、双子の女神に召喚され、数年に一度繰り広げられている″英霊の宴″への参加し、神の序列へと組み込まれることになる──。
過去のナンバーズたちの偉業を、子守唄がわりに英雄譚を聞かされて育った年頃の少年少女たちは、当然のようにナンバーズに憧れた。自分こそが明日の英雄になると夢見てたわけだ。
そしてこの俺も、例外に漏れることなく──恥ずかしながらも《 ナンバーズ 》に憧れていたんだ。
俺は、幼い頃からこのナンバーズのネクストカードを手に入れることを夢想していた。しかも出来れば″アンノウン・ナンバーズ″に覚醒して、プリ・エレ教会から『騎士にして神に選ばれしもの、唯一無二の聖騎士ウタルダス!』などと呼ばれ崇められるところまで妄想したものだ。
……いまとなっては黒歴史としか言いようがないがな。
やがて成長して十五歳になったとき、俺も当然のようにネクストカードを手に入れることになる。
──だけどそいつが、俺の夢を無残に打ち砕くだけに留まらず、その後の人生をも大きく狂わせることになるとは、あの頃夢にも思ってなかった。
◇
俺は、グレイブル王国で騎士を勤めていたヴァーリット・レスターシュミットとその妻レジーナとの間に三男として生まれた。ウタルダスという名は、はるか昔にゼルク・ナンバーズとして活躍した英雄の名前から取ったのだそうな。
俺が生まれた頃、両親はそれなりに羽振りが良かったらしい。なにせ王国騎士団といえばかなりのエリートで高給取りだ。プリ・エレ教会の認定騎士──すなわち教会騎士と並んで、騎士を目指す子供たちの憧れの職業と言っても過言ではない。
だけど父親は、俺が幼児の頃にある戦闘で大怪我を負い、騎士団からの退団を余儀なくされた。温情でこの街の警備兵の仕事をもらったものの、出世の道を断たれ給料も激減したということで、うちは貧乏になった。父親はずいぶんと荒れたらしい。もっとも俺は、その荒れた父親しか知らないわけなんだが。
本来であれば、貧乏な我が家──レスターシュミット家の中での俺の存在価値は、極めて小さなもののはずだった。
落ちぶれた元騎士の家になど、三男坊に構うほどの財政的余裕などはない。継ぐような家督や財産もあるわけがない。あったとしても上の二人の兄に回すだけで精一杯だろう。
だけど、俺には才能があった。
いや、正確にはあると思われていた、という表現の方が正しいかもしれない。
自分で言うのもなんだが、俺は同年代の子たちに比べて運動能力が高く頭の回転が良かった。落ちぶれたとはいえそれなりに腕の立つ元騎士の父に、「お前は才能の塊だ」とよく言われていたくらいだ。
だからだろう。父親からは物心ついた時から徹底した剣術のしごきを受けた。父は《 三つ星 》の【 剣術 】を持っており、ネクストの持つ能力を駆使して、俺を徹底的に鍛え上げたのだ。
父は俺に、超一流の騎士となることを期待していた。願わくば、ゼルク・ナンバーズに覚醒して教会に属する聖戦士に。たとえなれなくとも、教会騎士もしくは王国騎士にしたてようとしていた。だから俺は幼いころから、父親の手でぶっ倒されては、無理やり起こされてまた叩きのめされるという日々を繰り返していた。
果たしてこの俺に、本当に才能があったのか。今の自分の状況を顧みたとき、必ずしもそうだったとは思えない。才能があると思われていたのは、もしかしたら単なる親の贔屓目に過ぎなかったのかもしれない。
だけど、小さなころから父親に剣術で鍛えられ、幼いながらも必死に対抗している俺の存在は、街の中ではそれなりに有名だったらしい。やがて、俺の存在がとある組織の目に留まることとなる。
──《 プリ・エレ教会 》だ。
プリ・エレ教会は、ネクストカードを守護する存在として広く知られていた。教会が信仰する双子の女神プリとエレが、人々にネクストカードを与える存在であると信じられていたからだ。
なんでも女神様が個々の才能を見抜き、適切なネクストを15歳になった時に与えるのだという。本当だったらすごい目幅の聞く女神様だよな。
ゆえに、プリ・エレ教会は別名『カード教会』もしくは『ネクスト教会』とも呼ばれていた。
教会は、才能のある子供たちに声をかけ、『双子の女神の愛し子』と呼んで積極的に援助を行い、囲いこんで教育を施していた。なぜなら、幼いころから才覚を発揮している子供ほど、15歳になった時に高レアリティのネクストに覚醒する可能性が高いからだ。
『才能ある子供を″ナンバーズ″に覚醒させ、敬愛する双子の女神の元に送り届ける。』プリ・エレ教会の大事な教義の一つだ。
だから世の親たちは、自分の子供たちが双子の女神の御目に適い、優秀なネクストに覚醒するよう、熱心に教会に通っては祈りを捧げていた。うちの両親も、そんな親のうちの一人だった。
やがて両親の祈りが女神様に通じたのか、神童ともてはやされた俺の存在に目をつけた《 プリ・エレ教会 》が、ついに俺の全面的なバックアップを申し出てくれた。当時はまだスカウト兼教育担当だったユースグリット先生が、我が家にスカウトにやってきたときの狂喜乱舞した両親の様子を、今でもはっきりと覚えている。
──両親が俺に対してあんなにやさしい笑顔を見せてくれたのは、後にも先にもこの時だけだったけどな。
このような経緯で、俺は教会が主催する『双子の女神の愛し子たちが学び、成長する場』──すなわち”学校”に通い始めることになる。
教会の学校には、俺と同様に選ばれた子供たちが何人もいた。その中に、ファルとアトリーの姿もあった。
教会が厳選してスカウトしてきた優秀な人材──のちに《 四つ星 》の【 肉体強化 】に覚醒したエジルや、同じく《 三つ星 》の【 槍術 】に覚醒したパーリーなどもいる中で、俺は入った直後から抜きん出た才覚を発揮した。武術、勉学、知見。あらゆる分野で優秀な成績を残したのだ。
特に武術についてはの追従を許さなかった。生徒間で行われる模擬戦などで、今では神官兵を務めるほどの実力を持つエジルやパーリーにも、一度も後れを取ることがなかったほどだ。
──まぁ、今では完全に立場が逆転していて、比較するまでもないほど差は開いてしまったわけだけど。
学校を主宰するプリ・エレ教会は、ネクストカードについて数多くの情報を蓄積していた。
なにせ教会にとって、ネクストカードは神からのメッセージだ。金やコネ、権力や人脈などあらゆる力を使って集めたネクスト・カードに関する情報を元に、教会は様々な分析や研究を行っていた。その結果、彼らはかなり精度の高いネクストについての知見を有していた。
その教会が持つ独自のデータベースによると、どうやら俺くらいの才覚を持つ子供は、最低でも四つ星クラスか、うまくいけばナンバーズになる確率が極めて高いらしい。
だから俺は、将来の《 聖戦士 》候補、もしくは教会幹部候補として、他のやつらと比べてもかなり手厚い教育を受けることになった。
俺に対して教会や父親から施された英才教育は、幼い子には大変厳しいものだったと思う。
教会からは、騎士としての心構えや立ち居振る舞い、精神論といったものを徹底的に叩き込まれた。騎士たるもの、心強くあれ。感情を表に出さず、常に礼儀正しく。ユースグリット先生の言う騎士道精神ってやつを、俺は骨の髄まで叩き込まれた。
一方で、父親からの剣術の指導はさらに過酷さを増していた。日々気を失うまで鍛えられ、全身から生傷が絶えることがなかったくらいだ。
まれに父親が教会で講師役を務めることもあった。講師として父親がこだわったのは、指揮官──すなわち騎士隊長としての能力についてだ。「騎士たるもの、剣術だけではダメだ。配下を従える戦術を学ばねばならん」。俺は戦略論や戦術論といった兵法まで学ばされた。
教会と父親による、休みの無いエンドレスで徹底した教育的指導という名の拷問。
これほどに酷い日々を過ごしていたというのに、あの頃の俺は、自分の立ち位置に疑問を抱くこともなかった。ただただ、親や周りの期待に沿うよう、一生懸命トレーニングを積んでいた。
朝早くから日が落ちるまで走り込みや剣の素振りをさせられ、夜は眠い目をこすりながら座学に励む。あの頃の俺は純粋だったから、素直に「両親やユースグリット先生を喜ばせたい」と思っていた。だから必死になって様々なことを学んでいたんだ。
こうして──気がつくと俺は、大人たちの″立派な騎士の卵″に仕上がっていった。
日々苦しいトレーニングを積んでいた俺ではあったが、それでも自由な時間が無いわけではなかった。こんな俺にも、友と呼べるような存在がいた。
それが、アトリーとファル──のちに聖女になったファルカナだ。
ファルは、プリ・エレ教会の修道女の娘で、本人も敬虔な双子の女神教徒だった。ファル自身は教会から選ばれるだけあって、行動や発言は基本的に優等生そのものなんだけど、時折見せるとしぐさや表情は典型的な田舎娘のそれで、なにより一緒に遊んでいて楽しかった。
俺とアトリー、ファルの三人は、一緒につるんでたくさんの遊びをした。特によくやっていたのが、『ウタルダス騎士団』などと称して街中を巡回する遊びと『ナンバーズごっこ』だ。
ナンバーズ。すなわち英雄であり、いずれ魔王に挑むもの。唯一無二の能力を持ち、圧倒的な力とカリスマで子供たちのスーパーヒーロー。
彼らが挑む『ダンジョン』から遠く離れた場所にあるこの街でも、《 ナンバーズ 》の武勇伝は広く伝わっていた。だから俺たち子供は、夢中になってナンバーズごっこに勤しんだわけで。
あー、俺たちのことを恥ずかしいやつなんて思わないでくれよ? 同年代の少年少女なんて、大体似たり寄ったりのことをやっていたんだからさ。
ちなみにその頃の俺たちが交わしていた会話は、こんな感じだ。
「なぁアトリー、ファル。俺たち十五歳になったら、きっと《 ゼルク・ナンバーズ 》になれると思わないか?」
「思う思う!」
「うん、きっとウタくんならなれると思う。あなたはあたしたちのなかで一番優秀なんですもの。双子の女神様が祝福しないわけがないわ」
「いやいや、お前らだって優秀だろう? 選ばれること間違いないって! そしたらさ、全員でナンバーズになって一緒に冒険しようぜ! そんでもって、俺たちでいつか『魔王のダンジョン』を制覇しような!」
「いいねっ! そしたらその時はウタくんがパーティのリーダーだね!」
「ははっ、じゃあアトリーは後方支援で、ファルは癒し手になれよな」
「いいわよ。でも二人とも、くれぐれも怪我はしないようにね?」
子供らしい、無邪気な夢。
それでも俺たちは、本気でその夢を信じていたんだ。
──そんな状況が一変したのは、俺が十五歳になる少し前のことだ。
俺たちの中で最初に誕生日を迎えたファルが、《 五つ星 》に覚醒したのだ。