11.オクトケイオスの街
すいません。本作はエタってしまったのですが、リクエストを頂いたのでストックしていた3話分のみではありますが、公開します( ^ω^ )
「あー、やっと着いた!」
「遠かったねぇ!」
俺とアトリーは、乗合馬車を降りた瞬間、大きく伸びをしながら喜びの声をあげた。
俺たちが生まれ育った街から、馬車を乗り継ぐこと7回。かかった日数は丸5日。ようやく俺たちは、目的地であるオクトケイオスに到着した。
いやー、道中は本当に大変だったよ。
宿に泊まろうとしたら宿屋の主人に「あら若いご夫婦ね?」と誤解されたり、金をケチって一部屋しか取らなかったらベッドも一つしかなくてアトリーが一緒に寝ようと言い出したり、そんなんダメだと押し問答した挙句、床で寝ることになったり……。ああ、思い出すのもキツいわ。
オクトケイオスという街は、本当に不思議な街だ。
四方を山に囲まれた辺鄙な場所にあるものの、場所の悪さを微塵も感じさせないほど発展していた。そんじょそこらの王都なんかじゃ手も足も出ないくらいの大都会だ。それもそうだろう、オクトケイオスは『世界で最も栄えた都市』と言われているのだから。
あらゆる国家に所属しない独立都市。他に類をみないほど発展した街並みに、高い生活水準。街のあちこちに見られる最新の技術。
それだけでもオクトケイオスが特殊な街だということがわかるのだが、この街が真の意味で特殊な理由は別にある。
オクトケイオスの別名は《 八魔迷宮都市 》。
この街の近郊に、八つもの《 魔王のダンジョン 》が存在しているのだ。
《 魔王のダンジョン 》とは、いずれも地下10層からなる地下迷宮だ。
八つそれぞれに個別の名前もついているが、まとめてこの名称で呼ばれている。理由は、各ダンジョンの最下層に《 魔王 》と呼ばれる存在が君臨していたからだ。
ダンジョンが出来たのがいつの時代からかは不明だが、伝承によると、双子の女神が人々に試練と恵みを与えるために作ったとされている。もっとも俺はその話自体うさん臭いと思っているが、真相は不明だ。
俺たちナンバーズは、この《 魔王のダンジョン 》に潜り、魔王に挑む。
魔王に挑む資格を持つのはナンバーズだけ。そして、魔王を倒したものだけが《 英霊の宴 》への参加資格を得ることができるからだ。
だからナンバーズはこぞってダンジョンに挑戦していた。
だけど、ダンジョンに挑むものはナンバーズ以外にも存在する。いやむしろ《 魔王討伐 》以外の目的でダンジョンに挑む者たち──すなわち《 冒険者 》のほうが圧倒的に多かった。
彼ら冒険者がダンジョンに潜る目的。それは、『レアカード』を手に入れるためだ。
《 魔王のダンジョン 》には、魔物と呼ばれる生物が存在している。
なぜダンジョンで魔物が出現するのか、その理由はまったくわかっていない。そもそも魔物が生物なのかどうかすら不明だ。なぜなら、魔物はダンジョン内に忽然と現れ、倒すと死体すら残さず”消滅”するからだ。
魔物は様々な形態をしていて、基本的には階層が深くなればなるほど強くなる傾向にある。人間を見ると襲いかかってくる習性があるため、ダンジョンの攻略は常に命がけだ。
なのになぜ冒険者たちはこぞってダンジョンに挑戦するのか。
その理由は、魔物を倒すと、消滅する際にまれに『カード』を落とすからだ。
魔物が落とすカードは多種多様に上る。ゲートカード、マギナカード、モノカードなんでもござれだ。
カードは、基本的にどのランクであれ極めて貴重なものだ。なにせこのダンジョンでしかカードを入手することが出来ないからだ。世界中に流通しているカードを産出する唯一の場所が、実はここ《 魔王のダンジョン 》だったりする。
ゆえに冒険者たちはカードを手に入れるためにダンジョンに挑み、魔物と戦う。運が良ければ魔物はカードをドロップする。
こうして手にしたカードを売ることで、冒険者たちは大きな金を稼いでいた。
ドロップしたカードは、基本的にどんなものでも売れるが、ランクが上がれば上がるほど買い取り価格も上がっていく。もし曲がり間違ってランクが高いカードが手に入れば大ごとだ。高ランクカードには莫大な値段が付くこともある。
そのため一攫千金を夢見た若者たちがこのダンジョンに挑み、命を懸けて魔物たちと戦い、まれにレアカードを入手しては一喜一憂していた。
それが、腕一本で生きていくものたちが大金を得る数少ない手段であったからだ。
このような理由により、ダンジョン目当てに多くの人たちがこの地に集まってきた。
ダンジョンで『お宝』を手にして一攫千金を狙う冒険者たち。
ダンジョンから出た『お宝』を買い取って、金もうけをたくらむものたち。
ダンジョンに挑む冒険者を相手に商売を行うものたち。
ダンジョンで得られた『お宝』を使って、新たな技術を発明するものたち。
その結果、八つのダンジョンに近い場所にあるこの地は大発展を遂げ、今では《 八魔迷宮都市 》と呼ばれ、カードというお宝に群がる人たちで賑わっている──らしい。
だけど、聞くのと実際に見るのは大違いだ。この地に降りた瞬間、街のあまりの活気に度肝を抜かされた。
「すごい……賑わってるね」
「ああ……これは凄いな」
まず街を行き交う人々。
見たことのないデザインの服やお洒落な装飾品なんかを着けていて、実に華やかだ。
店で売ってるものも、珍しそうな商品や美味しそうな食べ物をたくさん売っている。
街自体に活気があり、人々が裕福な暮らしをしていることは一目瞭然だ。
なんなんだこの街は。聞いていた街のイメージとずいぶんとかけ離れている。
俺としては、荒くれた冒険者たちが闊歩してるようなワイルドな街をイメージしていたんだけど……そんな格好をした人は一人も見受けられない。むしろ冒険者っぽい格好をした俺たちがダサすぎて浮いてるくらいだ。
「とりあえず街をぶらついてみるか」
「そうしよっか。なんか勝手もわかんないしね」
早速俺たちは街の大通りを歩き始める。
現在いる場所はオクトケイオスのメインストリートにあたる場所で、ぱっと見た感じは八百屋や肉屋、食事処などの一般人向けの店が目立っている。
別に買いたいものがあるわけじゃないけど、興味本位で店先の商品を物色する。
「扱ってる商材がすごく豊富だね。ボクの実家でもこれほどの取り揃えは無いよ」
「うちらの街では見たこともないようなものも多いな。まるで世界中の商品が集まってるみたいだ」
「でもさー、物価はやっぱボクたちの故郷よりも高いね」
「確かに。よもや赤い果実一個で300ガルドもするとは……三倍以上じゃないか」
「この調子だとお金もすぐなくなっちゃうよね」
なにげないアトリーの言葉で俺は大問題を思い出す。
オクトケイオスの街に着くまでの旅費で、家から持ち出してきたお金がほぼ底をつきかけているのだ。結局家出同然で実家を飛び出して来たから、懐具合は実に心もとない。
「……なぁアトリー。実は俺、もうすぐ文無しになりそうなんだ」
「だよねー、ウタくんってばお金に縁が無さそうだしね」
「うっさいな! そういうお前は金持ってんのかよ?」
「えへへー。実はね、お母さんが餞別にって30万カルドくれたんだ」
そう言って見せてくれたのは、30枚の金貨が入ったお財布袋。
おおー、さすがはエミールおばさん!わかってらっしゃる! 持つべきものは支度金をくれる母親だよな。これだけあればすぐに飢え死にってことはなさそうだよ。
「ちゃーんとウタくんの生活費も出してあげるからね? 安心してね」
「す、すまんなアトリー、恩にきる。お前がサワーホワイト商会の御曹司で助かったよ」
「ご令嬢だからね? でもさ、この程度のお金じゃこの街の物価だと一月も持たないかもね?」
「確かに……。でも無いよりかはマシだよ。しかし、アトリーに生活の面倒を見てもらうとは、なんだかヒモみたいで情けないな」
「ウタくんがその気なら、ボクが一生養ってあげるからね?」
すまんがそれは大事な何かを失ってしまいそうなので遠慮させてもらうよ。
しばらく大通りを散策していると、俺たちの視線がとあるお店の看板で止まった。見つけたのは、一店のカードショップ。立派な門構えで、看板には『カード専門店 エヴリカード』と書かれている。人の出入りも多くて、なかなかの人気店のようだ。
「ねぇウタくん、あそこに入ってみよっか?」
「ああ、そうだな。カードの相場がどれくらいするか一度見てみたいと思ってたし、丁度いいや」
俺たちは早速カードショップ《 エヴリカード 》に入り、店内を物色してることにする。
カード専門店エヴリカードは、三階建ての比較的大きなショップだ。売り物によって売り場が分かれていて、一階は主にモノカード中心、二階はゲートカードとマギナカード、最上階はレアカードを取り扱っているらしい。
特別買いたいものがあるわけじゃないので、とりあえず一階から覗いてみることにする。
かなり人の多い一階は、主にC〜Eランクのモノカードが売られていた。モノカードとは、なんらかの物品がカード化されたものだ。
「ねぇねぇウタくん、これ見て。おにぎり弁当のモノカードが1200カルドだって」
「たっかいなあぁ、普通に売ってる弁当の三倍から五倍くらいするぞ?」
「確かにそうだけど、モノカード化された食材は賞味期限がなくなるから、一般的には値段が高くなるんだよ」
「賞味期限が無くて荷物にならないのは確かに良いけど……でもこの値段じゃなかなか手が出ないや」
「それでも他の都市で買うよりはずいぶんと安いほうだよ。食料とか重さのある原材料系のモノカードは、遠方ほど高値で取引されるしさ。やっぱり原産地近くってだけのことはあるね」
他にも販売中のカードを見てみると、水が一リットルで300カルド、焼肉弁当が1800カルド、鉄の短剣が1万5000カルドだった。ちなみにこれらは全て最低評価のEランクだ。
「このへんのモノカードは、一度物質化したら元のカードには戻らないみたい。だからこの鉄の短剣なんかはEランクで安いんだね」
「なるほど。確かにわざわざカード化した武器を持つ意味なんてないよな」
「護身用とかに隠し持つにはありかもね?」
「あとは──暗殺用とか?」
「きゃっ、ウタくん怖ーい」
「……俺はお前の反応のほうが怖いよ」
などと、アトリーと雑談しながら店の奥に向かうと、同じ短剣でも10倍の20万カルドもする短剣のモノカードも置いてあった。ランクも一気に上がってCランクだ。……なんで?
「なあアトリー、なんでこっちは10倍も値段するんだ? 特殊な魔術でもかかってるのか?」
「そうじゃないよ、ウタくん。ここを見てみて」
アトリーに指を指された部分を見てみると、カードの右下に『∞』の記号が記載されていた。
「なんだろう、未知の文字か?」
「違うよ。これはね、たぶん″物質化できる回数″を表してるんだと思うんだ。ちなみに《 ∞ 》は回数制限なく使えるって意味だよ。つまりこの″短剣″のモノカードは、何度でも武器化したりカードに戻したり出来るものである、ってことなるんじゃないかな」
なるほどー、そりゃあランクと値段がずいぶんと高いわけだ。武器が自在にカード化できると、持ち運びに便利だしね。
「……こんなカードがダンジョンの魔物を倒すと手に入るわけだな」
「魔物がカードをドロップする頻度はそんなに高くないみたいだけどね。でもこの販売価格を見る限り、そこそこは落とすのかな?」
「わかんないな。取り敢えず上に上がってみようぜ。次を見てみたい」
好奇心が抑えられない子供みたいにウキウキしながら階段を上がる。二階に着いた途端、ガラリと雰囲気が変わったような気がした。理由はすぐに分かった。一階と明らかに客層が違うのだ。
モノカード中心の一階は、一般の人たちの姿も多かった。しかし二階に置かれているのはゲートカードやマギナカードが中心だ。それゆえに、明らかに専門家に見える人たちが多数を占めていた。
おそらくゲートカードやマギナカードを一般人はあまり買わないのだろう。
「わぁ、やっぱり高いね……。ランクEでも1万カルド超えるよ」
二階に置かれていたのは能力系のゲートカードと、魔術系のマギナカードだが、こちらはやはりモノカードよりもかなり値が張る。
「こうして見ると、ランクDやEのカードはほとんど俺たちには無用だな」
「そうだね、効果も微妙だしね」
パッと見た感じでは、低ランクのゲートカードは『肩こり軽減/小)』や『地獄耳/小』など意味不明で非実用的なものが多い。
マギナカードの方も『火炎玉』や『雷撃』なんてなかなか魅力的な名前のものが多いけど、ほとんどは右下に1〜10の数字が刻まれている。ようは回数制限付きなのだ。
そんなものに何万ものお金をかける余裕は俺たちにはないし、仮に魔物を倒して手に入ったとしても、多分すぐに売って現金に変えてしまうだろう。
ま、今日はカードの相場感が分かっただけでも良しとするか。
「おっ、これは……」
二人で二階を見回る中、【 特価品 】と書かれた札の下がったコーナーに辿り着いた時、ふと足が止まる。特価品がまとめられたワゴンの中に、見覚えのあるカードの姿を発見したのだ。
『ランクC 【 清潔 】。大量入荷により大特価! 20万カルド!』
これ、双子の女神様にあの白い空間で掛けてもらった魔術じゃんか。
へー、こうやって普通に売ってるんだな。神様が使ってた魔術カードなのに安売りされてるのがなんだか虚しいけど。
「ウタくん、どうしたの?」
「ん? あぁ、面白いカードが安売りしてるなぁと思ってさ」
「マギナカードの……清潔? これ、どんな効果があるの?」
俺はアトリーに、双子の女神にこの魔術をかけられたら体が綺麗になったことを伝える。すると、アトリーの目がみるみるうちに輝きを増していった。
「ウタくん、ボクこれ欲しいっ!」
「えっ?」
「欲しい欲しい欲しいほしーい! お風呂の代わりに使える魔術カードなんて、すごく欲しい!」
「いやいや、何言ってるんだよ。これ20万だぜ?」
「ウタくんには女の子の気持ちが分かんないんだよ! この旅の間、ボクがどんなに辛い思いをしたか分かる?」
わかんない。ぜんぜんわかんない。
たしかに楽な旅ではなかったけど、旅なんてそんなもんなんじゃないかと思うんだが。
「ひどーい。女の子は匂いに敏感なんだよ。なのに……えーんえーん」
アトリーがウソ泣きを始めたせいで、なんだか周りがヒソヒソしながらこちらをチラ見しはじめる。
やばい、このままだと俺が悪者みたいじゃんか。
結局、俺はアトリーに押し負けて、20万もの大金を払ってこのマギナカードを買うことになった。
アトリーは大喜びしながら俺に抱きついてきたものだ。俺たちの生活費は残り10万になったんだけど、こいつが喜んでるから良しとするか。
……でもこんな調子で大丈夫なのか、俺たち?