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『裏の世界』

作者: Sady
掲載日:2016/12/27

『裏の世界』


製造業社は心と体を別に作り、最後に機械で織り合わせて心を体という箱に詰めていく。製造業社で働く人々は、アルバイトが主で、管理者のみが正規雇用者の社員である。アルバイトは意外と器用で、社員よりも細かい仕事が得意で且つ、よく働く。


アルバイトの西野雪子ニシノユキコは、社員よりもよく働くその1人である。雪子は、1990年に岩手県、遠野市で大寒の日の夜に産声を小さく上げた。あたり一面は雪だらけで、カッパ淵は要所要所凍っていた。今思うと、到底カッパの住処として適していなかっただろう。未だにカッパ淵でカッパが発見された事例がないため、カッパの存在を怪しんでる市民がほとんどである。しかし、それ目当てで観光客がよく来るので、ない事にはできない遠野市にしては、ある意味おいしい話である。そんな真冬日に、雪子は暖かくした田舎の家で自宅出産された。雪道を車で1時間かけて通らないと病院には行けないことから、自宅出産を決意した。母親である西野真白ニシノマシロもまた、真冬日に遠野市で生まれた為、真冬日に出産をする母親の辛さをヒシヒシと感じていた。真白は、雪子の産声の小ささを心配し、早急に病院に電話したが、多々ある話だと説明を受け、安心していた。


雪子が3歳になる頃、家族でジャズピアノを聴きに行った時に、雪子はピアニストになる事を目指した。しかし、ジャズの世界を知る前に、クラシックのピアノの世界を知って欲しかった真白は、雪子にピアノを習わせる事にした。覚える事が苦手だった雪子はピアノに相当苦戦した。上手いとは言えない雪子の演奏は、しかし周りをのみ込んでいった。雪子のピアノには雪子自身の情が全て乗っており、眼を瞑ると寒色の色彩が脳内でアイススケイトをし始めた。物静かな雪子に寒色の色彩はぴったりだった。


15歳になり、中学生の部で初めてピアノのコンクールで入賞した。それまで、続けてはいたもののシャイな性格なこともあり、発表会の時にはいつも上がって雪子自身の本来の演奏ができなかった。そのため、念願叶っての入賞に真白は嬉しさを隠しきれなかった。入賞に大喜びをした真白は、貯めてきたパート代を注ぎ込んで、グランドピアノを買ってやった。しかし、雪子はピアノは好きだったものの、ジャズをやりたくてピアノを始めたため、グランドピアノを買ってもらった事に対して大喜びできなかった。そして、母親にクラシックピアノを辞めることを相談した。真白はショックを受けたが、ピアノはこれからも続けるという雪子との約束をして承諾した。それから雪子はジャズに没頭した。リズムの感じ方から全てがクラシックピアノと違ったため、初めは苦戦していた。しかし、ジャズが好きだということで、コツを掴むのは早かった。それ以来、学校の登下校時の足のリズムに合わせて、裏打ちをしてみたり、三連符を練習してみたりしていた。同じ学校の友達たちにはその姿が滑稽だった様で笑われたが、そんなことを雪子は気にもせず、自分の世界に浸りながら日々の練習に熱中していた。「ッタッタ!ッタッタッタッタァーダ!!」「ズーダッダーダッダーダッダー!」「ッズダッダーダー」様々なリズムを刻み「これ使える。」と1人でニヤけた。


18歳になり、学生として最後の年になり、想い出を残したいということで、文化祭でジャズピアノを演奏することにした。あがり症の雪子は一人で演奏することを避けるため、吹奏楽部のエーストランペッターである高山鳴子タカヤマナルコにセッションの依頼した。鳴子はジャズは苦手だったけど、普段口数の少ない雪子の依頼ということもあり、押されて承諾をした。幸い、ハイトーンが良く鳴る鳴子のトランペットの音色はチェットベイカーを思い出させる少し燻んだ綺麗なジャズ向きの音色であった。文化祭ということもあったので、皆が知っている様な王道曲を演奏する事に決めて、選曲を開始した。「見上げてごらん夜の星を」をジャズ風にアレンジして演奏する事にした。二人の音色からは「しっぽり」としたこの曲がちょうど良かった。本番当日、二人は緊張していたが、曲の前半を超えると、二人共、曲の中に入り込み、ミルクティーの様な滑らかで綺麗なハーモニーを奏でていた。そして、終わった後、観客から今までに聞いたことのない様な歓声を浴びた。歓声の大豪雨を浴びた後、二人の眼には微かに虹が見えた様な気がした。文化祭以降、二人は仲良くなり休みの日には一緒に映画や演奏会を聴きに行く仲になっていた。鳴子は、高校を卒業後、都内の音楽大学へ行きクラシックを学びたいという強い気持ちから日々勉強に励んでいた。そして、ふと、鳴子が「雪子は卒業後どうするの。」と雪子に尋ねた。「…」沈黙の後に、「大学へは行かずに、都内へ出て、アルバイトをしながら、ジャズピアニストを目指す」と小さく冷たい声の中に太くて強い芯を持って鳴子に言った。


2年後、雪子はグランドピアノを連れて東京にいた。東京で一人暮らしをしながらプロのジャズピアノ奏者を目指していた。しかし、演奏依頼はちょくちょくあったものの、それで食べていけるほど貰ってはおらず、アルバイトをして生計を立てていた。ギリギリのところで暮らしていた雪子は、「儲かるバイト」というキャッチコピーに惹かれてよく分からない製造業のアルバイトをする事になっていた。


死者の細胞から身体を再構築し、精神を埋め込むという作業がアルバイトのこなす作業なのだが、実際は殆ど機械によるもので、アルバイトが手を加える場所は、機械により抽出された細胞を機械のある場所に入れるという作業。精神はスーパーコンピュータによりプログラミングされたチップが身体の細胞と機械の中で結合する事により、生み出される。実際にアルバイトは、死者から人を作成するというこの違法製造業の仕組みを全く説明されておらず、ただ、働かない社員が「やれ。」と指示したことを黙々とやるだけである。幼い頃からピアノをしている雪子は手が器用でこのアルバイトには向いていた。作業でミスをすると、機械のランプが赤く光り、一度停止し再度、細胞を機械に挿入する様に支持される。そして、再度挿入すると、また動き始める。この繰り返しである。


この違法製造業社「gene reproduction」は1988年に富士山響フジヤマヒビキの亡き娘への強い想いから創設された。そして、1990年に漸く、第一号の人造人間の完成を迎えた。人造人間は、人間が機械と共に技術を駆使して、死者の人体から細胞を抽出し新しい身体を再生産し、以前とは違う生命体である人間として再びこの世に生み出される。しかし、寿命で死んだ人や、高齢で亡くなった人の細胞は使用できない。そのため、対象となる人間の細胞はは小さいうちに亡くなってしまった子供の細胞である。そのため、「gene reproduction」は「亡き子を再び違う生命体である人間として蘇らせる」ということをスローガンとして掲げている。


本名、富士山響は1950年に富士山フジサンの麓の「ヤッホー」の声が響く所で産まれた。富士山フジヤマという苗字であったことから両親は「富士山響」と単純な想いから名付けた。バリバリの理系一家で育った響も理系の道へと進んだ。そして、東京大学理科三類を出た後に、大手企業の研究職として就職するが、我が子の死をキッカケに某大手企業を辞職し起業した。


「なぜ我が子が死んでしまったのか。」


夜になるとこの様な言葉が響の心に鳴り響き、ある曲が心に奏でられる。そのため、響は星を眺めて心を落ち着かせてから寝る事にしていた。そして、漸く第一号の完成を迎えた。その第一号とは、響の亡くなった子供の細胞から再生産された新たな人造人間である。我が子を新しい生命として再びこの世へ蘇らせる事に成功したことに、響は大きな喜びと共にアディクトしそうな怖ろしさを覚えた。新しい生命には、以前の記憶はなくなり、別人としてこの世に生きる事になる。しかし、我が子の細胞から生まれたということもあり、嬉しさのあまり響は身震いを止められなかった。


アルバイトのある水曜日、雪子は東京で音大生として輝く鳴子と久々に喫茶店「ノーブル」でお茶をすることになった。東京で二人が会うのは初めてである。そこで、高校生時代の文化祭の話などを懐かしみ、想ひ出に浸り多くを語り合った。最近のトランペット事情から、恋愛事情まで様々な話で話題が尽きなかった。これが、ガールズトークかと少し裏拍を刻みながら雪子はニヤけた。裏拍でニヤける気持ちは雪子以外の誰にも分からない。時間が過ぎるのは早く、雪子のアルバイトの時間が迫ってきた。そのため、惜しみながらも、鳴子と次回の遊ぶ約束をして別れた。


細かい作業が得意で、普段はあまりミスをしない雪子は、喫茶店でのお茶会を思いだし、文化祭でやった「見上げてごらん夜の星を」の裏拍に苦戦した事を思い出し、「ッズダー」に思考を乗っ取られていた。そして、赤いランプが点灯し、いつもは鳴らない「バーオンバーオン」という警報機が鳴り響いた。それに驚いた社員は、読んでいた会社の資料を手から落とし慌てて雪子の方へ飛んできた。警報機は誤作動だったということもわかり、再び、作業へ戻り、改めて細胞を機械の中へと入れた。するとまた、スムーズに機械が動き出した。


それから3時間後、22時に雪子は漸く水曜日のすべての作業が終えた。アルバイト終了後、タイムカードを押し、私服に着替え帰宅しようときた時、社員が落とした資料が残っていることに気がついた。普段から会社の資料は絶対に見てはいけないと言われていたのだが、社員はトイレに行ってたのか席を外していたので、優しさからその資料を拾ってやった。その資料には、年、出身地、第何号、名前の順で名簿の様な何かの一覧が書かれていたのがチラッと見えた。気になり、それにざっと目を通すと、1990、静岡県、第一号、富士山鳴子と書かれていた。つい数時間前に鳴子と会ったことから、「鳴子」という文字に目がいったのだろうと思った。


その夜、鳴子に可笑しなアルバイトでの出来事をメールすると、鳴子は電話をかけてきた。



「まさか、雪子がそこで働いてたなんてね…」


雪子は鳴子の言葉をあまり理解できなかった。

心臓のリズムは変にad libをきかせていた。

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