前準備
十二月十七日 午後五時〇二分 学校教室
「響、今年のコミ○はどんなコスプレ、する予定?」
「ん? ん~、歌って踊れるアイドルゲームのキャラか、今流行ってるガンナータイプの魔法少女かなぁ。どっちも資料を全然揃えてないから、衣装も、衣装の素材もどんなやつになるか分からないね」
放課後、雲一つない快晴の空から傾き降り注ぐ暖かい夕陽を浴びながら窓際で日向ぼっこをしていた私のもとに、わざわざ隣のクラスから訪ねてきたのは高価なデジタル一眼レフカメラを首から下げている友人の如月音羽だった。
身長は一四〇センチ弱くらいで女子の中でも前から数えたほうが早い背が低い分類に入り、常日頃から持ち歩いているデジカメとうさぎの耳のように見えるリボンでくくったツインテールがよく目立つ私の友人。童顔で切れ長の瞳、いわゆるジト目の持ち主。見た目だけならツンデレの代名詞みたいな格好、にも関わらず、その言動は不思議ちゃんそのものだったりする。私はそのギャップが好きだけど。よほどのことがない限りは変わることがない、その無表情さも周りに不思議ちゃんと言われる所以なのかもしれないね。そしてなによりも、音羽の特徴を語る上で欠かせないのは、胸にくっついている脂肪である。小柄な身長に不釣り合いなデカすぎるEカップというバスト! 小柄だからこそ目立つ目立つ、揺れる揺れる。目の保養になりすぎて困る。主に男子と私が。リアルロリ巨乳が私の目の前にいる幸せ、プライスレス!
おほん……そんな音羽が言った『コミ○』というのは、私たちが参加している春夏冬、各季節にあるこの国最大規模を誇る同人誌即売会の略称のこと。略さないで言うと「コミックマルイプレゼンツ同人誌即売会」なんて、無駄に長い名前の即売会なのだ。メインは「同人誌」と呼ばれる本の即売会なのだけれど、同じ会場の外では全国のコスプレイヤーたちが一堂に会するイベントでもあったりするため、自称コスプレマイスターと呼ばれている私たちもこのイベントにほとんど毎年、毎回参加しているのだ。
「私たち、はおかしい。コスプレするのは、響の仕事。自分はカメラ」
「仕事……ではないですけどね。趣味だし」
「私は仕事」
「そうですか」
仕事というからには給与が発生しているということだよね? 音羽は一体誰からお金をもらってるんだろうか?
と、ともかく、一年に三度開催されるコミ○が目前に迫っているということ。来週には終業式とクリスマスイヴが同時にやってきて、さらに一週間後には私たちが参加するコミ○最終日がやってくる。あぁ、なんとも忙しいのでしょう。
「響、虚しい」
「うっさいわ!」
えぇそうですよ、ある意味ではヒマだと言えますとも。この十八年間、年頃の男子と一緒に年越しをするなんて素敵イベント、経験したことありませんから。家族でそばを食べるか、音羽と一緒に年を越すかですよ。ホントにいるの? 空想上の生き物なんじゃないですか? 彼氏なんてものは。あ、いや、いるにはいるね。ちょっと私とは次元が違って、XとYでしか構成されてないのが難点の彼氏が。早く出てきてよ! むしろ、こっち側から行ける技術を開発してくださいよ!
一人憤慨する私の肩に後ろからポンッと手が置かれ、振り返ってみると目の前にはなんとも哀れみに満ちた表情をした音羽の顔があった。
「響、もう、止めよう」
ははっ、なにをおっしゃる音羽さん。私のなにを止めろと? 私は別に止めるべきことはしておりませんよ。私は全世界の女性を代表して、代弁しているだけなんですけど? 平べったいあの子を立体に出来るなら、立体の私たちを平べったく出来るのも時間の問題ではないのですかと、言っているだけです。異なことを言うお方だ、はははっ……はぁ。
「気は、済んだ?」
「はい。気がすんだような気がしているような気がする」
「ならば、良し」
別にいいじゃない。一年を締めくくる年末に、他人から引かれてしまうような自分の趣味に充ててもさ。そりゃあ、最初は家族の猛反対っぷりは凄かったですよ? お父さんには怒られるし、お母さんにいたっては泣いたぐらいだし。「こんな気持ち悪いマンガの服を着て、写真を撮られに行くだけなんて何を考えてるんだ」って。でも、好きになっちゃったんだからしょうがないじゃん。それに、旅費だって自分で稼いで使っているんだから、文句は言ってもらいたくない。なんてことを逆切れ気味に説明したら諦めたのか納得したのか、翌年からはなにも言わなくなったのも事実。
「けど、一年の節目、家族で祝うことも大切。たまには」
「……私の心の声にツッコミはしてもらいたくないなぁ」
「言葉、漏れてる。響、君は口をアロンアルファで固める、ぐらいのことをしたほうがいい。気にするのであれば」
そんなことしたらご飯とスイーツ、食べられなくなるよ。嫌だよそんなの。できれば飲み物もほしいし、友だちとおしゃべりしたいからなぁ……。
「ツッコむべきところ、そこじゃない」
やめよう。まるで私がバカみたいだから。
「大丈夫。もう、バカ」
「っうるせえ!」
――こうして改めて日記を読み返しながら書いてみると、私の発言はバカそのものだったんだね。第三者視点にするだけで、自分のことがここまで浮き彫りに出来るのは意外かも。そもそも、この日記をつけている時の私は、どんなことを考えながら書いていたのかが気になるところ。
他人よりもバカだという自覚はあったけれど、勉強ができないという意味でのバカなのか、日本語が不自由という意味でのバカなのかで、その差は大きく違う。私の場合はどちらの意味でもバカなのかもしれない。全く……自分のことながら、救いようのない性格をしてしまっているね――
とにもかくにも、私たちはその再来週に迫ったコミ○に私はコスプレイヤーとして、音羽はカメラマンとして参加することにしている。一年に三度、春夏と冬に開催される世界規模で見ても最大と言われる即売会イベント。国籍を越えて、人種を越えて、同じ共通の趣味を持った人たちが三日間で数十万人集まるコミ○。会場はもうそこら中にひしめく人、人、人で埋め尽くされる。まさしく、
「はーっはっはっはぁー! 見ろ、人がゴミのようだ!」
「響、うるさい」
……そんな感じで、某大佐の有名なセリフを言えるほどの人が来る。人ごみが苦手という人にはこれほどツラいイベントもそうそうないだろうけど、イベントにやって来るほとんどの人は自分の苦手意識よりも欲望が優っている方々だと思われるので、おそらく五分五分なのかもしれません。私は即売会場である本ホールには用事が通過しかないから、ただの一般人による予想だと思ってください。まあ、通過と一言に言っても、押し寿司のような状態になっている会場を抜けるだけでも精神の摩耗がハンパないですけど。
しかし! 今年は運がいいことに、会場のすぐ近くにあるホテルの予約が取れたことは私たちにとってかなり大きい。具体的に言えば、普段よりちょっと高級なシャワールームを使えて、身体を朝に洗えることでのモチベーションの上がり方が。あぁ、ツヤツヤのタイルに弾ける水しぶき(たぶん)、防水加工完璧なシャワーカーテン(たぶん)、ふっかふかでホテルのロゴが入っているバスタオル(たぶん)、自分でもちゃんと持って行くけど用意されているシャンプー&リンスとコンディショナー(たぶん)、バスローブから見える音羽の綺麗な肢体。はわぁ、テンション上がる……。
「聞け」
ズブリと、瞼越しに音羽の指が私の両目に刺さる。
「いっ――たーいわ、ボケ! 私が目を閉じてなかったら失明してるぐらい痛いよ、今のはさすがに」
「響、人の話聞け」
なんなのよぉ……。だからって、目刺しすることないでしょ。眼球が潰れたらどうするのよホントに。痛いなぁ。今ので眼球、奥に行ってたりしない? 大丈夫?
「話を聞いていなかったことは謝る、ごめん。でも、音羽もやりすぎ。私に謝って」
「向こう、到着した日、行きたいところ、ある。付き合って」
その前に謝って。私の目を刺したことを謝って! 傷害罪で訴えてもいいぐらい痛かったんだから、早く謝って!
「沈黙は、了承とみなす」
「元々拒否する理由がないもの。別にいいよ……」
「なんで、怒ってる?」
「ふてくされてるんです」
「…………可愛い顔、台無し」
えへぇ、そ、そうかなぁ……無表情な音羽に言われても、あんまりピンとこないけど、素直に嬉しいな。できればもっと、褒めてほしい、かな?
「秋葉原、行く予定。響も、予定立てておく」
なんだこれ。結構マジにモジモジしてた私が恥ずかしいじゃない。しかも、冷静に考えてみたら私、音羽に謝られていないですけど? なんで涼しい顔してメモ帳を取り出して見ているんですかね。私の言葉は無視ですか、音羽さん。
とまあ、表情一つ変えずに私を無視する音羽の態度はいつものことなので、傷つきはするけれど私もさほど気にはしない。いちいち気にしてたら音羽と友人関係を築くなんてことは無理だし、ストレスできっと禿げる。この歳の女子で、ストレスによって禿げるのはさすがに勘弁していただきたい。
「葉月さん、少しいいかしら?」
「おろ?」
コミ○の予定談義で音羽と盛り上がっている私たちの元にやってきたのは、黒フレームのメガネをかけた、いかにもそれっぽいクラスの委員長である今給黎さんだった。下の名前は一年時の自己紹介のときに言っていたのだけど、頭の記憶力が弱い私の脳細胞にはすでに残っていなかったりする。なんとか……かんとかだった気がするのは確か。
身体は日本人女子平均の一五七センチぐらい。計算しているのかと思えるほど、身体の真ん中に一本通した三つ編みで、曲がったことは大キライざますとか言いそう。いや、流石にざますはないね。イメージがそんな感じということで。学校の仕組み上、私たちは三年間一緒のクラスだったのにも関わらず、そこまで積極的に会話をしたことが無かったから、多分、お互いによく知らないと思う。
そんな委員長が私に話しかけてきたことが驚き。今まで連絡事項ぐらいでしか会話をしたことないし、委員長から接触してくるなんて滅多になかったから。
「どうしたの、委員長。私になに用?」
「その呼び方はヤメてと前に言ったはずだけど……まあいいわ。今日の掃除当番、貴女だったでしょう? サボらずに参加してね、ということと――」
委員長はそこで言葉を少しだけ切って、鋭い眼光で私を、正確には私の後ろにいた音羽を睨みつけながら、
「他のクラスの人間を招くのはあまり感心しないわね」
と、音羽にケンカを売るような口調で強く言った。ケンカを売られた当の本人はさして気にするようなこともなく、委員長の怒気が含まれた言葉をさらりと流しながら売られたケンカをさりげなく買う。
「インテリア科の委員長、他のクラスの人間を招いてはいけない、なんていう校則は存在しない。堅苦しい」
「普通科の如月さんだったわよね? 私は別に貴女をこのクラスから追いだそうとしている訳じゃないの。校則にも他クラスの人間を、自クラスに招いてはいけないなんていうものはないと知っているわ。ただ、貴女の友人に対して感心しないというだけよ」
「その発想が堅い。リラックス」
「……くっ」
ある理由から、クラス委員長である今給黎さんは音羽のことを異常に嫌っている。別に私のクラスに出入りしている以外は至って真面目な性格をしている音羽なので、嫌われる要素があるとしたらもっと別の原因で、その原因を本人が自覚しているのを今給黎さんが分かっているのが問題なんだよね……。
「…………」
「…………」
音羽と委員長の間に得も言われぬ沈黙が流れる。その間に挟まれてる私も境地に立たされてる。二人も、そのことに気づいて~。
「まぁ、いいわ……じゃあ葉月さん、掃除はよろしくね」
そう言って委員長は音羽に一瞥をくれて教室を出ていった。本当にただの連絡事項だけだったのね。なんだか寂しい。
「あれって、音羽をクラスに招いてる私を嫌っている……わけでもないよね?」
「うん。彼女は、この子を持ってきてる、私を嫌ってる。たぶん」
音羽が言った「この子」とは、音羽が常に持ち歩いているデジカメのことで彼女の代名詞でもあったりする。コミ○での自分の仕事をカメラと言うほど写真を撮るのが好きで、暇さえあればどこそこに出かけているとかいないとか。もちろん、授業を抜け出してまで写真を撮ってくるなんてことはなく、わざわざ同好会を設立して、合法的に学校にカメラを持って来られるようにしている。
少しだけ話をズラして……堅物な人というのは、大体が規則と呼ばれるものにこだわっていたり、縛られていたりする人のことだと私は思う。あと秩序も含むだね。本人にとってはそれが普通のことなので、指摘をしても「そんなことはない」と突っ返されるのもお約束の一つでもあったり。
今給黎さんも周囲の人たちから見ればそんな堅物の一人。委員長という立場に自ら志願したのも、曲がっていることが許せないのも、学生が学生らしくあるために自分が徹底させることを選んだから。今給黎さんが音羽を嫌っている一番の理由はそこ。同好会は費用が出る部活とは違って、様々なものが個人負担。それでも一応、学校に認められてしまっている立派な活動なのである。たとえ首から掛けている一眼レフカメラが制服に似合わなくても、学校の授業には一度も使わなかったとしても、活動として認められている同好会では必要なのだから持ってきてもいい。ことが今給黎さんにとって音羽を許せない、嫌っている大きな理由だと思う。本人に直接聞いたところで、答えは分かりきっているから聞きませんが。
「いやぁ、委員長もツンデレだよね~。あそこで『これは貴女のためを思って叱っているのよ』なんて言ったら、もっと完璧だったのに」
「響、その使い方、おそらく間違い。初期のツンデレは意中の異性と二人きりの状態でデレが現れるキャラクターのこと。中期は出会った当初はツンツンして、親しんでくると他人の目もはばからずデレるキャラクター。最近は極めてたまにデレが現れる、もしくはイベント終了時にデレが現れるキャラクターのこと、だと思う。現在の主流で言えば、彼女にデレはない。ただのツン、だけだから、ツンデレの定義、当てはまらない。口調だけで判断、よくないよ」
なんか音羽の説明が本気過ぎて若干ヒクわ。
分かってるの、そんなことは。最近のツンデレさんは理不尽な暴力が許されていたり、最初にツンツンしていればツンデレと言われてしまう曖昧さだってことぐらいはね。でもね音羽、物語において明確なキャラ付けというのは、非常に大切なコトなんです。音羽の言う最近の主流に合わせれば、周囲の人間に一人以上はツンデレさんがいないと盛り上がらないのよ。あとね、音羽、あなたは知らないと思うけど、彼女にデレはあるんだよ。ふふっ。
「響、急にニヤけると、キモい……いや、気色悪い。つまり、きしょい」
「言い直しても意味は一緒だよ!」
音羽の言葉にツッコミを入れつつ、私は音羽に教室の外で待ってもらい掃除道具を取り出して教室を軽く掃いていく。あぁ、何だかんだ思いつつもこうやって委員長の言葉をしっかりと実行している私、素晴らしい! 褒めて、誰か私を褒めて!
「うん、空しいね」
寂しく教室内に木霊する自分の声を聞いて、なんとなーく冷静になった私は手短に教室の掃除を開始した。
「――よし、こんなものかな?」
ホウキとちりとりを仕舞って、黒板消しをいつもの所に。あとはズレてしまった机を戻して終了! ふぃ~、疲れた。
机に置いていたバッグを持って、廊下で待っていた音羽の元へと駆け寄る。音羽はちょうど、廊下の窓の外に見える枝に翼を休ませていた小鳥をカメラで写しているところだった。
「おまたせ、行こうか?」
「ん、分かった」
私たちは各クラスが使用する普通の教室がある棟を抜けて、玄関口へは向かわず、授業や部活が使用する実習室がある棟へと向かう。というのも、実習棟にある家庭科室でとある部活動に入っている人に用があるからなのだ。ちなみに、実を言うと私たちにも部室があったりする。同好会なのに。一度も使用したことはないけれど。
実習棟に入り、そのまま踊り場を抜けて階段で三階へと上る。三階と聞くと、あまり大したことのない高さに聞こえますが、一階にある実習室は普通の教室の一・五倍ぐらいの大きさがあるため、私たちが普段使用している家庭科室は実質、四階ぐらいの場所に位置しているので上るのがキツイキツイ。その昔、この実習棟にエレベーターを設置する計画が立っていたそうなのだけど、若いうちは足を使えという、なんだかよく分からない先生側の理屈により却下された。ならせめて、渡り廊下ぐらいはつけてほしかったけどなぁ……。
「私たち、三年教室が、三階と四階にあるのも、問題」
そう! そうなのよ! 普通の座学授業をする教室棟は四階建てで、一階は職員室や宿直室など、教員が使う場所があるのはまだ、納得はできないけども妥当とも言えなくもない。で、二階から順々に一年生、二年生、三年生が入る教室が割り当てられている。学年が高くなるのと比例して教室の位置も高くなるのが一番の問題。一年時に比べて倍以上実習が増え、この実習棟を使う機会が増えるのに、なんで私たちが一番苦労しなくちゃいけないのよ! 苦労して下がった分、また上る手間といったら……。
なんて、文句を言ったところで割り当てが変わることもなく、あと数ヶ月で卒業の今さら変えられたところで困りますがね。
「最初に気づかなかったのかなぁ~。少しは生徒の気持ちも考えてほしいよ」
「自分たち、楽できればいい。多分、それだけ」
それで、私たち生徒には苦労しろと。理不尽だな、大人って。
文句を言いつつも、なんとか実習棟の三階まで上った私たちは、階段からさらに奥へと進んだところにある家庭科室の前までやってきた。
ガラガラと実習室の扉を開けて、我が物顔で中へと入る。
「こんにちはー」
「どうも」
「……なにか?」
家庭科実習室に残っていた生徒は一人だけで、ミシンに向かっていた顔を少しだけ上げて、教室にいきなり入ってきた私たちをガン見してくる。というより、私だけに向かってガンを飛ばしてくる。胸元に付いている学年を示すバッジの色は赤色で、私よりも後輩だということを表しているのに。
「おやおや~? 先輩が遊びに来てあげたのに、その態度は無いんじゃないの? 後輩君。生意気な態度とってると左遷しちゃうぞ」
「そうですか。遊びに来られただけなら帰ってもらってもいいですか? ハッキリ言って邪魔なので」
「おいおい、どうします? この後輩、ちょっと先輩をナメてますぜ?」
「いつものこと。気にしない」
音羽はノリ悪いなぁ。そこは「許せませんな、まったく」とか言う場面だよ? 私だけなんだか周りから放置されてる可哀想な人みたいじゃん。ノッてきてよ。
そんな私の心情を察することなく、音羽はスタスタと後輩君の元へと歩み寄って声をかける。
「調子どう? 作業、進んでる、鳴ちゃん?」
「はい、まあまあですね。イベントまでには間に合う予定です」
「そう、良かった」
ナメられてるのは私だけでしたか。まあ、彼女の態度はいつものことなので、私もあまり気にはしていませんけどね。少しはショックだけどね。
「って、あれ? 衣装の資料とか用意してなかったけど、自分で用意したの?」
「えぇ、どこかの『バカ』が持ってこないので、自分で用意したよ」
「偉いねぇ」
「響、少しは自分で行動。鳴ちゃんばかり、任せてはダメ、姉として」
「そうですね……」
なにを隠そう私に対してナメた口調をしてくるこの後輩、今年の春に入学してきた葉月鳴は私の実妹である。学校のインテリア科に所属し、裁縫部に入っている、血の繋がった正真正銘の妹。私とは違い品行方正、明朗快活、文武両道、良妻賢母な実に良く出来た妹。あれ? 良妻賢母の使い方って間違ってる? ま、いいか。長い髪の毛をうなじ付近で二つに分けて結ったアンダーツインテール、私にしか飛ばさない鋭い眼光を備えたつり上がった目を持つシャープな顔、私に比べれば少しだけ物足りない胸、学校の規則ギリギリまで上がってるスカートから見える絶対領域……は、残念ながら装備していない。ニーハイソックスを履いて絶対領域を装備すると私が喜ぶため、普通のハイソックスを履いている。歳相応の女子高生らしい、特にイジリがいもない格好の我が妹と言える。
私の繋がりで音羽とも交友関係にある鳴だけど、姉の私には向けられない熱い視線を音羽にはなぜか送る子。鳴いわく、「誰かさんと違って、音羽さんは私が尊敬できる将来の目標と実力をしっかり持っているから」だとか。音羽だって同じオタク系女子だというのにこの扱い。姉として悲しくなります。
「アイドル、衣装?」
「そうです。資料はそのゲームを知っている友だちから借りました。デザインが良いとは思えませんが、作るには面白そうです」
「ハマる?」
「音羽さんが勧めたとしても、それはありえません」
「残念」
音羽に言われても首を立てに振らない鳴のオタク趣味嫌いは、今に始まったことじゃないからねぇ。
「女の子しか出てこないマンガが好きって、どういう神経してるか疑う。なんだろう、同じ人間として性格が最低っぽい」が鳴の根底にはあるらしく、私とは真逆の思考回路をしてる。そんな偏見を持っていたら製作者に失礼でしょ。女の子が好きな女性だっているんだし、可愛い物を愛でたいという気持ちは母性本能の現れだよ? なんて説明しても、理解できない人には理解されないのが悲しいですよね。ま、私だって無理に理解してもらおうなんて思わないし、必死になって勧めることもしたくない。人にはそれぞれその人に似合った場所があるから。テレビのゴールデンタイムで声優さんやアニメの話題が出てくると、即効チャンネルを変えてしまう鳴には似合っていない場所ってだけ。
そんなオタク趣味嫌いの鳴がどうして私のイベント用の衣装を作っているのかというと、最初から説明すると長くなってしまうので短めに。
鳴には将来なりたい、やってみたいと語る明確な目標がある。それは自ら服をデザインして販売するお店を持ちたいというもの。そのために、服をお客さんによりよく見せるお店の構造、購買意欲を奮い立たせるインテリア雑貨の知識などを得るために、この学校のインテリア科に入学してくるという徹底ぶり。
「ファッションを普段着で、普段着をファンションに」を口癖にして、敷居が高い服のコーディネートをもっと身近に感じてもらいたく、自分がその先導役になれれば良いなということらしい。誰にも会わない、外に出ない休日は上下スウェットかジャージの私を見て、特に強く感じたとも前に言われた。
だからこそ、デザインはゲームやアニメで固定されたものだけど、その素材、裏地などは自分で考えないとうまくいかないコスプレの衣装作りを、嫌々ながら後学と練習のために手伝っている、というわけ。もちろん手伝いをしているのは主要なイベントの時だけで、普段は街でウィンドウショッピングをしながら勉強の毎日だそうな。真面目だねぇ。それだけ本気になれる目標があって、そこに向かってひたすら頑張っている姿にお姉さんは感動です……うぅ。
「急に、泣いた」
「キモいなぁ……いや、きしょい」
「だから、言い直しても意味は一緒なの!」
三人寄らなくても姦しい私を二人でイジメるのはいつものこと。こんなやり取りをすでに四年ほど続けている、もしくは続けられている。ふふっ、道化師というものは、いつになっても損な役を演じているんですよ。でもね、それで周囲が和んでいただけるのであれば、私はいつでも道化を演じましょう。
「なに言ってんの、この人」
「響、頭、診てもらう?」
まったくもってヒドい友人と妹である。大真面目な顔をして言っているあたりが特に。
「じゃあ、これからの予定をサラっと流そうか」
「あ、逃げた。チキンだチキン」
「逃げ足、一級品」
「だまらっしゃい!」
こんな感じで私たちは会話を前に進めることもなく、部活の終了及び下校の時間を今日も迎えることとなってしまった。
「えっと、このままでは埒があかないのでまとめます。そこ、いきなり仕切り始めたとかつぶやかないの。オホン……鳴には今作ってもらっているコスプレ衣装をそのまま進めてもらうとして、私も家に帰ったら間に合いそうにない部分は進めておきます。例年通り全体チェックを入れたいと考えているので、締め切りは今週末ね。土日に私と音羽は買い出しに行って、翌クリスマスイブはパーティを開催しますので鳴は準備をお願い」
「今年のクリスマスパーティはムリだよ? もう予定、入ってるから」
「な……に……? お、男ですか? 鳴に男ができたのでぃすか?」
「擦り寄ってこないでよ、気持ち悪いな……違います、同じクラスの友だち。なので、今年は音羽さんとパーティができないんですけど、いいですか?」
「気にしない。高校の友人、大切。私たちとはいつもしていた、こういうこともある」
「ありがとうございます」
「妹君よ。音羽さんと、とはどういう意味かな? そこは普通、姉さんたち、最悪でも音羽さんたち、ではないかな?」
「そろそろ、帰る」
「そうですね」
ほらきた。出た、出ましたよこの扱い。チリにも等しい存外な扱い。
そんなわけで、鳴を含めた三人で衣装の打ち合わせをほどほどにして打ち切り、すっかり暗くなってしまった帰り道を仲良く下校することにした。
「あんたは、将来の目標とかないの?」
家の方向が違う音羽と別れた後、隣を歩いていた鳴が急にそんなことを聞いてきた。
「姉に向かってあんたって……別にいいけどさ。将来の目標、ね。特にはないかな」
「手先が器用なのに、それを活かしてみようとか思わないの?」
「思わないね」
「即答かよ……」
技術職って当たればいいけど、当たらなかった場合を考えたら結構怖い選択じゃないかなと私は思ってる。鳴みたいに将来、自分のお店を持ちたいと考えていたらなおさら。好きだからきっと続けられる、なんて考えだとしたらそれは楽観視し過ぎでは、とも。社会は気持ちだけで夢が叶い続けられるほど甘くはないはず。たかだか十数年生きてきただけの女子高生が、社会を語るには早いと笑われるだろうけど、私はそう思ってるから。
「だからさ、私は裁縫をするなら趣味程度でいいかなぁって。職業にするほど思い入れが強くないとも言えるけどね」
「ふーん」
「いいんじゃない? これは私の考え。鳴に押し付けようとは思ってない。学生なんだから、夢は首が痛くなるほど高いところにあって然るべき、だと思うよ?」
「然るべきだったら、あんたは学生じゃないの?」
もう、すぐに揚げ足を取るんだから。いいの、言葉のアヤってことで。
「とりあえず分かった。そういうことなら、今はとことん音羽さんに利用されていてもいいや。勉強になるんだから」
「えっ? 利用してるのはどっちかというと私じゃ――」
「お腹空いた。さっさと帰ろうか」
シカトされたー。姉としての威厳、ゼーロー。もう慣れっこなので構いませんけどね。別にいじけてなんていませんけどね。えぇ、もちろん。こんなことで心に深い傷を負うほど、私はもろくないんです。強い女の子なんです。
「帰るよ」
「はい」
見慣れたいつもの道を今日も鳴と一緒に帰る。空を見あげれば、無数にきらめく星の光。いつもと変わらない、帰り道。
――日記に書いてあったものをさらに書き起こしていくと、なんだか書いていて涙が出てきそう……。その日罵倒された言葉を一つ一つ覚えてる私は、意外にドMなのかな? このままだと切りがないし、そろそろ終わっておこう。
ここで一つ注意事項を、前記はあくまでもこれは私の周囲にいる人間関係が分かりやすく描かれている日記をチョイスして中から抜粋して端的にまとめたものであり、毎日こういうような説明的な日記をつけているわけではありません。
これが私の日常。私と私の周囲の人間模様。文句を言いつつも、言われつつも、隣を見ればかけがえのない人たちがいる、当たり前の日常。いつまでも変わることのないから当たり前だと思っていた。誰に代えられることもないから当然の人間模様だと思っていた。気づくのはいつも、出来事が過去に追いやられてから。振り返ってみなければ、それが当然だったなんて気づきもしない。
そして………………止めておこう…………――




