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世の中にはこんなに大勢の人がいて、でも自分は一人だった。
「こんな時間に何しているの?小泉さん」
突然知らない人に声をかけられた。
都は思わず不審な目で見る。
「…ああ、僕のこと知らないか。
隣のクラスの佐々木っていうんだけど」
佐々木と名乗った男は困ったように頭をかいた。
「で?佐々木君はどうしてこんな時間にいるの?」
今は夜の十一時だ。
高校生が歩くような時間ではない。
「塾の帰りなんだ」
そう言って微笑む顔は優等生という感じだ。
「小泉さんは?」
問いかけられて一瞬言いよどむ。
「…家出」
小さく答えるも慎には聞えたようだった。
「行く当てはあるの?」
当然ない。
ないからこんな時間に寒空の下でうろついているのだ!
答えない都に慎は言った。
「じゃあ、うちに来る?
ずっと外にいても寒いでしょう?」
その言葉に都は唖然とした。
まさか、そんなことを言われるとは思わなかったのだ。
「これから夕飯なんだ。
まだ食べてないよね?
一緒に食べようよ」
慎はそう言って笑った。
お腹のすいていた都は頷いたのだった。
慎の家は大きかった。
「すごい。豪邸だ」
都は思わず呟き、見上げた。
でも家には灯りがついていない。
誰もいないのだろうか?
「さぁ、どうぞ。広くて寂しい家だけどね」
慎は都を家に招く。
暗い廊下に電気をつける。
そうして慎は都を台所へ案内した。
「荷物はそこに置いて。
これからご飯作るから手を洗って待っていて」
そう言うと慎は台所に立った。
広くて綺麗な家。
でも人の気配がなかった。
都はすこし寂しく思った。
「ねぇ、親はいないの?」
「父さんは出張中。いつ帰ってくるか分からない。
母さんは小さい頃に家を出て行った。
今、どこでどうしているか知らないよ」
そう言って慎はテーブルに煮物とご飯を置く。
昨日の残りを温めただけだから、と慎は言った。
「これ、自分で作ったの?」
「当たり前だろ。他に誰が作るんだよ?」
普通高校生が作れるものじゃない。
しかも男なのに!
都は少し感心した。
それに誰かとこうして夕飯を食べるのは久しぶりだった。
「美味しい」
都が言うと慎は喜んだ。
何だか、同棲ごっこをしているようで楽しかった。
「じゃあ、明日は小泉さんが作ってよ」
「いいよ。私だって料理上手いんだから!
あ、私のことは都でいいから。
佐々木君の下の名前は?」
「慎だよ。じゃあ、僕のことも慎でいい」
分かった、と都は頷いた。
ご飯を食べると二人で片づけをした。
初めて会ったばかりの他人とこうして親しくしているのが不思議だった。
それに一緒にいてイヤじゃなかった。
「二階の僕の部屋を使って。
鍵がかかる部屋はそこだけなんだ」
慎はそう言って二階を指差した。
鍵?と都が首をかしげる。
慎は苦笑した。
「君は女の子でしょう?
誰もいない家なんだから、少しは警戒したほうがいいよ」
そう言われて驚く。
慎がそんなことをするようには見えないからだ。
「そこまで信用されるのも辛いね。
僕だって男だよ?」
君の部屋に忍び込もうとするかもしれない、そう言って笑う。
「そうは思えないけど、分かったよ。ありがとう」
気遣いが嬉しかった。
案内された慎の部屋はシンプルだった。
机とベッド、本棚には沢山の参考書と問題集。
勉強しかしてないのか!という部屋だった。
都は思わず微笑む。
この部屋の主のことを思う。
いきなり声をかけられた時は警戒した。
でも確かに、廊下ですれ違ったことがあると思い出した。
同じ場所で同じ時を過ごしているのに、話したことがなかった。
だから少し興味を持った。
どんな人だろう?
どんな話をするのだろう?
都は久しぶりにワクワクしながら眠りについたのだった。