黒に帰す
「武器を捨てて投降しろおぉぉ!!」
不意にドアが勢い良く開き、数人のパイリア兵士が飛び込んで来たかと思うとラザァの目の前の黒マントの男に銃口を向けた。
「くそっ!」
男は舌打ちをすると体を回転させつつ衛兵達に発砲しながら驚く身のこなしで厨房へと続くドアへと向かった。
「殺すなよ!奴には聞くことがある!」
思わぬ黒マントの銃撃で衛兵が1人怪我をしたらしいがすぐに体制を立て直して反撃をしていた。
「お前らに構っている暇はない。」
黒マントはそう口にしてマントの下から手榴弾を取り出して投げつけようとする。
「待てっ!」
なんとか立ち上がったラザァはそのまま黒マントに突っ込むと安全ピンを抜く前に奴の手からそれを奪おうとする。
「くそっ!」
取っ組み合いになるが大人の男、それも恐らくそれなりの訓練を受けていたであろう敵にそう簡単に勝てるわけもなくもつれ合うように2人して地面に転がった。
「取り押さえろ!」
ラザァと取っ組み合っていたせいで発砲出来ずにいたパイリア兵士の誰か1人がそう叫ぶと、ぞろぞろとこちらへ向かってくる。
「さあそろそろ観念して……」
「仕方ない……」
男はそう言うと急にラザァと取り合いになっていた手榴弾を手放した。不意に向こうからの力が抜けて面食らったラザァはそのまま後ろに転がり、駆けつけたパイリア兵士に激突する。
「あばよ。ラザァ フラナガン。」
男は懐から新たに手榴弾を取り出すと安全ピンを抜き地面に放り投げ、背後のドアから厨房に入るとドアを閉めた。
「爆発するぞ!」
「俺の上からどけっ!」
手榴弾は安全ピンを一度抜くと再びピンを刺さなければ必ず爆発する。安全ピンは奴が持ち去ったので起爆を阻止する事は事実上不可能だ。
後ろでダンゴになっているパイリア兵士達の上から素早く起き上がるとラザァは地面に転がる手榴弾に駆け寄りそれを拾い上げる。
'''爆発の阻止は不可能、それならば少しでも被害を減らさなければ……'''
この密閉空間で爆発したならばラザァとパイリア兵士達はまず間違い無く助からないだろう。ならば……
ラザァは手榴弾を手にしたまま窓まで駆け寄ると思いっきり蹴り窓を破る。
'''頼む!間に合えっ!!!'''
「おらああぁぁぁ!!!」
ラザァは割れた窓からギリギリまで身を乗り出すと上を向き、手榴弾を天高く放り投げた。
「みんな伏せてっ!!!」
そのまま窓から体を引っ込めると未だに床に転がっているパイリア兵士達にそう叫ぶと自らもスライディングするように地面に伏せる。
「もう伏せてるよ!」
1番下の兵士がそう自虐気味に叫ぶと同時に窓の外から轟音と煙が飛び込んできた。
振り向き顔を上げて外を見ると上から燃えかすが雪のように降っているのが見えた、どうやら人的被害は出なかったらしい。
「あいつはどこに消えたんだ!?これはどう言う事だ!?」
「レスターさん落ち着いて……」
手榴弾の爆発による被害をなんとか防いだラザァとパイリア兵士が男の逃げ込んだ厨房に突入したあとのことだ。
確かにドアは1つしかなく、窓なんて明かり取り用の小さな、人なんて通れやしないサイズの窓しかない厨房から男の姿は消え去っていた。もちろん戸棚や冷蔵庫の中まで全て調べたが奴の姿はおろか痕跡すら見つける事は出来なかった。
'''ここに奴が現れた時の状況も考えるといよいよテレポートのような能力を持っていると考えなければいけないのか?'''
思えばこの建物にたどり着く前の喫茶店や路地裏でも奴は移動手段が謎に包まれていた。魔法のような能力を持っていると考えるべきかもしれない。
「あの、すみません。」
ラザァは憤っているパイリア兵士の1人に声をかける。
「ん?」
「奴はここから逃げた時だけでなくそれまでにもこんな風に見られる事なく移動していました。壁でも通り抜けられるんじゃないかってくらい。魔法でこういう能力は実際存在するんですか?」
思っていたことを素直に口にする。
「うーん、高位の魔法使いなら可能だとは思いますけどそんな人がパイリア入りしたならばオードルト議長や城の魔道官が気がつくと思います。少し城に確認してみますね。」
「すみません、お願いします。」
そう言うと兵士は電話をどこかにかけ始めた。
「魔法使いでなかった場合、一体なんなんだ?」
いまいちこの世界における人外や異形の存在、怪異現象についてはわからない。
異形の存在と言えばミラから折り返しの電話は来ていなかった。力を借りたい時だというのに……
'''ん?ミラ?'''
ラザァの頭の中にある1つの仮説、この現象を上手く説明できる仮説が思い浮かんでいた。




