漆黒の襲撃者
ゴクリと唾を飲み飲む。喉はすでにカラカラで唾液一滴の感触もよく伝わってくる。
チラリと横目に見るとエリーは腰が抜けたのか走るどころかその場から立ち上がってすらいなかった。
「エリー!はやくここから逃げて!!」
「逃げてって、ラザァ!あなたはどうするの!?一緒に逃げないと!!」
エリーはようやく立ち上がったがそれでも足取りは怪しく、表情には不安しか見えない。
「あいつの移動方法がわからない以上誰かがあいつをここで足止めしていないと!はやく行って!!」
奴はテレポートできているのかは不明にしても移動手段は依然として謎に包まれている。そのためには誰かがちゃんと見張っているのが1番確実なのだ。見張るのには当然戦闘が付き物なのだが。
ドアの向こうの音はだんだん近づいてくる。
「エリー!」
ラザァが叫ぶのと、エリーが出口目掛けて走り出すのと、厨房のドアが開かれ全身真っ黒の襲撃者が姿を表すのはほとんど同時だった。
1秒にも満たない時間でラザァは拳銃の引き金を引いた。敵は目にも留まらぬ速さでそれをかわすといきなり懐に飛び込んできた。ラザァの目は確かに黒から覗く銀色を捉えた。
'''ナイフか!'''
突如の近接攻撃をなんとか躱し、距離を取る。
敵は手に小型ナイフよりは刃渡が長く、剣と呼ぶにはあまりに細い刃物を手にしていた。
「剣術か……」
この間合いでは1発外せばまた飛び込まれる、そこまで射撃が上手くないラザァとしてはこのまま拳銃に拘るのは分が悪そうだ。
ラザァも拳銃を腰にしまい、腰からナイフを抜く。刃渡も切れ味もなんとも心もとないがこの際は贅沢なんて言っていられない。
ジリジリと間合いを図る時間が続く。どうやらエリーは部屋から出て階段を降りているらしい。ここまで足音が響いてくる。
「あんたの狙いも失敗に終わった事だしこのまま大人しく退散してくれないかな?」
ラザァの観察と推察が正しければこの襲撃者の狙いはエリーのはずだ、エリーは現在逃走中でラザァも時間稼ぎする気満々、そして援軍もそろそろ来るはず。敵としては状況は悪いのだ。
「順番が変わっただけだ、ラザァ フラナガンだな?」
その声を聞き、ラザァは二重の意味で衝撃を受けた。
まず1つ目、これは敵がラザァの名前を知っていたこと。
そして2つ目、その声はラザァが危惧していた事を大きく外し、イワン バザロフのものでは無かった。それどころかあまり聞かない独特のイントネーション、パズーム人やシヴァニア人、レレイクの村の住人とは大きく異なる人種らしいということだ。
'''どういうことだ!?今回の事件の犯人はバザロフでないにしてもシヴァニア人じゃなかったのか!?あるいは別の事件が同時に進行している……?'''
敵の無音移動の謎が解けないままさらに謎が増えた。それも厄介そうな謎が。
「順番?どういうことだ?」
名前の件が非常に気になるところだが極めて冷静に発言の意図を探る。順番?
「お前もどちらにしろ狙う予定だったということだフラナガン。こちらとしてもお前が生きていると色々と不都合なんだ。大人しく死んでもらうぞ。」
そう言うが速いか、敵はそのナイフとも剣ともつかない刃物を向けてラザァに飛びかかってきた。
「くっ!」
手にした刃物でなんとか斬撃を防ぐ。が、防ぐのに精一杯で反撃なんてできやしない。
'''敵が手練れだってのもあるけどこの武器はなんとかしたいよ。'''
手にしたナイフとそこらへんの遮蔽物を上手く使って攻撃をかわすがこれも時間の問題だ。ラザァの体力だって限りがあるのだから。
それに
'''敵は自分もいずれ殺す予定だったと言っていた。'''
それはつまり3カ月前の事件の関係者が標的だということは間違いないらしい、そしてそれはラザァとエリーだけでなくガレンやミラの身にも危険が迫っていることを意味する。
敵の数がこの1人だという保証はない、今こうしている時にもミラ達が襲われているかもしれないのだ。
'''単純にこの場から逃げてなんとかなる問題じゃないんだね。'''
ひとまずこの場を切り抜けるのは前提、その上でエリーを安全な場所に移してミラ達に警告をしなければ。
敵の攻撃をかわすなり続けてきたがそろそろ厳しくなってきた。というのも敵はむちゃくちゃに攻撃しているように見せてラザァを出口から遠ざけている。これでラザァも逃げるという目が無くなった。
「あんた何者だ!?」
3カ月前の事件を乗り切ったラザァの心理戦、そのつもりで敵の動揺を誘おうと声を掛けたのだが……
「黙れ。」
ガチッ!
短い返事と同時に敵がその細長い刃物を振るう。その瞬間、ラザァのナイフは宙を舞い、数メートル先に落ちた。
そしてラザァは壁際に追い詰められていることに気がつく。すべて敵の計算通りだったのだ。
「何か言い残すことはあるか?」
敵が喉元に刃物を突きつける。
「僕の同僚にはとても強い奴がいるんだぞ?」
死を目前にした今、ラザァの頭に真っ先に浮かんだのがあの銀髪青眼の少女だったせいか、ラザァはそんな事を口走っていた。
「それは楽しみだな、それじゃあ死ね。」
漆黒のフードの下から覗く口だけ動かし、表情を変えた様子もなくそう言い放つと敵は刃物を持つ手に力を込めた。




