路地裏の逃走劇
ラザァとエリーは暗い路地裏をひたすら走り続けていた。早く大通りに出たいのだが、ここらへん一帯は建物が密集しており人が通れない道も多く、現状路地は一本道になっている。
「なんなのよあれは!?」
緊張の糸がプツリと切れたのか後ろを走るエリーが声を上げる。
走りながら振り返るとどうやら敵は店を出て追いかけてきていないのか、路地裏に2人以外の人影は無かった。
'''僕らが店を出てから逃走ではなく迎撃を選択した場合、店を出る瞬間に狙い撃たれる可能性があるからそれで追ってこないのかな?'''
エリーを逃す事に夢中で気がつか無かったがこの一本道の地形は待ち伏せで銃撃するのに適している。敵もそれを警戒していたのだろうと勝手に自分の中で結論付ける。
エリーも緊張と走った事で息切れが酷い、ここらで様子を見るのもありだろう。
「いい?ここで身を低くしてて。」
エリーを路地の窪んだ位置に座らせると電話を取り出し、登録してあるリストを見る。
初めにかけたのはミラだが予想通りというか期待を裏切らずに見事に出ない。
次にかけたのはガレンで2コール目くらいでいつもの低い声で応答が返ってきた。
「ラザァか?デートしてるんじゃ無かったのか?」
「いいガレン、時間が無いから手短に言うよ。喫茶店で何者かに襲撃された、敵は銃を持ってる。」
おどけた様子だったガレンもラザァの言葉が冗談でもなんでも無い事を悟るとすぐに真面目な仕事モードに入る。
「本当か?相手に心当たりは無いのか?」
「それは……」
心当たりは無いが、手掛かりといえば敵の標的はラザァではなくエリーだったという事だ。
普通に考えれば曲がりなりにも城勤めに名を連ねるラザァの方が狙われてしかるべきだ。それにエリーの父親は既に3カ月前の事件の後に逮捕され軍の高官を退いている。完全に一般人と言って良いし、彼女を誘拐したり襲撃する理由が見当たらない。
そのエリーを襲った、その犯人の目的、意図はどこにあるのか。
'''恐らく3カ月前のあの事件に関係がある……'''
エリーは3カ月前の事件の時にテロリストに誘拐されている。パイリアに運び込まれる爆弾の輸送ルートと警備計画を当時パイリア軍警備隊長だったエリーの父親から引き出すために。
'''ここでも3カ月前の事件か……'''
サージェ ウェイ襲撃事件にシヴァニアが関係している可能性が浮上した直後にエリー襲撃、やはり今このパイリアでは3カ月前の事件に関係する何かが起こっているのだ。
「心当たりは……詳しい事はわからないけど敵の標的はエリーだった、僕じゃない。」
「エリーだと?お前の会う相手ってミラじゃなくてエリーだったのか?」
ガレンの素っ頓狂な声が電話越しに聞こえる。
「まあいろいろ聞きたいがそれは無事にお前らを保護してからだな、衛兵を向かわせるから今の場所を教えてくれ。」
「ああ、住所言うね、パドラ区……」
「電話は済んだの?」
エリーの元に戻ると震えながらこちらを見て聞いてきた。
「うん、ガレンが衛兵を送ってくれるって。」
「そう……」
周りには依然として人の気配は無い。あれだけ銃声を響かせたので野次馬が面倒で諦めたと願いたい。
「ねえエリー、少し聞いてもいいかな?」
まだ少し震えているエリーの隣に座り恐る恐る聞く。
「何?」
いつもの元気はどこに行ったのかすっかり別人と化したエリーがこちらを上目遣いで見つめてくるのはどことなく新鮮だ。
「3カ月前の事件の後から今までの間に誰かにつけられたりとか、何か不審な事は無かった?」
「お父さんがあんな事になっちゃったからむしろ逆よ、今までちょくちょくあったストーカーとか視線を感じる事も無くなったわよ。でもどうしてそんな事聞くの?」
エリーが怪訝な顔で首をかしげる。
「それは……さっきの敵、ずっとエリーだけを狙っていたんだ、初めからずっと、僕の事なんか見向きもしないくらい執拗に君を狙って発砲してた。」
ラザァの言葉にエリーは目を見開く。
それもそうだ、普通に考えてラザァとエリーであれば殺人を企てられるならラザァだ。
「そんな……」
「だからどんな些細な事でもいい、犯人に心当たりは無い?」
現状考える事ができるのはこの線のみだ、3カ月前の事件と絡めて考えるにしても資料などはすべてパイリア城の奥深くにある。
「ごめんなさい、全くわからないわ……」
彼女はそう言ってがっくりとうなだれる。
「そっか、気にすることはないよ。ひとまずここを無事に切り抜けてそれから僕らでなんとかするから。」
本来ならラザァは部署違いもいいところだが、今回の事件と3カ月前の事件が関係しているなら話は別だ。当時の事を直接見たものはパイリア城の人間の中にもほとんどいないのだから。
「まずはここを無事に逃げ切らないとね、安心して、エリーには指一本触れさせないから。」
元気付けようとエリーの前で親指を立てる。
一瞬ポカンと口を開けていたエリーだがすぐにクスクスと笑いだす。
「な、なんだよ……」
「あんたってさ、慌ててる時って恥ずかしいセリフ普通に言うのね。」
そう言って「ミラの言う通りだー」と笑う。顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
「だって……そのミラと話し合うんだろ?それなら無事に帰らないとって思って……」
あまり上手い切り返しが出来ずにモゴモゴと言うことしかできなかった。
「ええ、そうね。それならさっさとこんなところ……」
そう言って立ち上がったエリーが固まる。
ジャリッ
ラザァの背後で急に足音が聞こえた。それも徐々に近づいてくる感じではない、'''いきなり近くに現れたように。'''だ。
恐る恐る振り返るとさっきまで相対してた黒い影がそこにはいた。さっきの音は足元のガラスの破片を踏みつぶした音だ。
ガラスの破片は黒マントの男の足元だけでなく路地全体に散らばっている。彼がこの距離まで接近するまでに気がつかないはずがない。
「お前……」
エリーをかばうようにジリジリと後退をするラザァにゆっくりと鉄の銃口が向けられた。




