質問
「ここにしましょう。」
「うん。」
エリーに連れられてラザァがやってきたのはなんて事のない喫茶店だ。少し大通りからは離れているため人目に付きにくく、店の前にはカラスが一羽いるだけの地味な店だ。
2人は店に入り窓から離れた席に向かい合って座ると注文をした。ラザァは普通のブラックコーヒー、エリーは例によってよくわからなく長い名前の飲み物を頼む。
「ここ目立たないけど味は保証するわよ。」
「そうなんだ。」
エリーはなんて事ない口調で言うと手を拭く。
ラザァの相槌の後に再び無音の時間が訪れた。2人とも口を開かず、何をするわけでも無くただただ座って飲み物が来るのを待っていた。
ただただ無音の時間が流れる。
エリーと向かい合ってこんなに緊張する事があるなど思ってもみなかった。それもこれも彼女が会う約束の際に言った条件のせいだ。
目の前に注文の品が運ばれてきて店員が去ったのを待って意を決して口を開いた。
「ねえ、エリー。今日はどういう用かな?ミラには聞かれたくない話って……?」
ラザァの言葉でエリーの目が僅かに曇ったように見えた。エリーは運ばれてきた飲み物を一口口に入れ、コップをテーブルに置くとまっすぐにこちらを見据えてきた。
真剣な目で
「遠回しになんて意味ないわね、単刀直入に聞くわよ。」
そこで一度言葉を切り深呼吸。
「ラザァ教えて、ミラは何者なの?」
「それって……」
しばらくの無言の後、口を開く。
「そのまんまの意味よ。ミラは何者なの?ただの人間じゃないわよね?」
エリーの目はふざけてなどいなかった。エリーなりに確信を持って聞いてきているのだ。
つい昨日、ミラはエリーに自身の秘密を打ち明ける決心をしたと言っていた。その後、それまではラザァの口からは何も言うなとも言った。
'''どうする?どうするのが正しい?'''
ミラは自分の口から伝えるからそれまでは他言無用とのことだ。
エリーには教えない、ここまではいい、いや、問題は伝えないために代わりに何を言うかだ。
「ラザァ、あなたは知ってるんでしょ?」
エリーの目は確信に満ちていた。「何も知らないです。」では済まされないだろう。そして何よりエリーに嘘をつき、彼女から不審に思われるのは中々に堪えるものがある。
さらに話題の中心のミラの正体というのがデリケートすぎるのだ。この3ヶ月間は暇をみては亜人やハーフ、希少種について調べていたが、調べれば調べるほどミラが稀有な存在だとわかる。
それにエリーは3ヶ月前の事件の際、エリーを助けるためとは言え目の前で殺人を行ったミラに恐怖心を抱いていた節がある。そこでミラの正体は古龍と人間の希少種だと知らされて今まで通りの関係を持ち続けられるかと言われるとラザァも保証はできない。
変わらない繋がり、気持ちなんて存在しない。
卑怯、逃げだとは思うがここははぐらかして本人間で話し合ってもらうのが最善と判断する。
「エリー、よく聞いて。」
飲み物を脇によけ、目の前の女の子の目をしっかり見据える。彼女も何か悟ったのかしっかりと見つめ返してきた。
「その事についてはミラが今度直接話すって言ってたから、その時にしっかりと聞いてあげてくれないかな?」
'''これでいいんだ、僕が出来ることは何も無い。'''
「そう……そっか、ラザァには打ち明けてたけど私にはまだ……」
エリーの顔が曇る。
「違うっ!ミラは決してそんな……」
そんなんじゃない!逆だ、エリーの事が大切だからこそ中々自身の秘密を打ち明けられなかったのだ。大切に思うが故に……
そこで周りからの数多くの目線を感じた。
つい声を荒げてしまったので店内の客から軒並み注目されていることに気がつき一度黙り込む。さっき店のドアを開けて入ってきたばかりの小さい女の子なんてサイフを落としているくらいだ。
「びっくりさせないでよ、わかったからさ、ミラが話してくれるまで待つわよ。」
「うん。」
なぜかラザァが慰められているような構図になっているが一応場は落ち着いたと言っていいのかもしれない。
ひと段落したことに安堵しつつ、ラザァは脇によけていた飲み物を引き寄せ再び口をつける。
その時だ
カチャ
店内に小さな音が響く。
ナイフと皿の触れる音に聞こえなくもない、だがラザァはこの音が何か知っている。この独特の冷たい音を。パイリア城の中庭ではたまに訓練としてダルクに扱い方を教えてもらっているからだ。
'''撃鉄を起こす音だ。'''
素早く音のする方を見る。店のドアが開いた形跡はない。
そいつはラザァとエリーのテーブルのすぐ近くに立っていた。
全身真っ黒のフード付きマントに身を包み顔はよく見えない。身長はラザァより少し高い程度だろうか、そこまで大柄というわけではないが恐らく男だろう。
その黒い塊からギラつく銃口が伸び、エリーの後頭部を狙っていた。エリーは丁度反対を向いているため気がついていない。さっきの音もカップとスプーンが触れた音とでも思っているのだろう。
'''こんな奴さっきまで店内にはいなかったぞ!一体どこから!?それより!'''
確かにこんな黒ずくめの人など店内にいなかった、一体全体どこから現れたのか?だが考えるより早くラザァの体が動き出し、そして男の指が引き金にかけられた。
パァン!!!!!
乾いた破裂音が静かなカフェの店内に響き渡る。




