龍の目
私は今日時間があるので珍しく街に行こうと思う。
時間があるというのもラザァが午後から城で最近の襲撃事件についての話し合いがあるからと出かけたのが原因の1つだ。ラザァは夕方からの用事については何も話さなかったのでそれまでてきとうに街中をぶらついて時間を潰そうかなと思ったのだ。
私は街中、というか人が多い場所全般が苦手だ。理由といえば簡単、好奇の目で見られるからだ。
ただでさえ銀髪という珍しい見た目なのに誰が吹聴したか知らないが私が何やら危険な生き物だと噂されているからパイリアに住んでいる人は大体私を避ける。噂の原因はあのアルバード ヒルブスの屋敷に出入りしていた事からフリークショー関係と思われたのだろう。
噂は間違ってはいない、私は普通の人間でもなんでもないし危険な生き物だと言うのも当たっている。ただ古龍と人間の希少種というところまでは知られていないのが唯一の幸いだ。そこまで噂されていたら恐らく今頃どこかの変な研究施設に閉じ込められていそうだ。
そんな苦手な街中に行こうと思ったのはラザァがいない上に独身寮の部屋に1人でいるのはなんとなく嫌だからだ。最近はラザァの部屋に入り浸っている事が多かったため1人でいることがあまりなかった。
エリーも何やら用事があると断られたので仕方なく1人で街中を歩こうというわけだ。
現在地は市場の端、テーブルやら椅子がたくさんありエリーが買い食いゾーンと呼んでいる場所だ。以前にラザァと2人で夕食を食べに来たのは良い思い出となっている。
私は空いているテーブルを1つ占拠して椅子に腰掛けると行儀悪く顔をつける。はたから見たら暑さで伸びている女の子くらいにしか思われないだろう。
'''虚しい。'''
最近1人になる時間があまりなかったためか今日はどう時間を潰せばいいのかよくわからない。ラザァやエリーと出会う前はどうしていたんだっけ?
考えてもいい案が出るとは思えないので再びテーブルに突っ伏した。銀髪は仕方ないが顔を見られなければ別に大丈夫だろう。銀髪も少ないが獣人にはたまにいる。髪だけでは私だと特定されまい。
「というか異民の分際で……誰かに取り入ったんだろうよ、グレゴール様ではなくとも城の高官の誰かに……」
「少しオードルト議長のお気に入りだからといって調子に乗りやがって……」
隣のテーブルから聞こえてきた会話だ。この時点で嫌な予感がする。
私の耳なら音だけで会話の主の位置や正確な距離までわかる。隣のテーブルにどうやら若い男が2人座っているらしい。
「名前はラザァ フラナガンだっけか?異民だけに変な名前だ……」
'''!!!'''
会話の対象を特定する決定的な言葉を耳にして思わず勢い良く顔を上げた。
「わっ!!なんだよ……って」
驚いた男の1人がこちらを見てそして顔が引きつる。
「おい、どうした……?って!?」
もう1人の男が少し遅れてこちらを見る、そしてその顔も恐怖に引きつる。
「お、おい、行くぞ……」
「お、おう……」
2人は直ぐに顔を背けるとそそくさとテーブルを離れて市場を出て行った。
私は近くの店のガラスを見てその2人の行動に納得した。
「やっぱり自分では制御出来ないのね……」
ガラスに映った私の顔、それは1つだけ普段と違う点があった。
目が赤く染まっていた。
寝不足で充血とかそんな類ではない。普段は青い黒目の部分が燃えるような赤に変わっているのだ。
目が赤く染まるのは体が龍化している証拠だ。ミラのような希少種は自由に体を変化させることができる。古龍と人間の希少種であるミラの場合は完全な人間の姿から完全な古龍の姿まで、そしてその間のいわゆる獣人のような姿を取ることが出来る。
だが親の存在も不明で近くに希少種がいない環境で育ったミラはその変身を自分で制御出来ないのだ。結果、感情が怒りなどで完全に高ぶった時のみ龍に変身出来、自分の意思に関係なく変身したり、その前兆である目の変色が起こるようになったのだ。ラザァを悪く言われた事でつい頭に血が上って目が赤く染まったのだろう。
「我ながら情けないわね……」
ため息も出るというものだ。2ヶ月前にレレイクの地下で戦った植物の化け物も火に弱かったのでミラが変身出来ればあんなに苦労する事なく倒せたはずである。
「なんとかして制御出来るようにならないと……」
私はこの体が大嫌いだ、多分これはこの先ずっと変わらない。でもラザァに受け入れてもらった時からなんとか自分でも受け入れて上手く付き合っていこうと思っている。そのためにはこの力を、体を扱えるようにならないといけない。
私は人知れずに決意すると市場を後にした。
街中をふらふらしてある程度時間を潰した後になってラザァに連絡を取る事が出来ない事に気がついた。
基本的に私は電話を持ち歩かない。持っていても別に誰も電話してこないし面倒くさいからだ。そんな性格を思いっきり呪う。
'''仕方ないから城の入り口で待ち伏せするしかないかな。'''
ラザァの打ち合わせがいつ終わるのかもわからないし、もしかしたら既に終わっているかもしれない。色々と穴だらけな作戦だが連絡が取れない以上仕方ない。既に寮に帰っているか調べるのに戻るのも億劫だ。
回れ右をしてパイリア城の方に向かおうとしたその時、私の目は見慣れた茶色い頭を見つける。
「あれ?」
後頭部だけ見ると間違いなくラザァその人だ。距離が結構あるのでまだ彼と決まった訳ではないが。
'''後ろから近づいて驚かすってやつやってみようかしら。'''
エリーに借りた小説で見た事をラザァに試そうと気がつかれないようにそろそろと近づく。
前にいるラザァ(と思われる人物)は人を探しているのか道脇の店を調べているのか左右に気を配っているようだ。
'''首を横に振るならもっと大きく振りなさいよ!!'''
微妙に顔が見えにくい事に苛立ちながらも私は追跡する。そろそろ人が少ない場所に出るため見つからないように追跡するのももう限界か。あと少し近づいたら一気に駆け寄って驚かそう。
決心して機会をうかがっていると目の前のラザァらしき人が立ち止まり、体を90度回転させる。彼の横顔があらわになる。
'''やっぱりラザァだ!'''
彼の横顔を見間違えるはずがない。足を速める。
「やあエリー。待った?」
「ううん、さあ行こ。」
ラザァの目線の先に立っていた自分の親友の少女の姿を見て足がピタリと止まる。
'''エリー!?どうして?'''
今までにこんなことはなかった、エリーとラザァはなんだかんだ仲良くても2人きりで会う事はなかったはずだ。
自分でも何故かわからないが近くの店の陰に隠れて2人から見つからないようにしていた。
「バレていないわよね?」
エリーの声だ、かなり小声で人間ならば聞き取れないだろう、だが古龍の血を宿すミラにはハッキリと聞き取れた。
「うん、ミラには言ってないよ。」
膝の力が抜け、気がつくと地面に跪いていた。ラザァの口から出た言葉を聞いてだ。
「ならよし。」
そう言うと2人が遠ざかる音が聞こえた。
「どうして……?」
あの2人が、私にわざわざ隠れて会っていて、それで……
'''どうして?'''




