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Schneiden Welt  作者: たる
第三幕
83/109

夏の光景

'''うーん、気まずい、というか居づらい。'''


例の約束通りラザァはミラの部屋を訪ねるべくパイリア城女性用独身寮の玄関ロビーにいるのだが…


'''なんで昼間からこんなに人がいるんだよ…'''


平日の昼間なのにロビーには複数の人がおり、当然ながら皆んな若い女性だ。そして当然ながらラザァは場違いなこと甚だしい。


'''異民だから街中で目立つことには慣れていたつもりなんだけどなあ…'''


それぞれ独身寮は異性立ち入り禁止だ、守られている規則では無いが。


さっきミラに電話したらロビーで待つとのことだがこれは好奇の目にさらされることになり中々キツイ。


'''早くしてくれよミラ〜'''


「あれ?ラザァ?」


聞き覚えのある声の方を見るとそこには短い金髪にスラリとした長身の女性が立っていた。パイリア城の衛兵エリダ ギスレットだ。


「ああエリダ、こんにちは。」


「こんにちは…ってなんでこんな時間にこんな場所にいるのよ?仕事サボって逢い引き?」


エリダがニヤニヤしながら近づいてくる。


「違いますよ。ミラの用事に付き合うために待ってるんです。それと今日するべき仕事は終わってます。エリダこそこんな時間に?」


「ふーん、私は今から護衛よ。夜から朝にかけての衛兵と交代ね。」


そう言ってエリダは腰の軍刀と拳銃をポンポン叩く。確かに武装レベルは低く無い。


「…また警戒レベルが引き上げられたんですか?」


「…ええ。」


3ヶ月前の事件以来パイリア市内での要人や施設警備のレベルが上がっているが昨日のサージェ ウェイ執務官襲撃事件からさらに引き上げられたらしい。そしてラザァがここに来るまでの間、つまり今朝早朝にパイリアの衛兵が1人出勤時間に何者かに襲撃されるという事件もあった。衛兵は怪我のみだったが、手口はまたしても高所からの銃撃で犯人は以前捕まっていない。


「気をつけて。」


「あなたもね、今をときめく話題の異民局長なんだから。」


そう言うとエリダは手をひらひらさせながら独身寮を出て行った。


'''パイリアで何が起こっているんだ?シヴァニアと関係はあるのか?'''


「ごめん、待った?」


そうこうしているうちに後ろから声がした。見るといつものラフな服装に髪をポニーテールにしたミラがバケツやらを持って立っていた。


「いいや、さあ行こうか。」







ラザァとミラは途中で市場で花を買ってからパイリアの外れにある霊園に来ていた。


ヨランダのお墓はその中でも端の一角にある。そこは身元不明の死体や引き取り手のいない死体を埋葬する場所だ。


'''僕も死んだらここなんだろうな…'''


自分の置かれている立場を考えるとこんな縁起でも無い思考が頭をよぎる。異民と呼ばれるこの世界の住人ならざる存在で、もちろんこの世界に家族なんていない。当然のことだ。


墓石にはヨランダとだけ書かれていた。ミラでさえ、誰も苗字を知る者がいなかったからだ。


ミラを縛り付けるための人質としてアルバード ヒルブスに連れてこられ、命を奪われた老婆の墓石。


ミラは墓石に積もっていた枯葉を払いのけ、備えてあった枯れた花を外した。


「久しぶり、ヨランダ。」


穏やかな口調で話しかけると、こちらを振り返る。


「そのバケツに水汲んできてくれる?」


「わかった。」


ラザァはバケツから花やら供物の食べ物やらを取り出して、霊園の入り口にある水道まで歩いて行った。






「ねえヨランダ。最近来れなくてごめんね。」


ラザァが見えなくなるのを待って私は口を開いた。


「心配してくれた?私は大丈夫だから。」


「私ね、今は結構幸せなんだよ。」


無意識のうちに言葉が口から出る。


「まあ一般的な幸せとは違うかもだけど…それでも帰る場所があって、ちゃんと名前を呼んでくれる人がいて…とっても幸せ。」


幸せだ、怖いくらいに。


いつか、すぐにでもこの幸せが壊れるのでは無いかと不安になる時がある。


もっとも心を許しているラザァとは単なる仕事での繋がりでしか無いし異民だ、いつ帰るかわからない。エリーには隠し事をしている始末だ。この幸せは微妙な均衡の上に保たれている。いつ壊れてもおかしく無い不安定な幸せだ。


私はこの時間を手放したくは無いと心から言える。つい数ヶ月前までのどうにでもなれというやけくそな精神状態からは考えられない。


「だからね、私なんかの心配しないで気兼ねなくゆっくり休んでいいんだよ?ヨランダ。」


私にこんなこと言う権利なんて無い、でも代わりに言ってくれる人はこの世にはいないのだ。私の知る限りヨランダの家族と呼べる存在は私だけだったのだから。


「今まで本当にありがとう。そしてごめんなさい…」


私と出会わなければヨランダは今でも夫とともに孤児達と幸せに暮らしていたはず。


「私は…」


「ミラ〜汲んできたよ〜」


後ろから声がした。私の名前を呼んでくれる数少ない心を許した相手の声が。お話の時間はもう終わりみたいだ。


私は目元を拭うと振り返った。

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