とある夏の日の買い物(前編)
パイリアの西にある広大な森レレイクを震撼させた事件解決から約2週間後、パイリアは夏真っ盛りであった。
解決の功労者の17歳になったばかりの少年ラザァ フラナガンはようやく稼働を始めた異民保護管理局の局長として人生初の仕事をこなしていたところだ。仕事といってもそんなにしょっちゅう異民はやってくるわけでもないので暇を持て余しているのだが。
ラザァのデスクのある局長室は建物の2階の隅にある。
この世界の冷房といえば、未だによくわからない魔石を使ったストーブのような見た目の機械だ。もっとも冷房暖房の性能に限りがあるのはどの世界でも共通事項らしく、冷房から離れると結構暑い。
'''こんな暑い日は冷房の目の前に陣取って室内でダラダラして過ごすに限るな…'''
そんなラザァの怠惰な願望は騒々しい来訪者によって打ち砕かれる事になる。
「荷物持ち?」
暑い夏の日の昼下がり、ラザァのいる局長室を訪ねてきたのは綺麗でストレートな長い銀髪に蒼く透き通った目を持つ少女ミラと、その親友の肩までの金髪に緑の目の通称エリーことエリシャ ウィズだ。
ミラは今日は普段のシャツにキュロットパンツという部屋着に毛の生えたような服装ではなく、髪をポニーテールにした上にスカートを穿いていて雰囲気が違う。恐らくエリーコーディネートだろう。
そして普段からさりげなくお洒落なエリーは透明感のある黄緑のワンピースでこれまた目の色に合っている。この2人が並んで街中を歩いていればさぞ周りの目を引くことだろう。
ちなみにミラは今日は仕事休みのはずだ。
「何よ露骨に嫌そうな顔して。」
ミラが腰に手を当てて言う。それもそのはずこの暑い日に2人の買い物の荷物持ちを頼まれて嫌じゃない理由がない。
「いや…でも僕は…」
「どうせ仕事なんて無いでしょ?」
ミラに言い訳を先回りで潰されてしまった。確かに図星だ。
「荷物なんて僕じゃなくてもみ…」
ミラなら持てるじゃないかと言おうとして口をつぐんだ。エリーはミラが古龍とのハーフ、それも希少種だという事に気がついていないのだ。バザロフの一件でミラの戦闘能力は知っているはずだが正体までは明確には気がついていないらしい。
「ねっ?ラザァお願い!女2人だとナンパとかされて面倒なのよ!」
エリーも手を合わせて頼み込んでくる。まあミラはパイリアでは悪い意味で有名なのでミラだと気がついた時点でナンパは退散するのだろうが。
「わかったよ…」
2人がかりで頼まれてはラザァも断り切れなかった。ミラはいつも一緒にいるがエリーとはしばらく話していなかったというのもある。
ラザァは喜ぶ2人を横目に重い腰を上げた。
'''何故こんなにも女の子の買い物とは時間がかかるのか。'''
ラザァの脳内には人類が文明を築き上げてから現代まで全ての男性に一度は抱かれているであろう疑問が浮かんでいた。悲しいか生まれてから一度も恋人などいたことがないラザァは女の子と買い物など妹を除けばほんの数回しかないのだが。
'''そういえば最近は女の子と買い物をする機会があったな。'''
と思ったがヘレナと一緒に買い物をした時は家政婦スキルマックスのヘレナは女の子というよりも仕事人といった様子で無駄な動き1つなく買い物を済ませ、ラザァ1人の時より数段早く終わっていた。
エリダと行った時はエリダが注文していたコンバットナイフの鞘の受け取りで状況が特殊過ぎるので一般的な女の子との買い物のカテゴリーには入らないだろう。
ミラと一緒に買い物する事はよくあるが基本的にミラは外、というか人目につく場所が嫌いなためさっさと終わらせることが多い。
'''これが「ザ 今時の女の子エリー」か…'''
改めて考えるとラザァの周りの女の子は普通とは言い難い人ばかりだ。男性陣の方なんかラザァの元いた世界にいても違和感ないほど普通な人しかいないというのに。
そんなことをぼんやり考えていると2人が戻ってきた。袋を見る限りどうやらエリーが服屋に行きたかったらしい。
「服?」
「ええ!夏物をね。」
「へー、それでミラは?」
見るとミラは服屋から出てきたにしてはあまりにも小さい袋を1つだけ手にしている。
「ハンカチ1枚。」
「…なるほど…」
おしゃれにはあまり興味がないミラとしてははやく何か買ってエリーの追求を躱したかったのだろう。
「ミラってばそんなに恵まれた見た目なのに服とか全然気を使わないのもったい無いと思うんだけどなー」
「私は別にいいのよ。」
いやらしい手つきでミラに抱きつこうとしていたエリーの腕を軽く払いのけるミラ。
「知ってるラザァ?ミラってばこんな家の中のおばさんみたいな服装ばかりしているからわかりにくいけど脱げば凄いんだよ?」
何度かミラに撃退されて拗ねたエリーがラザァに耳打ちする。もっともわざとミラに聞こえるようなボリュームなのだが。
「ちょっと!?何ラザァに変なこと言ってるのよ!!」
「だって事実じゃない!私とヘレナがどれほど羨んでることか…」
今度はミラがエリーに突っかかろうとして撃退されている。
「あっ、脱ぐといえばラザァってこっち来てから海に行った事はある?」
「へ!?うみ?」
ミラを押しのけながらエリーが言う、さっきまで話に入りにくい話題だったため不意を突かれて変な声が出た。
「エリーいいからだまって!」
「何よーせっかくミラの気まずい話題から逸らしてあげたのにー」
「いや、まずあんまり逸れてないし!」
「あはは…」
目の前で取っ組み合いを続ける2人の女の子に苦笑する。確かに海はまだ見てもいない。この世界の海ならば何か巨大な怪物がいそうで怖い。
「無いけどそれがどうかした?」
「それなら今度みんなで行こうよ!パイリアからなら南のカルザル島にも行きやすいし!」
ようやく諦めたミラを押しのけてエリーが顔を近づけてくる。
「ちょっと怖いけど変な生き物が出ないなら行きたいな。」
「水龍の背中に乗ったりして楽しいわよ!決まりね!」
そう言ってエリーはくるくる回りながらはしゃぐ。そんな親友ミラはため息をついて眺めていた。
「元気な友達を持つのも大変だね…」
「そうね…」
そんな2人にエリーが寄ってくる。
「それならさっそく水着見に行きましょ!どうせ2人とも引きこもりみたいだし持ってないでしょ!?」
「「え?」」
自体は思わぬ方向に進んでいた。
「どう!?」
そう言って試着室から出てきたエリーが来ていたのはオレンジ色のビキニタイプの水着だ。この世界にも水着という概念があることに軽く感動を覚えているところだ。
「まあ似合ってるんじゃない?」
「なんで疑問系なのよ…」
正直なところミラに負けず劣らずエリーも美人なので何を着ても似合うのだがいかんせんこういうシチュレーションに慣れていないのでぎこちない褒め方しか出来ない。
「まあいいや、じゃあこれにしようかな。次はミラね…」
そう言ってエリーの目が怪しく光る。隣からミラの「ひっ!」という小さな悲鳴が聞こえた。
「さあラザァさん、期待してね。」
ミラを無理やり試着室の中に押し込んだエリーが意地悪そうに言う。水着もエリーが選んだらしい。
「ははは…」
「やっぱり変よ…」
そう言って恐る恐る試着室のカーテンが開く。
そこに立っていたのは派手ではないが鮮やかな紫のビキニに身を包むミラだった。
紫
紫は赤と青を混ぜると出来る色のはずだ。まるでミラの目の色を示しているように…
それにミラの真っ白な肌と透き通る銀色の髪に濃いめの紫はよく映えた。
'''というか足ながっ!くびれも…'''
目線がすけべ親父になっているのが自覚できるほどミラはスタイルがいい。普段のラフな服装からは想像もできない。確かにこれはエリーとヘレナが羨むのも納得だ。
「ラザァあんた見惚れてないでどうなのよ。」
隣のエリーが呆れたように肩を小突く。
「ああごめん!あんまり綺麗だからつい…」
ラザァの言葉にミラが真っ赤になって口をパクパクさせる。何か言おうとしているのだろうが全く音になっていない。
「これ以上はミラが茹で蛸になっちゃうからラザァ黙って!」
そう言ってエリーはミラを試着室の中に押し込んで行った。中からバタバタ音が聞こえる。
さっきの光景はミラがやはり人間ではないことを実感させて素直に目福と喜べなかったのだが。




