帰る場所(終章)
深夜での激戦から一夜明けた日の昼下がり。レレイクは晴天だった。
若き女農家のニーナ メルデアの証言もありグレスリーの共犯はすぐに判明し、彼らもすぐ自首したためレレイクを脅かした陰謀は一応の決着を見た。
問題はその後の処遇だ。この村はどこの国にも属していない。よってどこの国の法律で裁くべきか?そこがはっきりしないのだ。この際だが、ラザァは自分達、つまり村の内部で処遇を決めるのはどうかと提案した。ダルクは初めはあっけに取られていたがすぐに大爆笑するとオーケーしてくれた。
「その…いいんですか?グレスリーはあなた達を殺そうとして…その同胞の罰はあなた達が決めるべきでは?」
ラザァの考えを伝えた時のメルデアさんの反応だ。確かに犯人は全員パイリアに連れて行かれるのが妥当だと思う。
「国同士の罪人の取り扱いとかがさっぱりわからないというのもありますが…何よりここでベテランの農家の方を連れて行かれたら今度こそこの村は終わってしまいますよね?今は全員で協力してこの不作を乗り切って下さい。その後であの方々の処遇は村の中で話しあって決めていただければこちらも文句はありません。」
「それは…わかりました、ありがとうございます…」
メルデアは深々とお辞儀をした。
「それとメルデアさん…」
「はい、なんです?」
ここで話題にするべきかラザァには分からなかったが、少し気になっていた事を聞いてみる事にした。
「この村が不作になった時、村を出て他の場所で暮らすことは考えなかったんですか?」
ラザァの質問にメルデアは考える様子すら見せずに笑顔で即答した。
「いいえ、この村が好きですから不作なんかで農家やめてこの村を出ようとは考えません。まあずっと夢だった学校の先生になれるとかなら少しは考えますが。」
その日の夕方にはダルク達の車で村を出ることになった。1番後ろの席に3人はラザァを真ん中に横並び押し込まれた。ガレンはというとグーグーいびきをかきながら爆睡していてエリダに文句を言われていた。
「でもこれでよかったのかなあ…」
「ん、なにが?」
ミラが何が何だかわからないといった顔をする。
「いくらベテラン農家を残すと言ってもさ、不作なんてそんなに簡単になんとかならないと思うんだよね。罪人としてパイリアに連れて帰るのも最善とはとても思えないけど。」
そこまで言ってから「だからって別の方法も思いつかなかったんだけれど。」と付け足す。
事実この後この村がどうなるかはわからないが、あの化け物が死んだ以上もとの不作に戻るだろう、化け物に頼って農作業をしていなかった分だけ例年よりひどいかもしれない。奮闘空しく冬を越せないくらい収穫が無いかもしれない。一見ゆるく見えたラザァの処置はある意味では1番残酷なのかもしれないと思い始めたのだ。
「考えることは相変わらずね…」
ミラがため息をつく。
「つい昨日まで殺し合いになりそうだった敵の心配なんてしなくてもいいじゃない。…と思ったけれど罪のないただの村人もいただろうし難しい問題よね…」
「ねえ、ミラ。」
「ん?」
ラザァの頭にぼんやりと浮かんだ事がある。これまた希望的観測かもしれないし、しかもあいにくラザァは倫理学や心理学なんてかじってもいない素人だ。それでもうまくいくという屁理屈をこねるのにはそれっぽい事だ。
「僕の元いた世界のとある国にはね、'''性善説'''と'''性悪説'''という2つの考え方があるんだよ。僕の国からずっと東に行った国なんだけれどね。」
昔学校で習ったことだ。
「性善説というのは人間の本質は善、つまり良いと考える事。そして性悪説はその反対、人間の本質は悪つまり悪いとする考え方。正反対の2つの考え方だけどミラはどっちだと思う?」
「へっ!?わたし!?」
ふんふんと頷いていたミラはまさか聞かれるとは思っていなかったのか変な声を出していた。
「私は…悪い方だと思う。みんながみんなって訳じゃないってことはわかっているんだけど、もちろんラザァとかエリーは良い人だって知ってる!それでも…」
ミラは俯きがちに呟く。過去の体験から性悪説を取るとは予想済みだ。
「ミラならそう言うと思った。一概には言えないし難しい質問だよね。でもさ…」
そう言ってミラの顔をまじまじと見つめる。ミラはギョッとしたように顔を少し赤くするとそのままそらしてしまった。
「なによいきなり…」
「自分の努力不足が原因で自分が危険な目に合うのと、自分の努力不足が原因で他人が危険な目に合うのだったらどっちの方が努力するやる気が出る?」
回りくどい質問をぶつける。案の定ミラはよくわかっていないといった顔をする。
「質問がよくわからないんだけど…でも私なら後者だと思う。ラザァもわかってるんでしょ?ね?」
ラザァだってミラならこう答えると確信して質問したわけだ、地下での一件もある。ミラが自分の事を良く思っていないし、進んで自己犠牲をしようとすることも知っている。
「うん、それならやっぱりミラの本質は善だよ。」
「はあ…というかこの話とあの村の今後がどう関係しているのよ?」
半ば呆れたような口調だ。
「もし、もしもあの村の人々が他人を思いやれる善な人なら、今回の事を知ったらどう思うかな?」
「……あっ!」
「自分たちの努力不足が旅人や森の生き物を大勢殺した。自分たちが農作業に精を出さなかったら先に死ぬのは自分たちではなく村の外の者たちだという先例を知ったら…」
「もし本当に良い人ならば死に物狂いで努力、農作業をして、なんとかして村の中の人を食べさせてやろうとする…」
「そういうことだよミラ、農作業だけじゃない、行商人を待つだけでなく自分達から積極的に外と交流しに行きもするだろう。自分たちの怠惰が他者を傷つけないように。」
勢い任せだが全く説得力がないわけではないだろう。大きな不安要素としてはまず当事者やメルデアさんが事実を公表するかわからなければ、その後の村人の反応がラザァの期待するポジティブなものかもわからないのだが。
「確かにわからなくもないけど…でもそんなにうまくいくものかしらねー」
ミラが疲れたとばかりに綺麗な髪の毛が乱れるのなんか御構い無しにどかっと車のシートに倒れかかる。
「僕も自信があるわけじゃないよ、でもあとはそう信じるしかないわけだし。」
「村に全て任せるって言った張本人が何言ってるんだか…」
そう言いつつもミラの口ぶりには責めてる様子は一切なかった。こっちを見てはいないが微笑んでいるのがなんとなくわかる。
「あーもう、なんだかラザァの屁理屈聞いてたらお腹空いてきたわね。」
ミラが寝たと思ったらせわしなく起き上がり、ガバッとこちらを向く。
「それ僕関係ある?でも確かにお腹はぺこぺこだよ。」
確かにもうしばらく固形物を口に入れてない。ミイラやら巨大な植物と戦っていたせいでさっきまで食欲がなかったのが嘘のようだ、それもこれもミラの言葉が引き金なのだが。
「ヘレナの料理が待ち遠しいわ〜」
「ヘレナの料理もだけど僕はあれも食べたいな、ほら、いつだか夜の市場で食べたデサクク?の揚げ物!」
確かあれはミラが不機嫌オーラ全開でどう機嫌を取ろうかと苦悶していた時のことだ。
「あっ!あのラザァが砂漠サラダの棘で口の中を怪我した時ね!」
「それ思い出させないでよ…なんか口の中が痒くなってきたじゃないか…」
というかそもそもラザァが口の中を怪我したのはミラが棘を上手く野菜でカモフラージュしてラザァの皿に盛り付けたのが原因ではなかったか?
その後もラザァとミラの軽口はガレンを起こしてしまうまで続いた。
'''やっと日常に帰ってきたんだな'''
終わってみればダルクの講義と実践稽古を受け、ミラを探してレレイクに迷い込み、地下に落とされミイラの大群と巨大な花を燃やして脱出という大冒険だった。しばらくは森やら地下道には行きたくもない。
'''帰ったら柔らかいベッドで寝て、ゆっくり休んだら、もう片付けの済んだだろう屋敷で仕事開始といきますか。'''
ラザァは隣で寝起きで不機嫌なガレンはさておき、ミラの方を向いて口を開いた。
「さあ、パイリアに帰ろう。」
「…ええ!」
第二幕 〜Fin〜
ありがとうございました!これにて第二幕完結です!!!
大学が忙しい事を言い訳に第一幕に比べて長くなってしまって申し訳ないです。
例によって幕間の短いエピソードを挟んでから第三幕に取り掛かりたいと思いますので今後もシュナヴェルをよろしくお願いします!




