自然の逆襲
「お前か…」
グレスリーは井戸から這い出してきたラザァ達を見据えてのそのそと立ち上がる。そしてその手には農作業用のナイフが握られていた。
「こっちのセリフだ。」
ガレンがナイフを構えるが先端が欠けていて実に心もとない。ミラもラザァもさっきの爆発で武器らしい武器は全て無くしてしまった。グレスリーの陰謀を村の住人がどの程度知っているのかはわからないが仲間が出てきたらいくらミラがいても突破は難しいだろう。
「'''あれ'''はあなたが持ち込んだんですか?」
さっきまでのグレスリーへの怒りが再燃したが、ラザァは自分でも驚くほど落ち着いた口調で問いかける。
「持ち込んだのは違う、旅人だ。だが植えて育てたのは私だ。」
グレスリーはナイフを向けながら話し出す。ペラペラ喋るのはこのあとラザァ達の口を封じるのを前提にしているからだろうか。
「だからって罪が軽くなるとでも?あなたは自分のしたことがわかっているんですか!?」
思わず声を荒げる。この私利私欲のためだけに大量殺戮を行った目の前の老人をどうしても許すわけにはいかなかった。
「村の皆を全員を生かすために大量殺人だ!それくらいはわかっている!」
ラザァの言葉にカチンときたらしくグレスリーが吠える。
「村の皆…他に何か方法はあっただろ!」
「お前はパイリアの衛兵だな?お前にこの村の何がわかる!?年々行商人の数は減り、土地は痩せていくこの村の何が!?」
口を挟んだガレンはグレスリーに一蹴される。グレスリーはなおも言葉を紡いだ。
「そして去年の不作…一部の人間にしか話していないが今年植える分の種すら満足になかったんだぞ!そこに持ち込まれたのが'''あれ'''だ、使わなければ村人全員が飢えていたんだ!」
グレスリーの唇から噛みすぎて血が滲み出す。
'''旅人を取るか、同じ村にすむ人間を取るか。'''
質問文だけみると村人を取って当然だ、だがそこに命がかかっているとなると…
「あなたのした事は村人は知っているんですか?」
考えてもわからない問いを放置してグレスリーに尋ねる。今後の、もっともここでラザァ達が皆殺しにされずに生還してこの村になんらかの処置をすることになったらの話だが、この村の進退に関わる重要事項だ。
「一部だけだ。他の奴らは怪しいと思いつつも飢えから逃れた安心感で内心の不信感ごまかしていたんだろう。まあこうして気がつく住人もいたんだがな…」
グレスリーはそういって隣でなぜか尻餅をついたままになっている若い女性農家を憎々しげに眺める。
「…そうですか…あなたのした事は理由はどうであれ決して許されることでは無い。とりあえずそのナイフを捨てて下さい。」
「お前自分の立場をわかって言っているのか?」
満身創痍のラザァ達に比べてここはグレスリーが収める村の中だ、投降の命令を出来る立場にないのはラザァだってわかっている。それでもここは口から出任せでもグレスリーを無力化しなければ…
「実は僕達国際警察という者でどこの国にも属さぬあなた達のような立場でも御構い無しに逮捕することができるんですよ。」
我ながらハッタリもいいとこだ。そもそも国際〜とか逮捕とかこの世界でも使われているのか怪しい言葉をそれらしく並べただけだ。
「…それは一体…」
効果があるとまではいかなくともそれなりに説得力があったらしい。グレスリーの顔にかすかな不安が浮かぶ。ここからなんとなして騙すなり時間を稼いでその後につなげるなりしなければ…
「村長!大変です!」
その時、家々の方から1人の若者が走ってきてグレスリーに声をかける。余程動転しているのかラザァ達やグレスリーのナイフに気がつく様子すらなく捲くし立てる。
「よくわからないけれど軍用車が村に!パイリアのだと思うんですけどみんなすごい重武装でなんか怪物退治でもしそうな雰囲気なんで…」
若者が言い終わる前にグレスリーは村の外れの柵へ向かって走り出していた。ラザァのハッタリと結びつけたのだろう。
「ダルク達か!」
ガレンがガッツポーズをする。
「ラザァ!あいつ逃げちゃう!」
見るとグレスリーはすでに柵を乗り越えようとしていた。ラザァは先ほどの化け物戦の影響で走るなんてもってのほか、ミラも走るのは難しそうだ。飛び道具もとっくの昔に使い果たしている。
「待て!」
間に合わなくとも自然に足が前に出ていた。ラザァを支えているミラも「おっとっと」とか言いながらも支えながら歩き出す。
「お前が守りたかった村人を残して逃げるのか!?」
残る力を振り絞りラザァは叫んだ。グレスリーが完全に更生するとかそんな事は考えてもいないが、悪人にも人情は持っていて欲しいとのちょっとしたラザァの我儘、願いがそう叫ばせたのかもしれない。
だがラザァのそんな叫びにグレスリーが答える事はなかった。
グレスリーが柵から飛び降りてこちらを振り向いたその瞬間、森の暗がりから何かが飛び出してきてグレスリーの足に絡み付いて押し倒したかと思うと悲鳴をあげる彼を森の中に引きずり込んでいった。
それはラザァが森の中で戦い、あのツタの怪物の犠牲になったイタチのような魔獣だった。
魔獣はラザァをチラリと見て一瞬だけ動きを止めたがすぐにグレスリーを噛みながら森の中に連れて行った。
あの魔獣がグレスリーを同胞の仇と知っているとは到底思えないが…ラザァにはその襲撃の様子が生態系を壊された自然の逆襲に見えて仕方がなかった。
その場に唖然と立ち尽くすラザァの耳にはいつまでもいつまでも森の中に響き渡る悲鳴が飛び込んできていた。
悲鳴がもうしなくなった頃、軍用の小銃を構えたパイリア軍兵士とその先頭に立つダルクとエリダが現れた。
「お前ら無事か!?」
ダルクが3人に駆け寄ってきて全身傷だらけ血塗れ変な植物の汁まみれの様子に仰天する。
「なんとかね…しばらく干物は食べたくないかな?」
「奇遇ね、私も…」
「ダルク遅かったぞ。」
「お前ら3人とももっと普通の対応しろよ…」
勝手な事を言いまくりのラザァ達にダルクが呆れる。無事を知って気が抜けたのか銃をそのまま背中に戻す。
「ガレン、部隊の残りは?」
周囲の警戒が終わったエリダが問いかける。
「何人かやられてしまったが残りは地下の一室にいる。その井戸は使えないから宿屋の一階の奥の部屋から地下に降りれるはずだ。」
その言葉を聞いてエリダが部下に何やら指示を飛ばして例のトラップ宿屋に向かわせる。ボスのグレスリーを失ったのだ、共犯がいても投降するだろう。
「ラザァもミラもひどい怪我じゃない!車に医療キットがあるからこっち来て!」
「おいエリダ…俺もいるんだが?」
'''終わったのだ。これで全てが。'''
ラザァの心の中が穏やかになっていく。
'''ガレンの失踪に始まった深い森レレイクの異変。その元凶の巨大な植物の化け物は死に、首謀者と呼べる村長グレスリーも恐らく死亡。グレスリーの言葉を信じるならば共犯は少なく、それも非力な農家だ。そしてやや遅いが救援部隊のダルク達も到着した。'''
'''終わったのか…'''
ずっと張り詰めていた心が急に和らいだせいなのか、ラザァは車について座るなりエリダの治療を待たずして眠りの世界へと飛び立って行った。
夜明けまではまだ時間があった。




