最後のピース
「いい!?手はずはさっきと同じだからね!!」
「おっけー!」
「了解!」
3人はそう言って三方向に走り出す。
火傷のせいかかなり精度は落ちているが奴の音で敵を感知する力は健在だ。またもそれを利用させてもらう。
大きな音を立てて奴の注意を引き、また他2人の音を聞こえにくくする役目はガレンだ。幸いな事に音出しに使える鍋はまだ手元にある。
奴の首にできるだけ近づいて燃料をかけるのはミラだ。断トツで高い身体能力、特に跳躍力に優れているミラならばあわよくば高い位置にある顔にもかけることができるだろう。
そして最後に着火の役目、火矢を放つのがラザァだ。他2人に比べると身体能力に劣るからと言えばそれまでだが一応弓はそこそこの精度で撃てるので丁度良い。
イマイチ決め手にかけるこの作戦ではあるが役者はそろっている。あとは運命の女神がラザァ達に微笑んでくれるかどうかだ。
後は運任せというある意味諦めがついて心地よくラザァは配置についた。奴の首から頭にかけてを一望することができ、近くにほとんど残っていない火がある場所だ。
すかさず矢尻に火をつけ弓につがえる。
後はガレンが騒ぎ、ミラが奴に瓶を投げつけるのを待って狙いを定めて矢を放つだけだ…
時間が流れるのが遅い、口の中が乾く…
ガレンは壁際を選び、ミラを見ていた。ミラはすぐに走り出せそうな地面に死体や枯れ木の少ない道を探し出し、そこに陣取る。
ミラの頭が縦に振られる。合図だ。その動作が嫌に遅く感じる。
ミラの合図を見届け、ガレンはラザァに向かって頭を下げる。
弓をつかむ腕に力が入る。つるが指に食い込む。汗が止まらない。
「この化け物め!さっきはよくも!!」
ガレンの小物臭い叫びと同時にガンガンという金属の鍋とレンガのぶつかる音が地下に響く。
ゆらゆらと空中を蠢いていた首がガレンの方向を明らかに意思を、殺意を持って見る。目にも止まらぬ速さで地面から数本のツタが飛び出しガレンのいる壁際に突っ込む。
「あんたの相手は私よ!」
ミラがツタと争う速さで走り出し、地面のツタを飛び越え踏みつけながら両手に持ったランプの燃料瓶をかかげる。
目の前に現れたツタを回し蹴りで豪快に吹き飛ばすとミラは1本の燃料瓶を地面でツタが複雑に絡み合い、不気味な塊になっている場所に叩きつける。
瓶は大きな音を立てて割ると周りに燃料を撒き散らす。
怪物は異変に気がついたかのように首を動かしたが龍の血をその身に宿すミラの動きはその数倍速かった。なんと地面から生えているツタに飛びついたかと思うと壁飛びの要領で大きく飛び上がり、瓶を奴の顔に至近距離で叩きつけた。
口の中に入りはしなかったが、本来なら鼻がありそうな位置に瓶は命中し砕けて顔を燃料で濡らす。
'''今だ!'''
弓をその顔に向ける。だがミラに2連続で攻撃をされ激昂する首は激しく動き、狙いを定めることが出来ない。奴はなおも暴れ、たくさんのツタで手当たり次第攻撃を繰り返している。
'''予定変更だ!顔よりはダメージを与えられないだろうけど…'''
ラザァは弓を少し下げ、顔以外に燃料の付着している根元のとぐろに弓を向ける。
だがその弓から矢が放たれることはなかった。
手当たり次第に振り回していたツタの1つが大きくラザァの横っ腹を薙ぎ払ったのだ。
「------っつああ!」
ミラが何か叫んでいるのが見えた。そう思った瞬間にはラザァは背中から壁に叩きつけられていた。当然弓矢は手元には残っていない。
ミラが何か言いながら駆け寄ってくるがそんなこと耳には入らない。
'''失敗したんだ。'''
'''それも僕のせいで…'''
頭の中をラザァを責める声が埋め尽くす。
'''僕のせいでミラもガレンも…'''
ミラがラザァを抱き起こす。この人はラザァを担いででも移動する気らしい。いくらミラでも無茶だ…
「ごめんミラ…」
「なんで謝ってんのよ!はやく行くわよ!」
ミラはラザァを立たせると肩を貸してくる。
「行くって…どこに?」
肩を借りるとまだ全身が痛いが声を出す。口の中を切ったらしく血の味がした。
「あいつは相変わらず暴れてるけどこちらのことはわかっていない、無理やりでも階段から突破するわ!」
ミラは叫びながらもほとんど動けないラザァを引っ張って歩き出す。そのたびに傷口から血が滲む。
「そんなの無茶だよ、僕を担いでなんて無茶だ!ミラだけでもさ…」
「私が逃げろって言っても逃げなかった癖に私には逃げろって言うの?」
ミラは聞く耳を持たずラザァを引っ張る。だがその足は速いとは言えない。ミラ自身も怪我をしているのに人1人引っ張ってあのツタを交わしながら階段を登るなんてやはり無茶だ。
ラザァの嫌な予感が敵を呼び寄せたのか知らないが2人の目の前にツタが現れた今まさに降り下ろされようとしている。このまま2人仲良く頭を粉々にされようとしている。
遠くからガレンが2人の名前を呼ぶ声がする。
'''よかった、ガレンは無事なんだ…'''
ラザァが安堵と諦めの気持ちに満たされた時、視界が急に明るくなった。
'''これが俗に言う天国からのお迎えってやつなのかな?随分と眩しいな…'''
そんな情けない事を考えた直後、ものすごい音が地下室を支配した。
場面は数分前の地上に切り替わる。
「そこで何をしているんだ?」
村長ジャック グレスリーが井戸の側に立つニーナに低く冷たい声で語りかけていた。それが単なる疑問ではないことなどニーナにもわかる。答えを間違えれば即殺されてもおかしくない。
「見たんだな?」
だんまりを決め込むニーナにグレスリーが一歩、一歩と近づく。片手が腰のポケットに突っ込まれているのをニーナは見逃さなかった。
「村の畑が豊作なのはこれのせいなんですか?」
後ろの井戸を指差しながら静かに問いかける。
「だとしたら何なんだ?お前が代わりに村の畑を豊かにしてくれるのか?」
「だからって!だからって…こんなやり方は間違っています!私は人を殺してまで裕福になんてなりたくない…」
「黙れ!たかが新米のお前に私の気持ちがわかるか!?上に立つものの責任がわかるのか!?」
グレスリーが声を荒げる。ポケットから抜かれたその手にはランタンの明かりを受けて不気味に輝くナイフが握られていた。
「ここで私を殺して口封じですか?いつかバレますよ…こんなやり方…きっと誰かが…」
「うるさい!」
その時だった、ニーナの背後、つまり井戸の中から何やら怒鳴り声のようなものが聞こえたかと思うとすぐに金属を硬いものに叩きつける音が聞こえる。
「もしかして!」
'''あのラザァとミラという2人の男女かもしれない'''
とっさに井戸の淵に駆け寄る。
「くそっ!」
ニーナが何をすると思ったのかグレスリーがナイフを構えながら突っ込んでくる。ニーナもすぐに気が付き振り返るとなんとかそのナイフをかわし、グレスリーの腕を掴んで取っ組み合いになる。
グレスリーは年を取っているとは言えそこは男と女、取っ組み合いにしたはいいもののナイフを取り上げるまでは至らずに膠着状態だった。
その時不意に周りが暗くなる。光源が月明かりだけになった。どうやら井戸の淵に置いておいたランタンがさっきの衝撃で井戸の中に落ちてしまったらしい。
そして暗闇になったと思った次の瞬間には、井戸の側は明るくなり、そして凄まじい爆音が響き渡っていた。
井戸の側にいた2人は思わず吹き飛ばされ、地面に転がっていた。
'''何が起きたの?'''
ニーナは煙を上げる井戸を見つめながら何が起きたのか分からなかった。
「一体何が…」
ラザァ達は突然爆発し、全身を炎に包まれている巨体を唖然と見つめていた。
頭を爆発で吹き飛ばされたので指揮系統を壊滅させられたツタ達は皆その場で倒れこんだ。しばらくはグネグネと動いていた首も全体に火が回り、その場に崩れ落ちる。
「よくわからないけど速く逃げるわよ!このままだと蒸し焼きにされちゃう!」
ガレンもラザァの横に回り2人がかりでラザァを歩かせる。
'''もしかしてあの上の空洞から誰かがランタンの燃料を?'''
違う種類のランタン燃料を混ぜると爆発するという言葉と、あの天井の空洞の先が地上、恐らくは村のどこかに繋がっていることを考えるとそう考えるのが妥当だった。
'''でも誰が?どうして?もしかしてダルク達が間に合ったのか?'''
考えても結論は出なさそうではあるがぼんやりと思考を巡らせる。もう巨体はピクリとも動かず、炭になるのを待つばかりだった。
煙たい螺旋階段を登りきり、空洞から顔を出す。どうやらここは井戸らしい。
見渡すとそこは村の外れにあるらしく、家々の反対側は柵に覆われ、その向こうはレレイクの広大な森が広がっていた。
「ねえ、ラザァ…あいつ…」
ミラが低く声を出し、指をさす。
その先には2つの人影があった。1人はラザァ達がこの村に入った時に初めてあった女性。そしてもう1人は…
「グレスリー…」
すべての黒幕と見られるこの村の村長だった。




