あとひとつ
'''こんなの勝てるわけがない…'''
ラザァの目の前には直径30センチほどの緑のツタが蠢いている。それも数本だけではない、両手両足の指では足りないくらいはある。
ラザァの足元には切り落とされたツタとミイラと化した人間の死体の山ができていた。そしてもうほとんど刃物と言えないほどボロボロになった軍刀やナイフも…
戦闘開始時にはあれだけ燃え盛っていた炎も今は寂しいほどしか残っていない。弓矢の残りも数本だけだ。
目の前のツタはこちらを弄ぶかのように周りをグルグルと這いずり回っていた。
敵が呼び寄せた大量のミイラは全て倒したがその間に巨大なツタの怪物は完全に体勢を立て直し、こちらに狙いをつけていた。無傷のツタがどっさりと蠢いている。
それに反してラザァもガレンも武器はほとんど残っておらず、全身血まみれ傷だらけの満身創痍の状態だ。さっきの方法で攻撃をするにもあと何回で倒せるのか見当もつかない。
ラザァが半ば諦めていたその時、背後から聞き慣れた声がした。たかだか10分ほどしか離れていなかったのにひどく懐かしく聞こえるその声。
「ラザァ!」
すぐ隣に銀色の髪をなびかせながらミラが現れた。ミラも服はボロボロでなんなのかわからない変な色の染みがたくさんついているが酷い怪我をしている様子はなかった。
「用は済んだの?」
正直に言うと折れかけた心をミラの登場で持ち直したくらいには嬉しいのだが、なんとなくそれをミラに気がつかれるのは悔しいので努めて冷静な口調で事務的に尋ねる。
「なんとかね…こっちはあとあのデカブツだけのようね。」
ミラは別段変わった反応はせずに正面の巨体を眺める。
螺旋階段の根元部分にはツタが複雑に絡み合って見た目はかなりグロテスクだ。そこから攻撃用の緑のツタを何本も伸ばしている。そして螺旋階段に絡みつくようにひと際太い深緑のツタの先端には毒々しい赤色の花と、その中央に避けた大きな口がある。先ほどの攻撃で顔と首部分には火傷があり、下のとぐろを巻いているように見える部分もミラの攻撃で出来た傷を守っているのだろう。ラザァ達の攻撃は確実に効いていたのだ。だが…
「トドメを刺しきる前にこちらの手持ちのカードが無くなりそうだな…」
ガレンがボヤく。
全くもって最大の心配事はその通りだ。現状ラザァ達の手元には1人1本ほどの刃物と、弓矢が数本、ランタン用の燃料の瓶が2つ、そして地面のわずかな焚き火だけだ。ガレンが拳銃をもってはいるがほとんど効果はないように見える。
「この手持ちでどうやって大きなダメージを与えればいいんだ…?」
「せめて爆薬みたいなものがあれば…」
残念ながら手投げ爆弾の類はすべて軍の車の中に置いてきてある。こういう口が大きい化け物の類は口の中に爆弾を投げ込めばなんとかなりそうなのに…
「ねえ、ラザァ、それならランタンの燃料って2本あるんだよね?ちょっと見せてくれる?」
ミラが何か思いついたようにヒソヒソと喋る。先ほどの攻撃のせいか怪物は聴覚を大分失ったらしく小声でなら会話しても問題なかった。
「いいけど…」
そう言ってミラに2つの瓶を手渡す。パイリアの市場で2番目くらいに安い汎用品だ。
「あー、ごめん。なんでもない。」
ミラががっかりしたように突っ返してきた。
「気になるんだけど…」
「ランタンの燃料って何も考えないで混ぜると爆発する事があるのよ。使えるかなーって思ったんだけど同じ種類だからダメだった。」
ミラが決まり悪そうに言う。こういう薬品のお約束はこの世界にもあるらしい。ラザァは日用品に特にこだわりがなく、安ければいいという自分の主義を呪った。
「奴はさっきの炎でこちらがわからなくなるくらい錯乱していたよな?」
ガレンのヒソヒソ声だ。
「確かに、闇雲に暴れてて手がつけられなかったけど確かにこちらの位置もわからなさそうだったね。」
あれだけの巨体なので手当たり次第にツタを振り回すだけでも十分すぎるほど脅威なのだが。
「それなら今の俺らの手持ちでのカードで出来るのはこれが精一杯か…」
そう言ってガレンは自分の考えを示す。ラザァとミラも現役兵士の策とはどんなものかと期待に胸を膨らませたのだが…
「どうだ?」
ガレンの口ぶりにははっきり言って力がない。
「なんというか…倒せなさそうだし、倒せなかったら逃げることもできなさそうだね…」
「子供っぽい」
ガレンへかけられた言葉は賞賛とは程遠い。
ガレンの作戦はこうだ。
今持っているランタンの燃料瓶を怪物に投げつけ、瓶が割れて燃料がかかっている部分に火矢を撃ち込んで燃やす。それで敵を倒せれば万々歳、倒せなかったら錯乱に乗じて螺旋階段を一気に駆け上って逃げるというものだ。だが…
「まず第一にあいつを瓶2つ分の火の勢いでどうこうできるとは到底思えないわ。それに錯乱に乗じて螺旋階段から逃げるって言ってもあんなにぴったり巻きついているところに飛び込むなんて自殺行為だわ。」
ラザァの不安はミラが一字一句漏らさずに言ってくれた。
ミラの言う通りこの作戦には不安要素が大きく2つあり、どう考えてもうまく行くとは考えられないのだ。
燃料、火矢、ほとんど鈍器と化したわずかな刃物…
これらは単品では非常に弱い武器だ、だが組み合わせることで2倍以上の効果を発揮する。成功率はどうであれ作戦を立てる事が出来たのが何よりの証拠だ。あと何か…あと何かひとつでも要素が増えれば…
必死に頭を回す。あとひとつ組み合わせる要素が増えればなんとかなる。そう信じて頭をフル回転させる。
しかし敵はさらに時間制限を厳しくかけてきた。
こちらの位置がわからないのか手当たり次第にツタを叩きつける作戦に出たらしく、ひっきりなしに地面や壁をベタベタ叩いている。
その中の一発が地下道の入り口、つまりラザァ達がここに入る際に通ってきた道を直撃し、天井を崩壊させたのだ。
砂埃が止んで見ると無情にも通路は完全に崩れたレンガと土に塞がれていた。残る出口は怪物の首が絡み付いている螺旋階段だけだ。
そうこうしているうちにも大量の太いツタが手当たり次第に破壊活動を続けている。
「仕方ない…ガレンの案でいこう…」
どんなに可能性が低くても今はそれに賭けるしかない。ラザァの声を受け、ミラとガレンが顔を見合わせた。
手にした小瓶と矢を握りしめる。
ここからは賭けだ。




