集団と葛藤と
若き女農家のニーナ メルデアは家業を継いでまだ5年目の所謂新米だ。
この村はレレイクのほぼ中央に位置するという少し変わった特徴があるため外からの来客もそこまで多くはない。まあレレイクに人の休めそうな屋根付きの建物はこの村しかないのでレレイクを通る旅人や行商人はほぼ確実に村に立ち寄るのだが。
その良くも悪くも閉鎖的な環境のおかげで周りの人にはよくしてもらっていたのだが。
ニーナが農家を継ぐ前には大凶作の年もあって死人が出て大変だったが、ここ数年は去年が比較的不作だった程度で落ち着いていた。
だが問題なのは今年だった。
問題といっても不作で問題なのではない、その逆だ。豊作過ぎて問題なのだ。
昔からこの村で農家を営んでいるベテラン勢を中心に仕事をサボり気味な人間が増えたが、それに反比例するかのように畑は大豊作だった。始めは今年は特別な雨でも降ったのかと考えた。しかし行商人や旅人に話を聞いても近隣の畑でそんな豊作だという話は聞かなかった。本当にレレイクだけ豊作だった。
ニーナは元々教師になろうかと思っていた時期があるくらいなので割と聡明な方だった。村にある唯一の学校には教員が足りていて実家が農家だったため農家になったが。
その頭の回るニーナが豊作以外の異変に気がつくのにそれほど時間はかからなかった。
レレイクの中での魔獣や龍の死体、そして何より村に宿泊したはずの人間の失踪。何かが起こっているのはすぐにわかった。
そしてその犯人がニーナもよく知る人物だと気がついたのはつい先週に遡る。
ニーナが野菜に付く悪い虫を取るためにランタンを持って畑に向かおうとした時のことだ。村長の館からグレスリーと村の中でも特に高齢の農家が数人出てきた。
はじめは飲み会でもしていて風に当たろうとしているのだと思っていた。だがどうにも様子がおかしい。酔っているどころか普段よりもさらに静かで神妙な面持ちなのだ。
ニーナは最近のレレイク全体とこの村における異変から村の上層部が何か隠していると踏んでいたため、近くの薪の山の陰に隠れて聞き耳を立てた。
「こちらとしても最大限の供物はしている。だがそれで足りなくて森から採るなんて誤算だ…」
グレスリーが周りの農家に言い放った。
'''供物?'''
グレスリーが何か宗教に傾倒しているという話は聞いたことがなかった。
「わかっている、だがこのまま噂が広がれば森に外から近づく者もいなくなる…」
農家の1人が苦々しく言った。
「そして食べ物がさらに減り続けたら…アレが次に何を狙うのか…そう考えただけでも恐ろしい…」
別の農家が身震いしながら言った。
'''アレ?'''
ニーナには何がなんだか分からなかった、ただ1つわかることは決して幸せな話題ではないということだ。
'''どういうこと?あの人達が何か良くないことをしているのはわかってたけど…それが村にも被害が出そうってこと?'''
「いざという時…こちらから始末を付けることは可能なんだよな?」
これまた別の農家だ。
「やってみないとわかりはしないが…一応手段としては残してある。こっちだ…」
グレスリーが少し考え込んでから農家達を手招きして村の外れの方に誘導していった。
ニーナも着いて行くが、村の外れに行くにつれ周りに身を隠せる物が少なくなっていくので次第に距離を離さざるを得なかった。
やがてグレスリー達は村の外れにある柵で囲まれたスペースに来た、昔は馬など家畜を育てていたのだが今年に入ったあたりからは何故か空のままで井戸が1つだけある寂しい場所になっている。
グレスリー達はその井戸の周りを取り囲むように立つと、下を覗き込みながらしきりに何かを話し合っている。ニーナの隠れている小屋の陰からでは声も聞こえないし、口の動きも読めない。ニーナは大人しくその様子を遠目に伺っていた。
そしてグレスリー達が再び村の村長の館に戻って行ったのを確認するとニーナは恐る恐る井戸に近づいてその中を覗き込んだ。
変な臭いが鼻を刺す、肥料のような、それでいてもっと生物臭い、肉や魚を料理した時のような臭い。
暗い井戸の中に目が慣れるにつれ、中の様子がわかってくる。井戸には螺旋階段が取り付けられており、下に降りることができるようになっていた。そして井戸ではあるが中に水が溜まっている様子はなく、下は草が生えているようだ。
'''あれは…'''
目がさらに慣れ、よくよく見ることができるようになってニーナは絶句することになった。
'''どうしてここにそんなものが?'''
地面の草の隙間からは人の手足のような物が沢山見えた、人の衣類も、そして既に白骨化したようなものも…
'''どうして?どうしてここに?そしてなんであんなに沢山?'''
頭の中がごちゃごちゃになっていたその時、ニーナの顔に生暖かい風が当たった。そしてその風は凄まじい臭いを放っていた。
もの凄く嫌な予感とともに覗き込んだニーナの目に映った物はこちらを見つめる巨大で目のない顔のような物体、というか巨大な口であった。
そこからのことはよく覚えていない、全てを悟ってしまった後はどうしていいのかわからずにずっと自分1人で抱え込んでいた。
そして時間は流れ、ついさっき畑の様子を見ていた時にその来客は来た。15〜17歳の茶髪に緑色の目をした少年と銀髪青眼というなんとも珍しい見た目の少女の2人組だ。
ラザァ フラナガンと名乗った少年の方は落ち着いた雰囲気で愛想が良く、この年の青少年にありがちな尖った雰囲気がなかったためニーナも話しやすかった。村には同年代の異性がほぼいないためニーナは話し慣れていないのにだ。
ミラと紹介された少女の方は少年よりわずかに歳下だろうか。少年とは正反対に寡黙で、ただ静かなだけでなく周りのもの全てを警戒するかのような近寄りがたい雰囲気を出していた。ニーナを見つめる目も何か変な事をしたら殺すぞと言わんばかりの迫力だった。
その2人は人を探しているという、そしてニーナにはその探し人に心当たりがあった。つい数日前にこの村を訪ねてきてそして…
どうするべきか本当に迷った、あの人達は恐らくもう…ここで全てを話してこの村の闇を全て白日のもとに晒すか?生まれ育ったこの村を?
迷っているうちに待っていましたとばかりに村長のグレスリーが出てきた、そして恐らく旅人を捕縛するために使っている宿屋に言葉巧みに案内をしていた。
'''だめ!ついて行かないで!'''
実際に口に出すなんて勇気はなかった、そして内心の祈りもむなしく2人は宿屋の中に連れて行かれてしまった。
だがあの若き2人が気になって眠れず、ランタンを持って家を出た。
今更何ができる?もう助けることなどは出来ないだろう。
多分これは自己満足なのだろう。'''助けようとする姿勢は取った、だが力及ばず残念な結果に…'''とか自分の中で仕方ないと片付けたいだけに決まっている。
頭の中で色々な感情がグネグネしながらもニーナは誘われるように村の外れにある例の枯れ井戸の淵まで来ていた。そして先日と違う事に気がつく。井戸の中から物音が聞こえるのだ、そして人の声のようなものも…
「もしかして!?」
'''生きている?それなら何か、何かできるかもしれない…'''
ニーナの頭の中にかすかな希望がよぎったその時だ
「何をしている?メルデア?」
後ろから冷たい声と足音が響く。




