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Schneiden Welt  作者: たる
第二幕
69/109

這い寄る絶望

'''こんなの勝てるわけがない…'''


ラザァの目の前には直径30センチほどの緑のツタが蠢いている。それも数本だけではない、両手両足の指では足りないくらいはある。


ラザァの足元には切り落とされたツタとミイラと化した人間の死体の山ができていた。そしてもうほとんど刃物と言えないほどボロボロになった軍刀やナイフも…


戦闘開始時にはあれだけ燃え盛っていた炎も今は寂しいほどしか残っていない。弓矢の残りも数本だけだ。


目の前のツタはこちらを弄ぶかのように周りをグルグルと這いずり回っていた。


'''完全に舐めていた…'''






時は数十分前に遡る。


ラザァは初めは刃物でツタや葉の数を減らして様子を見るつもりでいた。今までのツタの怪物と同じならば弱点といくら倒してもキリがない場所が別れてあるはずだ。まずはそれを見極める。


足元に落ちていた小石を拾い、それを壁に向けて投げる。


カンッ


レンガに石がぶつかる乾いた音が響いたかと思うと、その場所に数本のツタが叩きつけられ小石を跡形もなく粉砕した。


'''やはり音でこちらを探しているのか。'''


こういう目が無い生き物のお約束とも言える音で敵を感知する習性があるらしい。


こちらとしてもその習性を利用しない手はない、ラザァはまた1つ小石を壁に投げ、数本のツタがそちらに向かったのを確認し、軍刀で目の前でクネクネしているツタを真っ二つにする。


それを感知したのか新たなツタが地面から飛び出して来たが、すかさずミラがナイフで切り刻んだ。そしてそれを感知したツタをガレンがナイフで串刺しにした。


'''3人いれば少なくとも緑のツタは対応できそうだ、問題は…'''


ちらりと螺旋階段に巻きついている頭を見る。目の無い顔があざ笑うかのようにニタリと口を開けこちらを見ている。


恐らくだが地面から次々と飛び出してくる緑のツタをいくら倒してもトドメはさせない。なんとかしてあの顔を地面に落として攻撃しなければ。


「ミラ!火矢で本体を狙ってみるからその間ツタの相手頼めるかな!?」


声を上げるとすぐに場所がバレるので走りながらミラに向かって叫ぶ。


「おーけー!任せて!」


ミラも華麗に飛び跳ねながらツタを一本一本切り倒している。


ラザァはツタを避けながら壁際の火の所に行き、矢尻に火をつけた。


地面から飛び出してくるツタはミラとガレンが相手をしているためラザァまでは向かってこない。ラザァは悠々と狙いを定め、ニタニタと口を開け閉めしている顔へ炎の燃え盛る矢を放った。


だがその矢は顔に届く前に地面から猛スピードで飛び出して来たツタに弾き飛ばされてしまった。ツタに焦げ目がついた程度で変わらずに口を開け閉めしている。


「ラザァ!あいつ多分矢の飛ぶ音すら聞き取れてるよ!」


'''そんな馬鹿な…'''


弓矢の音すら聞き取って先回りして防御することができるなんて…単純な攻撃では本体にダメージを与えることすらできないということだ。何か奇策を…


ツタを避けたり切ったりしながら頭をフル回転させる。単純に弓で火矢を放っても風を切る音で弾道を読まれてしまう。そんな小さな音すらも聞き取れるとは誤算だった。


ん?


'''小さな音?'''


奴の聴力に感心していて気がつかなかったがこれはやり方によっては弱点にもなりうるのではないか?


ラザァの頭の中にはある1つの作戦が思いついていた。だがそれは作戦と呼ぶにはあまりにも幼稚だ。正直この作戦をガレンに試しても100%気がつかれて防がれる。


だが…


'''単純すぎて10歳の子供でも呆れそうな手段だが奴は人間ではないし効果があるかもしれない。'''


奴の恐ろしさは人間とはかけ離れたその特異性と身体能力の高さだ。視覚によって敵を認識できないというただ1点を除いてはラザァ達が敵うところなど無いように見える。


それを逆に利用するのだ、奴の退化している視覚と、異常に発達した聴覚を味方につけるのだ。


ミラは今も軽い身のこなしでツタを切り倒している。ガレンは壁際で火のついた枯れ木をツタに投げたりしながら何やら試行錯誤している。


ラザァはガレンの元に全速力で走ると口に指を当てながらどうにか口の動きでさっき思い付いた作戦を告げる。そして最後にガレンか自分が危険な役割を担う事を…


ガレンの顔は一度は呆れたようななんとも言えない表情をしていたが、徐々に真剣に考え込むように険しくなっていった。作戦の成功率や危険度を判断しているのだろう。ラザァも最終的には作戦を実行するかどうかの判断は実戦経験豊富なガレンに一任するつもりだったし返事を待つ。


'''やるぞ、ただし囮奴は俺だ。'''


ガレンの口の動きが告げた内容だ。


'''わかった、ミラにも伝えてくる。でもなんで囮はガレンがやるのさ?別に僕でも…'''


ラザァも音は出さずに口だけで伝える。


'''単純に俺が1番声量があるしな、それに俺は弓はそこまで得意ではないしお前らほど素早く近づけない。それだけだ。'''


ガレンに1番危険な役割を押し付ける形になってややバツが悪いが今はそんなに時間がない。ラザァは再び走り出すとミラに手招きをする。


ミラもこちらの意図を読み取ったのか音も立てずに寄ってくる。


こちらの作戦を話すとミラは表情によく出るキャラの本領発揮で驚くほど呆れた顔をしていた。


'''いいわよ、やるわよ。'''


だがあっさりとこちらの作戦に乗ってくれた。


'''確かに少し子供っぽいけれどあなた頭だけは確かだもの。そのあなたが考えた作戦ならば少なくとも悪くはないんじゃない?'''


ラザァの心の中を読んだかのようにミラが口を動かす。早口なので読み取るのがやっとだが。


'''さあ、始めよう'''






あまりに単純で子供騙しな作戦なので3人の合意が得られればあとはすぐに準備が整った。


ガレンが壁際に、ミラとラザァがその正反対の壁際にいて息を潜めている。どちらも音を立ててないので怪物は敵は去ったと感じたのか大人しくなっている。


ラザァは矢に火をつけ、連射できるように2本目、3本目の火矢を作る。


ミラはできるだけ尖った角材をナイフでさらに研ぎ、背の部分に火をつけていた。


ミラの頷く動作を見て、ラザァはガレンの方を向いて手を振った。


合図だ。


ミラとラザァが構えたその時、地下室に馬鹿でかい音が響いた。


「この雑草野郎!草なら草らしいサイズになりやがれこのデカブツめ!!」


ガレンの恐らく最大音量での怒鳴り声とポーチにあった小型鍋を壁に叩きつける音が響く。正直ここまで離れていても耳が痛いくらいだ。


その音とともに地面から大量のツタが飛び出し、ガレンめがけて唸りを上げる。


その時だ


ラザァは怪物の顔めがけて1本目の火矢を放つと、すぐに2本目をつがえる。


ミラはものすごいスピードで走り出して燃え盛る木刀でツタをなぎ倒し、螺旋階段の下にある本体のような部分を目指す。


これがラザァの作戦の全てだ、奴が耳が良いならわざと大きい音を被せる。それだけだ。耳が良くても大きな音に隠れた小さな音を聞き分けることはできないだろうと踏んだ子供騙しな作戦だ。


だがどうやらその選択は間違ってはいなかったらしく、火矢が花の中心、顔部分に見事に突き刺さる。それと同時にミラが木刀をとぐろ巻く根元部分に思いっきり突き刺す。


ラザァの2発目の火矢も首に突き刺さり、螺旋階段に巻きついていた首は地面に落ちた。


「ガレン!?大丈夫!?」


地面に落ちた首への直接攻撃はミラに任せ、ガレンのいた壁際を見る。ガレンのいた場所は見る影もなくこなごなにされている。


「まさか…」


もしかして回避に失敗したんじゃ…


ラザァの腕から力が抜けそうになるギリギリのところで肩を誰かに掴まれる。


「勝手に殺すな、俺はここだ。」


見ると泥まみれで息を切らしたガレンだった。


「そんなことよりも倒したのか!?」


ガレンが手にした松明で向こうを照らす。そこには折れた木刀を放り投げるミラの背中が見えた。


「おーい、ミラ!」


息切れしているミラの後ろ姿に声をかける。


「ダメ!ラザァ逃げて!」


ミラが振り返らずに叫んだその時、地面から大量にツタが飛び出してきたかと思うとラザァとガレンをまとめて薙ぎはらった。


「ーーーーーーーーっつつ!」


声にならない音が口から出る。2人は10メートル近く吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。


荒れ狂うツタを避けながらこちらに向かってくるミラの姿と、その後ろで再び首をもたげる怪物の姿が目に入った。


「大丈夫!?」


ミラがラザァとガレンの元に駆け寄りラザァを起き上がらせる。


「なんとかね…」


「あいつもそれなりにダメージを受けて混乱しているんじゃない?こちらの位置は正確には掴んでないと思う。」


見るとツタは手当たり次第に壁を叩いたり宙を刺したりしていてラザァ達を狙って攻撃した訳ではないらしい。


「それじゃあ一応効果はあったんだな…」


ガレンが起き上がりながら呟く。問題はあれをあと何回やればいいのかということだ。


途方もなく感じる先に軽く立ち眩みしそうになっていたその時だ、怪物の口が大きく開いたかと思うと甲高い鳴き声をあげた。


「…何よこれ…」


耳をふさぎながらミラがボヤく、ラザァも耳をふさぐ。


'''植物が声を上げるなんて…なんで今になって声を?痛いから?いや、もしかして…'''


ラザァの頭に嫌な予感がよぎる。野生動物が鳴き声を上げる目的といえば真っ先に思い浮かぶ事があるからだ。


「おい、なんか聞こえないか?」


耳から手を外したばかりのガレンのセリフだ。そしてラザァの嫌な予感が正解だったことを告げる声だ。


「勘弁してよ…」


ミラが音のする方、地下室から廊下部分に続く道を睨む。


たくさんの足音が、絶望が這い寄ってくる音がした。

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