食人花(第4章)
「ガレン、一応聞くけどあいつが何なのか知ってる?」
「残念ながらさっぱりだ。」
目の前の食虫植物ならぬ食人植物は襲ってくる気配はなく、だがこちらの位置は掴んでいるようで口を開けたり閉めたりしている。目がなく、顔のような部分には巨大に裂けた口とイボがたくさんついている。
怪物の全体像は大き過ぎて把握できないが、顔と首部分を合わせて20メートルほど、地面には直径10メートル分はとぐろを巻いたツタがあり、時折そこから上にツタを伸ばしては引っ込めたりしている。
天井と壁に張り付くツタは地下室のレンガの壁を突き破り、どうやら地中にまで伸びているようだ。
「やっぱりそうだったんだ…」
そのわがままっぷりを発揮しているツタを見てラザァの推論が確信に変わった。
「どういうことだ?」
ガレンも冷静に考えれば余裕でわかることなのだろうが今は動転しててそれどころでは無いのかもしれない。
「地上で暴れていたのも地下で生き物を干物にして操ってたのも全部あいつだよ。関係あるどころじゃない、同一犯だ。」
「それだけじゃない…あいつやっぱり'''あの世界'''の生き物よ。」
普段よりもさらに感情を前面に出して目を真っ赤に染めたミラが苦々しく言う。確か'''あの世界'''の生き物はこの世界の古龍と敵対関係にある。半分とはいえ古龍のミラには何か感じるところがあるのだろう。
「それと新しい情報よラザァ、あいつをここに植えた馬鹿野郎はこの村の人、恐らくあの爺さんね。」
予想をしていなかった内容だった、てっきり元から地下に住み着いていてむしろ村の人が封印しているくらいに思っていたのだが。ラザァや旅人を落としたのも空腹で暴れて村を壊さないようにお供え物をしていると考えればそちらの方が妥当に聞こえたのに。
「どうしてそんな事がわかるのさ?それにそうなら何のために?」
ミラは天井に向かって伸びている黄色いツタを指差す。
「あのツタから地上にすさまじい力が送り込まれている、そしてその広がり方が規則正しく四角形なのよ。まるで…」
「まるで畑の形のように…」
ミラのその言葉でラザァの脳裏にこの村に入った時の事を思い出す。あのかすかに感じた違和感を。
四角い畑、妙に豊作な畑、そして働く気配のない村人、まるで自分達が何もしなくても収穫が約束されている事を確信しているかのような村人達…
「そんなことってあるものなの…」
ラザァの推理が当たっていれば全容はこういう事だ。
何らかの手段で村の地下にこの怪物を放ち、定期的に餌を、生きた人間や魔獣を与える代わりに村の畑の豊作を得る。ただこの食人植物は村から提供される供物だけでは飽き足らず、自ら地下室のレンガの壁を突き破り、レレイクから獲物を狩り獲っていたのだ。
ラザァの体の中で何かがムクムクと動き出すのを感じる。そして全身の血が頭に上ることも。
'''なぜ?なぜそんな事をできる?自分が働かなくても良いように何も知らない旅人を生きる屍にし、森の生態系を破壊する。'''
'''人の無償の厚意、親切'''という笑われそうな事を無意識であるが信じており、また信じ続けたいと願っているラザァにとって村の住人の行いは理解できないし理解したくもなかった。
'''悪人にだってそれなりの理由がある、葛藤の末に悪行に手を染めただけで普通の人生を歩んでいてもおかしくなかった。'''
そう信じていたし人生で遭遇した唯一のテロリスト イワン バザロフも祖国のためを思って行動をしており、ラザァも何も思わなかったわけではない。
だが今回はどうだ?
今回は完全に私利私欲の為にたくさんの命がこの世を去ったのだ、目の前の怪物をここに持ち込んだ奴の強欲の果てに…
「ラザァ?」
ミラはラザァの様子がいつもと違う事に気がついたのか心配そうにこちらを見てくる。
「ごめんミラ、ちょっと考え事してた。」
「しっかりしてよ!ボーッとしてる場合じゃないんだから!」
「あいつを倒したい、力を貸してくれるミラ?」
人間とは今までに感じた事のない殺意を持つとむしろ冷静になれるものなのだろうか?ラザァの声のトーンは普段よりもむしろ落ち着いていた。
「えっ?言われなくてもそのつもりよ、あいつには私個人も恨みがあるし。」
「そっか…」
ミラは自分を買い被り過ぎな節がある。その自分が柄にもなく怒っているので幻滅されなかったか不安ではあるが口にするのはやめておいた。全てが終わって全員が生きて帰れたならばその時に何気なく聞いてみよう。なんせ道中は長いのだ、パイリアに着くまで時間はたっぷりある。
「なんか作戦はあるのか?」
ガレンが恐る恐る問いかける。あの化け物がどうやって敵を感知しているのかは不明だが音は危険と判断しての小声だろうか。
「今のところは何も…いずれにしろ多少戦って情報を手に入れないと作戦の立てようもないかな。」
ラザァはミイラの死体から手に入れた軍刀を取り出して構える。刃が通るのかだけでも確かめられるのなら万々歳だ。少しでもツタと葉を減らして切り札の炎で狙うべき場所を見極めたい。
ミラも松明を使って近くの枯れ草の山に火をつけると床に置き、ナイフを構える。
「火種はどこかしらに残してないとな。」
ガレンも松明で近くの枯れ木に火をつけると放り投げ、壁際にも火をつけた。
これで火種が全て消されるということは無さそうだ、ただ換気の悪い空間でこれはこちらの呼吸にとってもマイナスとなる。いずれにしろ持久戦にはしたくない。
ラザァは手に力を込め、機会をうかがった。




