暗い空間
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もう周りが見えなくなってどれくらいたったのかな?
私ってもう死んじゃったのかな?ここは死者の国ってやつなのかな?
間違いなく私は天国には行けないな、絶対に地獄行きだ。
最後の方の記憶が曖昧だけどラザァはちゃんと逃げてくれたかな?まああの人の性格を考えると怪しいな。頭は良いから冷静に判断して逃げててくれることを祈るだけだ。
大切に想ってくれてるのは痛い程伝わるし、どうしようもないくらい嬉しいけれどもっと自分の事も考えて欲しい。
もしあそこで私が死んでいてもラザァは脱出できるだろうか?正直なところラザァは腕っ節が強い方ではない。
いいや、ネガティヴに考えるのはよそう。ラザァは強くこそはないがかなり頭が回る。爆弾テロの時なんてほとんどそれだけで乗り切ったのが何よりの証拠だ。今回もその知恵で戦わずしてあっさり脱出してくれると信じよう。
そしてパイリアに戻って普通に仕事してそして…
嫌だな…
私の事を必要だと言ってくれたくせに…仕事を助けてくれと言ってくれたくせに…その未来に私がいないなんて嫌だ…
でも
よく考えたら別に私なんかの代わりはいくらでもいる。
強い奴ならパイリア軍にいくらでもいるし、パイリアの案内ならそれこそエリーやヘレナやウェルキンがいる。私よりも何倍も愛想が良くて人望がある人達が。
何も私じゃなくても…
私の事が必要だと言ってくれたけれど、あの時はラザァも他に知り合いがあまりいないからそういっただけで今となっては私なんてそんなに必要じゃないんじゃ…
むしろ忌み嫌われる私なんてここで死んだ方がパイリア的には好都合なんじゃ…
でも
周りにどう思われていようが私個人の感情はまだラザァと一緒にいたい。助けるとか必要とされているとかそんなこと関係無しに。
あの夜、あの橋の上で私の名前を呼んでくれたあの人とまだ話したい事がたくさんある。聞きたい事がたくさんある。一緒に行きたい場所がたくさんある。
こんなところで死んでたまるか、起きて私が必要かどうか改めて聞こう。こないだエリーに押し付けられて読んだ恋愛小説に出てきた「面倒くさい女」みたいだが構うものか、そもそもそんなの私の柄じゃないから問題ない。
そういえばさっきから急に暖かくなってきた。背中の感触も硬い岩から毛布のようなものに変わっている。
ミラの目から赤が消え、青が戻ってきた。
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「…ん」
重い瞼をゆっくりと上げるとジメジメした空気と苔だらけの岩の天井が目に入る。あたりには濡れて腐った植物の匂いが立ち込めていて寝起きには少しきつい。常人よりはるかに嗅覚が優れているミラには拷問だ。
手を動かすとどうやら毛布の上に寝かされているらしい。頭の下にはカバンが置かれ、簡易枕のようになっている。隣では焚き火が焚かれており、ひんやりした地下のオアシスを作っている。
「ミラ?」
焚き火の反対側、というかミラの後頭部のすぐ近くから聞き慣れた安心する声がする。
「ラザァ?私生きてるの?」
なんだかバツが悪いような照れくさいような妙な感じがするので努めて暗いトーンで質問してごまかそう。
「死んでるようには見えないけど…」
「そっか、生き延びちゃったんだ…」
ポロリとネガティヴな発言がもれる。
「私どれくらい気を失ってたの?」
「うーん、2、3時間ってとこかな、時計がないから正確にはわからないけれど。」
そんなに長い間私の事を見ていたのか、いつ敵が来るかもわからないこの状況で。
「…バカじゃないの。」
「ここ馬鹿にするところ!?」
「それよりもどうやって助けてくれたの?その…ありがとうね。」
まだお礼を言っていなかったので順序がいささか変ではあるがお礼を言う。
「どういたしまして、実はほとんどガレンが助けてくれたんだけれどね。」
ラザァの言葉に思わず眉をしかめる。
「あいつが?」
ミラはあいつガレン レスフォードが嫌いなわけではないが過去の事もあって衛兵とか軍人とか警察とかの類が苦手だ。できれば関わりたくない。あの男がラザァから特に信頼されているとしてもだ。
「うん、今は見回りに出かけているけどそのうち戻ってくると思うよ。」
ラザァはこちらの内面に気がついても見て見ぬ振りをしているところがある。こちらとしてもそれは嬉しいのだが。
「あっ!ガレンが教えてくれたんだけどあのツタの化け物は炎が苦手だから焚き火をしているうちは寄ってこないよ。安心して!」
「なるほどね、それで不用心に転がっていられたのね。」
あいつらの弱点を知る事ができたのは大きい。
その後はラザァから一通りわかっていることを聞いた。どこかに抜け道があるだろうということ、ツタの化け物の特性、そしてパイリア軍も犠牲になったこと。
「弱点がわかったのはいいけれど1度にたくさんの松明は持てないし、火矢も連射できないし、楽観視はできそうにないわね…」
「そうだね、できるだけ松明を見えやすい位置に置きながら出口を目指そうか。」
一応起き上がれるようにはなったが体は万全とは言い難い。激しい戦闘は難しいだろう。天井が低いのでミラの身体能力の高さが逆に仇になっているのも辛い。
「探し人も見つかった事だしさっさとパイリアに帰りたいわ。」
「そうだね、あれ?」
「どうかした?」
ラザァがこちらをポカーンと眺めている、あまりに真っ直ぐに見てくるので思わず顔をそらしてしまった。
「ミラがパイリアに'''帰る'''って言うのがなんか珍しいなーって」
言われてみて初めて気がついた。以前の私なら'''帰る'''なんて言わなかった。帰る場所はあの男に孤児院を襲撃された時から無かったからだ。
「別に言葉のあやってやつよ。」
「はいはい。」
「なんかてきとうな返しで腹立つわね。」
別に言葉通り腹なんて立てているわけがない、ラザァがこういう喋り方をする相手は限られている。それを知ってるからむしろ安心するくらいだ。
「あっ!ガレンが帰ってきたみたいだね!」
カツカツという足音を聞いてラザァが声を上げる、ミイラの足音とは確実に違う意思を感じる足音。ミラにとって最も居心地の良い空間に邪魔者が入り込んだ音だ。
「お礼、か…」
ここ最近で1番勇気を振り絞る必要がありそうだ。




