「誰かが救わないと」
「ラザァさがってて!」
ミラは叫ぶが早いか前に飛び出すと手にしていた木の枝を素早く突き出す。その先端は的確に魔獣の顔面に向いていた。当たれば致命傷は免れられないだろう。
だが魔獣は先程までの植物に操られている人間のミイラほど甘くはなかった。
死体にしてもミイラではなくまだ生きていた頃とそう変わらないその身体は生前の身体能力の高さを保っており、いや、自分の身体の限界を知らない植物が操っている分だけ無理な動きもこなせるらしい。ミラの常人にはとても避けられない速さの突きをかわし、威嚇のように牙を剥く。口の中からツタが覗いてなんとも気持ちが悪い。
「さっきの干物とは大分違うのね…」
ミラもこれには驚いたらしく一息おいてからまた態勢を立て直し腰からナイフを抜く。
「宿主の状態に強さは依存するみたいだね。」
ラザァも地面に落ちていた長く丈夫そうな木の棒を構える。ナイフよりもリーチを優先したわけだ。
魔獣は口を開け閉めしながらその度に口からツタを出したりしている。背中のツタもそれに合わせてウネウネと動く。
「ミラ、多分なんだけどあいつは体の中に本体を隠している。なんとかして外に出ているツタを無力化して魔獣部分を貫通しないと。」
さっきまでの人間のミイラと戦って気がついたことだ。宿主の体の外に出ている緑のツタはいくら切っても動きは止まらなかったが、体の内部の太くオレンジっぽいツタを傷付けるとすぐに絶命した。
問題は人間のミイラよりも目の前のイタチ風の魔獣の方が体が数倍大きく、本体がどこにあるのかわかりにくいことだ。
「それはいいんだけど1発当てるだけでも一苦労よ。」
ミラは手にした石を投げつけていたがあっさりとかわされている。石のスピードもかなりのものなのだが。
「僕がこの棒でなんとか動きを止めるからその間にミラが倒すって作戦はどうかな?」
「作戦って言うには随分曖昧ね…」
ミラは呆れたような声を上げる。
「でも今はグダグダ言ってる時間はなさそうね、それでいきましょう!」
そう言うとミラはじりじりと後ろに後退する、魔獣が先にラザァを狙いやすいように。
魔獣を操っているツタにこちらの作戦と呼ぶにはあまりにお粗末な企みを理解する力はなかったらしい。ラザァに飛びかかってきた。
'''速い、でもダルクの剣に比べれば…バザロフの本気の殺意に比べれば怖くもない。'''
ラザァは引きつけて棒を器用に使って魔獣の体を受け止める。相手の体勢が整わないうちに足に蹴りを入れてよろめかせる。
魔獣の口からツタが数本ウネウネと蠢きながら伸びてきた。操っている死体ではらちがあかないと見たのかツタはラザァを狙って進んでくる。
「これでもどうだ!」
とっさに手にしていた棒の向きを変え魔獣の口に突っ込む。飛び出していたツタの何本かは根元をつぶされて萎れてそのまま地に落ちた。
「ラザァどいて!」
ミラが好機と見たのかナイフを手に突っ込んでくる。バタバタと暴れる魔獣の体を壁に押し付けるとラザァは後ろに下がる。
ミラの全く無駄のない動きでナイフが振り下ろされる。丁度魔獣の首筋に。
ザシュッ!
魔獣の血なのかツタの汁なのかわからない液体が噴き出す。そしてワンコンマ遅れてゴトリという何か大きな物が地面に落ちる音がする。
死体で体がもろくなっていた上にミラの力の強さも相まって魔獣の頭は首から切断されていた。
「やった…よね?」
魔獣の体は地に落ち、傷からはツタがのたうちまわり、そして萎んでいった。
そろりそろりと近づくがピクリとも動かない、そして首の切断面からは血とツタの汁が混じった液体が流れ出し悪臭を放っている。
切断面は見れば見るほどグロテスクだった。死体の内臓などはどこに行ったのかぎっしりと植物が詰まり、腐敗が始まった体の内側には蛆が湧いている。こんな状態の死体が動くなどにわかには信じ難い。
植物が生き物の死体に寄生をする。それ自体はキノコなどがよくやっていて不思議ではない、だが死体を動かし他の生き物を襲うなんて聞いたこともない。ミラの反応を見る限りこの世界でもそうそう無い出来事なのだろう。これはレレイクで起きている生態系の異常と関係があるのか?そしてこの地下の空間、村の村長グレスリーは地下にこの怪物がいる事を知っていてラザァ達を落としたのか?
いずれにしてもこの寄生植物の正体をもう少し知り、脱出したのち村の人から情報を得なければ完全な解決とはいかないだろう。
「しばらく肉料理は食べたくないなぁ…」
気持ちが悪いがとりあえず死体を調べよう。何か弱点などもわかるかもしれない。
ラザァは未だに血を流している死体に近づいた。
「ダメ!危ないっ!」
ハッとしたような表情の後、ミラがラザァを突き飛ばした。
その時だ、首の切断面から太いツタが数本飛び出してきたかと思うとさっきまでラザァのいた場所、つまり今はミラのいる場所へ伸びる。
ラザァは吹き飛ばされながらミラの細い身体がツタによってがんじがらめにされるのを見ることしか出来なかった。
「ミラ!」
「ラザァ…逃げて…」
ミラが苦しげに声を上げる。いくらミラでも全身を何重にも縛られていては脱出のしようがないのだろう。ギシギシという締め上げる音が痛々しくも地下に響く。
「そんな、ミラを見殺しになんて…」
ラザァはミラにまとわりつくツタを一本一本ナイフで切り落すが次から次へと伸びてきてキリがない。そうこうしている間にもツタはどんどんミラを締め上げる。
「いいから…ラザァだけでも…」
赤く染まった目に痛さのせいなのか涙が浮かんでいる。
「嫌だ!そうだ!ミラ!変身すれば!変身したらそんなツタなんか…」
自分の意思では変身出来ないとは言っていたがさすがに命の危機の時には変身出来るのではないか、聞くにテロ事件の時はヨランダを目の前で殺され自分も殺されそうになった時に変身したらしい。それならば…
「無理よ…」
ミラはさらに弱くなった声で残酷な答えを告げる。
「そんな、どうして…」
「あの時は…パイリアの人達を…ラザァ達を守ろうとしてたもの…でもこれは自分が生きるため…」
「私…自分を嫌いだったし…今でも…ラザァに出会ってからも時々自分が嫌になる…」
「そんな自分の為に変身できないわよ…」
ミラの口から告げられた内容は残酷で、彼女の事を知ってるラザァには十分過ぎるほど説得力があった。
上手く表現出来ず不器用なのに誰よりも他人思いで優しくて、そして誰よりも自分の存在、自分の運命を呪い忌み嫌っているミラ。
「だからって…自分の命は助けられないって…そんな…」
ミラは本気の本気で強い感情の高ぶりがなければ変身できないと言っていた。ミラにとっては無意識のうちではあるが自分の命など救うに値しないものなのか…
「だから…ラザァ…はやく…」
「嫌だ!」
ここでミラを見殺しになんてできるはずがない、自分で自分の命を救えないなら僕が救うまでだ。ミラが自分の運命を許せるようになるまで誰かが彼女を救わなければいけないのだ。
ラザァは夢中でツタを切る。切って切って切りまくった。あのイタチのような魔獣の体のどこにそんなにツタがあったのか不思議なくらい際限の無いツタを切り続ける。残酷にもツタの数は減るどころか増え続ける。ラザァが切っている箇所はミラからは遠過ぎて締め上げるのを阻止はおろか遅らせることすらできていない。
「ラ…ザァ…」
痛みのせいなのか、もっと精神的なもののせいなのか、ミラの赤い目に大粒の涙が溢れ出した。




