地下にご縁が(第3章)
あ!…ザア!……ラザァ!
「良かった目が覚めた…」
「…あいたたた…ミラ?」
ラザァが目を開くとそこには青い円が2つ浮かんでいた。暗闇に目が慣れてくるにつれてそれがミラの目だと気がつく。
まだズキズキする頭をフルに回転させてまわりの状況を把握する。
見渡す限り灯りの無い暗闇で湿っぽい空気の感じからパイリアの地下水路に近い場所なのだろう、もっともあれほど管理が行き届いてはおらず、カビ臭さが段違いではあったが。
手をゴソゴソと動かしてみるとどうやら地面は何かの植物に覆われていたらしく、落ちても致命傷を負っていないのはそのせいらしい。ラザァ達が落ちたとみられる穴はすでに塞がっており、天井も相当高い。
仰向けに倒れているラザァの顔を覗き込むようにちょこんとミラが隣に座っている。毎度のことだがこういう時は男として情けなくなる。
「僕達あそこから落ちたんだよね?」
ラザァは起き上がるでもなく手を上に突き出して隣の女の子に問いかける。
「ええ、ここはあの部屋の真下ってことになるわね。」
「あの村長が仕組んだのかな?」
「多分ね。」
「でもどうして…」
「…」
「ん、ミラ?」
突然ミラが黙り込んだので横を見るとミラはなんとも拍子抜けしたようなマヌケな表情でこちらを見ていたかと思うとクスクス笑い出す。
「なんだよ…」
「私なんかすぐにカンカンに怒ってたのにラザァは自分を騙した人の理由を考えようとしているからさ、やっぱりラザァはラザァだなーって。」
ミラは「やっぱり敵わないや」とか言いながら目の涙を拭いている。
「ははは、そうだね。理由も気になるけど先にどうやってここから出るか考えないとね。」
「そしてどうやってあの爺さんをこらしめるかもね。」
ミラはそう言って握りこぶしをバシバシ叩く。
「さっきいた部屋が一階だからやっぱりここって地下だよね?」
「うん、多分。」
「こないだといい地下にご縁があるなぁ…」
一月ほど前の光景がフラッシュバックする。
「デカい蛇はもう御免ね…」
ミラも当時の事を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をしている。あの蛇(あとでパイリア城の図書室で調べたらガラナンダという名前のランク5〜の蛇龍の一種らしい)が相当嫌だったのか。
「デカい蛇かどうかはおいておいても何か出そうな気はするね。ミラ、灯りになるもの持ってない?ランタンとか、こないだ教えてくれた魔法石?とかさ。」
この世界には好きなタイミングで明かりを放つ石ころがある。便利なこと極まりない。
「あるといえばあるんだけど…この状況で灯りをつけると敵からも見つかりやすくなりそうだし…それに私は灯りなんかなくても十分見えるわよ?」
ミラが得意気に言う。確かにミラは龍だけあって夜目が利く。
「でも僕はそんなに見えないよ。あともしここにガレン達が囚われているなら灯りで見つけてもらえるんじゃないかな?」
ガレン達も軍人なので灯りは持っていると思うがこちらも灯りをつけていた方が見つけてもらえやすいだろう。ガレン達がここにいればの話だが。
「はいはい、それなら灯りつけるわよ。」
ミラは小声で「もっと頼ってくれてもいいじゃない」とかボソボソ呟いていた。
ミラがカバンからゴソゴソと小石を2つ取り出すとカチカチと叩き合わせた。するとさっきまでただの石に見えたそれはぼんやりと青白い光を放ち始め、ラザァ達の周りを照らした。
「何度見ても不思議だなぁ…どういう仕組みなんだろ?あっ、魔法とかなら仕組みも何もないか。」
「何ブツブツ呟いてるのよ。」
「だって気になるでしょ!こんなに明るく!…ってミラ、これって…」
ラザァは明るく照らされたことにより壁に浮かび上がったおぞましい物を指差す。ミラもそれにつられ見る。
「死体…」
壁はびっしりと何かの植物のツタに覆われており、隙間からキノコやら苔が所狭しと覗いている。そのツタがとりわけ固まっている場所からこちらを見ている2つの目があった。
目といっても既にそこから光は失われ、色がなんだったのかもわからないほどに干からびていた。元は旅人だったのか底が厚く歩きやすいブーツによく見る日差しよけのマントに腰には様々な小道具のついたポーチをつけている。
だがその体は見る影も無いくらいに茶色く変色し、魚の干物のようにしわくちゃになっていた。元いた世界のとある南の国で見つかるミイラというものによく似ている。既に時間が経っているのか全身から植物が生えており、口からはツタが伸びている。
「こんな死体って中々見ないわよ、大抵はドロドロに腐っちゃうもの、ましてやこんな湿っぽい場所でなんて…」
恐れることを知らないミラは死体の目の前まで行き指でつついたりしている。
「ここに落とされてそのまま餓死しちゃったのかな?見たところ傷は無いし…あ、でもこれは死んでから植物が生えてきたから出来た傷か…」
ラザァもここまで干からびていると人間の死体感がないのであまり抵抗なく近寄って見ることができた。死体は体からツタが生えている以外は目立った外傷は無かった。壁に張り付いたように死んでいるのは寄りかかったまま餓死したのだろうか?凍死でありそうなシチュレーションではある。
「見れば見るほど不気味な死体ね…餓死にしてはこんなに苦しそうな表情で絶命してるし…」
「確かに…なんだか幽霊で出てきそう。」
この世に未練があれば幽霊になるとかなんとか聞いた気がする。
「幽霊ってラザァが前に言ってたゴーストのことね、それならパイリア城の地下に行けばいるわよ。」
「さらっと怖い事言わないでよ、これから城の探検がしにくくなったじゃないか…」
ゴーストとはミラ曰く怨念やら無念は関係無いらしいのでそこまで怖い存在では無いらしいが。
「そんなことよりもこんな物騒な場所早く離れましょう、さっさと人探ししていないならいないで早く脱出しないと、干物になるのは真っ平ごめんよ。」
ミラはそう言うとスタスタと歩き出す。
「ちょっと待ってよミラ!」
灯りはミラしか持っていないので置いて行かれないように歩きだす。
ようやく追いついたその時、ミラが不意に振り向くと素早くあたりを警戒する。
「ミラ?」
「静かに!」
ミラは口に指を当てると目付きをきつくする。
「足音よ、聞こえない?」
ザスッ…ザスッ…
確かに静かにして集中するとブーツか何かで歩く音が聞こえる。この地面の草をスパイクがすり潰す音が。
「この音って軍用ブーツとかじゃないと出ないんじゃない?もしかしたらガレンじゃあないかな!?」
ラザァの脳裏にもうしばらく会っていない大男の顔が思い浮かぶ。額の少し広いあの親切な大男の厳つい顔が。
「ラザァ待って!何か変よ!こんなに騒いだのにあっちの足音には何も変化がない…」
足音は一定のペースでこちらに近づいてきている。ラザァの大声に気がつき足を止めるなり早めるなりするわけでもなく。
「…そう言えば確かに…」
ザスッ…ザスッ…
「ラザァ、私の後ろにいて…」
ザスッ…ザスッ…
そう言うとミラは完全に戦闘モードに入った、目は今までの青では無く燃えるような赤に染まる。髪の毛が意志を持っているかのようにウネウネと動き始める。
ザスッ…ザスッ…ザスッ…
「ミラ…僕も…」
ラザァも手にナイフを構える。森で魔獣を殺した時の事が脳裏に浮かぶのを必死に抑える。目の前に怪物が現れた時を想定し手に力を込める。
ザスッ…ザスッ…ザスッ…
「無理はしないでね。」
ザスッ…ザスッ…ザスッ…
'''人殺しをするわけじゃない、こちらを殺そうとする敵を正当防衛で攻撃するだけだ'''
ラザァは必死に言い聞かせ、目の前の暗闇から怪物が現れるのを待った。
ザスッ…ザスッ…ザスッ…ザスッ…
「あれ?」
目の前から現れたのは巨大な蛇でも龍でも魔獣でもましてや獣人でもなく、普通の小柄な人だった。
「…大丈夫ですか?」
顔がよく見えないが歩き方から万全な状態ではないのは確かだった。ラザァは恐る恐る近づく。
ラザァがあと数メートルのとこに来た時、ラザァの体は何かに引っ張られ吹き飛んでいた。
「って、ミラ!?どうして…」
「ラザァしっかりして!?あいつをよく見てよ!」
ミラがラザァを背中から抱きしめるようにして後ろに後退していた。色々当たっていて気が気ではないのだがそんな煩悩はすぐに吹き飛ぶ事になった。
「そんな…」
ラザァは目の前の光景に息を呑んだ。




